異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2024年8月に読んだ本と参加した読書イベント

 主に雑誌の消化。
 昔から買ってある分が、このままではさすがにほとんど読めなさそうなので、さらに興味のあるものだけ目を通して処分することに(それでもどれくらい対処できるのやらとなるが)。
◆『旅のラゴス筒井康隆

 筒井康隆による異世界ファンタジーだが、現実世界の技術もそのまま入るちょっと変わったパターン。壁抜け芸人や宇宙船による移民など細部には惹かれる描写はあるものの、主人公の内的動機が薄く対人的にも感情が動かないこともあって、前半の幻想的世界が徐々に現実要素が入り込むことで作品が平板かしていく。ファンタジーとSFを重ね合わせたような、ウルフ「新しい太陽の書」のような作品を生み出したかったかのだろうか?いずれにしても成功しているとは言い難い。
◆『スペース・マシン』クリストファー・プリースト

 持っているのは下の表紙の方。後の作風からすると意外なくらいストレートな冒険SF。タイム・マシンの操作を誤って火星に飛んでしまうカップルの話で、なんだかんだあって最終的に火星の怪物の地球侵略を阻止しようと地球に戻るという直球ウェルズオマージュ作品。1893年が舞台ということもあって主人公の言動などさらにレトロ感を生じさせているのは意図的だろうがパルプっぽくすら感じられる。全体にライトかつ賑やかな印象。旧版でよんだが、訳者解説はなかなか独特(まあ文学的な部分の評価についてはたしかにSFファンの弱いところではあって、そちらへの言及は助かるが、結局なんか本質と少々ずれてしまっている面もあったり)。
 そして8/24ファン交流会のプリースト回にもオンライン参加。

www.din.or.jp
 https://www.din.or.jp/~smaki/smaki/SF_F/rireki1.html
 大野万紀さん、渡辺英樹さん、たこい☆きよしさんのお話を楽しく拝聴。あんなに面白いのに、なかなか売れなかったというプリースト。ちょっとそこは寂しいけど、気難し気に見えて実は生粋のSFイベント好きの純正SFファンの顔も持つプリーストがなんだか微笑ましくもあり。皆さんの作品解説やエピソード、いつもイベントでご一緒させていただいているたこいさんらしいプリーストを連想させる舞台演劇の話も新鮮。ありがとうございました!
SFマガジン2012年6月号

〇フィクション
「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」仁木稔
 遺伝子工学の発達で人工的につくられた亜人間=<妖精>が様々な人間の欲望により消費される世界。擁護派と撲滅派がそれぞれの思惑で対立しているが、その裏には政治・産業・宗教がからむ醜い欲望が渦巻いている。ミーチャ・ベリャーエフは実在のソ連の科学者。ソ連史や宗教文化など作者の該博な知識が反映され、異なる陰影が加わり、おぞましくも現実社会を想起させる立体感のあるディストピアを成立させている。
SFマガジン2018年10月号

〇フィクション
「検疫官」柴田勝家
 COVID-19パンデミック前に描かれた<物語>の禁止された国の話。まだ短篇をいくつか読んだのみだが、評価の高い作家だけにヴィヴィッドな感覚を巧みに作品に落とし込んでいる。寓話的ではなく、現実ベースのシミュレーションになっていくのがSF作家らしさともいえそう。
「火星のオベリスク」リンダ・ナガタ
 終末観の漂う地球、植民地の火星にも終わりがやってきたが高齢の建築家はオベリスクの建設に打ち込む。久しぶりの翻訳だったようだ(『ボーアメイカー』は読んだ記憶があるが、内容は忘却(苦笑)。希望があるようなないような悩ましい結末だが、終末において人間のできることは何かという内省的なテーマを提示していて悪くない。終末がいよいよ目の前に訪れると実際にモニュメントの建設計画が登場するかもしれない。
SFマガジン2011年2月号

〇フィクション
「Heavenscape」伊藤計劃
 これだけ読む。『虐殺器官』のもうひとつの可能性、という誌内の紹介文にあるように、同作のプロトタイプに位置する作品でウェブサイトにも掲載されていたとのこと。戦争が続く世界の中、伊藤計劃が提示したヴィジョンは常に今日的であることがわかる。
紙魚の手帖vol.1

〇フィクション
「三人書房」柳川一
 第18回ミステリーズ!新人賞受賞作。まだ売れる前の江戸川乱歩の友人である推理小説愛好家が主人公で、時代の空気感が当時の出来事も取り込まれてよく出ていて、日常系の小品だがなかなか良かった。
「ゼロ」加納朋子
 犬と飼い主の心の交流が描かれるファンタジィ。普段あまり読まないタイプの作品だが、たまにはこういうのも良いな。
「108の妻」石川宗生
 変わった妻の話が描かれた小品が並ぶ形式。ちなみに108話あるわけではなく、30話あまり(33かな?)。作者らしい奇想が並び楽しい。
◇文藝2018年冬季号

〇フィクション
「箱の中の天皇赤坂真理
 ちょっとしたタイムスリップ的思考実験で太平洋戦争敗北と天皇制を考察する作品。名のみ知る作家だっで作品は初読。平成の終わりという節目が意識された作品で、少々図式的に過ぎるきらいもあるが、横浜メリーさんあたりをイメージした切り口はなかなか面白い。
「居た場所」高山羽根子
 介護の仕事でやってきた小翠(シャオツイ)と主人公の交流が描かれる、正統派の純文学。小翠の祖国を訪ねるところで言葉がわからず不安になるところは日本にやってきて仕事をする人々の心理を想像させ、なかなかうまい。わずかに入り込む非日常的な世界がほどよく効果を上げている。(などとぼんやり感想を書いてしまったが、SFマガジン2019年4月号の大森望「新SF観光局」を読むと十分SF解釈の出来る内容だということがわかり吃驚。うーんやられた)
文學界〇フィクション(というか短歌)
「怪力」山本礼子
 短歌はほとんど知らないのだが、
無理やりに服を着替えて胃の痛む日だけに見える明るさがある
など現代的で斜めな視線のユーモアがあって良かった。
〇ノンフィクション
鼎談 鴻巣友季子×川本直×青木耕平「アメリカに抗するアメリカ文学
 川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』を話題のきっかけとして、アメリカ文学オルタナティヴ的な流れを語り合っている。こうした視点からの見直しが続いていることが確認できる内容。

 さて、長澤唯史先生の指輪物語講義もいよいよ来月で終了。
www.asahiculture.com
若干小説自体の消化に遅れが発生しているのは内緒だ......(苦笑)。それはさておき、ゴクリの物語内での存在意義という話題が印象深かった。映画の記憶もやや遠のいているのだが、原作の方がフロドがよりきわどくギリギリのところで対処していたように思えるし、そこで周囲の関係性を無視して指輪を得ることに没入したゴクリが、というのは本作のコアなんだろうなあ。