異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 『横浜駅SF』柞刈湯葉

~自動化の進んだ現代社会を周到に戯画化した話題作~

 いったいいつになったら横浜駅は完成するのだろうか。
 小学5年の時に川崎から横浜に引っ越した頃に横浜駅の工事が続いているのを知った気がするが、たしかまだ東西通路(電車利用者ではなくても通れる自由通路)はなかった記憶がある。
 それから40年、かなり完成はしたものの、いまだにすっきりはしてない(笑)。
 そんないつ果てるともしれない横浜駅工事については「サグラダファミリアか!」とか地元ではよくネタにされていた(あ、いや待てそのサグラダファミリアはITの急速な進歩で直に完成してしまうというではないか)。
 しかしまさかそれをSFのネタにする作品が現れるとは。
 それがWeb小説コンテストの受賞作で大きな話題となった本作である。
 主人公三島ヒロト横浜駅の外で生まれ、エキナカと呼ばれる豊かな横浜駅構内から廃棄されるゴミを頼りに生きるコロニーの青年である。
この世界では横浜駅が自己増殖して本州の大部分を覆うようになり、駅の外といえる土地は海際まで押しやられている。
エキナカに入るにはSuikaが必要でしかもその登録は高額であり、6歳までにSuikaを持てないと自動改札によって駅の外に捨てられてしまいほとんどが餓死するという駅の内部と外部が隔絶されている。
 そんな時代が長く続きヒロトたちは(またエキナカの住民も)もう駅がどのようにできてなぜそのような暮らしをせざるをえないのかも既にわからないようになり、人類が持っていた技術についての知識もない世代となっている。
 そんな日々の中、ヒロト横浜駅に支配された社会に対するレジスタンス運動を行っている「キセル同盟」の男からリーダーを救出する任務を5日間だけ有効な18きっぷを手に幼い頃からの知り合いである認知症気味の老人“教授”から得た不確かな情報と共にコロニー住民としては何十年ぶりかになるエキナカへの旅に向かうことになる。
 まったく冗談のようなメインアイディアが元なのは間違いないが、そこからよくここまで世界を構築できた驚かされる。
 上記の18きっぷキセル同盟をはじめ後で登場する「北の工作員」といったくすぐりもうまいし、各章のタイトルに加えSuikaによるスイカネット支配、全ての答えがある42番出口、下半身のない少女ロボットなどSFファンのツボをつくネタも周到に仕込まれている。
 また各章独立した短編の連作短編集の形態で変化に富んでいるし、各地の地形も考慮されるなどしっかりと練られている。
 ベースとなっているのではないかと思わせる先行作品としてやはり管理社会からの逸脱を少年が目指す『都市と星』(アーサー・C・クラーク)が浮かぶが、あの作品が世界の中から外に出るのに対して外から内に入るという対照的な図式になっているところが興味深い。

 また言葉遊びという部分ではライトな『皆勤の徒』(酉島伝法)といった要素も感じられる。
 インターネットの創作コンテスト<第1回カクヨムWeb小説コンテスト>SF部門大賞の受賞作という刊行の経緯も新しく今後こうした才能がさらに生まれていくことを期待したい。(2021年3月27日)
※ちなみに書籍化されたのは2016年で、(読んだのは2021年より前だが)投稿した頃にはもう横浜駅は大分完成していて、タイミングを逸してしまった感じですね(まあ何をもって完成というかも難しいが)。そういえば書籍化直後はこの作品に合わせて横浜駅ではスタンプラリーかなんかをやっていて、ローカルにちょっと盛り上がっていた記憶がありますね。