異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2022年8月に観た映画など

録画していたのをちょっと見ました。

「ベニスに死す」(1971年)

 大昔に観た時は(おそらくこちらが20代)主人公の行動が理解し難かったが、こちらも年を取ったことや原作が1910年代だったことなどをふまえると今回はわかりやすくなった気がする。ただ(ルードヴィヒぐらいは観たことがあるが)映像美で知られるヴィスコンティにしては(室内はともかく)ヴェニス自体があまり美しくないのはどうか。映像のリマスタリングの問題もあるかもしれないが、美しさの背景で死が忍び寄るような「光と影」のコントラストの「光」の部分が弱いような気がするのだ。というのも続けて観たNHKドキュメンタリーのベネチアの方が、「損傷がひどいので維持が大変」といわれながら映画より美しいのだ。これは映画製作時(1971年)の問題なのか、デジタル撮影機器の進歩なのか。あと全体に手堅くまとまっている程度で、それほど冴えた出来でもないと思う。まあそれはともかくとして原作への興味は増した。マンのオブセッションとか。

というわけでNHK番組の「貴族からの招待状 ベネチアシチリア編」も観た。https://www.nhk.jp/p/ts/5KJ8P5KWRM/episode/te/4LWQRYXK73/ 

シチリア編ではヴィスコンティの「山猫」の話も出ていたね。

レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」(1989年)

 音楽自体はワールドミュージック的な面白さは感じるが、映画は退屈だった。とにかくユーモアが野暮ったくて合わなかった。友人で公開当時やたらと気に入っていたやつもいたので、趣味の問題かもしれないが。

