異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2017年4月に読んだ本

4月はいろいろ忙しくて少なかったなあ。反省(積読ばかり増えていく傾向がさらに加速しておる・・・)。
『スウィングしなけりゃ意味がない』佐藤亜紀
 19世紀ポーランドの農村を舞台にした重厚な『吸血鬼』から一転、今度は第二次大戦中のドイツ都市部で監視の目をかいくぐってジャズに明け暮れる若者たちの狂乱に近い危険な遊戯の世界が描かれる。映像的な作品でもあり音楽との関わりという点で、時代や地域的に隣接した映画「アンダーグラウンド」のブラス音楽が連想されたりもするが、むしろ登場する若者たちの姿により近いのは時代も背景も異なる「ストレイト・アウタ・コンプトン」のヒップホップである。時代の変化を嗅覚鋭く読み解いた若者たちのピカレスクの痛快さが「ストレイト・アウタ・コンプトン」を連想させるのだが、そういった表層的な類似性に留まらず、著者は<若者>という概念の誕生について巻末の「跛行の帝国」において世界的な視点から解き明かしてくれる。その透徹した視座の的確さは怖ろしいほどである。

『海街diary8 恋と巡礼』吉田秋生
 今回は千佳を中心とした回で、冒頭少し古風な(良くない)展開になりそうで不安になったが、そこはさすがベテランで巧く着地したなという感じ。

怪奇小説傑作集4

『FUNGI 菌類小説選集』第Ⅰコロニー オリン・グレイ&シルヴィア・モレーノ=ガルシア編
 なんと音楽レーベルや音楽出版で知られるPヴァインから「マタンゴ」インスパイアの菌類小説集が出たと聞いて、これは購読せざるを得ない。なにしろPヴァインはPファンク系で長くお世話になってきたしねえ(笑)。で、あまり予備知識なく購入したのだが、古今東西の菌類名作を集めたものではなく細菌もとい最近の小説を集めたものだった。ということで翻訳がある作家も何名かいるが比較的新しい世代のショウケースとなっている感じだ。全体としてややSF寄りか。テーマアンソロジーの常でいくつかは同傾向に近い作品がありその単調さはどうしてもぬぐい切れない面はあるものの、正調ホラーのジョン・ランガン「菌糸」、同じ設定を舞台にした作品が読みたくなるキノコ年代記ラヴィ・ティドハー「白い手」、声に出して読みたくなる意匠陰毛細工師マーキン・メイカインパクトが強烈なスチームパンク(猫入りなのでキャット・フンギ・パンク?)モリー・ダンサー&ジェシー・ブリントン「タビー・マクマンガス、真菌デブっちょ」が面白かった。モリー・ダンサーの「オートクチュール人工陰毛マーキンの国際舞台にいきなり現れた。」から始まるプロフィールに一番ウケたかもしれない(笑)。

『ハーレムの熱い日々』吉田ルイ子
 丸屋九兵衛さんの選書フェアが池袋ジュンク堂で開催されており大いに刺激されいろいろ購入。さらに選書フェアはハマザキカクとのバトルの様相を呈し、丸善で全国に飛び火してしまった!これはいけない全国の丸屋九兵衛ファン、ハマザキカクファンよ現地へダッシュだ!
 で購入した本作だが、米黒人社会の大きな変革期である1960年代にハーレムに住み写真を取り続けたジャーナリストの手記。ハーレムの再開発で黒人以外の人種も移り住むように低い家賃で新築の団地が貸し出され、リベラルな白人と結婚していた大学生の著者が大学の住宅担当者からそこを勧められたことから住むようになったことから始まる。そこにはアジア人であったこと(白人は住むのを好まないため)も担当者あったのではないかというなかなか考えさせられる内容も書かれている。ここに本書の大きな魅力があり、ハーレムに飛び込むことでしか見えない社会の様々な面が自身の言葉で書かれている(差別問題への立ち位置の違いから結局その夫とも離婚する)。住むきっかけや本人のプライベートな出来事などまさしくこの時代この著者からしか書けない非常に奇跡的な一冊ともいえるだろう。リベラルな白人と一線を画しあくまでも個人として向き合った視点は当然日本人にもおよび、その鈍感さへの指摘は残念ながら今も妥当であり非常に耳が痛い限りである。

SFマガジン2017年 6月号』
 先日一部だけだがSFコンベンション<はるこん>に参加し、ケン・リュウの実に明晰なトークぶりにいたく感動したのだが、もう一つ中国作家を紹介する立原透耶氏の企画も大変興味深かった。で、今号のSFマガジンのアジア系SF作家特集の三作品を読んでみた。
「折りたたみ北京」郝景芳(ハオ・ジンファン)
 2016年ヒューゴー賞受賞ノヴェラ。大胆なアイディアと下層階級に属する主人公の人間臭い苦悩が見事に融合し、現実の諸問題が浮かび上がってくる評判通りの傑作。
「母の記憶に」ケン・リュウ
 ショートショートといってもいいような作品だが、ありそうでなかったアイディアが見事に情感を醸し出している。さすが。
麗江の魚」スタンリー・チェン
 奇しくも(意図してか?)3作とも時間と人間をテーマにした作品で、「折りたたみ北京」とも共通する格差の問題も背景に感じられる。前の「鼠年」も良かったが今回の方がよりSFらしい。
どれも非常に面白かった。3作品(やケン・リュウ作品)で中華系のSFの印象をひとくくりにするのは問題であることは重々承知の上で印象を書くと、情緒的な部分でやはり共感する部分が大きく、同じ東アジアのせいか共有する文化的な部分によるものなのかもしれない。魅力的な作家が多くいるようなので今後中国の作品の紹介が進むことを期待したい。
※2023年7月追記
 SFマガジン2017年6月号日本作家の2作を遅れて読んだので追記
「スタウトのなかに落ちていく人間の血の爆弾」藤田祥平
 作者は当時ゲームコラムで注目されていたようだ。いつからか小説以外の分野の若手による非SFをSFマガジンに積極的に載せている流れがみられるね。作品は、大学の卒業課題を「スローターハウス5」の評論と全訳にした主人公の日々を描く青春小説。今存在するのか疑問符が付くような酒まみれの大学コミュニティが活写されていて、切なくなかなかいい感じではあるが(あえてではあろうが)オールドスクールっぽさもある。
「コンピュータお義母さん」澤村伊智
 折り合いの悪い義母が老人施設からネットワークを介して家の中を支配していく。現代の日常から秀逸なアイディアで古くて新しい現代の怪談を描くのが上手い作家である。