異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2022年3月に読んだ本と100分で名著ポー・スペシャル

◆『ニュー・ゴシック―ポーの末裔たち』鈴木晶・森田義信編訳
  1992年刊行の日本で編訳された本。「偉大なアメリカ小説(グレート・アメリカン・ノヴェル」の伝統から長編を中心としてきたアメリカ文学の歴史が、1960年代以降変質して短編小説が大きな潮流となった。描かれるものも日常的なものが多くなり、そのなかでリアリズムからはみ出すものも出てきた。というような流れで、編訳の鈴木晶氏がそういった「現実のなかの隠された部分」を「ニュー・ゴシック」と名づけ、アンソロジーとして成立させたという経緯のようだ。ちなみにこれは新潮社から出ているが、同じ年に福武書店から出た『幻想展覧会-ニュー・ゴシック』1・2はパトリック・マグラアら編集の本を翻訳したもののようだ。1992年は小ニュー・ゴシックブームだったのね。
「他者たち」ジョイス・キャロル・オーツ
 短い作品で、相変わらず導入が巧みでストンと落とす。やはり上手いね。
「監禁」パトリック・マグラア
 ベンサムが死後遺言に従い本当に剥製にされた話が出ていたが、検索したら事実らしくて驚いた。作品の方は、語り手の独白により歪んだ世界へと導いていくというマグラアらしい味わい。
「懐かしき我が家」ジーン・リース
 カリブ海と恐怖の結びついたリースもまた気になる作家で、これも小品ながら独特の空気感をたたえている。
「人類退化」T・コラゲッサン・ボイル
 退化を比較的ストレートに扱った作品だが、現代作品にも関わらず、先祖返りしたような怪奇色風味でしあげられてい。
「敵」アイザック・B・シンガー
 再会した旧知の人物から、船旅の時に自分だけに嫌がらせをしてきたウェイターの話を聞く。短いシュールな怪奇譚の背景にユダヤ文化の神秘志向や差別から逃れる生活が見られる。
「暗殺者の夜」ロバート・クーヴァー
 戯画的な要素があるのはわかるが、どうもゴシックそのものを把握できていないせいか、ポイントがつかめなかった。
「北へ」メイヴィス・ギャラント
 デラシネ(déraciné:根なし草)の人々を描く事が多い作家と解説にある。汽車内に偶然隣り合わせた男と母子のやり取りが描かれるなかで、そうした作者の感性がみえる。
「牢窓」ルイス・スタントン・オーキンクロウス
 博物館の展示物が毀損される怪現象を解くうちにアメリカの昏い歴史が浮き上がる。ニューヨークの上流社会の風俗、特にその衰退を郷愁をこめて描くと解説に書かれていてそうした資質が本作にも現れている。
「幽霊と人、水と土」チャールズ・ウィリアム・ゴイエン
 亡くなった夫の夢を見る女性の話。怪奇譚だが、境界域の現代文学といった風味がある。
「熱病」ジョン・エドガー・ワイドマン
 1793年フィラデルフィアでの黄熱病流行を材に取った作品との事だが、作者は黒人作家で、疫病による社会の混乱に奴隷制での黒人の苦悩が渾然一体となった様相が表現された傑作である。
「ブラック・ハウス」パトリシア・ハイスミス
 酒場で男たちが口々に語るブラック・ハウスの思い出。興味を抱いた若者が調べてみようとするが。ニューロティックで心がザワザワするような味わい。名高い作家だが数篇くらいしか読んでなくて、短篇集読まないとなあ。
◆『あいつらにはジャズって呼ばせておけ ジーン・リース短篇集』
 ”惑星と口笛ブックス”の本

p-and-w.sakura.ne.jp
 1890年ドミニカ国生まれ、"クレオール(植民地育ちの白人)"の作家ということで、昔のカリブ海に興味がある身としては以前から気になっていた一冊。
「心霊信奉者」怪奇、ホラーというよりは男女差を巧みに切り取った(キツめ)のジョーク小説といった趣。
「フランスの刑務所にて」囚人の面会者や看守の様子が描かれるスケッチのような作品だが、世の中の中心からはみ出してしまった人々の苦痛や不安が感じ取れる。
