異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2022年5月に観た映画

「ハッピー・デス・デイ」シリーズ
 偶然CSでやっていたのを観出したら意外な掘り出し物だった。1作目を観たのは2月だったのだが、2作目は録画したものの消化できず、まとめて今回感想を。
「ハッピー・デス・デイ」(2017年)
 学園もので、タイム・ループとコミカルな殺人ミステリが乗っかった作品だが、いずれの要素もうまく融合しているし、ところどころにちょっとしたひねりが効いていて飽きさせない。まあ主演のジェシカ・ローテ、ちゃらんぽらん学生というよりは気ままなOLといった感じにしか見えないのだが、コミカルだけど頑張り屋なキャラクターには似合っていた。続編がつくられたのもわかる。
「ハッピー・デス・デイ 2U」(2019年)
 続編というか、SFアイディアをかませての破茶滅茶な特別バージョンといった感じ。でも前作のツボはしっかり押さえて、ファンサービス十分の楽しく仕上がり。ステレオタイプともいえるが理科系学生のオタクっぽい雰囲気もよく出ていたし、2Uの方は優しそうなママ役の人の存在感で、ややもすると荒唐無稽一辺倒になりがちな作品のバランスをうまくとっていた。全体にこのシリーズ、バラエティに富んだ配役の妙で好企画になったんじゃないかな。
地球の静止する日」(1951年)
 今更の初見だが、素晴らしかった。基本的にクラシカルな宇宙船やロボットの造形だが、宇宙船内もスタイリッシュ。ツルっと滑らかな造形は、一時古臭く見えていたかもしれないが、時代が何周かして、今や品の良い佇まいすら感じさせる。起伏に富んだストーリーも完成度が高く、白黒の陰影が後半のサスペンスの効果を高めている。また、地球人の一致協力が得られないという背景は冷戦時代らしさが感じられる。先に読んでいた原作ハリー・ベイツ「主人への告別」との落差(原作はそもそも短く、短編のコアであるオチは映画では完全にオミットされている)についてはこの『地球の静止する日 SF映画原作傑作選』の解説にあるような複雑な制作背景、つまり「企画意図が先にあり、それに合ったアイディアを求めて原作を探す」ことにあったようだ。

2022年5月に読んだ本・漫画、鎌倉文学館


◆『羅陵王佐藤史生
 去年創元から出た『SFマンガ傑作選』(福井健太編)で遅ればせながら初めて読んで、ユニークかつ面白かったのと、twitterで言及されていて興味を持ったので買って読んでみた。どの作品も性差の難しい問題を繊細にくみとっているSF/ファンタジー作品ばかり。1980年代にこうした視点を有していたことに驚かされた。特に「タオピ」は(はっきりとは示されていないが)近未来が舞台で、日常と地続きの問題に焦点が合わせられており、今日こそ広く読まれるべき作品だろう。
◆『ウルトラマンを創った男 金城哲夫の生涯』山田輝子
 沖縄出身のシナリオライター、<ウルトラマン>の誕生に大きく貢献した金城哲夫の伝記。なんとなくしか存在を認識していなかった人物だが、想像以上に起伏に富んだ歩みだったのだなあ。若くして東京に出て、そこで成功したため、本土と沖縄に引き裂かれてしまった人生が切ない。沖縄、昭和中期の学園生活、TV創成期など一つの昭和史としても読める一冊。面白かった。復帰50年かつ「シン・ウルトラマン」公開の今年、今一度金城哲夫に関する本が出たり再評価の動きが出て欲しいとも感じた。著者は金城の先輩にあたり、結構遅い年齢で朝日カルチャーセンターの講座でノンフィクションの書き方を学んだことが記されている。本書は大変良く書かれていて、そうした講座の力というものも知る事になった。
◆『叛逆航路』『亡霊星域』『星群艦隊』アン・レッキー
 元は宇宙戦艦AIでその人格を4000人の肉体に転写する存在(属躰=アンシラリー)でもあったが、策謀のため艦隊を失い、単一の属躰として残されてしまった主人公ラドチ。復讐を誓い、独裁者に対峙しようとするが、という<アンシラリー>シリーズ。この3冊以降1冊翻訳刊行されたが、まずはこれらが3部作となる。宇宙もののSFだが、冒険活劇というよりは権謀術数の宮廷劇の方がむしろ近いか。性差のない世界で”彼女”を代名詞に据えるユニークさに目を引かれるが、属躰などテクノロジーのハード面、文化(や美術)・宗教・社会構造などソフト面と両面のアイディアの方もよく練られていた。表現においてジェンダー問題にも切り込み、複雑な世界が立体的に浮かび上がらせようとする野心的な作品だった。茶など東洋的なカラーがあるのもよいアクセントになっている(『茶匠と探偵』と相通ずる印象がある)。自分としては権力者による抑圧とそれに対する抵抗がストレートに出た2巻目『亡霊星域』がわかりやすい展開で一番良かった。まだ十分まだ消化できない部分も多いが、雑感として、多少惜しいところをいえば全体的にキャラクターが硬めで全体に生真面目さが強いところか。皮肉なユーモアや、異星人の通訳士の話が通じないところとか、遊びの部分もあることはあるんだが。

