異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2017年5月に読んだ本

ラヴクラフト全集2』
 数少ない長編「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」より、船舶による冒険の時代が感じられコンパクトにスケールの大きいホラー世界が展開される「クトゥルーの呼び声」の方が面白かったかな。(これもまだ2までで歩みを速めないとなあ)

フロイトの函』デヴィッド・マドセン
 気づくと列車の中でブリーフ一丁にスカートという姿で隣にジークムント・フロイト博士がいるというシチュエーションに置かれている主人公。このフロイト博士、実在の人物とはやや異なっていて、そこに必ずしも深い意味はなさそうといった具合で細部にまで意味があるようなタイプの小説ではない印象。全体のつくりはシンプルで読みやすさはあって、変態要素で楽しく読み終えることができた。

『約束のない絆』パスカルキニャール
 フランスの田舎町に育った姉弟の人生が大きな時間の流れと自然の中で描かれる。表に現れる物語と自在な語り自体素晴らしいが重層的な側面があるようだ。他作品も読まなくては。

ラテンアメリカ文学入門』寺尾隆吉
 個別にはかなり辛辣な作品の評価がそこかしこにみられ異論も出そうな内容だが、ひとまず初学者には膨大な作家たちによる生々しい人間模様を含んだ文学史がマクロとミクロの両面からコンパクトにまとめられ読みやすかった。まあまずは個々の作品をちゃんと読まないとアレなんだが。

『20億の針』ハル・クレメント
 ゼリー状の知的異星生物が地球に不時着。片方は捜査官で犯罪者を追うが、15歳の少年の体に侵入して・・・というSFミステリ。タイトルは捜査官である"捕り手"からみて、本作が書かれた1950年の世界人口の誰に犯罪者が侵入しているかわからない、「20億本の針から1本を探し当てることができるのか」といとことからきている。作品自体はもっと身近なスケールで"捕り手"と侵入されたティーンエイジャーが協力して身の回りの人の誰に"犯罪者"がいるかを調査するというヤングアダルト小説要素が強かった。ところどころ科学的な視座はのぞくものの、思ったよりハードSF風味は弱い。さすがに時代のずれは隠せず、全体にもっさりとした感じあり。

『黒人野球のヒーローたち―「ニグロ・リーグ」の興亡』佐山和夫
 いわゆる「ニグロ・リーグ」といっても複数あったりいろいろな変遷があったりすることがわかる。とにかく実は非常に強かったこと(それが結局MLBへの黒人参加を進める動きになった)、その一方で非常に厳しい環境下にあったこと、それでも日本に遠征したりいろんな交流が行われていたことも印象深い。外野を帰らせて打たせずに抑えてしまうサチェル・ペイジ、野球が好き過ぎて二試合終えた後にホテルを抜け出して草野球に参加しちゃうジョシュ・ギブソンとかおおらかな時代の天才たちの姿が楽しい。

『花と機械とゲシタルト』山野浩一
 患者たちが自らの精神のあり方を考える“反精神病院”が舞台。自我を”我”という存在に預ける集合意識テーマという側面を持つが、科学的なアイディアに加え五感に訴える幻覚的な描写など多様な要素があり書かれた時代を感じさせる一方で今日的でもある作品だ。プルキンエ現象が大きく扱われ、赤のイメージが出ているのはなぜなのだろうかとふと思った。あと宮内悠介『エクソダス症候群』と重なるモチーフのようにも感じられた。

『マイケル・K』J.M.クッツエー
 内線下の南アフリカで貧しい黒人青年が社会から疎外されていく姿が描かれる非常に重い内容だが、苦境にある人間の自由を求める心の描写も色濃く反映された内省的な作品でもある。Ⅱ部で収容所にいる青年の苦境を同情的に観察する語り手<私>には、アフリカーナー(白人系)の家庭に生まれ教育水準の高い著者が反映されているのだろうか。積んでいる『鉄の時代』を今度読んでみないと。

J・G・バラード短篇全集1』
 ようやく1が読了(弱)。既読も多いのだが、シミルボンのコラム投稿時に拾い読みしてその後残りを読了。巻末「深淵」にはクールなイメージの強いバラードにしては珍しく滅びゆく生命に対する情緒的な視点が感じられた。