2022年8月に読んだ本

少し休みがあったので、積読していたものをいろいろ読んだり。なんか日本作家が多かったですね。
◆『バビロニア・ウェーヴ』堀晃
 ある種の極北、科学的アイディアを突き詰めてそこから生まれるイマジネーションを不純物なしの状態で核に据え付けて出来上がったような作品。正直なところ断片的にしかイメージ出来なかったが、終盤に繰り広げられる壮大なヴィジョンの美しさは印象に残った。クラークが基盤なのだろうか。そのうち検証してみたいところだ。
◆『あいにくの雨で』麻耶雄嵩
 連続密室殺人を追う高校生たちの話。高校生が主人公だがさわやかさはかけらもなく、人物関係・動機など最後まで著者らしいダークな味わい。ただ細かな表現の古さ、全体に漂う空虚さには少し時代のずれが出ている印象。ふと現代の新本格ものはどういうものなのかなと関係ないことをふと思った(全然読んでいないのでわからない)。雨が続いていたのと、夏休みで青春物を読みたくなったので長く積んでいた本書を読んだがさわやかさの欠片もなく全く期待には応えてもらえなかった。しかしそちらについては著者の選択を誤った読者の責任であろう(笑)。
◆『川の名前』川端裕人
 青春物への欲求が満たされなかったので、口直しで(これまた積んでいた)本書を読んだ。こちらはニーズにマッチしていた(安心)。ノンフィクション等での題材への誠実かつ客観性を重視した取り組みで惹かれていた作家だが、ちゃんと読むのは初めて。小学生たちが川に住みついたペンギンを観察する中で起こる様々な騒動を描いた夏休み少年冒険小説。2004年の作品で、小学生を取り巻く環境の変化から、昔の様な大らかあるいは現実離れした冒険ものが成立しにくい中、細部の丁寧な作り込みで伝統的な少年小説のダイナミズムの再現に成功している。
◆『ジャーゲン』ジェイムズ・ブランチ・キャべル
 ふざけた身勝手な男がいなくなった妻を渋々探しに出かけて、(なぜか)若返って様々な女性たちと恋に落ちたりいろいろな事が起こる話(で、いいのかな?)。というわけで、一般的には”ファンタジー”だが、1919年の作品にして”アンチファンタジー”的な視点がいろいろある予見的な作品。ただ様々な神話が取り込まれ、また(上記の様な性質の作品なので)アイロニカルな要素も強い一筋縄ではいかないなので読了に時間がかかってしまった。一読で当ブログ主がいえることは限られるが、会話に魅力があるので、(全部は長いので)一部を舞台にするとかなり面白そう。
◆『書痴まんが』山田英生(編)
 書店で偶然見つけ入手した。本好きがニヤリとする内容が並ぶアンソロジー。4部からなるが、栞と紙魚子の一編、オチが楽しい「巻物の怪」(水木しげる)、個人的に一番印象深かった変な連載漫画とその読者を描く「八百屋」(大橋裕之)が収録された3部「奇書と事件」が楽しかったかな。他、巻末で余韻がたまらない「蒸発」(つげ義春)、漫画史のわかる4部などなど収録作はバラエティに富んでいる。
◆『時界を超えてー東京ベルリンの壁藤本泉
 収録作は3作。冷戦時代、東西に分裂した日本を舞台にした2編とタイムスリップもの。
「時界を超えて」東西に分裂した日本。東が共産主義、西が資本主義。お茶の水駅の辺りが国境というところがなかなか良くて、東京藝術大学共産主義プロパガンダに支配された芸術を推進している状況とかセンスが光る。本書は1985年刊行(次の「ひきさかれた街」は1972年日本SFベスト集成収録だが)で、古びていない。本作は怪奇幻想風味で「ひきさかれた街」とはまたテイストが違って、著者の技量の確かさがうかがえる。
「ひきさかれた街」上記の様にSFベスト集成にも収録された傑作。SF設定はあくまでも背景にした架空の世界を舞台にしたリアリスティックな青春小説。そのアプローチはSFアイディアに軸足を置くのが主流であった当時にはやや変則的ととらえられていたかもしれないが、むしろ現在では一般文学で多くみられるもので先駆的なものだと思う。再読でも色あせていなかった。
「クロノプラスティック六〇二年」山背大兄王子がタイムトラベルする歴史SF。ざっと検索したところ少ないSF作品の中で歴史SFはあまりないようなので珍しいのかもしれない。伝奇ミステリは得意としていたようだが。
小説現代2022年4月号
 例によって雑誌は興味のあったものだけ。
 歴史を変える「if」を集めた珠玉の競作、という表紙の紹介。改変歴史SF特集ということだろう。
「パニックー一九六五年のSNS」宮内悠介
 舞台は1965年の日本だが、その時にSNSがあったらという設定。スチームパンク的アイディアを小さい時間の飛躍て試みているといえるか。開高健作品については個人的に不案内なのだが、時代の落差や日本の歩みをクリティカルにとらえ直す視点に著者らしい鋭敏なセンスが光る。
「うたう蜘蛛」石川宗生
 パラケルススを題材にしているが、ぶっ飛んだオチの音楽SF。(ネタバレで文字の色を抱えますが)唐突に近い感じのハードロックオチで腹を抱えた。
「二〇〇〇一周目のジャンヌ」伴名練
 こちらはジャンヌ・ダルクを主人公とし、時間ループもののフォーマットも組み入れた作品。火刑に処せられたという痛ましい最期を軸にして、歴史上の人物の内面、後世での評価といったテーマがSF的手法で描かれ読み応えがあった。
「大江戸石廓突破仕留」小川一水
 石の都江戸を狙った水道汚染を防ぐ若侍とその相棒の活躍が描かれる。テンポが良くアイディアも秀逸で、後半一気に明かされる真相まで見事にはまっている。魅力的な設定でシリーズ化も出来そう。
「セカンドチャンス」篠田節子
 これは特集外の一般小説。一言で言えば中高年スポ根。どこにでもいる冴えない中高年による水泳スポ根ものだ。そんなミスマッチとも思える題材の組み合わせを、見事に涙あり笑いありの快作に仕立て上げている。流石。

2022年7月に読んだ本とSFセミナーとジュンク堂トークショー(バトラー)