雑誌も読んだ(例によって古いの)。
◇ナイトランド・クォータリーvol.10 逢魔が刻の狩人
ゴーストハンターやオカルト探偵ものの特集。
○フィクション
「異次元の映像」グリン・オーウェン・バーラス
 女性ハードボイルドどホラーが融合した作品で、主人公の私立探偵キャシーの等身大なキャラクターがなかなか良い。キャシーものはこの時点で13作あるという人気ぶりもよくわかる。
「冥府から来た相棒」アラン・バクスター
 母親と自分を置き去りにした父親に復讐をするため、父親に殺された幽霊とバディを組むという設定がユニーク。オチもなかなか現代的な味。
「開かずの間」ヘンリー・S・ホワイトヘッド
 ”カーナッキ”リスペクトの幽霊屋敷もの、というか本文にそのまま言及されている。本作は1930年で、忘れていたが『アメリカ怪談集』収録の「黒い恐怖」の作家で西インド諸島での体験をヒントにした作品が多いとのこと。「黒い恐怖」自体はそんなに好きではないのだが、他の西インド諸島ものを読んでみたい(植民地時代のその周辺に興味があるので)。
「もう一人のエディ」キム・ニューマン
 興味はありつつ著書をなかなか読むにいたっていない作家だが、ブッキッシュなイメージ通りポオの要素を巧みに流用した作品に仕上げられている。
「マウンディ牧師の呪い」シーベリー・クイン
 連続する自殺の謎を追うジュール・ド・グランダン。フランス人なのはデュパンへのオマージュか(岡和田晃解説にあるようにしゃれた紳士らしいふるまいはポワロのようでもある)。ただ持ち味はむしろ小気味よい展開とダイナミックなアクションか。そうした他の怪奇探偵とは違う持ち味、また作品の背景にある当時らしい差別的でマッチョな視点と逆説的に現れる抑圧されたものたちの反逆の要素を解説した岡和田晃「《超常探偵ジュール・ド・グランダン》と叛逆への道筋」 も必読。
「口寄せの夜」<一休どくろ譚>朝松健
 お馴染みのシリーズだが、冒頭一休没後の状況でおやと思わせる。そして歴史をからませたオチにいたる。毎度の感想ながら巧いなあ。
「山ノ女忌譚」友野詳
 作者の名前はよく見かけていたが、読むのは初めて。ゴーストハンター時代小説。いつの世も変わらぬ因果な男女の綾をテンポ良く描いている。
○ノンフィクションなど
・藤原ヨウコウ・ブンガク幻視録(2)リットン岡本綺堂訳「貸家」より
・<ゴーストハンター>シリーズの歩み 岡和田晃
 ゲームの世界に<ゴーストハンター>という名の通りゴーストハンターをテーマにしたシリーズが既に1987年から国内にあるらしく、不勉強ながら初めて知る。安田均山本弘らの貢献の大きさもよくわかる。
・魔の図像学(10) ウィリアム・ブレイク 樋口ヒロユキ
 ブレイクに関してあまりよく知らなかったので、いろいろ知ることができた。「ゴシック・リバイバルの画家」でもあり、マティスにも影響を与えていたんだなあ。
・仁賀克雄インタビュー
 長いキャリアの翻訳家の歩みがわかる。
・<イベントレポート>朝松健『アシッド・ヴォイド』発売記念トーク&サイン会
 美術作家マンタム氏がパートナー。中古の仏壇をドイツにワインロッカーとして輸出していた古道具屋の話(白い着物の女が現われ、それがうけたので他にもないかという問い合わせ)やウィリアム・バロウズラヴクラフトのつながりとか大層楽しそうな様子が伝わってくる。
S-Fマガジン 2012年 11月号
 日本SF特集なのだが、宮内悠介作品(「ジャララバードの兵士たち」は既読で、他インタビューばかりなので以下の作品だけ読んだ。
「星の鎖」ジェイ・レイク
 星々の公転・自転が全て歯車でつながっているというぜんまい仕掛け宇宙のを舞台にした中編。なかなか魅力的な設定だ。2010年6月号掲載の「愚者の連鎖」の続編ということだが、宇宙への憧憬が前面に出たSFとしては非常にオーソドックスなロケットもので、ロマンスもからみ、基本的にはわかりやすいタイプの作品だ。ただ、前作未読でよく分からないところもあるし、このぜんまい仕掛け宇宙のイメージがどうにも入ってこず、十分に楽しむところまではいかなかった。そして、著者紹介に闘病中であることが記されているが、残念ながら2014年に亡くなられたようだ。 https://en.wikipedia.org/wiki/Jay_Lake
ついでに2010年6月号が見つかったので、「愚者の連鎖」も読んだ。こちらは短い作品で、共通の主人公(ザライ)が遭遇した事件が描かれる。人物関係などはこれで把握しやすくはなったが、それでもやはりこの<ぜんまい仕掛け宇宙>のイメージがなかなか想像しにくい。本筋は3部作らしいので、それを読まないとイメージをつくるのは難しいのかな。

