異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2021年12月に読んだ本と参加したトークショー

 あけましておめでとうございます。今年もボチボチですが、ブログ継続しますのでよろしくお願いいたします。
 さて新年一発目は12月に読んだ本と読書関係で参加したトークショー
 まずはトークショーの方から。
 最近訳書が連続して刊行されたシルビナ・オカンポ。
 ビオイ・カサーレスの妻で、ボルヘスと三人で文学サークルを形成していた作家。また姉であるビクトリア・オカンポは文学関係のパトロンとして有名。12/14アルゼンチン大使館+セルバンテス文化センターのトークショーが開催。

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 個人的にはアルゼンチン文学とシュルレアリスムのつながりがこの作家にあるのではないかなと気がしていて(画家でもあったシルビナ・オカンポは、若い頃ジョルジュ・デ・キリコに絵を学んでいたという)、興味を覚えたのだが、残念ながらその辺りの話は(比較的短時間のイベントでもあり)出なかった。
 しかし作家である保坂和志による、書く側からのコメントは面白かった(オチなどテクニック的な部分ではカサーレスらには劣るものの、いろんな方向に表記が移行していくのがユニークでむしろ新しさがあるといった内容)。

さて読了本。
◆『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』ジョイス・キャロル・オーツ
 非常に評価の高い作家だが、まとめて読むのは初めて(この本も相当長いこと積読してた(苦笑)。評価の高さは当然で、大変技量の高い作家であることを思い知らされた。どの作品も冒頭から導入が見事で読者をあっという間に作品世界に引き込んでいく。
「とうもろこしの乙女 ある愛の物語」
 少女誘拐のサスペンスが見事なテクニックで描かれ一気読み。解説にあるように登場人物の描写も巧み。あらためて技量の高い作家だと思う。
「ベールシェバ」
 思わせぶりな電話の誘いに乗り、昔知っていたらしい女と会う約束をする男。これまた鮮やかな導入に誘われ、途中急な暗転に驚かされる。これもうまい。
「私の名を知る者はいない」
 現実と区別のつかない夢を見てしまうジェシカに妹が生まれる。ある日、不思議な猫と出会って。少女の不安が高まっていく過程が悲劇を予感させスリリング。これまた傑作。
「化石の兄弟」
 体格・能力共に勝る兄と劣る弟の双子の辿る運命が描かれる。時間の扱い方が巧み。
「タマゴテングタケ
 「化石の兄弟」と同じような双子の話で、こちらの方が幻想味は薄いもののかなり共通点が多く、どうもこうしたモチーフが好きなようだな。さすがに似た作品が並ぶのは気になったが、ストーリーテリングは見事の一語。
「ヘルピング・ハンズ」
 夫を亡くし遺品を整理するため、退役軍人たちの働く質屋に向かう。未亡人の不安定な心理が反映され、恐ろしい物語になっている。
「頭の穴」
 女性患者たちの尊敬を集める人気の美容整形外科医。しかし日常の歯車が少しずつ狂い始める。そんななか、カルトな教団の教義に基づき頭蓋骨に穴を開ける手術を希望する患者がやってくる。これも主人公のバランスを無くした心理がよく表現されている。
◆『J・G・バラード短篇全集3』
 ちびちび読む感じになってしまい、時間がかかったがやはりバラードはいいね。
「ヴィーナスの狩人」
 UFO目撃やアブダクションなどの宇宙人をめぐる体験と、フィクションのジャンルとしてのSFの、重なりとズレの微妙な問題は、長年指摘をされている。一方、SF小説でその部分をストレートに扱う作品は必ずしも多いとはいえないが、見事に表現している一作である。
「エンドゲーム」詳細が明らかにされない罪で死刑となったコンスタンティンと、彼に死刑執行日を告げない執行人のマレクによって行われ続けるチェス。典型的な不条理もので、パラドキシカルな論理性が印象的。
「マイナス1」
 比較的直球な不条理コメディ。キレの良い小品だが、対象となるような人物と病院の関係には少し現代とのずれが出てきているようにも思われる。
「突然の午後」
