異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2023年10月に読んだ本とオンラインで聞いたイベント

今月も量はもう一つですなあ。
◆『エデンの黒い牙』ジャック・ウィリアムスン

 人狼伝説をベースにし、人類史の影に隠れた闇の一族の秘密をめぐる攻防が描かれる。科学的なアイディアが用いられ、SFとホラーの中間ぐらいの位置にある作品だが、歴史や伝説がつながっていく読み味は伝奇SFといった趣き。1948年にし越境的なセンスをみせる作者には敬意を表するが、いかんせん全体としてはさほど面白くない。展開のスピードがもったりしているのが致命的で、読んでいてなかなかノれない。訳出されたのが遅れたのはその辺りが原因か。
◆『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集』モラヴィア

 「部屋に生えた木」
 都会派の夫と自然志向の妻。若木を熱心に育てる妻と意見の食い違いが大きくなって。タイトル通りに部屋で木が大きくなっていく話。ジョーン・エイキン「葉っぱていっぱいの部屋」を連想したが、幻想小説ともやや異なる不思議な余韻の残るラストが印象的。
「怠け者の夢」
ある男の夢あるいは妄想の連なりが描写される作品。非現実の中に生きる、というある意味現代にも通じるような感覚かもしれない。
「薔薇とハナムグリ
 薔薇ではなくキャベツに魅せられるようになった若いハナムグリの話。ハナムグリがムクムク動いている様子が想像されかわいい。
「パパーロ」
 説明もなく唐突に<パパーロ>というもので商売をしようとするところから話が始まる。どんなものか次第に明らかになり、騒動が起こる。これは本書の中では一般的な奇想小説といえるが、<パパーロ>のなんとも不快なところがよく描かれている。
「清麗閣」
 奇妙な結婚式場で行われる披露宴。事は奇妙なだけでは済まず…、という事態がエスカレートしていくパターンの加速系奇想小説。ホラーコメディともいえ、エリック・マコーマックなどを連想。
「夢に生きる島」
 島の王の娘とモグラの間に生まれたクルウーウルルル。その夢は現実に侵食する。これまたイマジネーション豊かな作品。なんといっでクルウーウルルルの出自がいいよなあ。
「ワニ」
 裕福なロンゴ夫人の家に招かれたクルト夫人だが、気になるのは、ロンゴ夫人に密着したままいるワニだった。ワニについて聞きたくても聞けないクルト夫人のグルグル回っている頭の中が可笑しい。コントのようでもある。
「疫病」
 突然、悪臭を体から悪臭を放つようにやるえきあが蔓延した世界の話。これが文献の記載を読む形態て、描かれるので、実際にはよくわからないところがミソ。意外にスケールは大きくならなかったが。
「いまわのきわ」
評論家として名高いSが、死の間際に友人に告白した。名声を利用して、いろんな文学者をわざと見当違いの方向へ導き失敗させ続けてきたのだという。かなりユニークな人物設定だが、意外にも表現とそれに対する評価というものについての考察へと視点が移っていくのがなかなか面白い。
「ショーウィンドウのなかの幸せ」
 ショーウィンドウで売られている≪幸せ≫。シンプルな風刺劇の様に感じられる一編。
「二つの宝」
 うら若い妻と結婚した資産家の老人。家の中に散らかっている金目のものをちゃんと銀行に預けるよう妻にいわれる。裕福な老人と欲がみえる若い妻というよくある図式から意外なオチに収束。
「蛸の言い分」
 タイトル通り、蛸の世界観が語られるが、ちょっとジョーク的な視点も感じられる。
「春物ラインナップ」
 短い作品が並ぶが、特に一場面を切り取ったスケッチ的な要素が強い作品。ファッションの流行に対する男女間格差が描かれる。図式的なので、作者の意図以前に現在ではこの形式そのものが古いと思われてしまうかもしれない。
「月の"特派員"による初の地球からのレポート」
月世界人による地球のレポート、というSF的手法がとられている。ただ、貧富の差についてが主眼にある社会風刺である。当時としてはセンスは斬新だといえそう。
「記念碑」
 主人公モラヴィアがある国をガイドされる。これが管理国家で、要はディストピアものの風刺作品である。これも古びていない。
 基本的にリアリズムの作家だったようだが、シュルレアリスムの影響を受け、反骨精神に富み風刺も作品に利用していた。結果、奇想・SF的な発想にも肉薄し時代を超えたのだろう。文学作品の方も気になる。
◆『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』川本直