『短篇ベスト10』スタニスワフ・レム
 これも結構既読が多かったところをシミルボンコラムに書いたとき再読を兼ねて読了。なんといっても「仮面」が凄い。あまり幻想小説の印象がないレムだが、本作は横溢するイメージの鮮やかさと多重性に圧倒される。『ソラリス』の名声を不動のものとした理知的なレムというイメージから逸脱する一種の“官能性”を本作品にも見ることができるが、あるいは知の巨人レムにはこうした創作すら容易なのだろうか。とにかく科学あるいは知的探求、ユーモアや諷刺といったレムとはまた違った顔を見せてくれる作品で折をみて再読したい。

2017年4、5月に行った美術展

 ここのところ美術展にいくつか行っていたので、まとめて備忘録。
・大英自然史博物館展
 
大英自然史博物館展

 4月の平日夜は比較的空いていてよかった。歴史的な標本や展示が沢山あって見どころ満載だった。強いていくつか挙げると、始祖鳥、ブラシュカ父子のタコのガラス模型、プラチナコガネ、大プリニウス著『博物誌』かな。捏造のピルトダウン人の展示(どんなものでもちゃんと残しておくことによって、誤りもきちんと検証できるのだという話が印象的)、スコット隊の記録、<伝説の女性化石ハンター>メアリー・アニングなど女性研究者たちも忘れ難い。


草間彌生展「わが永遠の魂」@国立新美術館

kusama2017.jp

草間彌生の大回顧展。創作の原点も興味深かったが、NYに進出して作ったネットペインティングがその後の作風を決定づけたように思われ面白かったな。偏執的ともいえる緻密な構造の繰り返しはインパクト大。あとその頃はいろんなパフォーマンス系のこともいろいろやっていたんだな。本人の語りによる音声ガイドは歌まで入っていて驚かされたが、作品に対する宇宙的スケールの自負がカッコよかったなあ。一部撮影可だった。

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ミュシャ展 @国立新美術館

www.mucha2017.jp

 草間彌生展と合わせて。アール・ヌーヴォーの美しいポスターぐらいしか知らなかったのだが、今回の<スラヴ叙事詩>は歴史的視点というスケールの大きさを反映して作品自体のサイズも圧倒的な大きさであった。ナチスに高齢にもかかわらず逮捕され劣悪な環境下に置かれ、釈放されるも数カ月後に亡くなったという話も今回初めて知った。

ブリューゲルバベルの塔」展 @東京都美術館

【公式】 ブリューゲル「バベルの塔」展

 ブリューゲルとボスの関係とか、バベルの塔の描き方の歴史とか基本的なことからよくわかって面白かった。少々キモいボスモンたちはどうしても惹かれてしまう。(ボス≪聖クリストフォロス≫の熊はいったいなんなんだ・・・)「バベルの塔」自体は意外に大きくない。東京芸大によるCGも今後の美術展示の可能性を感じさせてくれた。


横尾忠則 HANGA JUNGLE @町田市立国際版画美術館

横尾忠則 HANGA JUNGLE | 展覧会 | 町田市立国際版画美術館

 横尾忠則はたしか2002年の東京都現代美術館の展覧会から好きになったんだと思う。横尾忠則現代美術館は気になっているのだが、兵庫にあるためなかなか行く機会がなくフラストレーションがたまっていて、ようやく行ける展覧会が登場して今回嬉しかった。エネルギッシュなところが好きなんだよね。様々なモチーフが変遷していくところやアイディアの源流などがよくわかった。撮影自由なのも楽しい。この人もパフォーマンスっぽいことを初期にはやっていたのも発見だった。

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全く関係ないが、帰り道まったく偶然に「町田市文学館ことばらんど」というところを通りがかり「本の雑誌 厄よけ展」なるものやっていたのでもちろんこれも見て帰った。非常に充実した展示でこれも堪能。







第3回シミルボンコラム大賞に選ばれました

読書サイト<シミルボン>でコラム大賞の募集をしていて、第3回の大賞に選ばれました
このコラム大賞、これまでに3回行われそのうち2回はSF研究家・文芸評論家の牧眞司さんが選考をされていてテーマがSFなので応募していました。
今回のテーマは「時間とSF」。ディックの『逆まわりの世界』を中心にディックについて書きました。「時間とは何か」という大きなテーマにはつながっていないところが弱いかなと自分では考え、まさか大賞に選ばれるとはびっくりしました。ちなみに第1回は『果しなき流れの果に』で見事落選(公開してません)、今回リベンジを果たしたかたちになります(笑)。
牧さんとは古くからの知り合いで長い間小説やフィクションについていろいろ教えていただいたのですが、書き手の名前を伏せた状態で選考してくださっているので、感慨深いものがあります。
だらだらと細々とブログを続けていたのがなんらかの肥やしになっていたのかなーともいえ、これまで読んできていただいた方々に感謝感謝です。今後ともよろしくお願いいたします。

