『ラヴクラフト全集2』
数少ない長編「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」より、船舶による冒険の時代が感じられコンパクトにスケールの大きいホラー世界が展開される「クトゥルーの呼び声」の方が面白かったかな。(これもまだ2までで歩みを速めないとなあ)
『フロイトの函』デヴィッド・マドセン
気づくと列車の中でブリーフ一丁にスカートという姿で隣にジークムント・フロイト博士がいるというシチュエーションに置かれている主人公。このフロイト博士、実在の人物とはやや異なっていて、そこに必ずしも深い意味はなさそうといった具合で細部にまで意味があるようなタイプの小説ではない印象。全体のつくりはシンプルで読みやすさはあって、変態要素で楽しく読み終えることができた。
『約束のない絆』パスカル・キニャール
フランスの田舎町に育った姉弟の人生が大きな時間の流れと自然の中で描かれる。表に現れる物語と自在な語り自体素晴らしいが重層的な側面があるようだ。他作品も読まなくては。
『ラテンアメリカ文学入門』寺尾隆吉
個別にはかなり辛辣な作品の評価がそこかしこにみられ異論も出そうな内容だが、ひとまず初学者には膨大な作家たちによる生々しい人間模様を含んだ文学史がマクロとミクロの両面からコンパクトにまとめられ読みやすかった。まあまずは個々の作品をちゃんと読まないとアレなんだが。
『20億の針』ハル・クレメント
ゼリー状の知的異星生物が地球に不時着。片方は捜査官で犯罪者を追うが、15歳の少年の体に侵入して・・・というSFミステリ。タイトルは捜査官である"捕り手"からみて、本作が書かれた1950年の世界人口の誰に犯罪者が侵入しているかわからない、「20億本の針から1本を探し当てることができるのか」といとことからきている。作品自体はもっと身近なスケールで"捕り手"と侵入されたティーンエイジャーが協力して身の回りの人の誰に"犯罪者"がいるかを調査するというヤングアダルト小説要素が強かった。ところどころ科学的な視座はのぞくものの、思ったよりハードSF風味は弱い。さすがに時代のずれは隠せず、全体にもっさりとした感じあり。
『黒人野球のヒーローたち―「ニグロ・リーグ」の興亡』佐山和夫
いわゆる「ニグロ・リーグ」といっても複数あったりいろいろな変遷があったりすることがわかる。とにかく実は非常に強かったこと(それが結局MLBへの黒人参加を進める動きになった)、その一方で非常に厳しい環境下にあったこと、それでも日本に遠征したりいろんな交流が行われていたことも印象深い。外野を帰らせて打たせずに抑えてしまうサチェル・ペイジ、野球が好き過ぎて二試合終えた後にホテルを抜け出して草野球に参加しちゃうジョシュ・ギブソンとかおおらかな時代の天才たちの姿が楽しい。
『花と機械とゲシタルト』山野浩一
患者たちが自らの精神のあり方を考える“反精神病院”が舞台。自我を”我”という存在に預ける集合意識テーマという側面を持つが、科学的なアイディアに加え五感に訴える幻覚的な描写など多様な要素があり書かれた時代を感じさせる一方で今日的でもある作品だ。プルキンエ現象が大きく扱われ、赤のイメージが出ているのはなぜなのだろうかとふと思った。あと宮内悠介『エクソダス症候群』と重なるモチーフのようにも感じられた。
『マイケル・K』J.M.クッツエー
内線下の南アフリカで貧しい黒人青年が社会から疎外されていく姿が描かれる非常に重い内容だが、苦境にある人間の自由を求める心の描写も色濃く反映された内省的な作品でもある。Ⅱ部で収容所にいる青年の苦境を同情的に観察する語り手<私>には、アフリカーナー(白人系)の家庭に生まれ教育水準の高い著者が反映されているのだろうか。積んでいる『鉄の時代』を今度読んでみないと。
『J・G・バラード短篇全集1』
ようやく1が読了(弱)。既読も多いのだが、シミルボンのコラム投稿時に拾い読みしてその後残りを読了。巻末「深淵」にはクールなイメージの強いバラードにしては珍しく滅びゆく生命に対する情緒的な視点が感じられた。
『短篇ベスト10』スタニスワフ・レム
これも結構既読が多かったところをシミルボンコラムに書いたとき再読を兼ねて読了。なんといっても「仮面」が凄い。あまり幻想小説の印象がないレムだが、本作は横溢するイメージの鮮やかさと多重性に圧倒される。『ソラリス』の名声を不動のものとした理知的なレムというイメージから逸脱する一種の“官能性”を本作品にも見ることができるが、あるいは知の巨人レムにはこうした創作すら容易なのだろうか。とにかく科学あるいは知的探求、ユーモアや諷刺といったレムとはまた違った顔を見せてくれる作品で折をみて再読したい。