 男に訪れた自らの過去にはなかったはずの記録。やはりこれも、バラードの医療や記憶への関心が感じられる作品。
「うつろいの時」
 なんとバラード版「逆まわりの世界」。ストレートなアイディアだが、意外にこのようなシンプルなかたちにまとめ上げるのはなかなか難しいのではないか。
「深珊瑚層の囚人」
 本人の意図とは関係なく、ラヴクラフトトリビュートのアンソロジーに収録されたホラーショートショート。たしかにラヴクラフトを連想させ、ちょっと珍しいかも。
「消えたダヴィンチ」
 ルーヴル美術館から盗まれたダヴィンチの絵画。美術モチーフというのはいかにもバラードながら、意外にストレートなSFミステリ。ということで、風見潤編『SFミステリ傑作選』にも収録されているようだ。
「終着の浜辺」
 20世紀らしい核戦争の終末のイメージをそのままなぞるのではなく、人間の心象風景への影響としてとらえたところが、時代を超越したバラードの視点の鋭さだろう。個人的に初読は作品発表後30年は経っていて、それでも難解に感じられたが、50数年の今でも刺激的。怪奇幻想的な描写がところどころ見られることに今回気づいた。
「光り輝く男」
 『結晶世界』の原型となった中編でこれが初訳とのこと。まさしく原型そのもの、といった内容だが、感染地域が封鎖され、どこか現実感を欠けたまま世界が変質してしまうところなど、コロナ後の社会と頭の中でダブらせてしまう。宝石の永遠性を表現した箇所が美しかったな。作者自身の解説では、LSDとのアナロジーを語っているのが興味深い(実際には、書かれたのはLSDが広まる以前で自身が経験したのも後のことらしい)。
「たそがれのデルタ」
 倦怠期の妻と自らの助手が愛人関係にある男が、蛇の行動に固執するといういかにもバラードらしい幻想譚。
「溺れた巨人」
 海岸に打ち上げられた巨人の死体が次第に朽ち、人々に次第に破壊されていく過程が描かれる。発表からあまり時代からまだ20年ほどだった頃に読んでいたが、当時は巨人の背景についての謎解きといった方向に進まないのがクールだという受容だったと思われる。現在読み返すと、神話の解体と再構成を表現しているようにも受け取れる。いずれにしても未知のものと対峙した人間を描いた名作である。
「薄明の真昼のジョコンダ」
 視覚ではとらえきれないものを視る、というテーマとしては一般的な部類で短いため少々平凡に感じられる。
「火山は踊る」
 短い作品だが、バラードらしい破滅願望の人物が火山をモチーフに描かれるのが面白い。
「浜辺の惨劇」
 スパイもののフォーマットだが、A-Zの頭文字がタイトルについた短文が時間系列が入れ替えて並ぶ実験的な作品。
「永遠の一日」
 アフリカが舞台だが、倦怠感あふれる紀行地の設定は(解説にもあるが)ヴァーミリオン・サンズを思わせる。が、美術、時間、結晶、医師などいかにもなバラードの道具立ても、ストーリーより鮮烈なイメージを喚起する事へ立脚点の移動が感じられる。
「ありえない人間」
 再生治療が大きな進展をみせる世界、交通事故で片足を切断することになった主人公に復元外科手術として足の移植が行われる。交通事故と外科手術といういかにもバラードなモチーフ、また高齢化の加速する社会と若者という図式は現在の日本などを連想させる。保護者にあたるシオドア伯父は人間味を感じさせるキャラクターで、バラード作品では珍しい印象。
「あらしの鳥、あらしの夢」
 攻撃的な巨大鳥が跋扈し、撃退のため射撃をする主人公は、羽根を集める奇妙な女を見つける。ヒッチコックの「鳥」にインスピレーションを得たものらしく、羽毛の乱れ散る映像が眼前に浮かぶ作品。終盤の展開にはちょっとコミカルな様相すらあるが、そのギリギリの強迫性こそバラードといえるのかもしれない。
「夢の海、時の風」
 キャリアの後半になると少なくなる宇宙SFの一編。宇宙旅行が続くにつれておこるアイロニカルな病とか、歪な関係の夫婦とかいかにもバラードらしくてしびれるが、終盤には意外にストレートな怪奇イメージが現われるのも印象深い。全体の筋立てはカッチリまとまっているし、本書を締めくくるのにふさわしい傑作。
巻末の、バラード作品で使用される英単語が生み出す効果に焦点を当てた山野浩一解説もさすがの一言で、必読。