 実在の人物と虚構の人物が混在し虚々実々の騒動が展開される。文学そして音楽、それも古典から現代のポピュラーカルチャーまで非常に幅広い分野が非ヘテロ的な文脈で読み替えられ、舞台は米国・欧州・アジアを飛び回り、また登場人物たちの長い生涯がつづられるため、実に多くの情報が飛び交う賑やかな小説。しかし、ストーリーの軸となる視点にブレがなく、人間の業ともいえる承認欲求、そして書くことについての小説であり、意外に爽やかといっていいほど清々しい地点に着地する。これまで知らなかった事柄を知ることができたこともあり、そういう意味でも楽しい本であった。
 で、川本直×佐藤亜紀トークショーもオンラインで聞いてみた。実際には2021年に行われたものだが、古典や歴史小説や作品の舞台になっている20世紀の米文学へのアプローチの仕方をフランクに提示していて、読者には非常に参考になった。そろそろ公開終了なので、興味のある方々には超オススメ。『喜べ、幸いなる魂よ』も読まないとなあ。

bookandbeer.com
SFマガジン 2019年8月号
 特集作品のみ。
「天図」王晋康
 天才少年を扱った、やや既視感のある内容だが、純粋物理あるいは数学理論の現れた図というイメージがよかった。
「たゆたう生」何夕
 気の遠くなるような壮大な時間スケールで、エネルギー生命体たちによって宇宙・地球の行く末が抒情的に描かれる。
「南海の星空」趙海紅
 環境の変化で、半球の外膜で保護された珍味城に限られた人々が住むことになり、引き裂かれた家族の話。ほんのりとした情緒に東アジア系SFの共通項が感じられる。
「だれもがチャールズを愛していた」宝樹
 宇宙飛行競技のチャンピオンで作家としても成功しているスーパースターのチャールズ・マン。彼の生活は感覚配信で世界中にアクセス可能で、世界中の人々が熱狂していた。現代の配信ビジネスがアップデートした社会で起こりそうな騒動を手堅くまとめていて技量の高さがうかがえる。
「子連れ戦車」ティモシー・J・ゴーン
 こちらはガルパン特集の2回目に関連した作品。ガルパンへの理解は依然深まっていないのだが(苦笑)、電脳戦車=サイバータンク(本当にcybertankの名がつくシリーズなのねえ)のダジャレに笑って、読んでみた。ガルパン特集の1回目にもシリーズ1作目が訳されていて、訳者酒井昭伸氏の思い入れが感じられる。ミリタリーものかと思いきや文明論的な要素が多く含まれる作品で、また女性パイロットの草分けアメリア・イアハートへの言及が多かったりなかなか幅広い魅力を持ったシリーズのようだ。
SFマガジン2020年4月号

 拾い読み感想。
 眉村卓追悼特集の掲載作品では「夜風の記憶」が回想タイムスリップもので何気ないが良かった。
「白萩家食卓眺望」伴名練
 昭和初期を舞台に"共感覚"的に味覚から不思議な風景が見える主人公の運命が描かれる。時代、秀逸な着想、エモーショナルな筋立てが融合。冒頭の引用が藤田雅矢「奇跡の石」、ジェフリー・フォード「アイスクリームの帝国」とはシブいチョイス。

 それから、ちょっと思い切って長澤唯史先生の指輪物語の講座を受けることにした。
www.asahiculture.com
 長澤唯史先生は英文学者でSF・ファンタジーにも非常に造詣が深く、ロックやポピュラー音楽にも通じている、自分の興味の範囲の痒い所に手が届く様な思いがする最強の学者である。それも題材が、以前から興味がありつつ(特に長尺のものは)なかなか読書が追いつかないファンタジーの未読の古典であることで、個人的にマストな企画だと感じた(しかもオンラインで、ディレイの受講もできる!)。
 ちなみに長澤唯史先生の著作『70年代ロックとアメリカの風景: 音楽で闘うということ』の感想を先日再投稿しましたね。これはロックファン(特に70年代ロックファン)にはちょうオススメです。

funkenstein.hatenablog.com

 さて指輪物語講義の方、第一回目はトールキンの経歴を中心に。アカデミックな世界でも大きな功績のある言語学者であること。波乱の人生を辿り、ようやく安定した生活を手に入れてから取り組んだのが『指輪物語』であるということなどが印象に残った。つまり生粋の言語学者が、学問および実人生で得られた様々な知見が作品に込められているということだ。次回以降も大変楽しみである。