そうそう5月29日には久しぶりに(数年ぶり。5年くらい行ってなかったかも、近所だけど)鎌倉文学館に行った。バラが美しかったのだが、大河ドラマの関係で源平を題材にした資料の展示も面白かった。吾妻鏡って漢文なのだね。室町時代の資料になってくるとカナが出てくる。基本的な事を知らないので、発見だった。ちなみに大掛かりな改修になり、来年4月からしばらく閉館。2年の工程のようだから2年閉館なのかもしれないな。たしかにその目で見ると建物の外壁は結構傷んでいたね。
鎌倉文学館、来年4月から休館 大規模改修で2年間 | 鎌倉 | タウンニュース

2022年4月に観た映画

 結局「デューン」以後はまた家で観ているだけですね。まあ仕事上注意をしなくてはいけないので、勿論映画禁止されているわけでもないけどついつい人混みを避け自重する日々なのです。
・「カラー・アウト・オブ・スペース ー遭遇ー」(2020年)
 ラヴクラフト原作「宇宙からの色」の映画化。基本的に家族の話だったりする点含め、たしかに違う点は多い。が、ショック的に観客を驚かすパターンはほとんどなく不気味さを出す路線で、B級風味ながら悪くなかった。幽霊屋敷ものをベースにしていることもあり、いわば「さほど練り上げられていない商業映画ベースの"シャイニング"」。人が変質する恐怖にはラヴクラフトらしさも出ている。また、黒人科学者が理知的に問題解決しようとするが、反発される(人種差別的にというニュアンスもなくもない)場面などは、ラヴクラフトの人種差別的な要素を現代的に反転させたセンスも感じられる。まあ表面上だという批判もあるかもしれないが。
・「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー」(1983年)
 カタカナで書くとなんか長いな(笑)。Let's Spend the Night Together、ローリング・ストーンズ1981年のアメリカツアーを撮った映画。英語wikiには”It was filmed at the Brendan Byrne Arena in East Rutherford, New Jersey (5–6 November 1981) and at Sun Devil Stadium in Tempe, Arizona (13 December 1981).”とあるね。まあそれにしても聴いたことのある名曲ばかりだなあというのがまず一番の(月並みな)感想。熱心に聴いていたのは20代の頃かなあ。歌詞とかあまり考えていなかったから、今回の字幕で歌詞の内容がわかって助かった。Hang Fireなんかは生活保護とかが扱われた歌詞だったんだな。全編観たのは初めてだけど、例えば"Time Is On My Side"なんかはミュージシャンビデオになっていた。ミックが歌うシーンに、過去の白黒映像がオーバーラップする演出で、バンドのたどった道のりが重なり、まだロックが若者のものと思われてた当時大層感動したものだ。が、今思うと1981年のライヴだから、まだ38歳でしかないんだよな(苦笑)。それから、映像なんかではじっこで写らなくなることが多いビル・ワイマンとかどう思ってたのかなあとかよく気になるんだけど、中心エリアから距離を取ってることも多いことが分かった。つまり割と写ろうともしてなかった(笑)。ちなみにビル・ワイマンのベースプレイはなんか好きで、抜けてからはどうもストーンズらしさがないような気がしてしまうんだよね。リズム隊のお得意のパターンがあって、あれが一つの様式だったんだと思う。
・「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」(1984年)
 BS12で結構前にやっていたのを録画視聴。当時同級生のアニメ好きが話題にしていたので、長年どんな作品かなと思っていたが結局40年近く経ってしまった(苦笑)。こういうTVシリーズものの劇場版は長い話を押し込めているのでまず全体像がうまくつかめないことが多く、これもかなり結構入り組んだ話なのでざっくりとしたところでの感想になる。一応ジェンダーが題材で、男女それぞれの(巨人族の)帝国が戦っている状況が背景にあるが、そうした図式のSFはその頃もあった気がする。なので(具体的な作品はすぐには思い出せないが)同時代的なシンクロはあってのことだと思う。だからすごく革新的かというとそうでもなくて、一方細部では当時らしい古い価値観で物語は進行しているので、全体としてはジェンダーを早めに扱っているけど表層だけかもしれないという微妙な感じになっている。時間があればこうした男女戦争ものの同時代あるいは以前の作品を読んで検討したい。ちなみにアニメの戦闘シーンとかの評価はできないのでそこは保留だが、やたらとガジェットがゴタゴタしているのがこの頃なんだなという印象は受けた。Apple以前、ということなのだろうか。リアルタイムでどうしても観る気が起きなかったのは、アイドル文化に興味が薄いため、「<巨大ロボット+アイドル>っていったい何だよ…」という思いがどうしてもぬぐえなかったからである。で、驚かされたのは、ゴタゴタしたガジェットは時代遅れになったのにアイドル文化の方がそのまま現代に以降していることである。自分の先見性のなさを思い知らされた。でもまあ時代遅れの方にもどうしても目が向いてしまい、一番笑った<失われた未来>は昭和な感じのバーラウンジで、お店にかかってきた電話が本人の前に自動的に移動してくるのである!(携帯を想像できていなかったのだ)

