雑誌を読んだり。
◆『いまは見てはいけない』ダフネ・デュ・モーリア
娘を失い、心理的に動揺のみられる妻とヴェネチアに旅に出る主人公。謎の老姉妹から亡くなった娘を幻視したと告げられたという妻に気を揉む。意外な方向に話が展開して結末になだれ込む。同じ作者の「美少年」もヴェネチアだったが、幻のようで死の影が漂う都市を舞台に言葉の通じない旅行者の不安が重なり、舞台効果を上げている。映画ヴァージョンであるニコラス・ローグ監督の「赤い影」も評価が高いらしく是非観てみたい。
「真夜中になる前に」
趣味の絵画作成のためクレタ島に赴いた教師が現地で遭遇する出来事が描かれる。主人公がなかなか狷介な性格で、それも相まって悪循環から抜け出られない緊迫感が非常によく描かれている。解説にある神話とオーヴァーラップした側面は把握しきれなかったので読み直してみよう。
「ボーダーライン」
父の死の際に遭遇した出来事などから、気になった父の旧友の元を訪れることにした娘。本来の目的を隠しての詮索のため、軟禁に近い状態になるサスペンスフルな展開が巧みで、この作家はサスペンスの作家だなあと実感する。
「第六の力」
いかがわしい研究に打ち込む学者の元へ派遣されることになった主人公。死後の人間の生命エネルギーを解き明かすのが目的と知り、当惑するも次第に協力をするようになる。枠組みとしてはSFにも位置づけられる作品だが、禁忌に抵触し慄く人間の心理が物語の機動力となっていて、終着点は異なっているように思われる。
サスペンスの描写には追随を許さないものがあり、その手腕に唸らされたとともに、神話・宗教・疑似科学などバラエティに富む題材でデュ・モーリアの幅広い顔が伺える好短編集だった。
で、kazuouさんの怪奇幻想読書会に参加。SF境界領域として「第六の力」の話題が特に面白かったなー。その他にもさまざまな話題が出て楽しかった。
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そして次回の怪奇幻想読書会はジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』!!いやあこれは嬉しい。ということでー
◆『デス博士の島その他の物語』ジーン・ウルフ
再読した。
まえがきに「島の博士の死」という掌編が挿入されているが、これがさりげなくそれでいてウルフらしいブッキッシュなユーモアを湛えておりなんとも素晴らしい。それから冒頭に島々に関する作品として「取り替え子」(『記念日の本』収録)が言及されていて、ついでに再読。こうなってしまうからなかなかウルフは読み終えられない(笑)。
「デス博士の島その他の物語」
再読何度か目になるが、全体がコンパクトな長さの中の小説内小説がきちんと起伏を感じさせるところにウルフの凄さの一端をみた。それにしても素晴らしい作品で虚構を愛する人々全てに贈る賛歌のような名作である。蛇足だが同じDr.のところをブラック先生とデス博士と訳し分けてるんだな。
「アイランド博士の死」
ある島で、物事の理解に問題を抱えた少年が次第に世界を発見していく。これまでかなりの部分を理解できていなかったな。これまた大傑作。世界の認識が転換するというようなモチーフが作品全体に散りばめられている。残酷でありながら優しく美しいウルフワールド。
「死の島の博士」
自ら語る本を開発をした発明家が罪を犯し、新しい技術である冷凍睡眠の実験台で四十年後に送られる。ディケンズ作品のオマージュがふんだんに取り込まれているなど、なかなか謎が多い作品。ただオーディオブックや電子書籍が当たり前になるはるか前(朗読テープなどはあったと思われるが)にテーマにしているのが興味深く、『書架の探偵』につながるのは明らかでありこれまた読みどころの多い作品。
「アメリカの七夜」