◆『ベースボール・イズ・ミュージック! 音楽からはじまるメジャーリーグ入門』オカモト"MOBY"タクヤ
 面白かったので、久々にシミルボンに投稿しました。

shimirubon.jphttps://shimirubon.jp/reviews/1708419
なんとなく積んでいた宇宙SFも読んでる。
◆『スタータイド・ライジング』デイヴィッド・ブリン
 大分昔の作品になってしまったが、オールタイムベストに入ってくるような人気作。謎に包まれた、全知的種族の<始祖>。数十億年前に宇宙進出を果たし、銀河文明を樹立した<始祖>は宗教的な存在となっている。が、その<知性化>(=宇宙航行種族が、遺伝子改変など様々な技術で、準知的種族を宇宙文明のレベルまで引き上げること)は連綿と受け継がれている。その先行し引き上げる方が<主族>、引き上げてもらう方が<類族>で、後者が前者に契約奉仕する関係となっている。そんな中、イルカとチンパンジーを<知性化>した未来の人類が、銀河文明と接触を果たすが、<主族>なしに<主族>の条件を満たした人類をめぐって様々な種族が敵味方に分かれる。といった設定で、本作はそんな銀河で物議を醸す存在となった人類が太古の漂流船団を発見したことから巻き起こる騒動が描かれる。しかし…どうも趣味に合わない感じだった。まずはこの<知性化>、あまりこのアイディアに強く惹かれないのだ(西洋文明主導の”文明化”みたいな傲慢さはないだろうか)。他にもストーリーテリングやキャラクター造形もバランスが良くないのか、なんとなく平板に物事が流れていくようで、コアとなるストーリーパートがはっきりしていない印象がある。俳句や詩の部分には技量が発揮されていての本国の高評価なのかもしれないが、それは翻訳では薄まってしまって正直伝わってこなかった。以下雑感。
アーサー・C・クラーク、ポール・アンダーソンの影響ありか。
・インターネット前で、SFのあり方が根底から変わってしまったことが違和感なのか。
・太古の種族にクトゥルー味がある気がするが、あまり指摘されていないので、違うのだろうか。
◆『遠き神々の炎』ヴァーナー・ヴィンジ
 これもオールタイムベスト入りの人気作。こちらも<知性>に関する壮大なアイディアの作品という点では上記と共通するか。銀河の中心部に行くほど思考速度やコンピュータの速度の低下、一方外側に行くほど高速化が莫大にすすみ超高速飛行も超高速通信も可能、果ては不可知の存在まで住む世界まである(なんでそうなるのか今一つ読解できず)。舞台ははるか未来。人類の考古学者が、眠っていた超AIである邪悪意識を解き放ってしまう。それを阻止する鍵を握るのは、邪悪意識の攻撃を逃れた一家の姉弟。その謎を巡って各勢力がしのぎを削る。本作の世評が高いのは何といってもネットの描写。情報ネットワークが宇宙で張り巡らされているという世界なのだが、1992年発表の作品にしてインターネットの描写が全く今の感覚でそのまま読めるのは驚異といっていいだろう。ストーリーも幼い姉弟を中心にポイントが分かりやすく整理されている。しかしこの作品もまた…。どうも好みとはいえないかなあ。やはり本作も進歩史観というか文明と未開の二元的な価値観がある気がして。まあ元々奇妙なエイリアン(でも人間に近い、話が通じる)がいろいろ出てくるタイプのものが必ずしも好きではなかったな(SFファンなのに)。ミエヴィル『言語都市』、チャン『あなたの人生の物語』みたいなコミュニケーション難渋タイプの異星人は好きなんだけどね。

さて今月のハイライトはこれ。
◆『血を分けた子ども』オクテイヴィア・E・バトラー
 「血を分けた子ども」
 共生生物によるグロテスクで身体的痛みのともなう描写が強く印象に残るが、終盤になって心理的な痛みを描いた物語に転換する。あとがきで奴隷制を描いたものではないと言明しているが、それはその通りなのだろう。
「夕方と、朝と、昼と」
 破滅的な自傷(および他傷)行為を起こす遺伝病。発症に怯える主人公は同じ悩みを抱えた恋人と、やはり病を持つ恋人の母親が収容された施設に向かう。生まれつき課せられた重荷、人々の関係性、自由選択など複雑な問題か突きつけられてくる傑作。
「近親者」
 亡くなった母親の遺品整理をする娘。親戚と交わす会話から明らかになる事実とは。普通小説で、細やかな心の動きの表現にはバトラーの高い技量が現れている。
「話す音」
 文藝2021年秋号に掲載され、再読。人々の言語能力が失われ、社会は暴力の支配する無秩序状態に陥っていた。コミュニケーション不能による人間たちの鬱屈した心理や悲しみといったものに焦点の当てられたディストピアSF。喪失したものに対する悲しみが、持つ者への攻撃に向かう生々しい心理描写、その一方のかすかな希望の両者を描き切っているところにこの作家の凄みがある。
「交差点」
 打ちひしがれた女性のやるせない日常を切り取った小品。自伝的な内容ではなく、作家として売れない時代に自らが陥る可能性のある状況を幻視したようなものらしい。
〇二つのエッセイ
「前向きな強迫観念」
「書くという激情」
 共に創作に対しての作者の姿勢・取り組みといったものがよく分かるエッセイ。
新作短編(と書かれている以下2編は発表年の詳細が分からないが、これまでと時代が違うのだろう)
「恩赦」
 ファーストコンタクトテーマだが、コミュニケーション断絶と図らずも異性生命体と人類の間に立たされた主人公の苦難はこれまでには描かれておらず、かつ現代社会の問題の本質をついている。
「マーサ記」
 神が登場して人間の主人公と人類の問題について話す、ビターなユーモアがほんのり漂う作品。超越的なものに対する不信と物事を自身で突き詰めて考える、作者の資質がうかがえる。
 作品のレベルが高く、各作品に作者のあとがきがつき、補助情報が多く、入門編に最適の一冊。今年のSFベストに必ず上がってくるだろう。