2022年4月に読んだ本と参加した読書イベント

◆『九(ここの)』岩田宏
 ブラッドベリなどの翻訳で名高い小笠原豊樹(の方が本名らしい)、小説家・詩人として名である岩田宏によるオムニバス型の長編。プロローグから推測するに、終戦から20年ほど、1960年代半ばくらいが舞台。鎌倉の空き家に一人暮らしをすることになった独身の文学青年の日々、主に男女関係のあれこれが描かれる。1998年刊行。昔の鎌倉の様子がわかるかなと思ったがそういった要素はそれほど仔細に描かれているわけはなく、また翻訳家的な面が表に出ていることもなく、つまりはまあ期待をしていたような作品ではなかった。いわゆるオールドスクールな日本文学。当時の文学サークルのカルチャーみたいなものや、鎌倉の生活の雰囲気がわかるし、そういった日本文学作品も嫌いではないのでつまらなくはなかったが、もっとローカルな事物や地域史要素を期待していたことなどもあり、正直物足りなかった。
◆『魔女誕生 新訂版コナン全集2』ロバート・E・ハワード
 随分1巻から空いてしまったが、他の本を読んでいて中断していた。1巻は前のブログで9年以上前だから、続けてすぐ読み始めていたとして9年くらい中断していたのかも…(苦笑) 

『黒い海岸の女王』 新訂版コナン全集1 ロバート・E・ハワード - 旧ブログ:異色な物語その他の物語(2006年5月から2013年11月までのブログ)
まあそれは読書人間あるあるということで軽快にスルーしていただいて、『魔女誕生』の方の感想。
「黒い怪獣」苦境に立たされた姫、不気味な力の魔道士、異教の神によるお告げで、協力するコナンとわかりやすい展開。国の指導者にコナンが紹介されるところのちょっとしたユーモアとかがツボ。
「月下の影」売られてしまった王女を救うコナン。正攻法のヒロイックファンタジーといえるが、彫像の不気味な彫像のシーンとかもいい。
「魔女誕生」魔女と化した女王の双子の妹が、王国を混乱に陥れる。囚われの美女、狂信的で残虐な悪役、装飾品類の過剰ともいえる描写などなどこれぞヒロイック・ファンタジーという気がする。
「ザモボウラの影」これも美女を助ける話で「魔女誕生」と共通点は多いが、こちらは妖術の描写が目を引く。今でも映像作品で使われそうなシーンもあるのは先進的なセンスを感じさせる。
「鋼鉄の悪魔」これは少しだけヒロインの設定にひねりがあるがまあ大体同じといっていいだろう。本作の山場は肉弾戦のところかな。格闘への強い関心をうかがわせる。そういう意味では夢枕獏はハワードの正統的な後継者なのかもしれない。
巻末の、ハワード没後四年でのラヴクラフトの泣かせる追想文も、それからコナン誕生の軌跡を精緻に分析し大変示唆に富んだ中村融解説もまた素晴らしい。
◆『魔の都の二剣士』 <ファファード&グレイ・マウザー1> フリッツ・ライバー
 ナイトランド・クォータリーのエルリック小祭りで、ヒロイック・ファンタジーにまた興味が出ている(大昔から気になっていたんだけど、長らくムアコックぐらいしか読んでいなかったんだよね)。で、名高いこのシリーズを読んでみた。
「雪の女」あにはからんや若い頃のことから始まるんかいっ、というのが正直な感想。そして、ファファードおまえ妻と子があるんかいっ(苦笑)。しかしまあ英雄コナンとは40年弱時間が違い(本作は1970年発表)、人間関係や社会の在り様など、ヒロイックファンタジーも随分複雑化している。ファファードは旧弊な地方から都会に出ていこうとする感覚の鋭敏な若者という位置づけになっている。
「灰色の魔術」こちらはグレイ・マウザーの若い頃を描いているもののようだ。ただ1962年発表で、これもシリーズが定着してから書かれたものなのではないか。公爵の娘がヒロインで、「雪の女」と変えてあるところがさすがである。
「凶運の都ランクマー」いよいよ二人が揃ってコンビ結成!(さらに個性豊かなパートナーたちも加わりって)となるのだが、意外とダークなストーリーだった。ユーモア・ファンタジーと思っていたが、"ユーモアもある"ファンタジーという感じかな。
 全体に現代性が感じられるが、本書の収録作の発表年がいずれも60年代以降(シリーズの最初の作品は1939年と意外なことにコナンとあまり差がない)なので初期作の方とも比較しなくては。
◆『折れた魔剣』ポール・アンダースン
 丸屋九兵衛さん激おすすめの作品。ファンタジーづいているのでこれも読んでみた。そもそもハヤカワ文庫SFで出ているが、これはファンタジーだよな。取り替え子でエルフに育てられた人間の子が成長し、恋と闘いに運命を翻弄されいていく。コアのストーリーに数多くのエピソードが加わって面白かった。ただ本格的ファンタジー長編は読み事が少なく、よくわからないところもところどころにあり、ファンタジー(や神話)を読む経験が乏しかったのだなあとも感じた。その上でざっくり「ファンタジーはいろいろな話がテンコ盛りされているジャンル」という印象を受けた。雑感としては、長尺のファンタジーシリーズをコンパクトにまとめるとこの作品になるのかもしれない(その辺が丸屋さんがおすすめしている理由かも。つまりファンタジー入門作品として)。また、巻末の井辻朱美解説はポール・アンダーソン論・ファンタジー論である上に、ファンタジー側から見たSF論になっていて非常に読み応えがあった。興味のある方は是非ご一読を。
□『みんな水の中-「発達障害自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』横道誠
 twitterで橋本輝幸さんがご紹介されていたので読んでみた。詩、論文、小説とユニークな形式で書かれているのだが、発達障害当事者として自分の言葉を紡ぎ出すために編み出されたものということが読んでいてわかり納得。多くの発見をさせてくれる本で、文学作品の引用が多くてその意味でも楽しい本。実は身内に発達障害者がいる。本人の行動の様式を理解する上で、本書には様々なヒントを与えてくれた。