マヌカン」モデルたちの舞台裏というか生活スケッチみたいな感じ。筆は生き生きとしていて本人の体験のようなものが見えてくる印象がある。
「飢え」作者は起伏の激しい人生で困窮期も多く、飢えに関する体験もあっただろうと思うが、あまりにもなオチには笑った。
「アリヴェ通りにて」運命に翻弄されてきた女性の内面がこれまたスケッチ的に描かれるが揺れ動く様がなんともよく出ている。
「母であることを学ぶ」現代でいう産後鬱的な状況が表現されているのはなかなか斬新なのでは。
「灰色の日」詩人のシリアスな独白と現実の落差みたいなものにどことなくやるせないユーモアがみえる。
「シディ」これも刑務所のスケッチだが、囚人の生活そのものに焦点があたる。コーランの流れている場面など印象に残る。
「金色荘にて」これは裕福な家のスケッチ。これも体験が元になっているようだが、1920年代でも画家を抱えていたというのは本当なのかな。
「ではまた九月に、ペトロネラ」とりとめのない展開で男女の交流が描かれる作品だが、(作品の設定である)1910年代の人々の意識・偏見、生活スタイル、物言いなどがみえてなかなか面白い。
「あの人たちが本を焼いた日」ドミニカ国を舞台に周囲と馴染めない子ども同士の交感がなんとも切ない傑作。植民地生まれの白人である作者の幼少時代が反映されているのではないかと思われる。
「あいつらにはジャズって呼ばせておけ」書かれた当時のロンドンの困窮した生活と思いがみえる作品。解説を読むと、音楽あるいは文化史上のジャズという言葉の複雑なニュアンスが反映されていることがわかり興味深い。タイトル的には(植民地育ちではない)'普通の"白人がいうところの<ジャズ>に対する、やや醒めた感覚が感じられるがどうだろう。
「虎のほうが見た目はまし」こちらもロンドン、これまた解説にあるように移民差別が背景にある作品。これも「あいつら…」と同じように当時の人々の思いや考えが生のまま残されているところが面白い。一方でこの作品では<スウィング>という言葉へのこだわりが強く感じられ、「あいつら…」での<ジャズ>との違いが興味深く思える。
「機械の外側で」こちらはパリの病院が舞台。やはり絶望や困窮に迫られた1日の姿が描かれるが、ほんのわずかいたわりの心が現れるのが救い。
ロータス」またロンドン。娼婦だったと噂される、小説を書いているアルコール依存の女性と隣人のやり取りが描かれる。これまたなんとも重いものが心に残る。そして度々作中に音楽が登場し、あまり直接に音楽への愛着は語られないが、作者の中で大きな要素であったことがうかがえる。
「堅固な家」ロンドン空襲が舞台だが、どんな時でもさほど変わらない人々のやり取りに作者の透徹した視野をみることができる。解説にあるようにタイトルの皮肉、また作中人物の扱いの斬新さとか才気を感じさせる作品。
「よそ者を探る」舞台は戦後、なのかな?この作品でも物を書く、世間とうまくやっていけない作者本人を連想させてしまう女性が登場する。作中作のなかに描かれる鬱屈した論理にはどうもわかりにくい面がどうしても否めない。ただ、一方そんな人物を客観視しているようで突き放した冷静な面も見えたりする。
「タン・ペルディ」3部構成でイングランド、ウィーン、カリブ海が舞台。ウィーンで日本人の事が面白おかしく書かれているのが面映い感じもあるが、当時の海外に出る階層の日本人の様子がフラットに描かれている点で大変興味深くもある。カリブ海のパートは"クレオール"と現地の人達の関係といった点でまた知ることが出来る。
 解説にも指摘があるように、登場人物には女性嫌悪的な発言がところどころにみられる。ただそこには構造的な抑圧で生じた歪みに対しての嫌悪感といった要素がある。なので「人間嫌いなのではないか」という解説での指摘が当を得ているだろう。実はカリブ海ドミニカ国出身ということで、植民地時代の文化などが反映された作品がもっとあると期待していたが、それは「あの人たちが本を焼いた日」と「タン・ペルディ」の一部で少なめであった。ただまあ(よく考えると意外でもないのだが)実際には作者は各所に移動していった人で当然ながらいろいろな土地が出てくる。むしろ<拠り所のない彷徨える魂>を描いているといえる作品群だ。その苛立ちにはややピンとこない部分もままあるが、突き放したようなある意味透徹した視線には変えがたいものがあり、印象に残る短篇集であった。解説も充実していてありがたい。
