異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2024年3月に読んだ本


 引き続き低調。
◆『一千億の針』ハル・クレメント

 『20億の針』から28年経っての続編。長い時をはさんでの続編という当時の盛り上がりは想像されるし、ゼリー状異星人の帰還などあくまでロジカルに問題解決を図るハードSF精神は伝わってくる。が、舞台の広がりが乏しかったり登場人物のキャラクターも生硬な印象。古い価値観(女性観)が時々覗くのもなかなかきつく、流し読みになってしまった。科学思考重視のハードSF的なアプローチが、実は旧来の価値観を超えられないという本質的にSFが抱える問題が現れている気もして、その点では興味深いところでもある。
◆『ゲイ短編小説集』

 ゲイに関する文学短編を、同性愛文化史の観点から編纂したアンソロジー
「W・H氏の肖像」オスカー・ワイルド
 シェイクスピアの「ソネット集」がゲイ文学史において重要な位置を占めることは不勉強ながら全く知らなかったのだが、本作はそれを題材としたフィクションで、メタフィクショナルな構造を取っている。その点においてもワイルドの革新性をあらためて知ることできた。
「幸せな王子」オスカー・ワイルド
 有名な童話でこれまでも読んだことがあるが、同性愛的な観点からとらえられる側面があるとは思われなかった。解説における同性愛文学の表彰など興味深い。
「密林の野獣」ヘンリー・ジェイムズ
 男女の交流の経歴が描かれるが、時代背景もあってか、それぞれの考えや意思が本題の周辺をぐるぐる観念的な言葉で交わされていくのが面白い。その迂回ぶりは三島由紀夫作品のディスカッションを連想させた(いまだに「ねじの回転」くらいしか読んだことがない上での雑感なのだが、次作品の解説に三島が登場。保守的な規範からは同性愛的な題材は迂回せざるを得ないということだろうか)。
「ゲイブリエル・アーネスト」サキ
 野性の少年の周囲に起こる出来事が描かれる、一般的には怪奇小説ととらえられる作品だが、ゲイ的な観点については解説を読むと得心がいく。
プロシア士官」D.H.ロレンス
 上官による従卒への同性愛的な眼差しが次第にエスカレートしていく。シンプルな筋立てで心理描写、情景描写の熱量が強く印象づけられる作品。一方、解説にあるように、同性愛を特殊視したドラマツルギーでもあり、そこに作者のアンビバレントな心情をみることはできるのかもしれない。
「手」シャーウッド・アンダソン
 とある町で、内向的な老人と交流があるのはただ一人ローカル新聞の記者。老人には明かせない過去があった。短いが<手>の持つ、世界との関係性をつくる役割が豊かに表現されドラマティックな結末へと導かれる作品。作者は架空の地方都市ワインバーグを舞台にした短編集『ワインズバーグ、オハイオ』があり、その一作。異性愛中心的な社会から疎外された人物、という捉え方が解説にはあるが、その辺りは同短編集を読まないとなんともいい難いところがある。
「永遠の生命」E.M.フォースター
 若い宣教師がキリスト教布教を目的として、族長との面会を図る。失敗したかに思われたが。植民地による搾取、タブー化された同性愛といったテーマが見事に融合した傑作。作品に現れる価値観には時代的限界が垣間見えるものの、本質を捉える視座があり、人間存在の問題をオリエンタリズム・南北問題や信心など多面的に照らし出している。
「ルイーズ」
「まさかの時の友」サマセット・モーム
 サラッと読み流すときついジョーク短編くらいにしか思えないが、背景にある社会状況などをふまえるとみえてくるものがあることを解説が示してくれている。
解説は編者自身にもるものだが、「みずからに野心的であることを禁じていた」とあり、既に定評のある作品を選出したことが記されている。不勉強ながらほとんどが初読だった読者からみるとそれでも単なる表面的題材を越えた幅広い作品が並んでいる印象がある。中でも「プロシア士官」「永遠の生命」は素晴らしかった。
SFマガジン 2010年3月号