あと以前からいろいろ怪奇幻想小説のお話を伺う機会のあった中野善夫さんがゲストで登場した4月のSFファン交流会も参加した。
www.din.or.jp
 ファンタジーのパロディ的な側面、様々なキャラクターをちりばめた現代エンターテインメントの先駆としての側面で、評価を高めているJ・B・キャベルの<マニュエル伝>がテーマ。実は未読なので、読んでみるきっかけとして参加。笑いの要素がありそうで楽しそうだ。それにしても、現在海外で大ヒットしているというわけでもなく、中野さんや安野玲さん、垂野創一郎さんら個人のつながりから訳書出版に至り人口に膾炙する流れがなんとも書物というものの不思議な面白さを強く感じる。

2022年3月に読んだ本と100分で名著ポー・スペシャル

◆『ニュー・ゴシック―ポーの末裔たち』鈴木晶・森田義信編訳
  1992年刊行の日本で編訳された本。「偉大なアメリカ小説(グレート・アメリカン・ノヴェル」の伝統から長編を中心としてきたアメリカ文学の歴史が、1960年代以降変質して短編小説が大きな潮流となった。描かれるものも日常的なものが多くなり、そのなかでリアリズムからはみ出すものも出てきた。というような流れで、編訳の鈴木晶氏がそういった「現実のなかの隠された部分」を「ニュー・ゴシック」と名づけ、アンソロジーとして成立させたという経緯のようだ。ちなみにこれは新潮社から出ているが、同じ年に福武書店から出た『幻想展覧会-ニュー・ゴシック』1・2はパトリック・マグラアら編集の本を翻訳したもののようだ。1992年は小ニュー・ゴシックブームだったのね。
「他者たち」ジョイス・キャロル・オーツ
 短い作品で、相変わらず導入が巧みでストンと落とす。やはり上手いね。
「監禁」パトリック・マグラア
 ベンサムが死後遺言に従い本当に剥製にされた話が出ていたが、検索したら事実らしくて驚いた。作品の方は、語り手の独白により歪んだ世界へと導いていくというマグラアらしい味わい。
「懐かしき我が家」ジーン・リース
 カリブ海と恐怖の結びついたリースもまた気になる作家で、これも小品ながら独特の空気感をたたえている。
「人類退化」T・コラゲッサン・ボイル
 退化を比較的ストレートに扱った作品だが、現代作品にも関わらず、先祖返りしたような怪奇色風味でしあげられてい。
「敵」アイザック・B・シンガー
 再会した旧知の人物から、船旅の時に自分だけに嫌がらせをしてきたウェイターの話を聞く。短いシュールな怪奇譚の背景にユダヤ文化の神秘志向や差別から逃れる生活が見られる。
「暗殺者の夜」ロバート・クーヴァー
 戯画的な要素があるのはわかるが、どうもゴシックそのものを把握できていないせいか、ポイントがつかめなかった。
「北へ」メイヴィス・ギャラント
 デラシネ(déraciné:根なし草)の人々を描く事が多い作家と解説にある。汽車内に偶然隣り合わせた男と母子のやり取りが描かれるなかで、そうした作者の感性がみえる。
「牢窓」ルイス・スタントン・オーキンクロウス
 博物館の展示物が毀損される怪現象を解くうちにアメリカの昏い歴史が浮き上がる。ニューヨークの上流社会の風俗、特にその衰退を郷愁をこめて描くと解説に書かれていてそうした資質が本作にも現れている。
「幽霊と人、水と土」チャールズ・ウィリアム・ゴイエン
 亡くなった夫の夢を見る女性の話。怪奇譚だが、境界域の現代文学といった風味がある。
「熱病」ジョン・エドガー・ワイドマン
 1793年フィラデルフィアでの黄熱病流行を材に取った作品との事だが、作者は黒人作家で、疫病による社会の混乱に奴隷制での黒人の苦悩が渾然一体となった様相が表現された傑作である。
「ブラック・ハウス」パトリシア・ハイスミス
 酒場で男たちが口々に語るブラック・ハウスの思い出。興味を抱いた若者が調べてみようとするが。ニューロティックで心がザワザワするような味わい。名高い作家だが数篇くらいしか読んでなくて、短篇集読まないとなあ。
◆『あいつらにはジャズって呼ばせておけ ジーン・リース短篇集』
 ”惑星と口笛ブックス”の本

