異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2023年9月に読んだ本と参加した読書イベント

 諸般の事情(?)で初めて『指輪物語』を読み始める。とりあえず1-4巻を読了。さすがに映画「ロード・オブ・ザ・リング」(と「ホビット」)を観ていたので、設定やキャラクターとだいたいの流れを思い出しながら、割とすんなり読めている。原作についてのまず一番の印象は言語へのこだわりの凄さかなあ。
 さて他の読書。
◆『ラブメイカー』

 ハヤカワ文庫のSFアンソロジー。前書きにBob Dylanの歌詞が引用されてるね。
「ニ・四六五九三」エド・ブライアント
 洗練された文体だが、懐古趣味的な嘆息が聞こえてくるような内容。ディッシュがLBDグループを嫌っていた理由がなんとなくわかる。
「ラブメイカー」ゴードン・エクランド
 スタートレックのノヴェライズとか書いてたかな、懐かしい(検索してみるとグレゴリイ・ペンフォードとの共作があるね)。作品は、未来に当時のハードコア映画の撮影をVR化させたような大衆娯楽のために使役させられるアンドロイドの話。あまり性がメインテーマになっているものでもない。匂わせる性解放的な感覚も結局古いモラルから逸脱しているものでもなく、時代の限界がそのまま出ている。
「クローン・シスター」パミラ・サージェント
 Pamela Sargent、パメラ・サージェントの表記の方が一般的なのかな。この人の作品はほぼ初読かなあ。成長の過程でゆらぐ若者の内面が描を描いた青春小説。これは良かった。主人公の心の動きが細やかなタッチで表現され、テーマもなかなかユニーク。
「ホイッスラー」ロン・グーラート
 軽妙なコメディでお馴染みの作者らしい、セクサロイドもののドタバタ作品。まあでもこれも特に性がテーマというものでもないよな。
「グループ」ロバート・シルヴァーバーグ
 機械を利用したグループセックスが当たり前になった時代。メンバーの一人と一対一の関係になりたい主人公は病的な人物と思われる。1960年代頃のコミュニティを連想させる。内容的に特に目新しさはないのだが、SFアイディアを使いながら平凡な人間の苦悩を描く作品は、以前読んだ『内死』とも共通していて、この手のは割と好き。
「ナルシズム」T・N・スコーシア
 最終戦争後に残された主人公、という枠組に属する作品でさほど面白くもないのだが、バイクシーンがあって、アポカリプスとバイクといったパターンはこの頃流行っていたのかなとか思った。解説読んだら『タワーリング・インフェルノ』の作家なのか。なるほど短篇なのにどことなくブロックバスター感がある。
「お子様革命」ジョン・ストーパ
 ペドフィリアが主人公のユーモア作品、そのことを大した問題とも思って記していない解説含め、完全にアウト。悪い意味で唖然とした(時代の変化ということでもあるがそれにしても)。
「ドン・スローと電気捕女銃」トマス・ブランド
 性がテーマというがなんのことはない<惚れ薬>が銃になったマッチョ的中2病アイディア作品。ドタバタコメディで、下らない分まあ読み流せる側面もあったりする。
「アップス・アンド・ダウンズ」バリー・N・マルツバーグ
 宇宙船内に、いるはずのない女性が現れて。SFを読み始めた頃に「狂気」と宇宙飛行士をテーマにした作品を書き続けている作家と紹介されていたのが今でも記憶に残っているが、これはその系譜。なぜそのテーマに取りつかれたのかがちょっと気になる。
「星のめぐり」ジョージ・ゼブロウスキー
 人間の脳が接続された宇宙船が宇宙でセックスする話。短いので作者をあまり意識せず読み始め、テーマの新鮮味はともかく科学的かつ観念的なアイディアについてはしっかりと書かれていると思った。よく見たら作者は、シリアスなスペースオペラとして紹介されていたサンリオSF文庫<オメガポイント>のゼブロウスキーと気づいて納得(未読だが)。
 そもそもまともに同性愛をテーマにしている作品もなく、時の流れは残酷で、前書きの熱さの割に、(新奇性を売り物にする一方で)保守性の強いSFジャンルの限界を浮き彫りにしているアンソロジー。問題のある作品もあり、ある意味時代の記録にはなっているとはいえそう。
◆『くじ』シャーリー・ジャクスン