 例によって興味のある単発作品のみで。
○フィクション
2009年度・英米SF賞受賞作特集。
「アードマン連結体」ナンシー・クレス
 なんというかオーソドックスな、進化系アイディアのSF。うーん動きが遅くて長過ぎる感じであまり集中できず流し読み。こうしたタイプのは興味が薄らいできてるかも。
「マン・イン・ザ・ミラー」ジェフリー・A・ランディス
 小惑星にある鏡面の様な人工物に落ちた宇宙飛行士の脱出を描く古典的なハードSF。幾何学的イメージが楽しい。原題はThe Man In The Mirrorだが、作中に過去のSF作品への言及があり、1938年作のThe Men In The Mirror(Ross Rocklynne)のオマージュ。検索したら、英語版wikiに書いてあった(おそらくは翻訳は一作か。もちろんameqリスト頼みだが、やはりあのリストは凄いな)。
「26モンキーズ、そして時の裂け目」キジ・ジョンスン
 前任者からいきなり1ドルで購入した26匹のサル一座と旅をする女性の話。奇妙で不思議、情感があってなかなか良い。
「光線銃ーある愛の物語」ジェイムズ・アラン・ガードナー
 少年が宇宙からやってきた光線銃を偶然手にする。パルプ時代なら大冒険SFの始まりになりそうだが、力のある武器を拾ってしまった主人公の青春が語られていく。とはいえ内省的というよりは空想がちな少年を中心に織りなす起伏に富んだ出来事で読ませる一編である。ジェイムズ・アラン・ガードナーは長編にしてもなかなかユニークな味があるね。
「世界最終戦争論」樺山三英
 SFを<自走性>というキイワードで定義したのは柴野拓美だが、本作は自走する現象としての戦争が表現された作品。自覚的な表現者としてのたしかな視点が作品に現れている。
○ノンフィクション
「ロシア幻想文学作家会議 ストラーニク2009レポート」大野典宏&速水螺旋人
 和やかなオタク文化の交流が行われているレポート。政治状況が大きく変わった現在、ロシアのSFファンやオタクはどうしているのだろうと思ってしまう。

 さて、その後も長澤唯史先生の指輪物語講義もオンラインで聴いている。
www.asahiculture.com
 古典からの流れだけではなく、カウンターカルチャーやヒッピー、ポストホロコースト文学、ポストモダニズムなど多面的な解析がなされ、全てが示唆に富む内容。4月から続きが始まるのでもちろん継続。6/30の単発デイヴィッド・ボウイ講義は現地のみかー。ちょうど今ボウイを聴き直していたので、諸事情で行けないのが惜しすぎる!現地の方は是非是非(書いている時点で「残りわずか」なので、受付終了していたらごめんなさい)。
www.asahiculture.com

MLB順位予想

 いろいろ事情があって、ちょっとバタバタしている。
 現状できることが限られている状況。
 なので気晴らしで、初めてMLB順位予想でもやってみることにした。
 まあ30球団もあるし、情報はあまり追えているわけでもないので、プロ野球順位予想よりもさらに適当。
 それでも近年はyoutubeなどでチェックするようにはなっていてるので(もちろん日本語のものくらいで)。
 では(ちなみにひいきはNYメッツ、SFジャイアンツ、KCロイヤルズ)。
アメリカンリーグ (Wはワイルドカード
・東地区
1.BAL
2.TB W
3.NYY W
4.TOR 
5.BOS
 若手が伸びて補強も成功したBALが連覇と予想。ラッチマンにはバスター・ポージーを超えるくらいのスターになってほしい。TBは主力が抜けてもまたなんとかして、NYYやTORを破ってワイルドカードに入ると予想。NYYはソト加入とコールの故障のプラスマイナスでちょい改善くらいか。TORは黄金時代を微妙に逃しつつある気もして少し後退。BOSは再建期。
・中地区
1.MIN
2.CLE
3.KC
4.DET
5.CWS
 低勝率で揶揄の対象になっている悲しい地区。KCが好きなので辛い(涙)。結局今年も相対的にMINが優勝しそう。
どうやら打力面で劣るらしいCLEだが、それでも投手が良さそうなのよね。とにかく補強はしたという感じのKCは大きな期待を込めて3位。ただ同じく補強を頑張ったDETを上回るのは実際は難しそう。CWSは再建期真っ只中という感じで、OAKとMLB全チームの中で敗戦数ワーストを争うくらいになると予想している(CWSこそ数年前に黄金期を逃したチームだなあ)。
・西地区
1.HOU
2.SEA W
3.TEX
4.LAA
5.OAK
 悪役だが割と好きなHOU。黄金期が終わるのはそろそろで、そうなると一気に落ちそうな気もするのだが、まだ今年ではないような。TEXがチャンピオン疲れもあって、今年は落ちると予想。SEAは投手力でなんとかポストシーズンに進んで欲しいね。大谷の抜けたLAAと移転を控えたOAKはお休みだけど、順番はやはりこうでしょう。
ナショナルリーグ
・東地区
1.ATL
2.PHI W
3.MIA
4.NYM
5.WSH
 NYMびいきには悲しいが、上位2チームに対抗するのはほぼ不可能。資金力豊富なズンドコ(死語なのかそうなのか?)チームとしてすっかりネタになっているNYMだがいつか未来はあると信じているぞ!(もちろん今年ではなかろうが)。とにかくATLがどう考えても戦力的に図抜けていて、投打レギュラーでは個人能力で唯一対抗可能なPHIが続くのは大方のMLBファンがそう思うだろう。MIAもアルカンタラがいないとか打力が落ちているとかあるらしいので、さらに下位になる可能性も。WSHは若手が有望という情報くらいしか知らないので、もしかしたらMIAやNYMを凌げるのかも。
・中地区
1.CHC
2.CIN 
3.STL
4.MIL
5.PIT
 今永頑張れ。ということで、CHC優勝で。昨年優勝のMILが戦力ダウンしているようで、混戦必至。若手が伸びているCINがそろそろ低迷から脱出か。個人的にはPITも同じイメージがあって、この2チームは逆もありうるかな。ただどっちかは2位あたりに進出して、従来の流れを変えてほしい気はしている。STLはさすがに去年が特殊で、ある程度は持ち直すのではと考え3位に。
・西地区
1.LAD
2.ARI W
3.SF W
4.SD
5.COL
 LADは隙きがないようでいて、詰めが甘いような、個人的にはどうも手放しで王者といい難いチームなのだが、まあ優勝は堅いでしょう。躍動するスモールベースボールのロブロ率いるARIは今年も暴れまくって、ポストシーズン進出するとみた。お気に入りのキャロルの活躍に今年も期待したい。もちろん願望丸出しで大補強が実る(はずの)SFはポストシーズン進出で。今季はナ・リーグ西地区が高勝率地区になる(はず)。SDは戦力ダウン気味のようで、この位置。COLは現状で大きな話題があまりないのが少々寂しいが、プロスペクトは多いらしい。