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 1890年ドミニカ国生まれ、"クレオール(植民地育ちの白人)"の作家ということで、昔のカリブ海に興味がある身としては以前から気になっていた一冊。
「心霊信奉者」怪奇、ホラーというよりは男女差を巧みに切り取った(キツめ)のジョーク小説といった趣。
「フランスの刑務所にて」囚人の面会者や看守の様子が描かれるスケッチのような作品だが、世の中の中心からはみ出してしまった人々の苦痛や不安が感じ取れる。
マヌカン」モデルたちの舞台裏というか生活スケッチみたいな感じ。筆は生き生きとしていて本人の体験のようなものが見えてくる印象がある。
「飢え」作者は起伏の激しい人生で困窮期も多く、飢えに関する体験もあっただろうと思うが、あまりにもなオチには笑った。
「アリヴェ通りにて」運命に翻弄されてきた女性の内面がこれまたスケッチ的に描かれるが揺れ動く様がなんともよく出ている。
「母であることを学ぶ」現代でいう産後鬱的な状況が表現されているのはなかなか斬新なのでは。
「灰色の日」詩人のシリアスな独白と現実の落差みたいなものにどことなくやるせないユーモアがみえる。
「シディ」これも刑務所のスケッチだが、囚人の生活そのものに焦点があたる。コーランの流れている場面など印象に残る。
「金色荘にて」これは裕福な家のスケッチ。これも体験が元になっているようだが、1920年代でも画家を抱えていたというのは本当なのかな。
「ではまた九月に、ペトロネラ」とりとめのない展開で男女の交流が描かれる作品だが、(作品の設定である)1910年代の人々の意識・偏見、生活スタイル、物言いなどがみえてなかなか面白い。
「あの人たちが本を焼いた日」ドミニカ国を舞台に周囲と馴染めない子ども同士の交感がなんとも切ない傑作。植民地生まれの白人である作者の幼少時代が反映されているのではないかと思われる。
「あいつらにはジャズって呼ばせておけ」書かれた当時のロンドンの困窮した生活と思いがみえる作品。解説を読むと、音楽あるいは文化史上のジャズという言葉の複雑なニュアンスが反映されていることがわかり興味深い。タイトル的には(植民地育ちではない)'普通の"白人がいうところの<ジャズ>に対する、やや醒めた感覚が感じられるがどうだろう。
「虎のほうが見た目はまし」こちらもロンドン、これまた解説にあるように移民差別が背景にある作品。これも「あいつら…」と同じように当時の人々の思いや考えが生のまま残されているところが面白い。一方でこの作品では<スウィング>という言葉へのこだわりが強く感じられ、「あいつら…」での<ジャズ>との違いが興味深く思える。
「機械の外側で」こちらはパリの病院が舞台。やはり絶望や困窮に迫られた1日の姿が描かれるが、ほんのわずかいたわりの心が現れるのが救い。
ロータス」またロンドン。娼婦だったと噂される、小説を書いているアルコール依存の女性と隣人のやり取りが描かれる。これまたなんとも重いものが心に残る。そして度々作中に音楽が登場し、あまり直接に音楽への愛着は語られないが、作者の中で大きな要素であったことがうかがえる。
「堅固な家」ロンドン空襲が舞台だが、どんな時でもさほど変わらない人々のやり取りに作者の透徹した視野をみることができる。解説にあるようにタイトルの皮肉、また作中人物の扱いの斬新さとか才気を感じさせる作品。
「よそ者を探る」舞台は戦後、なのかな?この作品でも物を書く、世間とうまくやっていけない作者本人を連想させてしまう女性が登場する。作中作のなかに描かれる鬱屈した論理にはどうもわかりにくい面がどうしても否めない。ただ、一方そんな人物を客観視しているようで突き放した冷静な面も見えたりする。
「タン・ペルディ」3部構成でイングランド、ウィーン、カリブ海が舞台。ウィーンで日本人の事が面白おかしく書かれているのが面映い感じもあるが、当時の海外に出る階層の日本人の様子がフラットに描かれている点で大変興味深くもある。カリブ海のパートは"クレオール"と現地の人達の関係といった点でまた知ることが出来る。
 解説にも指摘があるように、登場人物には女性嫌悪的な発言がところどころにみられる。ただそこには構造的な抑圧で生じた歪みに対しての嫌悪感といった要素がある。なので「人間嫌いなのではないか」という解説での指摘が当を得ているだろう。実はカリブ海ドミニカ国出身ということで、植民地時代の文化などが反映された作品がもっとあると期待していたが、それは「あの人たちが本を焼いた日」と「タン・ペルディ」の一部で少なめであった。ただまあ(よく考えると意外でもないのだが)実際には作者は各所に移動していった人で当然ながらいろいろな土地が出てくる。むしろ<拠り所のない彷徨える魂>を描いているといえる作品群だ。その苛立ちにはややピンとこない部分もままあるが、突き放したようなある意味透徹した視線には変えがたいものがあり、印象に残る短篇集であった。解説も充実していてありがたい。
◆『光の王』ロジャー・ゼラズニイ
 長年の積読を経て、ゼラズニイの最高傑作ともされる作品を読了。場面場面に魅力的な部分はあったが、あらすじや解説を読んでも設定がどうしても頭に入ってこなかった。インド神話の知識が不足していることが原因が、正直なところよくわからない話だった。1967年刊行の作品らしく、カウンター・カルチャー的なセンスが感じられること、どうやら<加速主義>との関連の指摘もあることはメモしておこう。
◆『チャイルド44トム・ロブ・スミス