◆『時の他に敵なし』マイクル・ビショップ
 大変知的な作品だといえる。訳者が再読を強く推奨するように、一読で把握できない部分があるが、人類文化のルーツや差別について精度の高い考察が行われた作品だ。全体に必ずしも派手なアクションなどがあるわけではないが、大部でも淀みなく読め、小説としての完成度も高い。こうした作品を約40年前に発表したビショップの知性に驚かされる。また例えば差別についても、BLMなどがなければ作品への理解は不十分なものとなっていた可能性はあり、今回紹介された意味ということにも思い至る。幻となりかけた傑作を出してくれた訳者、出版社に感謝したい。
◆『SFマンガ傑作選』福井健太
 70年代中心、ビッグネームの並ぶセレクションで、既読が少ない(筒井、諸星、星野のみ)マンガに疎い自分には読み残していた名作をカバーしていてちょうどよい内容。面白くて一気読みだった。時代をしぼった分、巻末で分量を割いてSFマンガ史を追い、漫画家・作品を列挙している。基本的にいわゆる狭義のSFにしぼった内容で、あれは入っていないのか?とどうしても指摘されやすそうだが、それで多く、ある程度の割り切りは当然だろう。まあ疎い身にはこれでも膨大といえるほど。
◆『心臓抜き』ボリス・ヴィアン
 これまた長年の積読本で、結局初ヴィアン。過去がなく成年で生まれた精神病医とその周囲の出来事が描かれる。世評もいまいち冴えない作品で、実際のところ主人公の設定だとか老成した話内容の子供たちといった要素が異化を及ぼす効果はなく、また主人公に吸引力もなく、展開も平板にしか進行しないといった感じではあって、ちょっとピンとこなかった。が、時々印象的な細部はあって、例えばⅡ部17章のセクシャルな自動人形のところやⅢ部3章の残酷なイメージとかクレモンチーヌの不安神経症的なところなどは悪くない。世評がいまいちなので、他の作品をそのうち読んでみるかな。
◆『時のきざはし 現代中華SF傑作選』立原透耶編
 中華圏SF紹介で功績のある立原透耶氏による俯瞰的なアンソロジー。ボリュームといい非常に歴史的な一冊だろう。ただ個人的な好みとしてはSFらしい宇宙物・技術系物より改変歴史系の作品の方が強く印象に残った。
「太陽に別れを告げる日」江波(ジアンボー)
 既視感のある宇宙飛行士ものだが、手堅くまとまって読みやすい。
「異域」何夕(ホー・シー)
 食糧危機を解決した技術、のアイディアが秀逸。さらにその後のヘヴィな展開はあまり類のないもので新鮮だった。傑作だと思う。
「鯨座を見た人」糖匪(タンフェイ)
 未来で、不器用なアーティストの父と娘の交流がSF的アイディアを題材に描かれる。東アジア的な情感が印象に残る。
「沈黙の音節」昼温(ジョウ・ウェン)
 言語SFはいろいろあると思うが、発音をメインに据えたのは珍しく、ミステリとしても完成されている。
「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」陸秋槎(ルー・チウチャー)
 1878年オパヴァ(チェコ)生まれの医師兼文学者ハインリヒ・バナールが初期の凡庸なキャリアを脱し、空想科学文学の嚆矢となる作品を残すという疑似文学史小説。ナチスがらみでちょっと『鉄の夢』を思わせる傑作。著者は新本格に影響を受けたミステリ作家で近年その名をよく聞くが、なるほどセンスが良い。
「勝利のV」陳楸帆(チェン・チウファン)
 序盤から「彼が自分に選んだアバタークラフトワーク明和電機とスポック一等航海士の特徴を融合させたもので」という一文が登場して腹を抱えてしまうのだが、人類史上初めての仮想現実空間で開催されるオリンピックというアイディアはちょっと柴田勝家「オンライン福男」(『ポストコロナのSF』)を連想させる(もちろん本作が先行しているのだが)。ただ全体のトーンは形而上学パラドックスを扱った小品で、レム風でもある。
「七層のSHELL」王晋康(ワン・ジンカン)
 姉が結婚した相手は精密なバーチャル世界を構築する先端研究者。それを体験するプロジェクトに参加した主人公は。ディック的なモチーフを扱った作品。
「宇宙八景瘋者戯」黄海(ホアン・ハイ)
 宇宙へ進出した人類の行末を描くストレートなSF。
「済南の大凧」梁清散(リアン・チンサン)