◆『光の王』ロジャー・ゼラズニイ
 長年の積読を経て、ゼラズニイの最高傑作ともされる作品を読了。場面場面に魅力的な部分はあったが、あらすじや解説を読んでも設定がどうしても頭に入ってこなかった。インド神話の知識が不足していることが原因が、正直なところよくわからない話だった。1967年刊行の作品らしく、カウンター・カルチャー的なセンスが感じられること、どうやら<加速主義>との関連の指摘もあることはメモしておこう。
◆『チャイルド44トム・ロブ・スミス
 今月読んだ中では一番の面白本。スターリン政権下のソ連で起きた連続殺人を追うミステリ。捜査のための手段が極端に制限された中で、体制側の必ずしも善とはいえない捜査官が様々な経緯から犯人探しに奔走する。全体を通じて実にエモーショナル、いわゆる「エモい」作品だ。中盤から後半にはアクションや冒険小説の要素も加わり、悪役のいやらしさも見事、熱く盛り上がる傑作だった。後半バディ物でもあるんだけど、ちょっとありそうでない組み合わせ(以下少しネタバレで色を変えます:夫婦がバディになるパターンは意外と珍しいのでは)だったり細部も巧い。翻訳の現代ミステリ超久々だが、出色の出来。
◇ナイトランド・クォータリーvol.28暗黒の世界、内なる異形
なんとエルリックもの2作!エルリック祭りじゃ!
〇フィクション
「メルミロ」ウォルター・デ・ラ・メア
 鳥の動きが妖精のダンスにむすびついていく静謐で美しい幻想詩。コアイメージはどこからきているのかなあ。
「漆黒の花弁」マイクル・ムアコック
 薬草を救いとしなければならないエルリックと王の救出に赴くチームが合流。いかにもこのシリーズらしいエルリックストームブリンガーのダークな魅力に、多彩な登場人物さらにモンスターまで登場する冒険ファンタジーの要素が加わって大満足。久しぶりのエルリックワールドを堪能した。Extra noteの情報も嬉しい。
「竜の心臓」ナンシー・A・コリンズ
 公式のシェアード・ワールドものらしい。シリーズ前半のスピンオフにあたる。エロティックな風味を加えているところが新鮮味があって、こちらも良かった。ナンシー・A・コリンズは短篇読んだくらいなんだけど、今度読んでみようかなあ。こちらのExtra note情報も嬉しい。書影の一つThe New Nature of the Ctastrophieは永遠の戦士もの、Jそれもerry Corneliusものを集めたアンソロジーで持っている。いちおう超遅読ではあるが、読み進めている(苦笑)。
「あのもう一人」ゲオルク・フォン・デア・ガーベレン
 1911年のドッペルゲンガー奇譚。ドッペルゲンガーものはそれなりに歴史があるのだなあ。
・「キーラ、インディアンの父無し娘」ユードラ・ウェルティ
 見世物小屋とマイノリティを扱った1940年の作品。今号は盛りだくさんだなあ。エルリック人狼に加え、こうした作品も載っている。どちらかというと一般文学寄りだろうか。戦前に現代にも通じる視点が光る。
「廃物たち」ティム・ワゴナー
 世の中から不要になったものを集める謎のものたちがいる。行き過ぎた効率化の進んだ社会への不安を反映したグロテスクユーモアの漂う好編。
「呪いの目」エラ・スクリムサワー
 1920年の女性オカルト探偵もの。たしかに最後は唐突で、バランスが悪かったりもするが、なかなか雰囲気はあり、執筆時代含め貴重な作品だ。
・隙間の心<精霊語彙集> 高原英理
 文学賞パーティを舞台に、都会の”隙間”をめぐる怪談。赤瀬川源平のアレと書くともう同世代にはネタバレかな(笑)。事物や社会に潜む狭間を巧みに切り取っていて好みの作品。後に解説がある『日々のきのこ』も面白そう。
・「赤鰯」壱岐津礼