 9月の怪奇幻想読書会に向けて再読。カルト的に評価されやすい印象だけど、非常にテクニカルスキルの高い作家だとあらためて思わされた。
冒頭にジョーゼフ・グランヴィル「勝ち誇るサドカイびと」からの文章が引用されている。(グランヴィルはこんな人らしい。
 
www.elfindog.sakura.ne.jp
魔女や幽霊は実在する、という人なのかなるほどねえ。
I
「酔い痴れて」ホームパーティで酔った男はその家の娘と何気ない会話をする。どことなく不思議な雰囲気は漂うもののディスコミュニケーションを描いた比較的普通小説の範疇に入ってもいい作品か。(ゴースト・ストーリーとしても読めるという意見もあるとのことで、なるほど)
「魔性の恋人」妄想の恋人を追いつつ、自分の妄想を自覚しながらその事が明るみになる行動は避けるというような描写などになんともいえない実在感を出している。一方で周囲の人々の行動に単純な整合性がつかない不気味さもまたある。
「おふくろの味」他人がプライベートな空間に入って自由にふるまう不快感がうまく出ている。
「決闘裁判」似た住居が並ぶ共同住宅で、主人公は小物の盗難被害を受けている。その犯人は。シンプルだがやはり不気味さが後を引く。
「ヴィレッジの住人」家具を見繕うため、家人のいない家に上がった主人公。これも短くちょっとしたエピソードが切り取られているような作品だが、主人公の心の機微が感じられる。グレニッジ・ヴィレッジが舞台なのも気になり、夢破れた者の話にも思える。
II
IIの冒頭も『勝ち誇るサドカイ人』からの引用がある。他人の意図を読み取ることがいかに困難かという内容で、実に作者らしい。
「魔女」何気ない汽車内での家族の様子からとんでもない事が起こる。子どもの様子とか実に見事に描写されている。再読でもインパクトは薄れなかった(内容忘れていたせいかもしれないが(苦笑)。
「背教者」都会から田舎に引っ越した家族。飼い犬が近所の鶏を殺すという苦情がくる。メインは文化面の違いに苦しむ母親の話だが、これも子どもの無邪気な恐ろしさがよく出ている。
「どうぞお先に、アルフォンズ殿」息子の友達がやってきた家の母親というシチュエーションで、子どもたちは実に生き生きと仲睦まじい様子がうかがえる。一方、一見親切に見える大人の差別意識もまた浮かび上がる。恐ろしい作家だ。
「チャールズ」幼稚園から帰宅した子どもが話題にするのはちょっと素行の悪いチャールズのこと。これも子どもの描写がうまい。
「麻服の午後」IIは基本的に子どもたちが大きなテーマとなっている作品のようだ。この作品も10歳の少女と祖母、同じくらいの少年と母親のやり取りが描かれる。子どもの世界と大人の欺瞞が見事な落差を生む。いわゆる"いい話"とは違うのだが、ラストがなんとも可愛らしい。作者は子育ての様子を作品にしていて(『野蛮人との生活』、未読。再刊の噂があったのだがどうなったのだろう)、恐ろしい部分もしっかり描きつつ、基本的には子ども好きなのだと思われる。
「ドロシーと祖母と水兵たち」娘たちの憧れ、水兵たち。母親や祖母は、そんな娘たちの様子が気がかり。特に派手なことが起こるわけではないが、思春期の少女たちの心の揺れ動きやそれを見つめる家族の心配がよく描かれている。舞台はサンフランシスコで、自伝的な要素が含まれているのだろうか。 Ⅲの冒頭も『勝ち誇るサドカイ人』からの引用。

