≪さてここから主に『ウィザード/ナイト』で重要な部分もそのまま伏せずに書いていますので未読の方はご注意!≫
(様々な話題が出て多少途中を省いているので話題によって行がえをするように記載してみました)
(宮) 『ウィザード/ナイト』は英語版wikiでは「ウルフ作品の中では、語り手が信用できる」と紹介されているようだが・・・。
(柳) そうかなあ。wikiが信用できない(笑)。全体のつくりとしては『ナイト』でよくわからないエピソードがいろいろ出てきて、『ウィザード』でそれらが解き明かされるかたち。(登場人物が多く)電子版で人名検索したくなる小説(笑)(※ちなみに日本語版は電子書籍はありません念の為)。
(中) 「騎士であるとはどういうことか」が執拗に書かれていて『ドン・キホーテ』的である。最後に名前が記載されている語り手アーサー・オームズビーのオームズビーという名は『ドン・キホーテ』を英訳した人物(この人かな)。
また空想と現実といった図式があって、ハイジャック犯をつかまえるところや救急車の場面があり、アーサーが救急車で運ばれている間の夢がこの小説ともとらえられる(※柳下さんも同じことを指摘)。
成長物語としての側面が無いという特徴がある。ただいわゆる成長物語であるファンタジーは嫌というほど存在しており(個人的にもそういうものは必ずしも好みではなく)現代に同じ様な書き方をしても仕方がないと思う。
(柳) 一晩にして主人公が大人になる。普通の作家が通常書く一番成長したスカイの時期が全く描かれていない(※『ウィザード/ナイト』の世界は上から下に七層にわかれ、スカイは上から3番目。時々別の層の世界への移動がある)。
大きな謎はエイブルが誰なのか。ベンとアーサーの兄弟、ボールドとエイブルの兄弟をつなぐものが何なのか(救急車の場面で入れ替わる?)。通常のファンタジーや異世界ものでは(例えばライトノベルでも)どうやってその世界に入っていくのか物理的な移動だったり幻想によってだったり最低限読者に納得できる記述があるが、それがない。
上の世界の時間の進みが下の世界より速い。しかしムスペル(※上から6番目の世界)の王が説明しているように最上層と最下層の世界はつながり円環構造になっている(※そこに何らかのポイントがあるという大事そうなお話があったが理解できませんでしたスンマセン)。
またエイブルはたまたま大人の騎士の恰好をしている子供。世界も子供から見ているため、例えばドラゴンというのも子供からドラゴンに見えている何かで本当は別のものかもしれない。少年の夢なので女性にモテモテ。『新しい太陽の書』のセヴェリアンもそうだった(笑)。
(樽) (英語の?)ネットの評で「主人公がいくら16歳といってもさすがに馬鹿すぎる!」というものがあった(笑)。
(柳) ウルフ作品は夢オチが多い。日本では夢オチが悪く言われがちだが、中世文学に傾倒しているウルフは許容している。
チェスタトンは大きい存在。
ウルフ作品では名前が大きな意味を持つことが知られている。Wolfeから犬や狼へのこだわりがある。ギュルフは可愛い(笑)。
もう一つの大きな謎、エイブルはグレンガルムと戦い、アルヴィット(=ワルキューレ)と出会う場面があるのでヴァルハラ(死んだ兵士が集まるところ)に行っているが・・・。
(中) ウルフ作品では人物の入れ替わりが扱われることが多いので、ここでエイブルが入れ替わるのかなと思ったらどうもそうではない。(※ナイトの最後がこの戦闘で、ウィザードの途中からエイブルが戻ってくる)
(柳) ヴァルファーザーによってミスガルスル(※上から4番目の世界。基本的にミスガルスルの話が中心)に帰してもらう。重要なのはヴァルファーザーにその力があるということ。スカイから戻ったことになっているが実はヴァルハラ。スカイ=ヴァルハラ。エイブルは死んだことに気づいていないと思われる(?)(最初「気づいている」と聞こえたのですが、読み直すと周囲の登場人物(動物)が本人が死んでいることのヒントを与えているのに伝わっていないといったエピソードが複数ありやはり「気づいていない」が正しそうですね。ご指摘くださったunyueさんありがとうございました)。
(中) 癒す力を持った存在が描かれることが多い。