<シミルボン>再投稿 グラビンスキを読んでみた

 2015年から3冊の短編集が刊行されたポーランドの作家グラビンスキ。
 1887年オーストリア=ハンガリー帝国ガリツィア生まれで20世紀前半に活躍したこの作家「ポーランドのポー」「ポーランドラヴクラフト」の異名をもち<ポーランド文学史上ほぼ唯一の恐怖小説ジャンルの古典的作家>ということだ。
スタニスワフ・レム推薦の選書にも作品が収録されたということで、そのつながりも気になり手にとってみた。(いずれも『動きの悪魔』による)
 読んでみると非常に面白くまた現代的な視点を持ち合わせた作家だということがわかる。
 2015年に初短編集として紹介されたのが『動きの悪魔』である。初短編集にして作品のバラエティを重視したものではなく、鉄道によるテーマ短編集だというのがユニーク。巻頭の「音無しの空間」がしんみりといい味わいだ。やがて解体される放置された迂回路をその日まで見守ろうとする引退した鉄道員の思いが切ないファンタジー。しかし一方でこの主人公はなにかにとりつかれた人物でもある。同様の人物は数多く登場する。たとえば暴力的で異様なポルノグラフィーのような「車室にて」、駅構内で妄想旅行の一人遊びを楽しむ人物がどことなく不気味でどことなくユーモラスな「永遠の乗客」、鉄道運転に固執する機関士を描いた「機関士グリット」、思い出の王国に自ら囚われていこうとする人物が描かれる「シャテラの記憶装置」。そのニューロティックな感性は現代的で、執筆された時代を考えると非常に先んじていたものと思われる。
また、大事故の前に発生する偽の警報をめぐる「偽りの警報」、幽霊列車をテーマにしたグラビンスキ版「X電車で行こう」(山野浩一作『鳥は今どこを飛ぶか』収録)とでも呼びたくなる「放浪列車」には読者を引き込むサスペンスがありその技巧も洗練されている。未来を舞台にした「奇妙な駅」、マシスンを思わせるようなSF風味のホラー「待避線」などにはSF的なセンスや疑似科学・疑似理論への強い関心がうかがえる。そういったセンスも大変現代的と感じられる。
 タイトル作にはラヴクラフトのような宇宙的恐怖の感覚がみえ、この辺が<ポーランドラヴクラフト>なのだろう。
一方で「トンネルのもぐらの寓話」にはなんとも奇妙でとぼけたユーモアがあり、多彩な顔がみえる作品集である。

