ロブ=グリエ、識者の方々が言及していたので以前から気になる存在で2冊ほど読んでいた(『消しゴム』は面白かった)が、やはりよくわからないところもあってどうもはかりかねる作家という印象があった。映画を撮っていたことも不勉強ながら今回はじめて知って、いい機会なので6本全て観てきた。
先に結論を書くと、結構面白かった。表現者としては従来の方法を革新する実験的な手法を打ち出すが題材は非常に通俗的で前衛というには煽情的で娯楽というには没頭しにくいというなんともいえない不思議な作品がそこにあった。(通俗的な部分については元々殊能先生が指摘されていたな)
「不滅の女」(1963年)
ロブ=グリエ初監督作。イスタンブールという異郷で男が謎めいた女に魅了されるうちに次第に日常が歪められていく。夢なのか現実なのか、はたまた時間線を混乱させているのでいつのことだかわかりにくい作品が並ぶが、中では比較的筋(らしきもの)を把握しやすい作品である。通してみると最初の作品である本作で既に特徴が出ている。大枠としてミステリ(謎解き)を援用している、円環構造、煽情的なエロス、反復そしてポーズや撮影角度を代えての反復を行う、交通事故がモチーフになる、人形のような女体表現(ポール・デルヴォーを想起)などなど。舞台が同じなのでディッシュ「アジアの岸辺」も思い出したり。
「ヨーロッパ横断超特急」(1966年)
ついついKraftwerkを思い出してしまったり(苦笑)。閑話休題。映画をつくっていく側がプロットを変えていくことにより、登場人物たちがそれに合わせて動き、そのうちに双方の世界が同一の場で展開されるというメタフィクショナルな作品。ただ表現の実験はやや抑え気味で、スパイもののフォーマットが使われていて、過剰に煽情的な部分もないので観易さという点では一番かもしれない。
「嘘をつく男」(1968年)
第二次大戦末期に追われる男が虚々実々の発言で女性たちを混迷に陥れる話。時間線が直線的ではなく繰り返しの表現が多いため、ところどころ眠気を誘うロブ=グリエ作品だが(苦笑)、そこに言葉での゛信頼できない”度が加わるともうちょっとブログ主のような凡人にはとてもついていけない。ラストはまあはまっていた気はするが、今回一番キツい一作であった。ただ処刑のシーンなどゴシックの要素をそこはかとなく感じさせるのは以下の作品と共通するものが感じられる。
※2019年1月27日追記 原案はボルヘス「裏切り者と英雄のテーマ」(『伝奇集』)再読しなくては。
「エデン、その後」(1970年)
学生がたむろするカフェ・エデンが舞台のフランスとその後謎を追っての舞台チュニジアのコントラストが印象的な作品。初のカラー作品ということだが、パンフレットの解説を読むとチュニジアのジェルバ島に魅せられカラーを撮ろうとしたことや当初脚本を全く準備してなかったことがわかり(解説「エデン、その後」遠山純生)、ややギクシャクしたところを感じさせる理由はそこだろうか。あと解説によってデュシャンやモンドリアンの作品がモチーフになっていることもわかる。光の強いチュニジアの色彩は実に鮮やかで素晴らしい。他ガラスの容器を割るところや出血、嗜虐的な描写といったあたりに特徴がよく出ている。
「快楽の漸進的横滑り」(1983年)
殺人の容疑者となった女性がアニセー・アルヴィナが周囲を惑わす小悪魔的な女性を演じエロティックな描写が前面に出ている作品。ロブ=グリエ作品には多くの女優が登場するが、人形的な表現が多く本人の個性が抑制される傾向にあるが、彼女の演じるアリスは例外的に自由にふるまっているように見える。閉ざされた修道院を思わせる刑務所、吸血鬼を思わせる描写などゴシック趣味が強く感じられる作品でもある。
「囚われの美女」(1983年)
情報屋の男が謎の美女(またかよ)に惹かれ、異常な世界に入りこんでしまうというこれまたいかにもらしい作品。通俗的なエロ表現が過剰でついつい笑いを誘われてしまうことがあるロブ=グリエ映画だが、なんと冒頭からつなぎのバイク美女ですよ!あまりに70~80年代のノリで(だから1983年だと少々時代遅れになってきていたかもしれない)、その頃に10代を過ごしたオジサンとしては何とも懐かしい感じもした。秘密倶楽部の会合の場となっているような不気味な御屋敷もまた(タイトル同様)ゴシック趣味を感じさせる。これも交通事故の場面が繰り返し出てくる。
通俗的ともいえる煽情的な表現を用いて夢と現実を実験的に探究しようとする、こうした時代精神はJ・G・バラードと共通するものがあると思われるが、既に岡和田晃氏が[https://shimirubon.jp/reviews/1673648:title=[https]://shimirubon.jp/reviews/1673648:title=指摘していた]。実際検索してみるとJ・G・バラードはロブ=グリエに並々ならぬ関心を抱いていたようだ。そういえばバラードの゛もう一つの”デビュー作(「プリマ・ベラドンナ」とほぼ同じ時期に執筆されたが掲載雑誌が数週間遅かったため2番目の作品とされた)「エスケープメント」も時間ループものだったな。
※2019年1月14日追記 ロブ=グリエ とバラードについてはWebミステリーズ『ハイ・ライズ』評で渡邊利道氏も言及しておられる。→ http://www.webmysteries.jp/sf/watanabe1607.html