(柳) 癒す存在というのはいわばキリスト。新しい太陽の書もそういった救世主の物語。エイブルがヴァルファーザーの力を借りて、人を癒す。ただそういった意味で感動的な終盤のエピソードをサクッと済ませてしまうのがウルフ(笑)。
(中) キリスト教以前の世界で人を癒す存在について書いている小説。
(宮) 魂の再生=死ともいえる。「取り替え子」(ネタばれになるかもしれないので色を変えます)の主人公は結局死んだのかとラリイ・ニーヴンに聞かれたウルフは「死んだ」と返答したが、それは再生について書いていることでもある。
(柳) 『ピース』(ネタばれになるかもしれないので色を変えます)の主人公も死んだことに気づいていない死者ととらえることもできる。
もう一つ、エイブルの母親の謎。母親はマグでありリネットであり・・・(※スイマセンここもよくわかりませんでした。「失われた愛の部屋」や「緑色のガラスの筒」に入っていた手紙がポイントらしく、母親はただの人間ではないのではないかというお話。主に『ウィザードⅡ』の第二十二章のことだと思います)。朝鮮戦争従軍時にウルフが母親に宛てた手紙を収録したLetters Homeという本があって(Soldiers of the Mistにつながる内容?)、母親に手紙を多く書いていてマザコンであることがわかる(笑)。そういう意味で母親というのはウルフ作品でも重要な存在。ちなみに手紙なのになぜか注釈がついていたりする(笑)。
(ウルフの解説本で知られる)Michael Andre-Driussiの本は『ケルベロス第五の首』を訳す時に大変参考になったが、読み過ぎなのではという点があってThe Wizard Knight Companion (『解説・あと書きにも登場するウィザード/ナイト』の研究書)も一部本当かなあと思う事がある(笑)
(樽) Michael Andre-Driussiにはウルフが太鼓判を押している(※どこかにウルフが好意的に評価しているという記述があった記憶があります。調査中)。ウルフはThe Wizard Knight Companionを読んでいるか。
(柳) きっと読んでいないに違いない(笑)(※「読んでいるけど太鼓判を押していない」と聞いた方もいらっしゃるようです。これまたちょっと自信が無いのでそのうち削除するかもしれません)
以下質問コーナー。
Q1.今後のウルフの翻訳予定について。
(樽) ウルフはまず訳す人が少ないので、このお三方にまず・・・(笑)。
(中) ハヤカワから出る予定があります(※2015年の最新作A Borrowed Manが新★ハヤカワ・SF・シリーズの刊行予定に挙がっているようです)。
(以下二つほどどの方の発言だったか忘れましたが)羅列しておきます
・尊敬されているが、いわゆるファンタジー作家とはいいにくい。
・(古典的な成長譚的なファンタジーを)普通に書くと面白くないが、ウルフ作品をいわゆる一般の読者の多くが面白いと思うかは別。
・爆発的に(ウルフ作品が)売れているとはいえない。
・『ベストストーリーズ』(早川書房 若島正編)のシリーズでウルフが収録される予定。
(宮) 近作の短篇だとたとえばM.R.ジェイムズのパロディがあった。楽しんで書いている感じ。
(柳) 短篇集なら出せるかもしれない。The Devil in a Forest(※1976年の作品のようだ)は主人公が子供で成長譚的な作品。
Q2.『ケルベロス第五の首』で主人公が重ね合わされていたように、エルフ(elf)とウルフ(Wolfe)が重ね合わされているのでは。
(柳) 『ウィザード/ナイト』ではエルフはAelfの綴りになっていて少し違う。
(中) 元々エルフは魔物的な存在。一般的なエルフのイメージはトールキンの影響が強い。
Q3.『ナイトⅠ』の最後でエイブルが怪我をした後にバキ(エルフ)の血を飲むというシーンがあるが、背景となる神話などがあるのか(※私の質問です)。
(柳) 『ウィザード/ナイト』では「食べたものに似てくる」という話が登場する(※『ナイトⅠ』第十九章にも出てくる)。オスターリングも人間になりたくて人間を食う。
(樽) 救急車の場面ともつながるかもしれない。
