◆『いかに終わるか 山野浩一発掘小説集』岡和田晃[編]山野浩一
山野浩一研究を継続的に行い、THの連載「山野浩一とその時代」で当時の時代というものまで詳細に伝えてくれる岡和田晃氏による編集のレア小説集。
1 「死滅世代」と一九七〇年代の単行本未収録作
「死滅世代」には911を思わせる破壊されたNYや衰退へ向かう人類など予見的な内容に驚かされる。他陰鬱やアイロニカルな作品が多い印象だが「数学SF 夢は全たくひらかない」のようにパズル的なものもあり、囲碁将棋に興じた作者のセンスが感じられる。またジュヴナイルまでものにしている幅広さも印象的だ。
2 一九六〇年代単行本未収録作
「ブルー・トレイン」は名作「X電車で行こう」と共通点の多い作品で、より身近なパーソナルなタッチでそのアプローチに興味を覚える。また「ギターと宇宙船」の、宇宙飛行士とその閉塞感、音楽とかどことなくディレイニーのを思わせる要素があって面白い。音楽に造詣の深い山野浩一がディレイニーに注目しサンリオSF文庫のラインナップに入れたのは、必然だったのかもしれない。
3 21世紀の画家M・C・エッシャーの不思議世界
雑誌「GORO」(懐かしい!)に連載されたショートショートの連作とのこと。エッシャーの絵画含め、元々のレイアウトはかなり凝ったものらしく実物を見てみたいなあ。作品は媒体にふさわしいシュールなイメージが膨らむようなものが並び、(解説にも言及されているが)荒巻義雄と相通ずるセンスが感じられる。
4 未発表小説、および「地獄八景」
遺品から発見されたという(まさに発掘作品)「嫌悪の公式」は重要な公式を預かった主人公が次々に謎の指示を受けるというちょっとカフカの「城」を連想させるショートショート。「地獄八景」の方は再読になるが、小説を発表しなくなって久しい2013年に、SFオリジナルアンソロジーシリーズである「NOVA」(10)に突然発表された作品で個人的にもかなり驚いた記憶のある一作。地獄巡りの話なのだが、奇妙なユーモアとネット社会に対する独特の切り口がユニークな傑作である。
全体を通じて印象的なのは、山野浩一が既に出来上がってしまったフォーマットや視点で小説を描くことを執拗なほどに避け、常にオリジナルなアプローチを目指していたことである。真のオリジナリティを獲得している稀有な作家で、そのために活動期の時代を照らし出していることも重要な事実だろう。
岡和田晃氏による解説も詳細で、山野浩一の競馬批評、音楽評論、映像制作など幅広い活動を伝え分析しているもので、山野浩一と昭和の時代に興味を持つ読者に必読の内容だ。
で、4/2に行われた岡和田晃氏によるSF乱学講座「山野浩一『花と機械とゲシタルト』を講読する」にも参加してきた。
koichiyamano.blog.fc2.com
著者の周辺状況、扱われたモチーフの背景など読み解くにあたり非常に有益な事を沢山知ることが出来た。同時代の関連作品も読んで再読したくなった。とにかく貴重な資料ばかりで(ベルジャーエフは初めて聞く名前だった)、たとえば漫画『戦え!オスパー』(少年キング)の現物を見ることができるとは思わなかったよ。岡和田さん、スタッフの皆様ありがとうございました。
◆『破滅の王』上田早夕里
満州事変の中、細菌兵器の開発をめぐり、各国の軍人や研究者の思惑が絡み合う。改変歴史もののアクロバティックな史実解釈や派手なバイオSFアイディア、といった要素が必ずしも強い作品ではない。登場人物じりじりとした駆け引きから終盤に攻防が戦火の拡大と一体となって激しさを増す展開へと突き進むサスペンスが読みどころで、期待に違わない傑作だった。スーパーな個人がヒーローになる展開ではなく、多様な背景を持つ人物たちが織り成す群像劇であり、非常に現代的ともいえる。今読むとコロナ前にして菌の呼称であるkingとcorona(crown)の奇妙な符号に背筋がさむくなったりもする(菌とウイルスの違いはあるが)。
そして、こちらも(こちらはオンラインだが)トークイベントにも参加(というかこのために慌てて、上海三部作のこれだけ急いで読んだわけです(苦笑)。
conserva.hatenadiary.jp
これまた非常に示唆に富んだ内容の濃いイベントだった。印象的な話を羅列すると
・上海三部作が歴史に多面的なアプローチをしている意欲的な作品であること。
・上海三部作も<オーシャンクロニクル>も短編から発表される順番であったが、どちらも後から発表された長篇の方の構想があって生まれた短編だったこと。(※上田早夕里は根本的に長編作家の資質なのかもしれない、とブログ主は思った)
・表立って記述された歴史の埋もれてしまっている事の重要性(資料が廃棄された731部隊の人体実験、あまり記録されていない当時の女性通訳の話など)
