うーんあまり読めなかったなー。
◆『ブエノスアイレス食堂』カルロス・バルマセーダ
原題はManual del caníbal。帯に"アルゼンチン・ノワール"のワードもあり、強烈な冒頭から始まる。ただし、いわゆるノワールっぽいパートは終盤で、他はこの「ブエノスアイレス食堂」に関係した人々の年代記。そこにアルゼンチン史が垣間見えるのが面白い。この"ノワール"だが、解説によるとどうも普段我々が使うのよりゴシックとか怪奇とかも含まれた用語のようで、グロテスク的な部分も含めなんとなく納得。露悪的というよりむしろ描写は時に華麗ですらあり魅力がある。とはいえ、内容が内容だけに多少読者を選ぶ本でもある。
◆『殺人協奏曲』J=R・サラゴサ
長らく積んでいた(20年くらいかな…。1984年出版だが、購入したのはもっと後に古書で)。SF的な作品だということだけのみ知っていて読み始めたが、タイトルから連想されるミステリ要素がある作品ではなく、むしろ歴史シミュレーション、それもヒトラーものの一種ともいえるような作品だった。霊界審判官(といっても怪奇方面ではなく歴史を外から眺める存在)が古代ローマ、(執筆当時における)未来のアメリカ、18世紀パリの三つの舞台に、先端技術を担当する人物と明らかにヒトラーをモデルとした人物を送りこみ、科学技術を人間が善行に生かせるか評価をするといった視点は1981年作であることを考えると(古典的な風刺文学のヴァリエーションといえなくはないものの)それなりに斬新ともいえそう。結構シビアなエピソードが並ぶところも意外性があった。最後第三部のパリのパートが弱いのが残念で、当時らしい超能力関連の比重の多さなど時代を感じさせるところも多いが、アプローチのオリジナリティなど読みどころの多い作品だった。
◆『アーモンドの木』ウォルター・デ・ラ・メア
「アーモンドの木」
「伯爵」というあだ名の友人が話すのは彼の子ども時代のこと。不和となった父母と暮らす孤独な少年の話で、枠組みとしては王道のものだが、何よりも侘しさと美しさが混ざり合った自然描写が素晴らしく、入り組んだ人間関係の中に置かれた少年の心象風景が見事に立ち上がってくる。傑作。
※2023年7/18追記 父の愛人と思しきジェーンに少年(小さい頃の「伯爵」が惹かれていてまた父がそれを気づいて面白がっている風だったりが複雑な人間関係と心の綾を表現し、作品に奥行きを与えている。
「伯爵の求婚」
主人公の叔母には求婚をしようという立派な伯爵がいた。しかし叔母は自身が高齢であることを理由にその話を避けようとする。時代背景の違いはあるものの、この叔母の複雑な心理がしっかりと描かれ現代にも通じる存在感があり、またストーリーにもうまく落とし込まれている。
「ミス・デュヴィーン」
祖母の家の近くは豊かな自然に恵まれている一方、一緒に遊ぶ子どもはほとんどいなかった。これも孤独な少年の話で、隣人女性であるミス・デュヴィーンと知り合うのだが、彼女は同居する親戚のミス‣コビンに行動を制限されているのだという。次第に高まる不安感が非常に印象的な一編である。
「シートンの伯母さん」
一風変わった同級生シートンとふとしたきっかけから交流するようになり、気が進まないながらも彼の実家へ遊びに行くことになる。シートンは保護者である伯母さんの悪し様にいうのだが。伯母さんが何度も主人公の名前を間違えるくだりや話の通じない感じの不気味かるユーモラスなところが絶妙。「伯爵の求婚」「ミス・デュヴィーン」そして本作と、ちょっと心をざわつかせるようなエキセントリックな女性が描くのがこの作家はうまい。
「旅人と寄留者」
訪れた旅人に教会の説明をする聖堂番のフェルプス氏。ストーリーよりも、時にユーモアを感じさせたりもするような、いろいろな墓碑銘のところが面白かった。墓碑銘という文化があるのだなと思ったりも(もちろん日本にも戒名というのがあるが、戒名を読んだりすることはあまりないよね)。