 で、SFセミナーもオンラインで7/23開かれて、オクテイヴィア・E・バトラー中心に聞いた。
www.sfseminar.org
 この「オクテイヴィア・バトラーが開いた扉」(小谷真理さん&橋本輝幸さん)だが、ざっと記憶に残った部分としては、小谷さんがダナ・ハラウェイ経由でバトラーを知った事や、小谷さんが体験した80年代の米ファンダムでのエピソード(男性中心主義的な言動)、「重層的な差別構造から生まれる複雑なネットワークに取り込まれた人々の問題の難しさ、それによりサバイバルが重要なテーマになる」との指摘あたり。また橋本さんがバトラーやディレイニーへの影響ということで、スタージョンの重要性を指摘したことも印象に残った(丸屋九兵衛さんの話も登場!サン・ラーの映画のパンフレットかな)。他に「小田雅久仁インタビュー」、同じく橋本さんの最新海外SF情報(多文化多ルーツ的にSFが広がっている事が興味深かった)、「真夜中にSFの古本を語る部屋」での光波耀子さん話など面白いお話が沢山で楽しかった。
 で、7/31開催だったが、結局配信は今日聞くことになった、円城塔さん×藤井光さんによるバトラートークショーで印象的だった内容も羅列してここに書いておこう(以下はあくまでも当ブログ主が聞きまとめた内容でニュアンスが違っていたらお許しください)。
7/31 円城塔さん×藤井光さんonline.maruzenjunkudo.co.jp
・平易な英語で書かれているがぶつ切りのような表現で分かりにくく、一方でしっかり読み取って見える世界は厳しいものである、というのがバトラーの難しさの一端かもしれない(藤井さん)
・必ずしも黒人らしさの強い文体というわけではない(藤井さん)
・黒人女性作家オクテイヴィア・E・バトラーの作品をフラットに受け止める難しさ。読者は作者の意図しない部分でも、奴隷制度などに内容を結びつけがちで、不満を持っていたようだ。一方ベースとして重要な要素でもあるので無視できるわけでもない(円城さん)
・SFの手法で社会の問題にアプローチする他のSF作家にはあまりない手法。読んでいて、こうした書き方が出来るのかという驚き(円城さん)
・『フライデーブラック』(ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー)との違いはバトラーが突き詰めて書いていること(円城さん)
・完成度が高いのは「夕方と、朝と、昼と」(両者)、凄く巧い(円城さん)
全体を通じて一番印象付けられたのは、とにかく似ている作家はあまりいなさそうだということ(スタージョンに関しても、円城さんが「影響を受けたというより他に女性や性の問題を書く作家がいなかったのではないか」と発言があった)。なかなかヘヴィなようだが『キンドレッド』を読まなくては。

丸屋九兵衛トークイベント6月は<BLACK MUSIC MONTH 2022>!!

