異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

『オルシニア物語』 アーシュラ・K・ル・グィン

オルシニア国物語 (ハヤカワ文庫SF)

<この世界のどこかにオルシニアという名の国がある。12世紀のなかば、“オドネ”という邪神を信仰する野蛮な異教徒からこの国を守り、神の教会の忠実な守護者として敬愛されるフレイガ伯爵の城館で起こったある真冬の夜の出来事をはじめ、17世紀、オルシニアの王位継承をめぐる内乱に巻きこまれたモーゲの姫君の数奇な一生、そして1962年、田舎で一週間の休暇を過ごそうとした青年の恋の物語など、SF界の女王ル・グィンが、自らの想像の王国オルシニアを舞台に、そこに生きる様々な時代の、様々な人々の姿を通して、愛とは、自由とは何かを見事に謳い上げた傑作短篇集!>(Amazonの紹介より)

長年タイトルは知っていものの内容は知らず本格ファンタジーのような作品かとずっと思っていたが随分内容は違っていた。現実の歴史に沿った世界の中で、東欧らしい架空の国‘オルシニア’での出来事が綴られていく。各作品の最後に年代が記され最も古いもので1150年最も新しいもので1965年までとなっている。基本的には一篇一篇が独立した作品で、解説によるとかなり初期から書かれていたもので、そのためか全体を結びつけ‛オルシニア国’を精緻に描こうとしていくような連作長篇ではなく、様々なエピソードから架空の国が浮かび上がっていくようなスタイルになっている。しかしここで描かれているのは国の歴史というより、農業を中心としているような必ずしも裕福とはいえない人々の暮らしである。もちろん貴族や建国の英雄の物語もある。しかし印象に残るのは妹とある男の恋愛に苦悩する片田舎の医者が描かれる「イーレの森」や耳の不自由な同僚をかばい大きな怪我をした兄と同僚の家族との関係で心のが揺れ動く不器用な青年の話で少々意外なオチが待っている「兄弟姉妹」、生活のために事務員をしながら作曲を行い著名な音楽家に持ち込みをする男の「音楽によせて」のような身近な人々の姿である。この作品で浮かび上がってくる‛オルシニア’は実際に生活している人々の体温が感じられるような‛国’なのだ。収録された作品どれも情景描写が素晴らしく完成度が高い。ル・グィンの小説家としての技量の高さが十分に堪能できる。また1976年に出版された本書には色濃く影を射しているのは冷戦なのだが、冷戦を経て久しい現在この架空の国の物語を読んでいると(時々挿入される周囲の国の事件などは実際の歴史のものなのにも関わらず)改変歴史物を読むような不思議な気分になってくるところもあったりする。ユニークで後からじんわりと染み込んでくるような味わい深い作品である。