「クルー」
クルー駅で出会った、ぶかぶかのコートに包まれた小さな男ブレイク氏。田舎で奉公をしていた家の話を聞くが。本書では旧家内でのいざこざによる歪んだ人間関係といったものも題材としてしばしば取り上げられている印象があるが、本作もその一つ。これも自然描写とストーリーが共振している。
「ルーシー」
成功をおさめた祖父が建てた石屋敷に住む三姉妹。父親の散財もあり、いつのまにか破産を宣告された。三姉妹のうち、末っ子で変わり者とされたジーン・エルスペスのイマジナリーフレンドもので、これまた読む者を惹きつけるモチーフだが、結構長い間の彼女たちの運命が語られていくことになるのがちょっとユニーク。また破産で解放され生き生きとするジーンにつられ、重苦しくないところにもこの作品に魅力がある・
エドワード・ゴーリーの挿絵が作品と実によくマッチしている。美しくもどこか寂しい自然描写、奇妙でそこはかとなくユーモアを漂わせる人物描写に特徴のある作家だと思う。他の作品も読まなくては。
◇SFマガジン 2012年4月号
『ベストSF 2011上位作家競作、という事で6作品が載っている。
「Four Seasons 3.25」円城塔
時間を逆行する男の不可思議な理論が描かれるが、その動機が妻の浮気という落差が実に作者らしい。
「きみに読む物語」瀬名秀明
「なぜ人は小説を読んで感動するのか」について"エンパシー"の測定というアイディアで真摯に対峙した作品。著者ならではの高い精度での取り組みには頭が下がるが、科学アプローチの正攻法具合が作品に足枷となっている面も感じられる。柴野拓美いうところの<自走性>を欠くというか。
「蛩(キョウ)鬼乱舞」ジャック・ヴァンス
既読。
「対称」グレッグ・イーガン
物理学でよく聞く"対称性"と関連があるのだろうか??短い作品だが、イーガンらしい形而上学的なディスカッションがイメージに直結している。
「懸崖の好い人」三島浩司
人気作家だがたぶん初読。ロボットものが有名だが、本作はやや怪奇風味の漂う盆栽小説で、本筋の作品ではないのかも。オーソドックスといえばオーソドックスだがやや男性視点寄りだね。
「錬金術師(前篇)」パオロ・バチガルピ
錬金術と魔術が存在する世界が描かれるファンタジー。以前読んだのを忘れていて(どうやら2017年)、今回全体を再読したが、やはり面白かった。”エモい”という言葉がこれほどふさわしい現代SF作家は他にいないだろう。まあ恐ろしいぐらい前回読んだ記憶がないのが個人的にはコワかったりするが(苦笑)。
それ以外の読切。
「女王の窓辺にて赤き花を摘みし乙女(後篇)」レイチェル・スワースキー
抑圧された女性を連想させる描写が印象に残った。
◇SFマガジン 2017年8月号
スペースオペラ&ミリタリーSF特集。どちらかというとそれらについての評論やガイドが中心でカルロ‣ゼン「ヤキトリ1 一銭五厘の軌道降下」の冒頭のみで谷甲州は有名シリーズのものだし。
「亡霊艦隊(ファンタム・フリート」谷甲州
新・航空宇宙軍史のシリーズ作で、そもそもミリタリーものに明るくはなく、いまだシリーズの設定も把握できてない。戦略的な話は相変わらずよくわからないのだが、若手の教育に悩む提督というところのリアルさはちょっと楽しめた。
あとは特集外。
「プラネタリウムの外側」早瀬耕
仮想現実ものの連作の一つらしいが、たぶんこの作家を読むのは初めて。
「《偉大な日》明ける」R・A・ラファティ
例によってさっぱりよく分からないが、《偉大な日》がきて世界がいっぺんしてしまう話っぽい。長年トライをしているがやはりわからないのよね。<最後の審判>あたりのイメージなんだろうか(うーむ凡庸な感想だわ...)。
「鰐乗り(前篇)」グレッグ・イーガン
既読。