 戊辰戦争の混乱を舞台に、遺体から物を奪う日々を送る二人組が出会う怪異が描かれる。虐げられた人々の現実が相も変らぬ世界の様相と重なるが、作者解説にもある「名刀ものの変形としての<なまくら刀>」のセンスが効果を上げている。
〇ノンフィクション
井辻朱美インタビュー
 さすがに著名な方だけに、翻訳作品の多彩さにまずはあらためて驚かされる。短歌の活動や経歴など興味深く、エルリックへの熱い思いには感動。
・疑似ダンピール奇譚 丸屋九兵衛
 いわゆる<傍流>にあたるものへの視点。ホラーにしてもSFにしても世界史にしても丸屋さんの見るところは変わらず、そこが示唆に富んでいる所以なのだなあと思う。
・「ナイトメア・アリーと「獣人」をめぐる解釈学 岡和田晃
 「ナイトメア・アリー」の名は耳に(目に)していたがトッド・ブラウニング「フリークス」の系譜だと知ると機会があれば観ないとなあ。チャールズ・G・フィニイトム・リーミイやキャサリン・ダンの名が挙げられていて一つの系譜を知ることができた。ただ『異形の愛』での<家族>の重さにはちょっとついていけないところが正直あったんだよな。
・<暗黒の世界>の浸食と顕現 岡和田晃
 異形のものをフィクションはどう描いてきたかがゲームまで幅広く言及されていて、疎い分野が多い上に新規ジャンルにもなかなか手が出ないくだびれたオサーンにはありがたい。
・虚実綯交ぜの闇の世界に蠢く者たち 深泰勉
 歴史上の人物をうまく取り込んだホラー系のドラマシリーズが紹介。ムムムどれも面白そうだぞう。特に「魔界探偵ゴーゴリ」気になるなあ。ヴィイゴーゴリの話は知らず、ちょっと掘ってみたくなる。
・<覚えておいて欲しいこと>第六回 井村君江
 幽霊と狼男についてそれぞれ書かれているが、キャリアから自然に紡ぎだされた文章になんとも滋味があり心地よい。
・<アンソロジーに花束を>第十回 ホラー年間傑作選の意外な歴史 安田均
 今回は各ジャンルの年間傑作選について。SF、ホラー、ファンタジー年間傑作選の歴史が俯瞰できる貴重な内容だ。、 
・現代魔術が目指すもの 軒端斎一
 アラン・ムーアも魔術師だし、現代の魔術師状況というのを知る上で大変興味深かった。
・あなたの隣にいる人狼の「闇」 浅尾典彦
・狼の駆ける世界を眺めて 深泰勉
 今号はノンフィクションについては人狼特集でもある。前者は歴史から始まり、主に映画での人狼の歩みが記される(大変充実した映画リストもある)。後者はより人文的観点から様々な文化においての人狼が開設されている。

 さて内容によって時々観ている100分de名著だが、今回は巽孝之先生によるエドガー・アラン・ポースペシャル!。いやこれはいいね。SFをはじめとする現代文学の潮流に対して造詣が深いポー研究者、これは見逃せない。ということで、全4回コンパクトに読みどころを提示してくれる期待通りの内容だった。
第1回「アーサー・ゴードン・ピムの冒険」以前読んだときはなんだかやたらといろんなことが起こるが少し未整理にも感じた作品だが、ジャンルミックスの先駆と考えると納得できる。再読しないとなあ。
第2回「アッシャー家の崩壊」よく考えたら読んだのは随分前で、ラストくらいしか覚えてなかった(苦笑)。いろんなホラー系の作品に直接の影響を与えているのがよくわかる。映画の以前に先取りした表現をしていたというのが一番の驚き。
第3回「黒猫」これはシンプルなので筋は覚えていた、といいたいところだが、細部は忘れてた…。猫の模様のところとかほんとに怖い。魔女狩りや禁酒運動など社会の動きとの関わりの話も面白かった。
第4回「モルグ街の殺人」ミステリが都市に関する小説だというのはおぼろげには理解していたが、原型が観察小説「群衆のひと」なんだな。そこに事件の謎解きがくっつくことになった、実は探偵小説は偶然うまれたのかもしれないという巽先生の話が非常に示唆に富んでいた。
ポーは偉大な作家なのだが、さすがに150年以上前(そろそろ200年弱といってもおおげさでもなくなってきた)の作家なので、ある程度の補助線はあった方が良い。そういう意味で適切な補助線を引いてくれる素晴らしい企画だった。