異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2022年7月に読んだ本とSFセミナーとジュンク堂トークショー(バトラー)

◆『ベースボール・イズ・ミュージック! 音楽からはじまるメジャーリーグ入門』オカモト"MOBY"タクヤ
 面白かったので、久々にシミルボンに投稿しました。

shimirubon.jphttps://shimirubon.jp/reviews/1708419
なんとなく積んでいた宇宙SFも読んでる。
◆『スタータイド・ライジング』デイヴィッド・ブリン
 大分昔の作品になってしまったが、オールタイムベストに入ってくるような人気作。謎に包まれた、全知的種族の<始祖>。数十億年前に宇宙進出を果たし、銀河文明を樹立した<始祖>は宗教的な存在となっている。が、その<知性化>(=宇宙航行種族が、遺伝子改変など様々な技術で、準知的種族を宇宙文明のレベルまで引き上げること)は連綿と受け継がれている。その先行し引き上げる方が<主族>、引き上げてもらう方が<類族>で、後者が前者に契約奉仕する関係となっている。そんな中、イルカとチンパンジーを<知性化>した未来の人類が、銀河文明と接触を果たすが、<主族>なしに<主族>の条件を満たした人類をめぐって様々な種族が敵味方に分かれる。といった設定で、本作はそんな銀河で物議を醸す存在となった人類が太古の漂流船団を発見したことから巻き起こる騒動が描かれる。しかし…どうも趣味に合わない感じだった。まずはこの<知性化>、あまりこのアイディアに強く惹かれないのだ(西洋文明主導の”文明化”みたいな傲慢さはないだろうか)。他にもストーリーテリングやキャラクター造形もバランスが良くないのか、なんとなく平板に物事が流れていくようで、コアとなるストーリーパートがはっきりしていない印象がある。俳句や詩の部分には技量が発揮されていての本国の高評価なのかもしれないが、それは翻訳では薄まってしまって正直伝わってこなかった。以下雑感。
アーサー・C・クラーク、ポール・アンダーソンの影響ありか。
・インターネット前で、SFのあり方が根底から変わってしまったことが違和感なのか。
・太古の種族にクトゥルー味がある気がするが、あまり指摘されていないので、違うのだろうか。
◆『遠き神々の炎』ヴァーナー・ヴィンジ
 これもオールタイムベスト入りの人気作。こちらも<知性>に関する壮大なアイディアの作品という点では上記と共通するか。銀河の中心部に行くほど思考速度やコンピュータの速度の低下、一方外側に行くほど高速化が莫大にすすみ超高速飛行も超高速通信も可能、果ては不可知の存在まで住む世界まである(なんでそうなるのか今一つ読解できず)。舞台ははるか未来。人類の考古学者が、眠っていた超AIである邪悪意識を解き放ってしまう。それを阻止する鍵を握るのは、邪悪意識の攻撃を逃れた一家の姉弟。その謎を巡って各勢力がしのぎを削る。本作の世評が高いのは何といってもネットの描写。情報ネットワークが宇宙で張り巡らされているという世界なのだが、1992年発表の作品にしてインターネットの描写が全く今の感覚でそのまま読めるのは驚異といっていいだろう。ストーリーも幼い姉弟を中心にポイントが分かりやすく整理されている。しかしこの作品もまた…。どうも好みとはいえないかなあ。やはり本作も進歩史観というか文明と未開の二元的な価値観がある気がして。まあ元々奇妙なエイリアン(でも人間に近い、話が通じる)がいろいろ出てくるタイプのものが必ずしも好きではなかったな(SFファンなのに)。ミエヴィル『言語都市』、チャン『あなたの人生の物語』みたいなコミュニケーション難渋タイプの異星人は好きなんだけどね。