 今月読んだ中では一番の面白本。スターリン政権下のソ連で起きた連続殺人を追うミステリ。捜査のための手段が極端に制限された中で、体制側の必ずしも善とはいえない捜査官が様々な経緯から犯人探しに奔走する。全体を通じて実にエモーショナル、いわゆる「エモい」作品だ。中盤から後半にはアクションや冒険小説の要素も加わり、悪役のいやらしさも見事、熱く盛り上がる傑作だった。後半バディ物でもあるんだけど、ちょっとありそうでない組み合わせ(以下少しネタバレで色を変えます:夫婦がバディになるパターンは意外と珍しいのでは)だったり細部も巧い。翻訳の現代ミステリ超久々だが、出色の出来。
◇ナイトランド・クォータリーvol.28暗黒の世界、内なる異形
なんとエルリックもの2作!エルリック祭りじゃ!
〇フィクション
「メルミロ」ウォルター・デ・ラ・メア
 鳥の動きが妖精のダンスにむすびついていく静謐で美しい幻想詩。コアイメージはどこからきているのかなあ。
「漆黒の花弁」マイクル・ムアコック
 薬草を救いとしなければならないエルリックと王の救出に赴くチームが合流。いかにもこのシリーズらしいエルリックストームブリンガーのダークな魅力に、多彩な登場人物さらにモンスターまで登場する冒険ファンタジーの要素が加わって大満足。久しぶりのエルリックワールドを堪能した。Extra noteの情報も嬉しい。
「竜の心臓」ナンシー・A・コリンズ
 公式のシェアード・ワールドものらしい。シリーズ前半のスピンオフにあたる。エロティックな風味を加えているところが新鮮味があって、こちらも良かった。ナンシー・A・コリンズは短篇読んだくらいなんだけど、今度読んでみようかなあ。こちらのExtra note情報も嬉しい。書影の一つThe New Nature of the Ctastrophieは永遠の戦士もの、Jそれもerry Corneliusものを集めたアンソロジーで持っている。いちおう超遅読ではあるが、読み進めている(苦笑)。
「あのもう一人」ゲオルク・フォン・デア・ガーベレン
 1911年のドッペルゲンガー奇譚。ドッペルゲンガーものはそれなりに歴史があるのだなあ。
・「キーラ、インディアンの父無し娘」ユードラ・ウェルティ
 見世物小屋とマイノリティを扱った1940年の作品。今号は盛りだくさんだなあ。エルリック人狼に加え、こうした作品も載っている。どちらかというと一般文学寄りだろうか。戦前に現代にも通じる視点が光る。
「廃物たち」ティム・ワゴナー
 世の中から不要になったものを集める謎のものたちがいる。行き過ぎた効率化の進んだ社会への不安を反映したグロテスクユーモアの漂う好編。
「呪いの目」エラ・スクリムサワー
 1920年の女性オカルト探偵もの。たしかに最後は唐突で、バランスが悪かったりもするが、なかなか雰囲気はあり、執筆時代含め貴重な作品だ。
・隙間の心<精霊語彙集> 高原英理
 文学賞パーティを舞台に、都会の”隙間”をめぐる怪談。赤瀬川源平のアレと書くともう同世代にはネタバレかな(笑)。事物や社会に潜む狭間を巧みに切り取っていて好みの作品。後に解説がある『日々のきのこ』も面白そう。
・「赤鰯」壱岐津礼
 戊辰戦争の混乱を舞台に、遺体から物を奪う日々を送る二人組が出会う怪異が描かれる。虐げられた人々の現実が相も変らぬ世界の様相と重なるが、作者解説にもある「名刀ものの変形としての<なまくら刀>」のセンスが効果を上げている。
〇ノンフィクション
井辻朱美インタビュー
 さすがに著名な方だけに、翻訳作品の多彩さにまずはあらためて驚かされる。短歌の活動や経歴など興味深く、エルリックへの熱い思いには感動。
・疑似ダンピール奇譚 丸屋九兵衛
 いわゆる<傍流>にあたるものへの視点。ホラーにしてもSFにしても世界史にしても丸屋さんの見るところは変わらず、そこが示唆に富んでいる所以なのだなあと思う。
・「ナイトメア・アリーと「獣人」をめぐる解釈学 岡和田晃
 「ナイトメア・アリー」の名は耳に(目に)していたがトッド・ブラウニング「フリークス」の系譜だと知ると機会があれば観ないとなあ。チャールズ・G・フィニイトム・リーミイやキャサリン・ダンの名が挙げられていて一つの系譜を知ることができた。ただ『異形の愛』での<家族>の重さにはちょっとついていけないところが正直あったんだよな。
・<暗黒の世界>の浸食と顕現 岡和田晃
 異形のものをフィクションはどう描いてきたかがゲームまで幅広く言及されていて、疎い分野が多い上に新規ジャンルにもなかなか手が出ないくだびれたオサーンにはありがたい。
・虚実綯交ぜの闇の世界に蠢く者たち 深泰勉
 歴史上の人物をうまく取り込んだホラー系のドラマシリーズが紹介。ムムムどれも面白そうだぞう。特に「魔界探偵ゴーゴリ」気になるなあ。ヴィイゴーゴリの話は知らず、ちょっと掘ってみたくなる。
・<覚えておいて欲しいこと>第六回 井村君江
 幽霊と狼男についてそれぞれ書かれているが、キャリアから自然に紡ぎだされた文章になんとも滋味があり心地よい。
・<アンソロジーに花束を>第十回 ホラー年間傑作選の意外な歴史 安田均
 今回は各ジャンルの年間傑作選について。SF、ホラー、ファンタジー年間傑作選の歴史が俯瞰できる貴重な内容だ。、 
・現代魔術が目指すもの 軒端斎一
 アラン・ムーアも魔術師だし、現代の魔術師状況というのを知る上で大変興味深かった。
・あなたの隣にいる人狼の「闇」 浅尾典彦
・狼の駆ける世界を眺めて 深泰勉
 今号はノンフィクションについては人狼特集でもある。前者は歴史から始まり、主に映画での人狼の歩みが記される(大変充実した映画リストもある)。後者はより人文的観点から様々な文化においての人狼が開設されている。