崩壊した未来のアメリカをイランからきた青年が旅をする。この崩壊し終末と背徳とグロテスクに覆われたアメリカが魅力的。しかし有名な<失われた一夜>の謎は今回も解けず(基本的には若島正説が好きだが)。ちなみに 『ある小惑星への訪問』の演劇が出てきた。映画版のVisit to a Small Planetがyoutubeにあった。細かくは分からずともまあ昔っぽいオーソドックスなコメディだなと思ってたら、いきなりbeatnikの集うクラブが出てきて身を乗り出した(笑)。
「眼閃の奇蹟」
網膜をID確認とした未来の管理社会。網膜がなく視力のない主人公の少年は社会の外の孤独な存在。寄る辺ない身から、わずかな仲間と共に旅に出る。いまだにオズの魔法使いなど周辺知識が深まっていないのだが、それでもこの作品もまた他の収録作品同様フィクションについての物語だということが再読でより印象づけられた。さりげなくかなり胸を痛めるようなエピソードが挿入されているのもウルフらしい。
◇文藝2021年春季号
・特集「夢のディストピア」。感想は一部のもののみ。
○フィクション
特集関連作品。
「腹を空かせた勇者ども」金原ひとみ
中学生たちの日常が描かれる。以前にも作者の作品を読んだ記憶があるが、非常に技巧が優れているなと今回も思った。
「オキシジェン」真藤順丈
疫病で変貌を遂げる世界で酸素吸入による能力向上でアンチユートピアの創作を続ける実験が行われる。ここでの酸素吸入はあくまで寓意的なものだが、ユートピア/反ユートピアが共通する想像力によって生まれるということをメタフィクショナルな仕掛けからとらえようとする試みだろうか。ユニークなアプローチで印象に残った。
「天国という名の猫を探して悪魔と出会う話」東山彰良
いわゆるゾンビ化を呈するウィルスが蔓延した世界で、タイトル通りに猫を探して悪魔と出会う。背景はともかく割とオーソドックスな悪魔もの短篇を踏襲しているが筆さばきは滑らかでやはりうまい。
「ただしみ」尾崎世界観
TVが衰え、「事実しか映し出さない」ことで町のライブカメラが支持を得る近未来が描かれる。ありそうな未来ではあるがディストピア的なエピソードの飛躍は目立つものはなく、特に惹かれなかったな。
他特集外作品。
「誰にも奪われたくない」児玉雨子
女性アイドルグループのメンバーと楽曲を提供したことがある兼業作曲家の交流が描かれる。いかにも現代らしい事物で組み立てられたシスターフッド作品。柔らかく押しつけられる抑圧による閉塞感への怒りがよく描かれている。
「エラー」山下絋加
フードファイト青春小説。大食い選手権の人気番組「真王」。ルックスとのギャップもあり人気者になった主人公"クィーン"一果が無愛想な年上の女にチャンピオンの座を奪われる。大食いでの心理描写、トレーニング、番組の裏側など非常によく書かれていて読ませる。
「ウェンディ、才能という名前で生まれてきたかった?」瀬戸夏子
『ピーター・パン』の作品や成立関連人物を軸に、カポーティやボリス・ヴィアンなどなどを題材にして、セクシュアリティ・ジェンダーの問題が語られる。なかなか面白い。センス的には『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』辺りに近いかな。
○ノンフィクション
・対談 飛浩隆✖️高山羽根子 ディストピア小説の主人公とは誰か 嫌視点の作り方
作品中においても、創作時のアプローチいずれにしても<視点>が重要であるという話が印象深い。
・連載企画 韓国・SF・フェミニズム
〇フィクション「アーミー・オブ・クィア」チョン・セラン
性別二分法の社会が崩れ、人工的な出産が進み、大きな国家が衰退し都市国家社会に移行するという設定がユニーク。徴兵によるプレッシャーと新しい家族関係といったテーマが提示されるのも新しい世代の問題意識が感じられ面白かった。
〇ノンフィクション
論考「私たちの総意と共鳴 世界SFを俯瞰して」橋本輝幸
タイトル通り様々な地域・文化圏のSFを俯瞰しており、非常に示唆に富む内容であった。