 清の時代のロストテクノロジーを資料によって解き明かす、アプローチは「ハインリヒ・バナール」と共通する架空科学史もの。これまた歴史がからんだ作品で、こちらのタイプが好みである。
「プラチナの結婚指輪」凌晨(リン・チェン)
 嫁不足で結婚できない平凡な男が結婚相談所に異星人を紹介される話。ちょっとしんみりしたオチには味があるが、古い日本SFにもありそうなタイプの作品であまり新鮮さはない。
「地下鉄の驚くべき変容」韓松(ハン・ソン)
 止まらない満員電車、というワンアイディアがエスカレートするほら話の進化系としてのSFらしさがよく出ている。
「超過出産ゲリラ」双翅目(シュアンチームー)
 宇宙からの生命体が地球で過剰になり、社会問題となるといった設定だが、クラゲ型ということもあり、浮遊感のあるイメージが作品の核となっている。
「人骨笛」吴霜(ウー・シュアン)
 幻想的な小品で翼人ものは国を問わず、どうも痛く切ない作品が多い印象があるね。
「餓塔」潘海天(バン・ハイティエン)
 異星で遭難をした宇宙船の過酷なサバイバルにおける宗教観がテーマで、東洋西洋の様々な要素が加わっているところが従来の英米SFと異なった味わい。
「ものがたるロボット」飛氘(フェイダオ)
 究極の物語を王に語り聞かせるロボット、という寓話風の作品。設定にはレムっぽさもあるが、形而上学的な世界へ進むというよりほのぼのとした余韻が残る。
「落言」/ 靜霊(ジン・リン)
 放射性物質でエネルギーを得、コミュニケーションする落言人との接触とそれに付随する宇宙船トラブルに襲われた人類のドラマを描いた正調ハードSF。
「時のきざはし」/ 勝野(トン・イエ)
 時間が階段状になっていてタイムトラベルをしていくという大胆なアイディアの小説。登場人物のフロンティア精神溢れるポジティヴな姿勢に現在の中国を見る。
ラテンアメリカ怪談集』鼓直
 部難解に感じられる作品あるが、怪談のよりバラエティに富みイマジネーション豊かな作品多く面白かった。
「火の雨」レオポルド・ルゴネス
 怪談というより幻想的な破滅SFの趣。イメージ喚起させる力が強く、素晴らしい。
「彼方で」オラシオ・キローガ
 結婚を許されない二人は心中の道を選ぶが…。こうした筋の話は基本的には珍しくないが、その後の展開が一風変わっていて、驚かされた。
「円環の廃墟」ホルヘ・ルイス・ボルヘス
 いかにもボルヘスらしいエンドレスなイメージが連なっていく作品。
「リダ・サルの鏡」ミゲル・アンヘル・アストゥリアス
 裕福な青年に恋をした貧しい娘。恋人になりたくて、呪いの力のある盲目の男に頼むが。これは正統派の怪談。
ポルフィリア・ベルナルの日記」シルビナ・オカンポ
 最近訳書が連続して刊行された話題の作家。家庭教師と生徒に起こる出来事が手記の形式で描かれる。保坂和志らのトークショーではオチやテクニック的な部分での弱さの指摘があったが、本作の完成度は高く、恐ろしい作品に仕上がっている。
「吸血鬼」マヌエル・ムヒカ=ライネス
 本物の吸血鬼が、地域進行を当て込んだ吸血鬼映画に出演することになる、という恐怖と笑いの双方が拮抗して存在しているというなかなかユニークな傑作。
「魔法の書」エンリケアンデルソンインベル
 謎の書を解読していく小説で、やはりボルヘス的な要素がある。
「断頭遊戯」ホセ・レサマ=リマ
 キューバの作家による、幻術師や皇帝をめぐる中華ファンタジー風の作品。どういう影響下で生まれたのか興味があるが、とにかく作品は起伏に富んで面白い。
「奪われた屋敷」コルタサル
 名作だが、独身の中年(兄妹)、引きこもり状況など不思議と昨今の社会とシンクロしている作品だなと再読して感じた。
「波と暮らして」オクタビオ・パス
 波に懇願され連れて帰ることになって。パスは初読になるかもしれないが、さすがに詩人らしい、言葉からのイマジネーションが豊かに広がる作品である。
「大空の陰謀」ビオイ・カサーレス
 事故にあった空軍パイロットに起こった出来事。なんとストレートといってもいいぐらいの展開のSFだが、いわゆふ歴史改変アイディアに言語的な要素が加わるなど、カサーレス自身で作り上げてきた独自進化のSFの趣があるのが素晴らしい。
「ミスター・テイラー」アウグスト・モンテローソ
