◆『ドローンランド』トム・ヒレンブラント
ドイツ作家による近未来ハードボイルドSF。覇権国が一変し、ドローンによる監視が当たり前となったヨーロッパで、議員の殺人事件の背景にある巨大な陰謀を追う刑事が主人公。ヴァーチャル世界による犯罪捜査の描写に臨場感があるところが良かった。手堅くまとまった好作で、だれるところがあるわけでもないのだが、それでもボリュームが少なめにならなかったのかとは思ってしまった。
◆『蒲公英王朝記 巻ノ二 囚われの王狼 』ケン・リュウ
ケン・リュウによる中華歴史ファンタジー。刊行時に1巻を読んで、かなり話を忘れていたが、ようやく2巻読了。1巻が若い主人公の高揚感ある出世編だとすると後半となる2巻目は現実の様々な壁にぶつかりる苦闘編である。女性が活躍して数々の問題を浮き上がらせる現代的な視線はさすが著者らしい。ただ神々がちょっと登場するものの、比較的実社会をベースにした駆け引きや戦術にフォーカスが当てられており、正直なかなか重いところもある。
◆『アメリカ大陸のナチ文学』ロベルト・ボラーニョ
アメリカ大陸における親ナチス的な文学を紹介するという形式の架空の文学事典で、30名に及ぶ文学者の経歴が次々に紹介されるのが本作のメイン。グループにわけられ章(といっていいのかな?一応ここでは”章”とします)の題名がついていて、それに従って備忘録用も兼ねて書く。カッコ内はその活動人物のメインとなるアメリカ大陸の地域だが、メモ書きなので間違いがある可能性がありご注意を。
・メンディルセ家の人々(アルゼンチン)
ブエノスアイレス富裕層の女性詩人と二人の子について。南米文学のインテリによる牽引といったあたりの描写には現実味が感じられる。
・移動するヒーローたちあるいは鏡の割れやすさ(コロンビア)
各国を放浪、従軍経験もある二人の男性作家について。
・先駆者たちと反啓蒙主義者たち(アルゼンチン、ブラジル、キューバ)
スケッチ的に哲学者や詩人が並ぶ。反動的で血の気の多いぺレス=マソンが印象的。
・呪われた詩人たち(チリ、ペルー)
不遇の詩人たちといったところか。ゴンサレス=カレーラで「田舎にジュール・ヴェルヌ現わる」とあるのがちょっと可笑しい。
・旅する女性作家たち(メキシコ、アルゼンチン)
二人の女性詩人が登場するが、建築家でプレイボーイの夫とカラスコの愛憎劇のディテールに感心してしまう。
・世界の果ての二人のドイツ人
謎のコミュニティ育ちのシュホルツがなかなか面白い。
・幻想、SF(合衆国、グアテマラ)
カンザス生まれの先駆的なSF作家ヒル、成功したSF作家そーデンスターン、グアテマラ最大のSF作家ボルダ。SFに内包する危険性について、ボラーニョが認識している節がうかがえる内容。
・魔術師、傭兵、哀れな者たち(ベネズエラ、ブラジル、ウルグアイ、合衆国)
やや統一感に欠ける章かな。SF好きとしてはスピンラッド、ディック、ヴォネガットの名が出てくるシベリウスのところが改変歴史ものっぽい楽しさを感じる。
・マックス・ミルバレーの千の顔(ハイチ)
数々の名を持ち活動をし、ハイチにあって親ナチスであったミルバレー。これも面白かった。
・北米の詩人たち(合衆国)
差別的なビートニク詩人オバノン、ナチス中心人物たちの長命に魅せられメディアで名声を博したロング。
・アーリア同盟(合衆国)
犯罪者で詩人という二人。
・素晴らしきスキアッフィーノ兄弟(アルゼンチン)
熱狂的なボカ・ジュニアーズのサポーターの兄弟詩人。
・忌まわしきラミレス=ホフマン(チリ)
この章が最も長くて、一般的な小説的記述に寄っている。ピカレスクともいえ、飛行機雲で詩を著すところが心に残る。
・モンスターたちのエピローグ
人名・用語辞典、作品リストといった形式。
幻想、羅列の形式ながら、幅広い地域と時代を網羅しており(執筆時から近未来の事まで記載は及んでいる超現実性の強さも本作の特徴)、時にこれらの架空人物が関係性を持ち、後半になるにつれ作品全体が立体的に浮かび上がる。最後の「モンスターたちのエピローグ」の作品リストのタイトルのもっともらしさに抱腹しつつ、虚構の不気味な文学史を紡ぎ出す作者の企みに唸らせられる、といった本である。
◆『悪い時』ガルシア・マルケス
ある町でビラによる中傷事件が起こり、それを巡って様々な登場人物がそれぞれの思惑で動き騒動が拡大していく、といった内容。事前に想像していたより非日常的なエピソードの少ない、一般的な文学作品。決して長い小説ではないが、登場人物の関係はかなり入り組んでいる。その分、政治的な抑圧や人間の欲望などが随所に顔をのぞかせるなど、作品全体に奥行きを感じさせる。解説を読むと『百年の孤独』など他作品と共通する町名や人物名が登場しいたり、独立後のコロンビアの政治状況が本作に与えた影響などにも興味がわいてきて、もっと著作を読んでみたくなる。
◇SFマガジン 1998年2月号
創刊500号記念特大号PartⅡ日本SF篇。いつものように読切のみ(ちなみにSFマガジンは膨大に積んでいて(苦笑)、全くランダムに近い感じで読んで適当なタイミングで感想を書いている感じ)。
「サイコサウンドマシーン」大原まり子