2017年4月に観た映画など

劇場で観たのは1本のみ。なのでTVでやっていたものも一緒にまとめて。

『お嬢さん』を劇場で観た。サラ・ウォーターズの19世紀ヴィクトリア朝時代ロンドンが舞台の歴史ミステリ『荊の城』(未読)を日本統治時代の朝鮮に置き換えた韓国映画、という製作過程にして既にひねりのある作品。監督はパク・チャヌク。豪華なお屋敷やそこで繰り広げられる淫靡な朗読会など異様な日本趣味が前面に出ていて、一昔前のハリウッド映画の雑な日本描写とは違った、「細部はきちんとしているがどこかおかしい」ちょっと日本統治が続いた朝鮮をテーマにした改変歴史SFのような持ち味がある。この作品もちろんSFではないのだが、実は舞台となるお屋敷の偏執的な家長は日本趣味の強い韓国人という設定でこれは奇妙な世界を成り立たせる巧みな設定で、同じ時代を扱っても日本映画には見られない斬新なアプローチでそれがしっかり作品のユニークさにつながっていて脱帽。さらに全編を貫かれる変態性が強烈で(日本語の放送禁止用語バンバン出てくる)、こんなのアリかと驚かされっぱなしだった。原作が人気ミステリなのでどんでん返しもあり、見どころたっぷりの作品でかなり癖は強いので拒否感を覚える人もいると思うが個人的には非常に楽しめた。かなりの割合が日本語セリフで韓国俳優たちのプロ意識の高さにも驚かされた。韓国映画の動きは注目したいな。

他はTVで放送していたもの。
『42〜世界を変えた男』(2013年)。正攻法というかシンプルに一つの戦いを描いた感じの作品だが、差別発言をする実在の人物がきちんと描かれているのは立派。Chadwick BosemanはJackie RobinsonとJames Brownをやったことになるんだなあ。

アイアン・スカイ』(2012年)。ナチスをネタにしたコメディとは知っていたが、むしろアメリカが素材で予想以上にアメリカに対するキツめのジョークが目立っていた感じ。右寄りというFOXだけど、やっていたFOXムービーはまた違うのかな。

2017年4月に読んだ本

4月はいろいろ忙しくて少なかったなあ。反省(積読ばかり増えていく傾向がさらに加速しておる・・・)。
『スウィングしなけりゃ意味がない』佐藤亜紀
 19世紀ポーランドの農村を舞台にした重厚な『吸血鬼』から一転、今度は第二次大戦中のドイツ都市部で監視の目をかいくぐってジャズに明け暮れる若者たちの狂乱に近い危険な遊戯の世界が描かれる。映像的な作品でもあり音楽との関わりという点で、時代や地域的に隣接した映画「アンダーグラウンド」のブラス音楽が連想されたりもするが、むしろ登場する若者たちの姿により近いのは時代も背景も異なる「ストレイト・アウタ・コンプトン」のヒップホップである。時代の変化を嗅覚鋭く読み解いた若者たちのピカレスクの痛快さが「ストレイト・アウタ・コンプトン」を連想させるのだが、そういった表層的な類似性に留まらず、著者は<若者>という概念の誕生について巻末の「跛行の帝国」において世界的な視点から解き明かしてくれる。その透徹した視座の的確さは怖ろしいほどである。

『海街diary8 恋と巡礼』吉田秋生
 今回は千佳を中心とした回で、冒頭少し古風な(良くない)展開になりそうで不安になったが、そこはさすがベテランで巧く着地したなという感じ。

怪奇小説傑作集4

『FUNGI 菌類小説選集』第Ⅰコロニー オリン・グレイ&シルヴィア・モレーノ=ガルシア編
 なんと音楽レーベルや音楽出版で知られるPヴァインから「マタンゴ」インスパイアの菌類小説集が出たと聞いて、これは購読せざるを得ない。なにしろPヴァインはPファンク系で長くお世話になってきたしねえ(笑)。で、あまり予備知識なく購入したのだが、古今東西の菌類名作を集めたものではなく細菌もとい最近の小説を集めたものだった。ということで翻訳がある作家も何名かいるが比較的新しい世代のショウケースとなっている感じだ。全体としてややSF寄りか。テーマアンソロジーの常でいくつかは同傾向に近い作品がありその単調さはどうしてもぬぐい切れない面はあるものの、正調ホラーのジョン・ランガン「菌糸」、同じ設定を舞台にした作品が読みたくなるキノコ年代記ラヴィ・ティドハー「白い手」、声に出して読みたくなる意匠陰毛細工師マーキン・メイカインパクトが強烈なスチームパンク(猫入りなのでキャット・フンギ・パンク?)モリー・ダンサー&ジェシー・ブリントン「タビー・マクマンガス、真菌デブっちょ」が面白かった。モリー・ダンサーの「オートクチュール人工陰毛マーキンの国際舞台にいきなり現れた。」から始まるプロフィールに一番ウケたかもしれない(笑)。