お馴染み丸屋九兵衛さんのトークイベント。
今回は<BLACK MUSIC MONTH 2022>。
本人の紹介文をそのまま引用しよう。

”6月は黒人音楽月間だ。
1979年6月、南部をレプリゼントするジミー・カーター大統領時代に"Black Music Month"として始まったこの祝祭期間。
2009年にはバラク・オバマ大統領によって"African-American Music Appreciation Month"と改称された。「アフリカ系アメリカ人の音楽に感謝する月」だ。なぜなら「不平等と戦いながらアメリカ社会の自由を守り、歌を通じて信念を表現してきたのが、アフリカ系の音楽だから」。
そして、遠く東アジアに生きる私たちも、彼らの音楽に刺激され、勇気づけられてきた部分が少なからずあるのではないか。

ブラック・ミュージックに助けられた日本人の一人が、黒人音楽専門誌『ブラック・ミュージック・リヴュー』を編集することで社会人になれた丸屋九兵衛(QB Maruya)である。
そのQBが6月1日から30日までの期間にお届けするオンラインイベント・シリーズ。
それが【BLACK MUSIC MONTH 2022】with QB Maruyaだ!”

ということで多方面に豊富な知識と独自の切り口を見せ、最早何の専門家だったのか分からなくなっている丸屋氏だが、元々は上記の様に黒人音楽雑誌の編集者で本業であった。ということで、一つ一つのイベントの紹介文も実に熱かった
①〜思い出したい歌がある〜【4GOTTEN RELMZ】忘却の彼方を超えて、ネオ・ソウルの90年代へ
 90年代ネオ・ソウルの王道自体をまだ十分聴いていないので、王道以外の部分を中心に紹介するこのイベントは個人的に少々ディープなマニアックなところの強いものだったが、”ネオ・ソウル”周辺とされる音楽にも文化的背景の多面性があることが良くわかる内容だった。一方、音楽が優れているだけで残れるわけではない、非常にシビアな世界であることも感じられた(音楽活動を止めてしまうアーティストたちの多さたるや)。沢山ユニークなアーティストを知ったが、特に印象に残ったのはTeri Moïseの”Canal 2000”。 ハイチ系米国人なのでフレンチ・ファンク。ケベックで一番売れたという話も面白い。若くして亡くなったのが惜しまれる。
youtu.be
もう一曲、これは大御所になってしまうが、Issac HayesのSting”Fragile”カヴァー。イントロが長くてなんの曲か全然わからないという、らしさがたまらない(笑)。
www.youtube.com

②【Soul Food Assassins vol.26】黒人音楽概論。「なぜ歌詞で他人の悪口を言うのか」問題&その他の謎について
 ヒップホップで揶揄系での他アーティスト言及パターンがあるのはもちろん、その前から曲で他のアーティストを言及したりする文化はあったのだな。黒人音楽が(奴隷制度の歴史を背景にした)コミュニティの音楽だからというのが丸屋分析。Maxwellのコンサートで、その時に亡くなった日本人有名人(観客からすると場違い)の写真の話は文化の違いをよくあらわしているなと感じた。ヒップホップはドキュメントというよりリアリティショウ、客演カルチャーで自分の名前を名乗るようになった、ブラックミュージックは徒党カルチャーというのはなるほど。あとJBは曲で自分の名前を元々言っているのもらしいな。ファンクとヒップホップの違いなど、いつもながらヒップホップの解説がわかりやすく(いつまでたっても明るくならない身としては)助かる。ちなみに丸屋さんはマーヴェルではなくDC派だそうだ(笑)。
③【Soul Food Assassins vol.27】プロデューサー横暴録! 地獄の試聴会からバルコニー吊るしまで
 米ブラックミュージック界でのプロデューサーの独特な存在感やそれにまつわる強烈な逸話が沢山出てきてインパクトがあった。大きな権力を握った人々が起こすあれこれには笑えるものや洒落にならないヘヴィなものがあって、人間のさまざまな面に想いを馳せてしまう。その中で(一部横暴さを感じさせつつ)Ahmet ErtegunやClive Davisの優れた仕事ぶり、本来は音楽専門家ではない経歴ながら、音楽的センスの素晴らしさでポピュラー音楽史に名を残す、どこか運命的な流れに心を動かされた。Ahmet Ertegunが作曲家としで偉大だったのはびっくりした。
④【Soul Food Assassins vol.28】切なくも愛しい未発表アルバムの世界。封印された作品たちの足跡を辿る
 まずはDiana Rossのあの名盤「Diana」がディスコバッシングの影響でスピードアップされたバージョンだったとは!不覚にも知らず驚かされ、早速そのオリジナルヴァージョンのある2003年のデラックス盤を聴く。いやー例えばUpside Downなんかは、大分違って感じられる。これだと大ヒットしていなかったかもしれないのか。その他大リーグとポピュラー音楽に関する本の紹介もあってこれも購入(早速読み始めたがすごく面白い)。