 さて内容によって時々観ている100分de名著だが、今回は巽孝之先生によるエドガー・アラン・ポースペシャル!。いやこれはいいね。SFをはじめとする現代文学の潮流に対して造詣が深いポー研究者、これは見逃せない。ということで、全4回コンパクトに読みどころを提示してくれる期待通りの内容だった。
第1回「アーサー・ゴードン・ピムの冒険」以前読んだときはなんだかやたらといろんなことが起こるが少し未整理にも感じた作品だが、ジャンルミックスの先駆と考えると納得できる。再読しないとなあ。
第2回「アッシャー家の崩壊」よく考えたら読んだのは随分前で、ラストくらいしか覚えてなかった(苦笑)。いろんなホラー系の作品に直接の影響を与えているのがよくわかる。映画の以前に先取りした表現をしていたというのが一番の驚き。
第3回「黒猫」これはシンプルなので筋は覚えていた、といいたいところだが、細部は忘れてた…。猫の模様のところとかほんとに怖い。魔女狩りや禁酒運動など社会の動きとの関わりの話も面白かった。
第4回「モルグ街の殺人」ミステリが都市に関する小説だというのはおぼろげには理解していたが、原型が観察小説「群衆のひと」なんだな。そこに事件の謎解きがくっつくことになった、実は探偵小説は偶然うまれたのかもしれないという巽先生の話が非常に示唆に富んでいた。
ポーは偉大な作家なのだが、さすがに150年以上前(そろそろ200年弱といってもおおげさでもなくなってきた)の作家なので、ある程度の補助線はあった方が良い。そういう意味で適切な補助線を引いてくれる素晴らしい企画だった。