『ハーレムの熱い日々』吉田ルイ子
 丸屋九兵衛さんの選書フェアが池袋ジュンク堂で開催されており大いに刺激されいろいろ購入。さらに選書フェアはハマザキカクとのバトルの様相を呈し、丸善で全国に飛び火してしまった!これはいけない全国の丸屋九兵衛ファン、ハマザキカクファンよ現地へダッシュだ!
 で購入した本作だが、米黒人社会の大きな変革期である1960年代にハーレムに住み写真を取り続けたジャーナリストの手記。ハーレムの再開発で黒人以外の人種も移り住むように低い家賃で新築の団地が貸し出され、リベラルな白人と結婚していた大学生の著者が大学の住宅担当者からそこを勧められたことから住むようになったことから始まる。そこにはアジア人であったこと(白人は住むのを好まないため)も担当者あったのではないかというなかなか考えさせられる内容も書かれている。ここに本書の大きな魅力があり、ハーレムに飛び込むことでしか見えない社会の様々な面が自身の言葉で書かれている(差別問題への立ち位置の違いから結局その夫とも離婚する)。住むきっかけや本人のプライベートな出来事などまさしくこの時代この著者からしか書けない非常に奇跡的な一冊ともいえるだろう。リベラルな白人と一線を画しあくまでも個人として向き合った視点は当然日本人にもおよび、その鈍感さへの指摘は残念ながら今も妥当であり非常に耳が痛い限りである。

SFマガジン2017年 6月号』
 先日一部だけだがSFコンベンション<はるこん>に参加し、ケン・リュウの実に明晰なトークぶりにいたく感動したのだが、もう一つ中国作家を紹介する立原透耶氏の企画も大変興味深かった。で、今号のSFマガジンのアジア系SF作家特集の三作品を読んでみた。
「折りたたみ北京」郝景芳(ハオ・ジンファン)
 2016年ヒューゴー賞受賞ノヴェラ。大胆なアイディアと下層階級に属する主人公の人間臭い苦悩が見事に融合し、現実の諸問題が浮かび上がってくる評判通りの傑作。
「母の記憶に」ケン・リュウ
 ショートショートといってもいいような作品だが、ありそうでなかったアイディアが見事に情感を醸し出している。さすが。
麗江の魚」スタンリー・チェン
 奇しくも(意図してか?)3作とも時間と人間をテーマにした作品で、「折りたたみ北京」とも共通する格差の問題も背景に感じられる。前の「鼠年」も良かったが今回の方がよりSFらしい。
どれも非常に面白かった。3作品(やケン・リュウ作品)で中華系のSFの印象をひとくくりにするのは問題であることは重々承知の上で印象を書くと、情緒的な部分でやはり共感する部分が大きく、同じ東アジアのせいか共有する文化的な部分によるものなのかもしれない。魅力的な作家が多くいるようなので今後中国の作品の紹介が進むことを期待したい。
※2023年7月追記
 SFマガジン2017年6月号日本作家の2作を遅れて読んだので追記
「スタウトのなかに落ちていく人間の血の爆弾」藤田祥平
 作者は当時ゲームコラムで注目されていたようだ。いつからか小説以外の分野の若手による非SFをSFマガジンに積極的に載せている流れがみられるね。作品は、大学の卒業課題を「スローターハウス5」の評論と全訳にした主人公の日々を描く青春小説。今存在するのか疑問符が付くような酒まみれの大学コミュニティが活写されていて、切なくなかなかいい感じではあるが(あえてではあろうが)オールドスクールっぽさもある。
「コンピュータお義母さん」澤村伊智
 折り合いの悪い義母が老人施設からネットワークを介して家の中を支配していく。現代の日常から秀逸なアイディアで古くて新しい現代の怪談を描くのが上手い作家である。