(柳) バキが怪我をするシーンともつながる(『ウィザードⅠ』第四章)。エイブルはヴァルファーザーの力を宿しているが、自分の力をミスガルスルで使うことができず、トゥッグの血をバキに与えてバキを回復させる(力を使えないことは『ウィザードⅠ』第五章P98に)。そういう意味では下の世界の住人であるバキからエイブルが血をもらうのは本来おかしいのだが、秩序が乱れている状態を示し後にエイブルが秩序を回復していく・・・(この辺りも大変難しかったので正確に聞きとれたか自信がありません失礼)。
(会場から) 聖杯伝説が意識されているのではないか。(訳者の安野玲さんもいらしていたようで、その可能性はあるのではとお答えされていた)
いろいろ示唆に富んだお答え皆さんありがとうございました。
Q4.(誤植の話が出ていたが)何をもって底本とするのか。
(宮) 最初に出されたものとする考え方はある。また作者が目を通していると思われる版は信頼度が高いとみる(全集ものなやしっかりした装丁のものなど)。『記念日の本』の「ラ・べファーナ」では同じ登場人物の名前がイタリア系になったりアングロサクソン系になったり統一されていないが、そうなっているのが正しく編集の方で統一してしまった間違った版もある。わかりやすくなっている場合はウルフの意図ではない(笑)。またウルフのような作家だと本人が一番理解しているが、とあるミステリ作家で明らかにおかしい点について本人に聞いたところ「適当に直してかまわない」といわれたこともある。ただしこちらで直して結局それが間違っていたこともある(笑)。
(柳) 出版社や編者で判断する傾向もある。テリー・カーならOKとか(笑)。
(※これで質問コーナー終了。後から思ったのだが、「ギリング王を殺したのは誰か」は聞いておけばよかったなあ。一応バキと書かれているんだけどなんかすっきりしないんだよな。あと「マンティコアとマリーゴールド」の連呼はなんなのかも聞けばよかった)
最後にお三方の今後の出版予定。
(中)フィオナ・マクラウドの予定がある。ダンセイニの<ジョーキンズ>の続きは『ウィスキー&ジョーキンズ ダンセイニの幻想法螺話』があと一息売れてくれれば・・・。まあここにいる人は既に買っているのかもしれない(笑)。ナイトランド叢書から共訳でベンスンを。
(宮)ウィリアム・トレヴァーの長篇、アン・ビーティ、ニューヨーカー短篇集。(クロウリー『エヂプト』は?の質問に)あれもやっていますよ(笑)
(柳下さんから『エヂプト』の中身がもう変わっていると指摘され、そうなの?と返答する宮脇さんがいい感じだった(笑)
(柳)ジョン・ウォーターズのエッセイ、J・G・バラード短篇全集がいずれも8月に。(『ヴァーミリオン・サンズ』も入っている?の質問に)入っている。『ヴァーミリオン・サンズ』はエージェントの方から「短篇全集の形式でないと出さない」と指定されていたので出なかった経緯がある。
実に深くて濃いお話がうかがえて楽しかったです。宮脇さん、柳下さん、中野さん、樽本さん、安野さんそれから関係の皆さんありがとうございました!
ところどころ理解できないところや聞き間違いもあるかもしれません。御指摘よろしくお願いします。
ここから先は個人の蛇足的追加の感想。『ウィザード/ナイト』の特徴は、NFLだとかゲームだとか(救急車のような重要な記述以外にも)通常世界というか日常世界の事物がちらちらと挿入されることだろう。普通ファンタジーでは日常世界とファンタジー世界を移行する場面を除けば、一般社会を連想させる事物を合間合間に挿入する方法は取らない。そういったものが日常から離れ幻想世界に没頭しようとする読者の興をそぐことになりかねないからである。ところがウルフは意識的にそういう手法をとり、それが逆に不思議な効果を醸し出している。これはウルフ作品の多くのように偉大な英雄であるエイブルもどうやら現実世界では悲しい運命を背負っていたり孤独な背景を持っているように思われ、その平凡な少年の素顔がなんとも切なく感じられるためであろう(現代社会にいるアーサーは沢山の夢を持ちながら若くして命を亡くしてしまったのかもしれない)。古典的な道具立てのファンタジーを現代に住む我々に地続きなものとしたウルフ自身がまさにウィザードであるといえるだろう。