 次に2016年に刊行された『狂気の巡礼』。
 <薔薇の丘にて>と<狂気の巡礼>の2つパートに分かれるが、これは元々本国ではそれぞれのタイトルの名の短編集2つを1冊に合わせて翻訳されたということだ。前半のパート<薔薇の丘にて>、そのタイトル作は壁の向こう側のハーブと薔薇の庭園に誘われる白昼夢のような官能的かつ非常に視覚的な傑作。擬似科学要素が入りこむのも作者らしい。感染症の恐ろしさをイメージした植物の病死が不気味な「狂気の農園」、奇怪な論理にとらわれた男を描く「接線に沿って」、久しぶりの再会から旧交を温めるようになった友人とのつきあいからとうの昔に亡くなった人物の記憶が甦る「海辺の別荘にて」など全体により怪奇色の濃い作品が並ぶ。また、人里離れた田舎で思索にふける人物が語り手の「影」や筆を折った作家が語り手の(後半パートにあたる)「領域」には芸術や創作に対する作者自身の考え方があらわれているように思われる。
 後半の<狂気の巡礼>は、精神エネルギーが場所や物に残り他の人間に影響をおよぼすという「灰色の部屋」、斬新なアイディアの奇想ミステリ「チェラヴァの問題」、時間SF風味の「サトゥルニン・セクトル」、ポーの影響が見える「大鴉」、ネイティヴ・アメリカンを題材にとった「煙の集落」など物語性とバラエティに富んだ内容で、個人的にはこちらの方に好きな作品が多かった。

 昨2017年に出た『火の書』は再びテーマのある短編集で今度は「火」である。煙突を舞台にした怪異譚「白いメガネザル」、呪われた場所に固執する男「火事場」、カルト化する精神病院を扱った「ゲブルたち」(レムの「主の変容病院」を連想させる)、特殊な嗜好性が背景にある「炎の結婚式」などなにかに取りつかれ人物がやはり目立つ。
他に火災統計から隠れた論理を見出そうといういかにもオカルト趣味の「四大精霊の復讐」、花火の描写が美しい残酷童話風味の「花火師」、火のイメージがキリスト教的なモチーフと結びついた「煉獄の魂の博物館」、民話風の妖しさが漂いセクシャルな内容で物議を醸したという「有毒ガス」も忘れ難い。『動きの悪魔』同様テーマが作品集にも関わらず単調に陥ることなく変化に富んでいて、作家としての技量の高さが感じられる。作品の端々には現代的な視点がのぞき、当時としての感覚的な新しさも感じられる。また疑似科学的な題材を好む一方で、インタビューでは理知的でかなりの論客であることがわかり、オカルト的なものに興味を持ちながら一定の距離を置いて創作をしていた人物のように思われる。

 全体として怪奇趣味の間に、現代人にも通じる強迫的な人物像や原初的なSFにも近接する疑似科学的論理、官能性に満ちた描写にこの作家らしさがある印象だ。ちなみにこの3冊どれも装丁が素晴らしく作家の資質にも相応う嗜好品としての美しさがある。
 さてもう一つ言及しておこう。
 この3冊に先立つ1994年の『東欧怪談集』(沼野光義編)で「シャモタ氏の恋人」(沼野光義訳)が収録されている。
憧れた麗人への思いが届き逢瀬を重ねるが、決まった日に訪問しなくてはいけないなど、奇妙な関係であった。
やがて渇望を抑えられない主人公は・・・。あらすじとしてはストレートないわゆるファムファタールものといえるが、立ち込める濃密な描写が印象的な傑作である。こちらの方も一読をおすすめしたい。

2024年1-2月に観た映画

 最近観た映画。諸般の事情で時間がなく映画もなかなかなあ。
□「コンクリートユートピア

klockworx-asia.com

 奇しくも年明けの震災早々だったが、そのこととはあまり関係なく、J・G・バラードの『ハイ・ライズ』を思わせる作品だったことで観に行った。ディザスターで崩壊した団地で唯一残ったマンションの住民がサバイバルを繰り広げる。大分ホットな韓国版「ハイ・ライズ」で、似た様な題材でもこちらは、激しさの中に小さな幸せに裏切られる人間たちの侘しさが漂う。混乱状況の中いつの間にか周囲に祭り上げられていく得体の知れない人物をイ・ビョンホンが好演。面白かった。
□「哀れなるものたち」

