スタニスワフ・レムのユーモア宇宙SFもの主人公“泰平ヨン”シリーズを代表する短篇集。~
オールタイムベストSFのNo.1に選出される『ソラリス』の作者レムなのだが、本人が典型的な<SF作家>なのかというと疑問が残る。
その自由で歯止めの聞かない発想の暴走ぶりは良質なSFと類似性は高いが、あくまでも思考実験に重心の置かれた創作姿勢はフィクションの枠組みも越えてしまうことがしばしばある。
実際彼の作品群にはメタフィクションの形式を取っているものも多く存在する。
本作でもメタフィクショナルな要素は多々含まれており、例えば本編の前に4つ序文にあたる文書が続く(序文、第三版への序論、増補改訂版への序文、資料に関する覚書)。
実際に4度も補足されたもののようだが、訳者あとがきで指摘されているように元々存在する自作に序文をつけることによって、基本的には主人公による日記というテキストが地の部分であるはずなのに、それが複数のカギかっこによってくくられ真実が何なのか曖昧になっていくのであり、この加筆部分がまず本書の特徴を伝えている。
そのようなまどろっこしいことをいわなくてもバカ話ホラ話が好きな方であればお気に入りの作品は見つかるだろう。
例えば「第七回の旅」は故障した宇宙船で時間の流れに異常が生じ、泰平ヨンが分裂していくドタバタ劇、「第十一回の旅」はコンピュータに支配されプロキオン聖域の謎を追う変格ミステリ、「第十三回の旅」は魚人の惑星を描いた<奇妙な味>系作品、「第十八回の旅」に至っては森羅万象の創造すら戯画化したスケールの大きいユーモア小説、「第二十四の旅」は機械化と労働を扱った現代にも相通ずる風刺もの、と非常に読んでいて楽しい短篇集なのだ。
必ずしも読者サーヴィスをしてくれるタイプの作家ではなく、時に自由に筆を運び過ぎているような印象が残る作品もあるが、それだけに制約を取り払って想像力ととことん追求しており、通常のエンターテインメントのフォーマットが重視されるような世界とは全く異なるところがあって一読の価値あり。
どの作品にも細部に登場する発想の面白さに捨てがたい味があり、刺激的な読書体験になることは間違いないからである。(2016年8月11日)