異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 連載「奇妙な味を求めて」 第6回『ゴッド・ガン』バリントン・J・ベイリー

~SF界屈指の鬼才の魅力がコンパクトに提示された、入門に最適の短編集~
 ニューウェーヴ世代の作家ながら、荒唐無稽なアイディアが作品のコアになるあまりに独特の作風のため、文学的実験を目的とするムーブメントから浮いてしまうところがあった。
 一方日本では1980年代に再発見される形で一部に熱狂的な支持を受け<SFマニアのアイドル>ともいわれるほどのブームを巻き起こすことになったのがこのバリントン・J・ベイリー(そうあくまでも一部、というのがこの人のポイント)。
 そのブームの真っ只中にSFにハマり始めたので個人的に大変思い入れの強い作家である。とはいえ実は結構ペシミスティックな話が多かったり、短篇集『シティ5からの脱出』はマイベストSF短篇集の一つではあるものの、長篇では破綻が無視出来ない瑕になっている印象が強く、『カエアンの聖衣』や『時間衝突』も面白かったが、インパクトはともかく破綻気味であることは否定できない。

 というわけで(SFマガジンで既読の作品もいくつかあったため)さほど期待せず読み出したのだが、この短篇集期待以上によかった。
「ゴッド・ガン」 
 神に与えられた銃ではなく、神を撃つ銃という発想がらしい。
 多少出オチっぽいところもあるがそれもまたベイリー。
「大きな音」 
 妙な形而上学的言説がいつもは読みどころになるのだがそこは割にサラリと流れて大らかなユーモアの漂うホラ話になっている。
「地底潜艦<インタースティス>」 
 レトロ趣味ともいえる地底冒険SF。
 アイディアも滅茶苦茶ならストーリーも行き当たりばったりというこれぞベイリーといいたくなる楽しさ。
 他にない持ち味という点では本作が一番かも。
「空間の海に帆をかける船」 
 アイディアSFだが興味のある場所があれば危険を顧みずずんずん入っていくリムは著者自身と重なって仕方がない。
「死の船」 
 強引な、そして正直理屈はよくわからないがベイリーではいつものという感じの(笑)時間理論と、主人公の苦悩が重なるというこの辺の不思議な重さも、彼の作品ではしばしば垣間見られる特徴。
「災厄の船」 
 SF専門といった印象が強い作家であるが、この作品はなんとファンタジーである。
 人類と異なる種族の関係とかムアコックの影響がはっきり見えるのがちょっと微笑ましい感じ。
「ロモー博士の島」 
 もちろんH・G・ウェルズのパロディなんだが性が題材になっているところがこの人としては少々意外。
 こんなのも書いていたんだなあ。
「ブレイン・レース」 
 瀕死の重傷を負った友人を救うべく手術名人のチドという種族のいる星系へ行ったが・・・。
 不気味なユーモアが凄い。
 狙ったのか偶然かよくわからないヒドいオチ、というのも持ち味のひとつ。
「蟹は試してみなきゃいけない」 
 まさかの蟹SF(蟹だけど宇宙人なのでSF)。蟹が主人公の小説って他にあるんだろうか。
 やることしか頭にないボンクラ少年たちのちょっぴり切ない青春グラフィティ。
 賞に恵まれなかったベイリーが英国SF協会賞短編部門を取った作品。
「邪悪の種子」 
 不死身の体を持つ異星人の秘密に取りつかれた外科医によるピカレスク冒険SFで、これはなかなかしっかりと完成度の高いサスペンス小説。
 この「不死身」がゾウガメで、蟹だとか蜜蜂だとか既にいる生き物をそのまま異星人として持ってくるところのセンスも面白い人だ。
 動物好きなのかな?
 以上大変バラエティに富んだ一冊である。
 思えばベイリーは英ニューウェーヴSF勢の一人で書くことに自覚的に取り組んでいただろうし、決して巧いとは言えない作家だがその試行錯誤の痕跡が本書には見られる。
 その分、架空理論の歪みとイメージの強烈さでカルトクラシック的なインパクトが前面に立つ『シティ5からの脱出』も良いが、入門編に最適なのは本書の方かもしれない。
(本稿は2017年1月のブログ記事を加筆修正しました)(2020年8月30日)