異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 連載「奇妙な味を求めて」 第7回『 天来の美酒/消えちゃった』コッパード

~一度はまると癖になる、ユニークな短篇作家の幻想短篇集~
 1878年イングランド生まれの幻想文学作家の短篇集。貧しい生活の中で様々な仕事につきながら33歳から詩や小説を書きはじめた(カバー袖の紹介より)というユニークなキャリアを持ち、作品も個性的である。
 とある夫婦に友人の三人でドライブ中、メーターが狂い始めるという話から明後日の方向へオチがつき読者を唖然とさせる「消えちゃった」。
 独り者に遺産が転がり込んだが厄介な親類もついてきてしまった、それでも巧い麦酒はあって、とこれまたあれよあれよと話が展開していく「天来の美酒」。
 女房に逃げられいろいろと変なものを見るようになったロッキーをめぐる牧歌的な空気感がたまらない田園ファンタジー「ロッキーと差配人」。
 長寿の平和な村で最近死ぬ者が増えたという導入から不穏な展開かと思いきやなぜかしんみりした雰囲気になる「マーティンじいさん」。
 コミカルでちょっと物悲しい民話風の「ダンキー・フィットロウ」。
 暦を作るスウィートアップル博士の耳にした不気味な予言をめぐる、小品ながらも好篇の「暦博士」。姫君と若者の織り成す美しい正調ファンタジー「去りし王国の姫君」。
 イカレた大学教授ギングルが友人夫婦に話す<見えざる破壊者>が不気味な「ソロモンの受難」。
毎年恒例の遠足がいきなり審判の日になってしまった牧師の運命が描かれる鮮やかなオチの「レイヴン牧師」。
 裕福でやさしいジョリー大旦那が嫌いになってしまった妻との生活を辛抱強く保つために妻と折り合いの悪いためにお気に入りの料理人をクビにして、という日常生活の中の陥穽がなんとも怖ろしい「おそろしい料理人」、と独特なリズムで長さの割に話があっという間に意外な方向へ流れていくような短篇が並ぶ。
 また「消えちゃった」「ソロモンの受難」「おそろしい料理人」などに見られるように、よくある怪奇小説のおどろおどろしさとは正反対の一見のんびりした日常生活の延長に潜む、いわば青空の中にいきなり吸い込まれるような恐怖が持ち味と思われる。
 さて集中ラストを飾る最も長い「天国の鐘を鳴らせ」は実家の農業を継がず小麦商人になった読書好きの気難しい少年が主人公で他の作品とはまた毛色の異なるシリアスな普通小説。
説教師のような仕事をする主人公はその一方で宗教の世界とうまくやっていくことが出来ず、(解説にあるように)コッパードの宗教に対するアンビヴァレントな姿勢を感じさせる内容で、その揺れる思い割り切れなさが作品の魅力となっている。フェントンの孤独な生涯は小説家や創造者の隠喩なのだろうか。
 いずれも田園風景の描写が美しく、その一方でアカデミックな世界から出てきた人ではないせいか型破りの自由な展開が目を引き非常にユニークな味わいを持っていて、一度はまると癖になる作家である。
根強い人気を保ち、1996年に国書刊行会で出され入手困難になっていた『郵便局と蛇』が2014年にちくま文庫から再刊されている。(2016年9月4日)