「対話」これはなかなか難しい。夫の行動に耐えられないという女性が医師にかかってという一場面が描かれる。短いこともあって、連なる言葉のイメージやディスコミュニケーションがポイントのようだが判然としない。
「伝統ある立派な事務所」これも息子同士が知り合いの母親2人の会話。基本的には穏やかだが戦地に赴いている息子たちへの心配が瞬間よぎるあたりがポイントだろうか。作者が作者だけに読み逃してる部分がありそうで落ち着かない。
「人形と腹話術師」ディナーショーを見ている二人の女性の会話を中心に展開される。その後、タイトルにあるように腹話術師が、客席側のテーブルについてパートナーと諍いをはじめ、周囲に丸聞こえになる。といった流れなのだが、二人の女性の会話という枠組にしている形式などかなり周到な作家であることがわかる。
「曖昧の七つの型」本屋の主人、常連の少年、本を購入しにやってきた夫婦によって交わされる会話による、これまたスケッチ的な作品。これもちょっとした事(本の購入)で余韻が残る程度だが、不思議と退屈ではないのだよね。登場するウィリアム・エンプソンは詩人・批評家で『曖昧の七つの型』は詩に関する批評の本のようだ。
アイルランドにきて踊れ」見すぼらしい靴紐売りの老人が家の前で倒れ、戸惑いながらも家にいれ介抱する女性たち。ジャクスンらしいひねりのある一編だが、アイルランド文化要素はユーモアか揶揄か。
Ⅲのパートのポイントは会話、なのかな?
IVの冒頭にも『勝ち誇るサドカイ人』からの引用。
IV
『もちろん』引っ越してきたばかりの隣人との会話で、お互いの落差が見えてくるといった内容。これもテクニカルなうまさが感じられる。テンポの良さでコミカルなカラーが浮かび上がるのだが、こういった部分をしっかり伝えてくれるのが訳者の手腕なんだろうなあ。
「塩の柱」友人が家を留守にする間、憧れのニューヨークで生活できることになった夫婦。当初は楽しかったが、次第に妻の方は精神が不安定になっていく。作者はカリフォルニアからニューヨークに移り住んだ経歴があるようなのでそれが反映されているか。それにしても、エンパイアステートビルにも飛行機事故があったとは。

 
ja.m.wikipedia.org

「大きな靴の男たち」結婚して赤ん坊が生まれ、田舎に引っ越した若い妻。雇った家政婦と交わされる会話がメインのこれまたスケッチ的なタイプの作品。ただちょっとした場面ではあっても、勘に障る家政婦の言葉がまたうまく、話としても展開があり、しっかりと話のオチもついている。やはり非常に技巧的な作家だと思われる。
「歯」歯が悪くて治療をしにいくという話なのに立ち現れる幻想世界が印象的。
「ジミーからの手紙」明示はされていない何らかのトラブルが夫とジミーの間に発生。ジミーから手紙がくるが、夫はそれを開封しようとしない。これまた短い作品なのだが、登場人物の心理がよく描かれている。
「くじ」何度か読んでいるが、くじの仕組みが 2段階であったのは忘れていた。作者は閉鎖的な地方社会に対してオブセッションがあったのだろうか。
V.エピローグとしてF・J・チャイルド「魔性の恋人ジェームズ・ハリス」の詩が引用されている。深淵と卑俗が融合した作者の世界を思わせるような詩である。

