異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 連載「放克犬のおすすめポピュラー音楽本」 第13回 『70年代ロックとアメリカの風景 音楽で闘うということ 』長澤唯史

~これまでの70年代ロックのイメージを一新する、優れた評論~
 ロックの絶頂期はいつなのか?と問われると、1960年代が取り上げられることがどうしても多くなるだろう。
 60年代といえばたしかに、ビートルズを中心に異常なほど短期間で音楽的成熟が成し遂げられ、魅了された若者の支持を背景とした政治へもたしかな影響力を及ぼすなど特異な時代ではあった。
 しかし(自分のような)その時代のロックを後追いした60年代後半生まれからすると、その後の全てが商業化され、社会への働きかけを全く欠いた流れのみだったようにはどうしても思えない。
 自分の中では、リアルタイムに聴いたロックにも抵抗の動きはあったし、だからこそ魅了されたのだという実感がある。
 商業的とくくられてしまう70年代以降のロックにしても、60年代の動き(ポジティヴなものナガティヴなもの双方)をふまえたものがあったはずなのだ。
 そんな感覚を持っていた者として、本書はその疑問に大いに答えてくれる一冊だ。
 ロックが文化としての認知されるようになり、研究の精度も確実に上昇している。
 ただ、創成期の重要人物たちがまだまだ存命である若いジャンルなので、資料は残っているが、一方手法的なもののフォーマットがまだまだ未成熟な部分があり、ロック研究というのは難しい要素があるのではないかと思う。
 たとえばライヴを表現の形態として重視したり多様なメディアで発信しているので、体験していない研究者がそれをどう乗り越えるかという問題があるだろう。
 また似たような問題になるが、楽曲の発売時の社会的状況や受容もリアルタイムの世代以外はどう取り組めばいいのかという問題もある。
 一方、リアルタイム世代にも限界がある。
 そうした世代は、往々にしてロックを経験主義的に受容しているので、主観的体験的にしか語る言葉を持たない(ロックが急速に拡大したので、研究するノウハウも得ながら追ったという人は多くないだろう)。
 また、当然そうした人々はファンないし当事者で、客観性という点でも疑問が残る。
 さて、前置きが長くなったが、本書は見事にそれをクリアしているということがいいたいのだ。
 まず著者は大学の英米文学者であり、歌詞や文化背景についても精緻に解析している。
 ロックの同時代性という部分も問題ない、なにしろ伝説のラッシュの(たった一度の)日本公演も観ている人物なのだ!(本書41p)
 筋金入りである。
 なのでそれぞれのミュージシャンへのアプローチも的確である。
 厚みのあるロックリスナー体験が、それぞれのアーティストにしなやかに対応することを可能にしているのだ。
 いくつか挙げておくと、現代芸術の表現とキング・クリムゾン(第1章)、ポストロマン主義とイエス(第2章)、メディアとしてのエレクトリック・ギターとジェフ・ベック(第5章。著者のギタープレイヤーとしての経験が生きていると思われる)、ポップスターとマーク・ボラン(第6章)、米開拓使イーグルス(第9章)、米人種差別へのサンタナ(第10章)、ジミ・ヘンドリックス(第11章)、マーヴィン・ゲイ(第12章。ここでは旧来の男らしさへのアンチテーゼとしてのマーヴィンという言及もある)の三様の返答(そして第13章新世代ケンドリック・ラマ―の項へもつながっていく)。
 もちろんジェネシス(第3章)、ピート・タウンゼント(第7章)、ボブ・ディラン(第8章)、ケンドリック・ラマ―での歌詞の文学的分析は、これまで日本語のロック評論では弱かっただけに、非常に示唆に富んだ内容だった。
 イエスの項で、海外と日本の評価の落差が大きいラッシュにも光を当てていることや、プログレの項であまりつなげて論じられることが少ないヘヴィメタルについて論じているのも素晴らしい。
 それだけ多ジャンルを網羅し咀嚼してきたロックファンであることが感じ取れる。
 さらにはSF・幻想文学に明るい著者だけあり、本書には「ブラック・サバスとH・P・ラヴクラフト」というコラムまでついていて、これまたその辺りのファンの琴線にも触れそうだ。
 多くの幅広いミュージシャンが登場するものの、その土台は一貫しており、第Ⅰ部で70年代にロックをリードしていた英ロックの内的動機や社会的背景を明らかにし、第Ⅱ部ではロック表現から見たアメリカ史が浮き彫りになる。
 本書の流れはブルース・スプリングスティーン論につながっていくということで、これも期待したい。
 多くのロックファンに手に取って欲しい一冊である。特に60年代以降生まれには、題材や分析など参考になるところが多いだろう。(2021年2月28日)