それにしてもスポーツ関連情報も逃さず押さえる丸屋氏恐るべし。そして『グリンプス』への言及もあって、SFファンとしても大満足。

全体に音楽ビジネスのシビアさと偶然性に左右される歴史の不思議さが印象深い。
⑤【Soul Food Assassins vol.29】再び、映画と音楽が出会うとき。ソウル/R&B/ヒップホップ・ムーヴィーの伝説は続く
 1年前の【Soul Food Assassins vol.22】の続編ともいえる内容で、今回は実在の人物に関する映画。ヒップホップ・ムーヴィー&ブラック・ムーヴィーはまだまだ有名作品についてもフォローできていない状況なのだが、面白そうなものからダメそうなものまで、いろいろな作品があることを知る。また映画周辺の逸話も楽しい。派手な割に持続力に欠けるスヌープとB級っぽさの中に筋の通った行動を見せるマスター・Pという個性の違いもまた味わい深い。コロナもろもろで劇場も行かなくなってしまっているのだが、今後実現が期待されるカーティス・メイフィールドボブ・マーリーそしてジョージ・クリントン(!)の伝記映画が公開された観に行きたいなあ。

中野善夫「英米幻想文学への招待」を聴いた

NHK文化センター青山教室のオンライン講座「英米幻想文学への招待」全3回を聴いた。
元々オンラインでもなかなか定時の講座を聴くのは難しいのだが、ディレイ視聴可能で、講師はお話もさせていただいたことのある中野善夫さんということで参加した。中野善夫さんは幻想文学の翻訳・紹介で知られるが、SFマガジン2010年1・4・7・10月号、2011年1・4月号に連載された評論「黄昏の薄明かりのむこうへ」が大変すばらしいので是非ご一読をおすすめしたい。
1回目は幻想文学とどのように出会うのかといった話、それから本を読み過ぎた人についての小説。中野さん自身がどう幻想文学と出会ったのかなどのお話もいまや一つの歴史だろう。メタフィクション的な小説ということになるが、コミカルな系統の小説が多く、楽しそうだ。早速影響を受けて、ロマンス読み過ぎ女性の騒動を描いたという『ノーサンガー・アビー』(ジェイン・オースティン)を(ブックオフで偶然見かけたこともあって)購入。あとは個人的にあまり知識のなかった世界幻想文学大系の話も参考になった。
2回目はドン・キホーテやご自身が近年翻訳されたヴァーノン・リーなど。1回目の流れでもあり、騎士小説を読み過ぎたのがドン・キホーテということになる。翻訳紹介の経緯など興味深いお話も出ていた。
3回目は、これもご自身が近年翻訳されたフィオナ・マクラウド(日本への翻訳紹介、関連日本文学者含め)を中心に。ヴァーノン・リーとフィオナ・マクラウドは本人の性別とは違う筆名で作品を発表していて、本人にも興味が湧いてくる作家である(中野さんがその部分を意識して紹介しているのとは違うようだが)。特にフィオナ・マクラウド(=ウィリアム・シャープ)の匿名の徹底は度を越していて、手紙が必要な場合には妹に代筆を頼み、時にダミーの知人女性まで用意していたらしく、その後批判を受けたのも分からなくもない。が、切実な内面があったのだろうと想像される。ただ中野さんの要旨としては「とにかく作品を読んで欲しい」ということで、ついつい作者情報に依存しがちな読者なので自戒したいところである。
元々ゴリゴリの中学生SFファンが自らのルーツで、幻想文学に本格的に触れるようになったのはそれこそ10年余りぐらいでまだまだ初心者である。そんな初心者でも親しみやすい逸話やご自身の読書歴も含めてのお話で、分かりやすくこれからの読書へのヒントも沢山いただける内容で、とても楽しい講義であった。
※(2022 7/4追記) そうそう、多言語が読めると小説の楽しみはより増すのだなと語学に弱い身としては羨ましくなった。まあこの辺は言わずもがななのだが。