異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2020年5月に読んだ本

『ペストの記憶』ダニエル・デフォー
 コロナウィルス蔓延の前から少しずつ読んでいたのだが、なかなか読み終わらず。ようやく読了。1665年にロンドンで発生したペストの被害について、その後数十年してデフォーが架空の語り手で記述した作品である(刊行は1722年、ちなみにデフォーは1660年ロンドン生まれ)。ということで今でいえばドキュメンタリータッチのフィクションということにもなるのだろうか。とはいえかなり詳細な情報によって沢山の出来事が並び、内容からしても流言などを元にした飛躍や偏りはそれほど感じられず、かなり事実に基づいている印象がある。その上で考えると、数百年した現在と驚くほど似通った状況や問題が提示されており、科学技術が発達してもなかなか人間社会の根本的な問題は容易には解決しないという重い現実につきあたる(たとえば患者隔離や自由移動、迷信や偽科学、状況を左右する貧富の格差などなど)。架空の語り手で記述されるのだが、(ランダムではないものの)基本的には様々な出来事が羅列されるような形である上に、間に感染を避けるために放浪をする<さすらい三人衆>のエピソードが入るなどするので、現代的な視点から言えば語りが一定ではないために少々読みづらいところはある。ただ、時に現代人からみるとおかしな科学的考察が混ざるものの、約300年前の書物としては驚くほど現代からみて違和感のない客観的で冷静な視点で物事がとらえられており、人間と社会について考えさせられる。あと読んだのは『ペストの記憶』と題された2017年に出た研究社の単行本で、地図や注釈が充実している。またロンドンの地図が相当細かくなかなか見にくいのは事実で、研究社がネットにアップしている。こちらがそれに関するツイート → https://twitter.com/Kenkyusha_PR/status/1252431475410006018?s=20 
『ホテル・アルカディア』石川宗生
 奇想短編集でありつつ、(タイトではないものの)メタフィクショナルな構造を持つ作品。各編想像力を強くかき立てるイマジネーションの豊かさと独特のユーモア感覚はちょっと類をみないものだ。作家・アーティスト・作品名への言及が多くあり(実在人物と強く相関したりそうてもなかったりする)、それも楽しい。SFマガジン6月号の横道仁志氏の評が示唆に富んだ内容で、本書を読んだ方はおすすめ。
J・G・バラード短編全集2 (歌う彫刻)』J・G・バラード
 ゆっくり読んでいたら刊行から随分経っていて・・・(こんなんばっか)。でもねバラードはいいよ。やっぱし。
「重荷を負いすぎた男」 整った病院都市、時間の停止する世界、人間の退行といったお馴染みのモチーフが扱われている。
「ミスターFはミスターF」若返りをという古典的なアイディアがバラード流に処理されているのが読みどころ。
「至福一兆」人口爆発自体は日本では想像しにくいテーマになっているが、娯楽がスポーツであるところとかやはり鋭い。
「優しい暗殺者」時間ものだが、戴冠式が扱われているので少し昨秋を思い出した。
「正常ならざる人々」精神診療に対する興味もバラードの特徴の一つ。
「時間の庭」時間の止まる花、終末を目の前にした伯爵と美しい作品。SFっぽさはあるが根幹にあるのは正統派のファンタジーのイマジネーションで、バラードの場合どこからの影響か気になる。
「ステラヴィスタの千の夢」初読時の印象は薄かったが、亡くなった美しい映画スターの心理が投影された空き住宅に夫婦で移り住むことにした夫の歪んだ欲望が描かれる傑作で、倦怠期のインテリ夫婦を描くのが実に巧い。
「アルファ・ケンタウリへの十三人」宇宙の夢を信じないバラードらしいアイロニーが光る。
「永遠へのパスポート」これはバラードとしては意外なほどのスラプスティックなコメディ。
「砂の檻」20世紀SF(河出文庫)にも収録された作品だが、以前はピンとこなかった。改めて読み直すと、宇宙開発の挫折と破滅が結びつき、現在の状況とも一部重なる傑作であることに気づく。
「監視塔」これも閉塞感漂う寓意的な小説。
「歌う彫刻」交通事故で顔に大怪我をしてから人気を得た女優という、バラードらしい人物が登場するが全体としては非モテのいじましさのコミカルな味がある。
「九十九階の男」比較的同時代にもあったようなアイディアストーリーかな。
「無意識の人間」加速した消費社会を描いた割合ストレートな風刺小説になっている。
「爬虫類園」バラードらしさもあるが他の作家でも書きそうな作品でもある。
「地球帰還の問題」ジャングルを舞台に宇宙飛行士の消えた謎を追う、らしいモチーフでミステリとしても完成度の高い作品。
「時間の墓標」再読だが読んでいる途中、ピラミッドの盗掘が発想の元かなと思ったところ、解説にも言及あった。「サイバー」という用語が既に使用されているところにニヤリ。
「いまめざめる海」夜ごと忍び寄る海の幻と危機を迎えた夫婦、というこれまたらしい一編。海のイメージが印象的。
『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ
 2016年に本国で刊行され、話題になった抑圧状況にある現代女性を描く小説。訳者解説にあるように、必ずしも極限的なエピソードを取り上げるのではなく、<ささやかさ>のある苦難を連ねることによって普遍的な共感を呼んだというのはありそうだ。大枠として本人の内面の記録される形だが、無駄のない文章でシャープなレポートのようにつづられているので読みやすく問題提起がストレートに読者に伝わり、それが成功している。ある意味より深刻な問題を抱えている日本の優遇された性の人間としては、改善のために何をするべきか真摯に向かわなくてはいけないと思わせる一冊。
音楽本3冊。
『ジャニーズと日本』矢野利裕
 ちょっとジャニーズの歴史を知りたくなり読んでみた。ジャニーズに詳しくない人間には通史を知る上で参考になったが、(スキャンダル的な視点とは関係なく)あまり切り口に新鮮さはなくもう一つ食い足りない感じだった。
『大韓ロック探訪記 (海を渡って、ギターを仕事にした男)』長谷川陽平
 韓国ロックに関り、90年代中盤から韓国に住み、音楽活動も積極的に行ってきた著者のことが対談を中心に語られる。対談中心だが、編著の大石始氏が丁寧に歴史を追い、対談者も黎明期の伝説的ロッカーから若手DJまで幅広く、レコード情報・写真も多く、単なる個人の半生記ではなく韓国ロック史を紹介する一冊にもなっている。好奇心と情熱だけで海を渡り、いつのまにか伝説のバンド(サヌリム)に参加することになる展開は胸アツ間違いなしだが、読了後パラパラ見直してたらこの長谷川陽平氏、なんと竜雷太太陽にほえろのゴリさん)の息子であることに気づき、さらに驚いた。
『K-POP 新感覚のメディア』金成玟
 K-POPの発展の歴史を豊富な資料で分析した本。サウンドの特徴、米国や日本の音楽との関係性などを含め解説し、社会の動きとの関連もおさえられている好著。K-POPの世界的な活躍で興味を持った人たち(自分もだが)におすすめ。