◇ミステリマガジン2012年10月号
山口雅也責任編集≪YAMAGUCHI MASAYA'S MYSTERY MAGAZINE≫、ミステリ作家山口雅也選の号。感想は一部のもののみ。
「1ドル98セント」アーサー・ポージス
神さまが願いを叶えてくれるという定番の掌編だが、1ドル98セント分のみという小ささがユニーク。
「町みな眠ったなかで」レイ・ブラッドベリ
女性たちが夜に映画の劇場に赴くが、町には連続殺人鬼の噂があった。正直久々にブラッドベリいいなと思った。劇場や殺人鬼といったものはキングにも通ずるように米国のフィクションの大きな源流/原風景といえるのかもしれないとも感じられる。筋というよりも描写の鮮やかさやリズムから立ち上がってくる幻想性が心地良い。解説にもあるように都筑道夫の訳が良いのだろう。凄い人だ。
「では、ここで懐かしい原型を・・・・・・」ロバート・シェクリイ
ミステリショートショートの三連発。巧いのは間違いないのだが、どうもそれ以上の何かを感じないんだよな。"Meanwhile, Back at the Bromide"というタイトルは何かのシャレなのだろうか。
「殺人生中継」ピエール・シニアック
予告殺人が世間の娯楽と化し、犯行がアートとして評論される近未来。酷評されてきた殺人犯の計画とは。1938年作にしてなかなか斬新な設定。
◇SFマガジン2019年4月号
ベスト・オブ・ベスト2018ということで、2018年に活躍した作家特集。感想は一部のもののみ。
『零號琴』の前日譚で冒頭部分のみ。『零號琴』忘れ気味だったが、それでもさすがに惹きつけていく手腕はお見事で、だんだんと作品世界の手触りを呼び起こしてくれる。「オメラス案件」にニヤリ。しかしこの後進行はないようだな…。
「戦車の中」郝景芳
短いが作者らしいロジカルさがよく出ている戦場もの。結構幅広くなんでも書けるんだな。
「書夢回想」円城塔
個人的に何度読んでもとっつき易くはならない円城塔だが、基本的には紙の書物や書店に対するオマージュが反映された作品かな?デジタルによる読書補助という側面に懐疑的な視点が伺えるが、利点もあると思えるので意外に反動的だというのは言い過ぎかな。
「無重力的新世界」高島雄哉
知名度のある作家だが初読。パトロンが判定する宇宙時代のアート系デスゲームという設定がなかなか面白い。やや優等生的なタイプという印象とあるが、非常に洗練されたともいえるハードSF作家である。
「大進化どうぶつデスゲーム」草野原々
日常系女子校アニメのような(詳しくないけど)始まりから、突然壮大な時間スケールのデスゲームへとなだれこむ。んっ?と思ったらこれ長篇の冒頭部分なのね。それにしてもデスゲームネタが目立つね。この頃の流行りなのかな。
「野生のエルヴィスを追って」石川宗生
これはアリソン・ベイカー「私が西部にやって来て、そこの住人になったわけ」(<野生のチアリーダー>が出てくる怪作にしてまさかの感動作。『変愛小説集2』収録だが、入手困難本である)へのオマージュではないか!。短い作品なんで、すぐ読んで爆笑。最高。
「折り紙食堂 エッシャーのフランベ」三方行成
食べ物の代わりに折り紙を出す謎の食堂。短いがイメージは印象的。
「アトモスフェラ・インコグニタ」ニール・スティーヴンスン
宇宙開発を扱った科学論考やSFのアンソロジー収録のプロジェクトSF。近年この手にはあまり興味を持てず、斜め読みだが、基本的には予想していた範囲から逸脱はなさそう。ニール・スティーヴンスンがこうした方向の作品を書くようになっているのは正直もったない気がしてしまう。
あと引き続き長澤i唯史先生の指輪物語講義を聴講。
www.asahiculture.com
作品において多面的にテーマを提示するゴクリ、軍事戦略的な側面、現代社会における正義のあり方や知的エリートの限界など今回も興味深い話ばかりであった。