・歴史とフィクションの関係とフィクションで表現出来るものの可能性(記録されていない様々な暴虐や悲劇を浮かび上がらせることが出来るフィクションの役割)
・理工系的な科学に偏重しがちなSFジャンルにおいて、人文科学をテーマにすることの重要性や可能性などなどいかようにでも深められる内容が続々と登場し、あっという間に終了した。そしてこうしたテーマについて、歴史の影となってしまった人々を意識的に描き出そうとする上田早夕里先生の姿勢が発言の端々に感じられて、感銘を受けた。
余談だが、『破滅の王』を読んでいる間、この作品世界にも少年期のJ・G・バラードがいるのだろうかとしばしば考えていた。しかし何のことはないトークショーで 「上海フランス租界祁斉路三二○号」(『夢みる葦笛』収録)にバラードが登場するということを知り、ますます嬉しくなった。上田先生わかってらっしゃる!そうそう、まだ読み途中なのでちょっとしか読んでいないのだが、著者サイトの上海三部作解説も詳細で面白そう。
www.ueda222.com
◆『眼中の悪魔〈本格篇〉~山田風太郎ミステリー傑作選1~ 』
「眼中の悪魔」医学生が薄幸の娘と恋仲になるが結局成就せず、数奇な運命を辿る。医学知識がトリックに反映されているが、虚無感がいかにもこの作家らしい。
「虚像淫楽」自殺目的で昇汞を服毒した女性が救急外来に。入り組んだ関係に潜む昏い欲望が明かされていくが、真相解明のプロセスは(現代だと若干飛躍が大きい印象だが)ロジカルというのが持ち味なんだろう。
「厨子家の悪霊」地方の入り組んだ家族関係のお屋敷で起こった殺人事件。ということで横溝正史風味の読ませる作品ではありどうやら評価の高い作品のようだが、二転三転さすがに読者を振り回し過ぎの感あり、ミステリ通ではない身からいえばマニア向けの印象(一部古い医学ネタの処理があるところはさておいても)。
「笛を吹く犯罪」三角関係を背景にしたミステリ。それまた一捻りの展開と、ラストの無常感が、らしい。
「死者の呼び声」若手社長と女子大生の話から、手紙内の探偵小説がオチに結びつく、入れ子構造の形式がかっちりはまるミステリ。手紙内の冒頭、富裕な名家のもとにたむろする卑屈な欲の見え隠れする人々は、執筆された戦後すぐから数時代めぐって、現代の成功者の周囲に群がる人々と重なる気がする。
「墓掘人」殺人を犯しさらに自らの命も絶とうとしている男が、死の間際に妻の不貞の真偽を確かめて欲しいと友人に依頼するという、驚愕の設定でのタイムリミットミステリ。なのでこれまたびっくり作品だが、多少動機は強引な感もある。
「恋罪」思いを寄せる人妻が夫殺しの容疑で捕まり、推理作家山田風太郎に助けを求める。手紙形式で進行、戯画化された登場人物"山田風太郎"の自虐ユーモア混じりでどんでん返しが繰り返される。
「黄色い下宿人」なんとホームズもの。謎の日本人の正体に笑う。
「司祭館の殺人」とある村での唖者の甥と聾者の司祭である叔父の元へ盲目の美しい娘が現れる。やがて起こる悲劇の真相さこれまた二転三転、そして驚愕のラストまでお腹いっぱいだ。
「誰にも出来る殺人」とあるアパートで続く事件が、秘密のノートで住民によってリレー形式でつづられていくという凝った連作殺人ミステリ。凝った趣向だがラストの謎解きは動機などちょっと強引な面があって正直ついていけないところもあった。漂う虚無感には著者ならではの味があるが。
◆『99999(ナインズ)』デイヴィッド・ベニオフ
長ーいこと積んでいた本なんだけど、ようやく読み始めて、途中で(ようやく)気づいたんだけど、話題になった『卵をめぐる祖父の戦争』の作者なんだな。道理で上手いわけだ。
「99999(ナインズ)」若手バンドの紅一点ヴォーカルを引き抜いてデビューさせようとする業界人と、それに反発するドラマーの話。なかなか味のあるロック小説。
「悪魔がオレホヴォにやってくる」三人のロシア兵士が、チェチェンで武装ゲリラを警戒して進むうち(舞台はチェチェン紛争らしい)、とある空き家に侵入。一時の休息を得るが、地下室に老婆がいることに気づく。一番若い兵士が老婆を始末するよう指示されるが。老婆がその兵士に語る民話と高まる緊張感のシンクロが大きな効果をもたらしている。
「獣化妄想」逃げ出したライオンと猛獣を撃つ名人の父に心が揺れる主人公の内面が表現されている。ライオンのイメージが印象的な作品で、屈折した主人公の父親に対するコンプレックスが作品の核だろうか。街中とライオンということで立原正秋『鎌倉夫人』を思い浮かべたが、あちらは子ライオンをペットにして歩かせているという内容で、大分平和な内容だ(笑)。