ラジオドラマの原作とのこと。精神に働きかける機械がテーマになっている。ラジオドラマを意識してか、平凡なサラリーマンが主人公であったり、過去の母との思い出などが交錯したりするところは意外とオールドスクールで第一世代に近いものが感じられる(一部残酷なシーンには著者らしさもあるが)。
「暁の砦」光瀬龍
本作がSFマガジンに最後に掲載された作品らしい。太陽系の危機に脱出する人類の一部と週末を見守る者たち。この諦観は今の世代にどう受け取られるのだろうか、などと思ったり。
「江里の"時"の時」梶尾真治
著者お得意のタイムトラベル・ロマンス。オチはオープンでいろいろ受け取り方がありそう。
「阿羅壬(アラジン)の鏡」田中芳樹
銀英伝など未読ばかりの作家だが、李家豊時代の短編は少し読んでいて割と好きだった。ちょっと夢枕獏を思わせる怪異譚で楽しい。短篇集は読んでみようかな。
「鳥人口伝」椎名誠
昔、とある国にいた鳥人たちの話。中華風というか、画数の多い漢字やルビを多用した疑似科学説明が楽しい。少し辿々しくなってる語尾の文体にどうも違和感を覚えるが。
「夜舞」野阿梓
『銀河赤道祭』(未読)のスピンオフとのこと。世評の高い作家ながらこれまで少し読んだ本(『少年サロメ』とか)どうもピンとこないところがあったが、ようやく読むポイントが個人的にできた気がする。王政にある普遍的な文化の側面をSF世界で浮き上がらせていくところが面白く感じられた。ちょっと他の著作を読んでみないとなあ。
「影絵少女」高千穂遙
すっかり変貌した地球で主人公は不思議な少女と出会う。一話で完結した短い作品だが、前半の凄惨なサバイバル競争の中、クリーチャーと協同生活してるようななんでもありな世界を舞台にした冒険ものの方が良かったような気がしないでもない。
「五百光年」草上仁
きっちり五百光年テレポートできる主人公が、その能力で恋人にサプライズのプロポーズをするため奮闘するドタバタコメディ。ファンによってTwitterに拡散されている作品みたいだね。
「きらきら星」菅浩江
博物館惑星シリーズ。均整のとれたオーソドックスな科学的イメージがストーリーと融合した完成度の高い作品。
「海を見る人」小林泰三
こちらも、民話風の意匠を借りながらハードSFアイディアとリリシズムがブレンドされたオーソドックスな作品。こちらの方がスケールが大きい分、インパクトが上回るかな。
「ラー」高野史緒
ピラミッドの謎にストレートに迫ったタイムトラベルSF。科学性よりも神秘性に足場を置いたアイディアが作品世界とよくマッチしている。ところで最近のピラミッド研究はどうなっているのかなあ。
「探偵/物語」牧野修
『月世界小説』の姉妹篇とのこと。言語SFと探偵小説の融合どころか冒険小説のフォーマットが組み込まれている。『月世界小説』未読なこともあるが、正直よくわからずり凝った作品だがちょっと盛り込みが多く掴みづらかったというのが正直なところ。
「夜明けのテロリスト」森岡浩之
恋人とつらい別れを経験した青年が見知らぬ男から話しかけられる。タイトルの印象とは多少異なる、巻き込まれ型の伝統的なタイプのSF作品。コピーライターがAIで仕事を奪われるといった点は当時を感じさせる。あまりこの作者の作品は読んでいないので雑感だが、ちょっとフォーマットをなぞった形で本領はこうした路線ではない気がしてしまう。
「星砂、果つる汀に」山田正紀
結局いまだ本として出版されていない連載の初回。これは読切じゃないけど初回なのでちょっと読んでみた。やはりさすが導入部はうまい感じ。この年の後の方の号をチラッと見るとこの導入とは予想外の方に話が流れるようだが。書かれた20世紀最後のトレンドだったのか、自己啓発セミナーが扱われている。
◇SFマガジン2002年7月号
暗号/数学SF特集。
「ピュタゴラスの平方根」ルーディ・ラッカー&ポール・ディ・フィリポ
この顔合わせなので、ピュタゴラスが主人公で活躍というなかなか変わったもの。ポイントを提示した訳者(小川隆)の解説がありがたいが、それでも一読ではよくわからず。
「数理飛行士」ノーマン・ケーガン
初読だったかなあ。数学SFとして名がよくあがる作品。いわば純粋数学で構成されたヴァーチャル世界に入りこむというアイディアで、1964年作である先駆性にまずは驚かされる。また、数学専門用語が多く飛び交うため理解困難な箇所もあるが、イメージ喚起力はすさまじいものがあり名作であることは間違いない。古株SFファンなので、日本の数学SFというと石原藤夫「宇宙船オロモルフ号の冒険」が思い出されるが、年代からしてこの作品が本ネタにあったのだろうかと考えた。
「エイリアン・グラフィティ(突発的闖入物にまつわるある個人史)」マイクル・ビショップ
地球の空に解読不能の巨大文字が現れる。『三体』や『あなたの人生の物語』を連想させる、短いが作者らしい思索的な要素を持つ作品。数学SFではないねと首を傾げたが、暗号/数学SF特集で前者の方と気づいた。
「鏡迷宮」北原尚彦
ルイス・キャロルが数学者であったことはよく知られているだろう。それを生かした、作者らしい遊び心あふれたアリスパロディ暗号小説。
「きらきらした小径」小林泰三
特集外作品。これまた作者らしいハードSF寓話の小品。
※ちなみに表紙の<読切>に浅暮三文の名があるが作品はない?