www.searchlightpictures.jp

 アラスター・グレイの原作があることくらいが予備知識という状態(つまりほとんど予備知識なし)で観たが、ごくごく単純化してしまうと女性版<フランケンシュタインの怪物>なのだな。時代設定はヴィクトリア朝時代だが、舞台や衣装はデフォルメされ、各地ともどこにもない幻想世界として描出。ジェンダー・個人の意思など現代的な視点でブラッシュアップされたセクシャルかつグロテスクな寓話。キャサリン・ダン『異形の愛』も連想させたかな。こちらも面白かった。原作と違うところもあるらしいので、原作も読まないとなあ。エマ・ストーンは肉体的にきつい役柄でアカデミー主演女優賞はその辺のところがあったのだろうという感じはした(授賞式でいろいろあったみたいだが)。※4/25追記 Xで「本作がジェンダー的なエンパワメントにつながるとは到底思えず、むしろ搾取を助長する懸念」といった意見を見かけた。たしかにセンセーショナリズムとして処理される可能性のある表現を使いながら、暴力性を返す刀でメスを入れるところまでの作品内容ではなかったかもしれない。刺激の強い表現を使用しているだけに批判はされても仕方ないかもしれない。

 で、話題の「ゴジラー1.0」観ていたのだが......。上映中に電話がかかり(もちろんマナーモードですよ!)、挫折。その昔どれだったかのゴジラシリーズでまた小さかった息子が怖がり断念して以来の途中退場。どうもゴジラは劇場で観られない運命らしい(苦笑)。

<シミルボン>再投稿 『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド

~奴隷を解放する<地下鉄道>の走るもう一つの合衆国を描くずしりと読み応えのある作品~

 タイトルの<地下鉄道>Underground Railroadは19世紀半ばの合衆国での奴隷解放組織を示す隠語である。
当然まだ一般的ではなかった地下鉄をその時代に本当に走らせてしまったのが本作だ。
 主人公コーラは奴隷少女。苛酷な日々の中で母親の逃亡により身寄りを失いさらに窮地に立たされた彼女は、同じ奴隷仲間であるシーザーから<地下鉄道>での逃亡の誘いを受ける。当初は拒絶したが受け入れ、ある夜計画を実行に移す。
 なぜか<地下鉄道>が表の世界とは別の「地下世界」に広がり、黒人の自由が保障されている地域へとつながっているという合衆国が舞台だが、そのアイディアがさらに奇想へと発展していくようなタイプの小説ではない。描かれるのはあまりにも罪深い奴隷制度と出口の見えない差別の歴史だ。物としてまとめて安価に売りさばかれる奴隷たち、連帯による反乱を防ぐために冷徹に完成された管理体制、その一方で横暴な奴隷主の気まぐれで理不尽に奪われる人間性そして生命。逃亡に協力する白人たちも例外ではない。身内といえでも安心は無用、密告され奴隷たちと同様の運命が待ち受ける。それも当然なのだ。密告しなければ今度は自らが協力者として告発されるからである。
 これは架空のしかも過去の歴史を描いた作品である。
 もう21世紀現在、こんなことはないのだろう?こんなことがあったかもしれないという小説なんだろう?
 といった問いかけにはこう答えざるをえない。これは今も起こっていることなのだ、と。
 コーラを匿う白人夫婦、不本意ながら協力させられる妻エセルが子ども時代に黒人差別意識を叩き込まれる場面が象徴的だ。差別の構造は社会にシステム化され狡猾に組み込まれている。そして巧妙に仕組まれたシステムにより、人々が分断され随意不随意を問わず差別の構造を補強してしまう状況が描き出される。
 一見自由の保障された世界でも裏側に潜むからくりがあるなどディストピア小説としても考え抜かれている。さらに悲しむべきことに黒人の中でもその分断が生じる様子が容赦なく抉り出されている。さまざまな人物に焦点があてられつづられる本作を読み進むうちに、奴隷制度こそ基本的には解消されたようにみえる現代も差別構造の解消は本当になされているのだろうかという疑問が生じる。容易くスケープゴートを探して人を断罪するような愚かしさが日々露呈する人類が、他人を抑圧し蹂躙する危険から真に解放されたといえるのだろうか。はなはだ心もとないのが現実だ。
 腹にずしりと重いものが残る小説だ。果たしてコーラは逃げ延びることができるのだろうか?
 情念を内に熱く湛えたような抑制された文体が素晴らしい。翻訳者にも感謝したい。(2018年2月25日)