「幸せの裸足の少女」友人の父親が持ついかした車を隙をついて乗り回す少年。偶然知り合った少女とひととき過ごす。やがて時が経ち、という話。青春の輝きとその後の現実の落差が描かれた作品だが、キーパーソンは父親で苦い中に、ちょっとしたクッションを与えるような存在感がなかなか良い。ちなみにザ・クラッシュのストレートな個性が生かされている作品でもあるが、1970年生まれの作者で、リアル世代より若干若い気もする。まあ日本より早熟だろうし、そんなに変でもないかな。
「分・解」どことも明示されない、戦争が始まった世界。地下シェルターで避難生活を続けている主人公が視点人物で、内面の軋みがある仕掛けと共に表現されている。
「ノーの庭」成功を夢見る女優とバイトで生計を立てている詩人。二人は恋仲になるが、大きな役のチャンスが女優に舞い込んでくる。王道の舞台設定のドラマツルギーだが、少しアイロニカルで余韻を持たせたところで終わっている。
「ネヴァーシンク貯水池」父の遺骨を傍に、思い出話をする女性と恋愛関係になった主人公。やがて二人の関係は破綻し、主人公はある行動をする。ニューヨーク生れという作者のプロフィールを感じさせる、ニューヨークが舞台の奇妙な人間ドラマ。ニューヨークまのが好きな人間なので、こういった作品はどうしても評価が甘くなる。
「幸福の排泄物」飛行機の席で排便してしまった主人公。頑なに席の移動を拒むが…。当惑させられるシチュエーションから、その背景が徐々に明らかになる仕掛けが見事。諸般の事情で少し演出の劇的さが気になってしまうところがあるのだが、それは個人的事情でもある(説明してしまうとネタバレになるので、こんな文章でもご容赦を)。
◇SFマガジン2013年10月号
特集「SFコミック」で、作家特集として西島大介。
コミック特集はこの雑誌では珍しいね。あと公開記念小特集として『スター・トレック イントゥ・ダークネス』も(この頃だったんだね)。例により読み切りメインで(特に漫画は詳しくないのでいつも以上に単なる印象メインで。まあ基本的に備忘録ブログなので)。コミックはどれも短い作品。
「ALL those moments will be lost in time」西島大介
デビューの頃ほんのちょっとだけ読んでいた西島大介。これも連載最終回ということだけど、この回はこの号の発売時に読んでいた記憶がある。自伝的な要素が強く感じられて、今はこんなのを描いているんだなと思ったような(あまり詳しくないので、作家特集のあれこれもよくわからず、雑感のみで失礼)。
「ニュートラルハーツ File1 電気少女の気持ち」吉富昭仁
ロボットを拾った女子学生二人組の話。近未来なんだけど、家は昭和レトロというのが一つのフォーマットなのかな。
「星の池」丸山薫
釣りをする少年と少女のエピソードを拾った、といった割とトラディショナルなファンタジー小品。
「と、ある日の忘れもの」宮崎夏次系
SFマガジンで読んだことがあるかな。そのまま<みやざきなつじけい>と読むんだな。抒情とユーモアが程よく混じっていていいね。
「永遠の創作物」鷲尾直広
100年後に目覚めたユートピアのような世界で主人公は。絵もいいし話も澱みないがちょっと甘めかなあ。
※2023年5/3追記
おっと肝心な読書系イベント、もう一つ行ってた(苦笑)。
クリストファー・プリーストがゲスト・オブ・オナーということでSFイベントのはるこんも参加した。
www.hal-con.net
(プリースト、写真はちょっと前のかな)
結局オンラインでのご登壇は残念ながらなかったようだけど、対訳資料つきのインタビューと朗読は十分に楽しめるものだった。インタビューで印象的だったのは、
・ファウルズ『魔術師』がお気に入り
・手品ガチ勢である(『奇術師』執筆にあたり勉強し、今や奇術サークルの唯一の名誉会員であるとか)
・映画「プレステージ」においてまだ有名ではなかったクリストファー・ノーランが監督になるのにゴーサインを出した(ただその後の作品に対してはかなり辛辣)
・『隣接界』関連の話で、第一次大戦で富裕層の若い女性が飛行機乗りをすることが一般的だった事実がある(偶然だがこれまた上海三部作のように表面的な史実で可視化されていない女性たちともいえる)
・『逆転世界』はSF作品(?)としては『指輪物語』に次ぐ人気作品だがアメリカでは酷評(フランスの方が人気ということで連想したのはディック。自身のエッセイか何かで書いていたと思う。で、少し不正確なものの”フランス”SF、プリースト、ディックとくると連想されるのはサンリオSF文庫で、これまた山野浩一とつながってしまうのであったが、あながち偶然ではないかも)
たこい☆きよしさんの「クリストファー・プリースト ひみつぶっく」もゲットしたし、コロナで直接お会いするのは久しぶりだったたこいさんや青の零号さんともSFの話が出来て楽しかった。
(下は今回の収穫。ピーター・ディッキンソンは本の交換スペースでゲット)