◇SFマガジン2013年1月号
日本SF作家クラブ創立50周年記念特集。資料や作品紹介が中心で読切は2編のみ。
「カメリ、ツリーに飾られる」北野勇作
人類がもういなくなった世界で、模造亀(レプリカメ)のカメリが過ごす日常が描かれるシリーズ。雑誌刊行時の関係からかクリスマスものになっている。著者の作品は懐かしさと二度と時間が戻らない切なさが醸し出される作品が多いが、この作品もクリスマスが変質して奇妙なイメージだけ残っているところがいい。
「ミサイル畑」草上仁
遺伝子工学が発達し、安価で様々な物が栽培されるようになった未来、副産物として兵器になるようなものも簡単にできてしまう。そうした世界で、農作物を会社に仲介する立場である技術者と農家が抑圧的な会社と対峙する、ビジネス小説みたいな感じ。
◇SFマガジン2008年9月号
中国SF特集。
「水棲人」韓松
月面に行った白色人種に対し、残された黄色人種は生存をかけて水中生活可能な水棲人を製造する。年代記的に綴られるが、最初の世代に属する水棲人の寄る辺ない心の有様に焦点があるなど非常にオーソドックスという印象。
「さまよえる地球」劉慈欣
赤色巨星化する太陽という危機を乗り切ろうとする人類を描いた作品で、(ドラマ化されたようだが)予備知識なく読んだので豪快なアイディアと後半の展開。スケールの大きさや社会混乱や悲劇など『三体3』とも共通する。また、考え方の両極でわれる派閥、問題を放り出し思考停止してしまう一部の人たち、近日点と遠日点で一喜一憂し状況、流言飛語、いきなりのオリンピック関連エピソード(笑)などコロナ禍を思わせる箇所がたびたび登場。優れた作家の想像力というものはこうしたものかと思ったり。
「シヴァの舞」江波
基本的にはSFの誇大妄想的な楽しさで構築された作品ではあるが、意図的に細菌とウィルスを混同して記述する表現が気になる。感染症ものとしてもコロナ禍を経てみるとズレがあるのは(仕方ないことではあるが)否めない。
今日泊亜蘭追悼で短篇再録と日下三蔵の解説・著作リストもある。
「綺幻燈玻璃繪噺(きねおらまびいどろゑばなし)」今日泊亜蘭
作者の作品は読んだことがあるが、ユニークな文体は粋というのがぴったりで、本作も明治の文化が薫ってくるような作品。いろいろ読んでみようかな。
「5017」草上仁
著作権を題材にしたショートショート。タイトルの意味がオチでよくわかる。
「閃光ビーチ」菅浩江
美容技術をテーマにした連作シリーズ。姿を美しく演出する技術による出会いのトラブルが描かれるが、現在ではさらに現実とのリンクが強くなっている。その分問題意識に古めかしさも若干漂う。ただその辺りは技術をテーマにするSFの宿命でもあろう。
あと参加というか、4/29に開催されていたけどアーカイブで聴いた読書関係のイベント。
bookandbeer.com
いつも楽しい文学のトークを提供してくれる豊崎由美さん(特に海外文学に明るいので情報源としても頼りになる)のお馴染みイベント”よんとも”に、これまた良い意味で癖の強い文学紹介を続けておられる柳下毅一郎さんがゲストというのでこれは必聴!となった。昔(1980年代前半)SFファンジン界隈にほんの短い時期にちょっとだけ参加していた当ブログ主としては、柳下さんの名前は当時から知っていたし、その後の映画関連含めての幅広い活躍もそれなりに把握しているつもり。しかしよく考えたら紹介をする仕事の方なので、御本人自身がどういう経緯でSFと関わるようになったかは知る機会がなかった。なので、今回のトークで一番面白かったのは意外にも(自分がある程度知っていると思っていた)80年代のファンダム、翻訳を始めた時期の話であった。深く関わっていなかったこともあって、実は当時の事もあまりよく知らないので新鮮だった。なかでも野口幸夫さんの話などが興味深かった。