 というわけで、予定通り第46回怪奇幻想読書会に参加(9/17に終了しています、為念)。
kimyo.blog50.fc2.com
 様々な視点からの意見が出ていたなあ。解釈の幅が広い作家ともいえるが、その分発見が多かった。一番笑ったのは「くじ」のような仕組みが作中の地域で行われている記述をふまえて、そこでの<くじ年代記>が記録されたらという話題が出たこと。これはイヤだな~、となって大いに盛り上がった(笑)。
SFマガジン2013年4月号
「ベストSF2012」上位作家競作。
コルタサル・パス」円城塔
 例によって把握の難しい作品だが、論理体系の狭間に見える無限の世界というようなイメージが印象的。幾何学的論理的な記述をメインにしなが、魚の場面など叙情的な描写を紛れこませることができるのがこの作家の特質で、本作にはそれがよく現れている。
「コヴハイズ」チャイナ・ミエヴィル
 廃船など海中の人工物が生命体になり、暴れて人類の脅威になるという特撮怪獣もの的な奇想SF。よくこんな事を思いつくなー(最高)。
「小さき供物」パオロ・バチガルピ
 環境汚染が進み、生まれた時点で様々な体の異常が出るようになり、出産をめぐってある対応がなされるようになる。短い作品だが、作者らしくディストピアに生きる人間たちがエモーショナルに描かれる。
Hollow Vision長谷敏司
 紹介で作者の「初の宇宙もの」とあるように、人工知能や液体コンピュータが当たり前になった未来の宇宙を舞台に、義体を駆使して海賊と調査員が攻防繰り広げる作品。正直あまり追えていないのだが、近年も第一線で活躍を続けている作者らしく、アイディアと壮大なイメージが見事に融合し、人類の新しい立ち位置を浮かび上がらせる傑作。さすがである。
特集外作品。
「霧に橋を架けた男」(後篇)キジ・ジョンスン
 前篇を読んだのが随分前で、基本的な設定の記憶や前回あらすじを頼りに読んでしまったためかもしれないが、驚くようなことはあまり怒らない感じだったかな。こちらの問題もありそうなので判断は保留。
無政府主義者の帰還」[最終回] 樺山三英
 第1回目のSFマガジンを手放してしまい(3回分載)、しかもその号が古書ですら既に入手不能、しかも単行本未収録。やられたわー。これ面白いんだよ失敗した。甘粕事件で殺害された無政府主義者大杉栄が、関東大震災で転向したという一種の改変歴史もの。とはいえ、死者も登場しての裁判やら天狗の登場やら超日常的な展開がちょくちょく混じる奇想・幻想性が高く、またメタフィクショナルな作品でもある。最後は別の経歴を辿ったかもしれない幻の大杉栄を描くことによって、実体に乏しい幻の国満州を浮かび上がらせる、改変歴史ものという手法についての批評的な作品にもなっている。さすがである。
ドラゴンスレイヤー」草上仁
 ドラゴンが当たり前に存在する世界で、いかがわしい駆除サーヴィスに甘んじるドラゴンスレイヤーの話。いつもの手堅い作品。

 あと9/16のSFファン交流会もオンラインで視聴。
www.din.or.jp
ブラッドベリ特集。
 正直ブラッドベリはどうも好みとずれがあるのだが、井上雅彦さんのように若い時からハマった方もいれば、中村融さんのように年齢を経てノスタルジーというものが分かるようになり理解できるようになった方もいて、やはり読書というのはそれぞれのアプローチでいいのだなあと思わされた。戯曲や映像作品関連の話など、あまりよく知らなかった面がわかり、まだまだ未読の作品が多いのでご無沙汰だったが再チャレンジしたくなった。

※2023年10/7追記 そういえば先月はNHK Eテレ「100分de名著」の<シャーロック・ホームズスペシャル>も観た。
 
www.nhk.jp
 あまりちゃんと読んでいないこともあって、ドイルの経歴などいろいろ知らなかったことがでてきてよかった。とにかく人情刑事ものからバッドエンドもまで幅広くホームズの影響下にあるという<元祖>ぶりはさすが。あとドイルが冤罪事件の解決に貢献してたのも初耳だった。関係ないが、とある動画で伊集院光が、本を読まないで番組に臨んでいることやそれをアイディアとして思いついたのが本人だったというところもちょっと面白かった。たしかに斬新な企画で、この番組の長寿化させることに寄与した要因の一つでもあるとは思う。が、事前に本を読まずに敵かっくな質問をするなどという芸当は伊集院しかできないであろう。