~現在進行形の大きな災厄を早速テーマに取り上げた好企画~
2021年10月現在、国内においてはやや感染者数に落ち着きがみられるが、まだまだ社会のかじ取りは手探り。もちろん世界的にも危機が去ったとはとてもいえないコロナ禍。
そんな現在進行形の問題を取り上げるのにマッチしているのがSFだろう。感染症の問題を様々な角度の思考実験でシミュレートし、個人そして社会、あるいは人類がどう変質していくか、SFが取り組んできたテーマだ。
本書はそうしたSFの特質を生かし、早くもアンソロジーとして日本作家クラブが送り出した一冊である。各作品をみていこう。
「黄金の書物」小川哲
とあるきっかけから、古書を日本に運ぶ依頼を引き受ける。移動制限の他には目立ってパンデミックとの関連は感じられないが、ドラッギーで面白かった。
「オネストマスク」伊野隆之
表情を出せるマスク。その使用がうまくできない主人公。これはパンデミックの日常を巧みに取り入れている。
「オンライン福男」柴田勝家
コロナ禍で実際に生まれそうなイベントだが、その発展の歴史を追う。ユーモアの中に意外にもしんみりとした後味を残す。
「熱夏にもわたしたちは」若木未生
このまま感染リスクを回避する世界が続いたら、若者たちはどう育つかを描いた切なくも眩しい青春小説。そうだな、これからの世代の事も考えないとななどと思ったり。
「献身者たち」柞刈湯葉
医療技術の進化とグローバルな貧富の格差といった現代の問題を提起した近未来SF。こうした作品は今や一般文芸誌に載るようになっていると思われる。
「仮面葬」林譲治
パンデミックが日常化した世界。葬儀をテーマにしたところが巧い。これも地続きの未来を描いている。
「砂場」菅浩江
交流の場を失ってしまった子どもたちに対し我々はどうすればいいか。これまた課題である。
「粘膜の接触について」津久井五月
これも若者たちが触れ合う機会を失って・・・という話から最後は思いもかけないところへ飛んでいくのが面白い。
「書物は歌う」立原透耶
人間の寿命が極端に短くなった世界で図書館や古本屋が人間と共に旅をするSFファンタジー。奇抜な発想にリリカルなストーリーが融合、ポストコロナというテーマにふさわしい、心に染み入るような傑作。
「空の幽契」飛浩隆
先行作品の「海の双翼」を未読だが、飛浩隆たしいレトリックで、美しき異形のポストヒューマンストーリーが展開される。設定が魅力的なので、もう少し長いものが読みたかったかな。
「カタル、ハナル、キユ」津原泰水
「テルミン嬢」と共通の設定、ということだ。個人的にはむしろ津原流文化人類学SFではないかと感じた。いずれにしてもまた既視感のない世界像を提示していてさすが。
「木星風邪(ジヨヴィアンフルウ」藤井太洋
著者得意の洗練されたサイバーパンクで未来の感染症を扱う。アイディアの処理など見事なのだが、さすがに短く導入部といったところで終了。この先が読みたい感じ。
「愛しのダイアナ」長谷敏司
データ人格時代のモラル、世代間格差を描く。結末に若い世代への前向きなエールが感じ取れる。
「ドストピア」天沢時生
濡れタオルを振り回す競技であるタオリングを仕切るヤクザがいる世界を舞台にした人情(?)コメディ。よくこんなこと思いつくな(笑)
「後香(レトロネイザル)Retronasal scape.」吉上亮
嗅覚障害という切り口に文化人類学的なストーリーを合わせたような作品。なるほど。
「受け継ぐちから」小川一水
ウィルス感染の脅威による人間ドラマを医療科学的アイディアをからめる。前向きな視点が著者らしいところだ。
「愛の夢」樋口恭介
疫病で変貌していく人類社会を人工知能が記録する未来。人工知能により、人類の社会を外挿するというSFらしい王道の作品。
「不要不急の断片」北野勇作
100文字小説はtwitterで時々読んでいたが、まとめて読むと吹き出してしまうものが多々あり、さすがのセンスと思う。
・SF大賞の夜 鬼嶋清美
日本SF作家クラブ事務局長によるコロナ禍の日誌。包括的な解説の代わりにこうした内容のものを入れたことは若干違和感があるが、貴重な記録とはなるだろう。
人類の歴史上でも特筆すべき大きな災厄にグローバル化と科学技術の進歩という修飾が加わり、社会のさまざまな側面をみせたコロナ禍。いまだ全貌をまとめるのはとても難しいが、早くもいろいろな切り口でテーマにできるフットワークの軽さがSFの利点と思う。それを生かした好企画といえそうだ。(2021年10月9日)