さて今月のハイライトはこれ。
◆『血を分けた子ども』オクテイヴィア・E・バトラー
 「血を分けた子ども」
 共生生物によるグロテスクで身体的痛みのともなう描写が強く印象に残るが、終盤になって心理的な痛みを描いた物語に転換する。あとがきで奴隷制を描いたものではないと言明しているが、それはその通りなのだろう。
「夕方と、朝と、昼と」
 破滅的な自傷(および他傷)行為を起こす遺伝病。発症に怯える主人公は同じ悩みを抱えた恋人と、やはり病を持つ恋人の母親が収容された施設に向かう。生まれつき課せられた重荷、人々の関係性、自由選択など複雑な問題か突きつけられてくる傑作。
「近親者」
 亡くなった母親の遺品整理をする娘。親戚と交わす会話から明らかになる事実とは。普通小説で、細やかな心の動きの表現にはバトラーの高い技量が現れている。
「話す音」
 文藝2021年秋号に掲載され、再読。人々の言語能力が失われ、社会は暴力の支配する無秩序状態に陥っていた。コミュニケーション不能による人間たちの鬱屈した心理や悲しみといったものに焦点の当てられたディストピアSF。喪失したものに対する悲しみが、持つ者への攻撃に向かう生々しい心理描写、その一方のかすかな希望の両者を描き切っているところにこの作家の凄みがある。
「交差点」
 打ちひしがれた女性のやるせない日常を切り取った小品。自伝的な内容ではなく、作家として売れない時代に自らが陥る可能性のある状況を幻視したようなものらしい。
〇二つのエッセイ
「前向きな強迫観念」
「書くという激情」
 共に創作に対しての作者の姿勢・取り組みといったものがよく分かるエッセイ。
新作短編(と書かれている以下2編は発表年の詳細が分からないが、これまでと時代が違うのだろう)
「恩赦」
 ファーストコンタクトテーマだが、コミュニケーション断絶と図らずも異性生命体と人類の間に立たされた主人公の苦難はこれまでには描かれておらず、かつ現代社会の問題の本質をついている。
「マーサ記」
 神が登場して人間の主人公と人類の問題について話す、ビターなユーモアがほんのり漂う作品。超越的なものに対する不信と物事を自身で突き詰めて考える、作者の資質がうかがえる。
 作品のレベルが高く、各作品に作者のあとがきがつき、補助情報が多く、入門編に最適の一冊。今年のSFベストに必ず上がってくるだろう。

 で、SFセミナーもオンラインで7/23開かれて、オクテイヴィア・E・バトラー中心に聞いた。
www.sfseminar.org
 この「オクテイヴィア・バトラーが開いた扉」(小谷真理さん&橋本輝幸さん)だが、ざっと記憶に残った部分としては、小谷さんがダナ・ハラウェイ経由でバトラーを知った事や、小谷さんが体験した80年代の米ファンダムでのエピソード(男性中心主義的な言動)、「重層的な差別構造から生まれる複雑なネットワークに取り込まれた人々の問題の難しさ、それによりサバイバルが重要なテーマになる」との指摘あたり。また橋本さんがバトラーやディレイニーへの影響ということで、スタージョンの重要性を指摘したことも印象に残った(丸屋九兵衛さんの話も登場!サン・ラーの映画のパンフレットかな)。他に「小田雅久仁インタビュー」、同じく橋本さんの最新海外SF情報(多文化多ルーツ的にSFが広がっている事が興味深かった)、「真夜中にSFの古本を語る部屋」での光波耀子さん話など面白いお話が沢山で楽しかった。
 で、7/31開催だったが、結局配信は今日聞くことになった、円城塔さん×藤井光さんによるバトラートークショーで印象的だった内容も羅列してここに書いておこう(以下はあくまでも当ブログ主が聞きまとめた内容でニュアンスが違っていたらお許しください)。
7/31 円城塔さん×藤井光さんonline.maruzenjunkudo.co.jp
・平易な英語で書かれているがぶつ切りのような表現で分かりにくく、一方でしっかり読み取って見える世界は厳しいものである、というのがバトラーの難しさの一端かもしれない(藤井さん)
・必ずしも黒人らしさの強い文体というわけではない(藤井さん)
・黒人女性作家オクテイヴィア・E・バトラーの作品をフラットに受け止める難しさ。読者は作者の意図しない部分でも、奴隷制度などに内容を結びつけがちで、不満を持っていたようだ。一方ベースとして重要な要素でもあるので無視できるわけでもない(円城さん)
・SFの手法で社会の問題にアプローチする他のSF作家にはあまりない手法。読んでいて、こうした書き方が出来るのかという驚き(円城さん)
・『フライデーブラック』(ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー)との違いはバトラーが突き詰めて書いていること(円城さん)
・完成度が高いのは「夕方と、朝と、昼と」(両者)、凄く巧い(円城さん)
全体を通じて一番印象付けられたのは、とにかく似ている作家はあまりいなさそうだということ(スタージョンに関しても、円城さんが「影響を受けたというより他に女性や性の問題を書く作家がいなかったのではないか」と発言があった)。なかなかヘヴィなようだが『キンドレッド』を読まなくては。