 干し首の輸出が大きな産業になるという騒動加速型のブラックコメディ。かなりひどい話だが、ある種の南北格差の不気味な陰画ともいえそうだ。
「騎兵大佐」エクトル・アトルフォ・ムレーナ
 退役軍人の集まりで見かけた奇妙な男の話。内向的な主人公の暗い嫌悪感のようなものがよく表現されている。
「トラクトカツィネ」カルロス・フエンテス
 これは難しいな。おそらくメキシコ史を背景としているのだろうが、理解できていない。
ジャカランダ」フリオ・ラモン・リベイロ
 一種のファムファタルものなのだろうか。これも様々な要素が交錯した作品でなかなか難しい。
 既読のボルヘスコルタサル以外でよかったのは「火の雨」「ポルフィリア・ベルナルの日記」「波と暮らして」「大空の陰謀」あたりかな。
文學界2021年5月号
 雑誌は例によって興味のあるもののみです。
○特集 詩とわたしたちの時代
「わたしたちの登る丘」アマンダ・ゴーマン
 話題になったバイデン大統領就任式の詩の翻訳。訳者鴻巣友季子氏の詳細な解説もあり、この詩のヒップホップ文化含む黒人文化の要素と朗読された意義がよくわかる。また翻訳者選択問題(オランダ 語とカタルーニャ語の翻訳者が属性から不適格とみなされた問題)の難しさについてもしっかり言及されているのも重要。
「なぜ生きる」谷川俊太郎
 言葉のチョイスと使用法のさりげなさの中に希求力がある。対談での発言「意味の氾濫がキツイ」にあれこれと考えてしまう。
「新コロナ年二年目の自画像」高橋睦郎
 痛みと微かな希望への願いが心に残る。
「ひとで無し」最果タヒ
 孤独な自分との対話を思わせるしんみりとした一編。
「魚子と墨鼠(ななことすみねずみ)」マーサ・ナカムラ
 アルゴ探検隊を思い浮かべるような幻想海洋冒険要素など、イメージ喚起力が強い。
 谷川俊太郎×高橋睦郎最果タヒ×マーサ・ナカムラ、二つの対談はそれぞれ近い世代同士によるもので、共通の問題意識が感じられる。それぞれ発見が多かった。それにしても高橋睦郎のことはぼんやりと今まで名前しか知らなかったが、性表現で先駆的な人なんだな。対談でのストレートな物言いも面白い。不勉強を恥じる。
〇フィクション
「Phantom」羽田圭介
 日常経費を切り詰め、投資での資産形成に励む女性の生活描写からはじまり、カルト集団への潜入捜査へと進む展開が軋みなく流れる。低成長時代のライフスタイル、表面上のアップデートがなされたカルトビジネスなどいかにも現代的な題材がストーリーと嚙み合っていて面白かった。
以下第126回文學界新人賞受賞作2作
穀雨のころ」青野暦
 若い人々(高校生と思われる)の細やかな感情の動きが丁寧に描かれているが、今の自分にはあまり興味の持てない題材だ、正直楽しめなかった失礼。
「悪い音楽」九段理江
 こちらは中学校が舞台。主人公は、生徒の校内での暴力事件が起こった直後、対応にあたった音楽教師。という冒頭だが、事件よりも、やや変わったその音楽教師自身の話が中心で、こちらの方はすんなり読みやすい。たとえば事件の話し合い時にいきなりラップが頭に浮かび「ニヤニヤするな」と被害生徒の母親から叱られたり、年一回の校内での自分の音楽パフォーマンスに心血を注いだり、表情筋のトレーニングに励むなど可笑しい。
○ノンフィクション
・偶然と脱線のリリックーいま、ラップを読み直すこと 吉田雅史
 雑誌「文藝」の「移民とラップ」(磯部涼)の連載もインパクトがあるが、こちらもヒップホップのリリックに焦点を当てた文芸批評で、近年の日本のヒップホップ状況と進化が分かり、非常に面白かった。この分野の解析が進むことを期待したい。
椎名林檎論ー乱調の音楽 第三回 北村匡平
 同時代の批評家による本格的な音楽批評。他の回もざっと読んでみたが、日本語とロックの歴史やコード進行なども含む、大変熱のこもった論説である。ただ椎名林檎に強く興味がないのと、熱が余って歴史的文脈をかなり意味づけし過ぎているところが少々気になった。また取り上げられているアーティストや日本ロックの歴史も正攻法ではあるがその分やや凡庸なところが惜しい。たとえば日本文化と幅広いジャンルの音楽の組み込みという点で矢野顕子を先駆として言及した方が面白いのではないだろうか(読んでない回で言及があったら失礼)。