異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2024年1、2月の#musicdogg選曲


 またまたまとめて更新になってしまった。
 X(Twitter)の選曲。
 新年1月は、ベタにOneのついた曲。
1."One Love/People Get Ready" Bob Marley & The Wailers
2."Another One Bites The Dust" Queen
3."One" Metallica
4."One Fine Day" The Chiffons
5."One Thing Leads To Another" The Fixx
6."One" Mary J Blige
7."One More Time" Daft Punk
8."ひとり" クレイジーケンバンド
9.”One Way Or Another” Blondie
10."One In A Million" Larry Graham
11."The One I Love" R.E.M.
12."Just One Kiss" The Cure
13."One" Aimee Mann
14."Just One Look" Linda Ronstadt、Doris Troy(原曲)
15.”The Beautiful Ones” Prince
16."One On One" Cheap Trick
17."One Of These Nights" Eagles
18."Time Waits For No One" Mavis Staples
19."One More Time" The Clash
20."The One" Elton John
21."One More Night" Phil Collins
22."One World (Not Three) " Sting & Ziggy Marley
23."Lost Ones" Lauryn Hill
24."One Minute Man" Misse Elliot (feat. Ludacris)
25."One Of A Kind" Spinners
26."One In A Million" Guns N' Roses
27"Once In A Lifetime" Talking Heads
28."One Hit" Rolling Stones
29."One Day In Avenue" Suchmos
30."One Piece At A Time" Johnny Cash
31."One More Weekend" Bob Dylan

 2月は祝!!ジョージ・クリントン師匠Hollywood Walk Of Fameということで、主にソロや後の時代のP-Funk作品や競演作から(ジョージ単独名義のものだけ名前を省略)。
www.youtube.com
1."Atomic Dog"
2."Man's Best Friend / Loopzilla"
3."Nubian Nut"
4."We Do This (feat. G. Clinton)" Prince & The New Power Generation
5."Medicaid Fraud Dogg" Parliament
6."One Nation Under A Groove - Mothership Connection (feat. G. Clinton)" Sheila E.
7."Ain't That Peculiar"
8."Funky Jam" Primal Scream, Denise Johnson & G. Clinton
9."Can't C Me" 2Pac & G. Clinton
10."Let’s Get Satisfied / Dope Dog" G. Clinton & The P-Funk All Stars
11.”May The Cube Be With You” Dolby's Cube
12."I'm Gon Make U Sick O'Me (feat. Scarface)" Parliament
13."Do Fries Go With That Shake"
14."R & B Skeletons In The Closet"
15."Flash Light" G. Clinton & The P-Funk All Stars
16."Get Dressed"
17."Ain't Nuthin' But A Jam Y'all"
18."The Movie (feat. G. Clinton & Belita Woods)" Too $hort
19.”If The Funk Don’t Fit" Octavepussy Feat. G. Clinton, Parliament, Funkadelic
20."Bullet Proof"
21.""Garry Shider Tribute (feat. G. Clinton & Linda Shider)" Bootsy Collins
22."Paint The Whitehouse Black"
23."Baby Like Fonkin' It Up" Funkadelic
24."Funk Aspirin" Cimafunk & G. Clinton
25."Grid (feat. Cypress Hill & G. Clinton)" Public Enemy
26."If Anybody Gets Funked Up"
27."Dog Talkin'"
28."Funky People (feat. G. Clinton)" Slight Return
29."Tweakin'"

2024年2月に読んだ本

 昨年話題になったSFを消化。
◆『赦しへの四つの道』アーシュラ・K・ル・グィン

 ル・グィンを代表するSFシリーズ≪ハイニッシユ・ユニバース≫の作品集。惑星ウェレルを舞台に時代や社会の変化の中に生きる人々の運命や心の葛藤が描かれる。
「裏切り」
 独立運動に失敗し、隠遁生活を営んでいか指導者。周囲との交流も避けていたが、病になり、助けを得ることになる。テクノロジーが行き届かない地方社会が舞台で、作者のファンタジー系の作品に近い。細やかな心の機微が紡がれる筆さばきはさすが。
「赦しの日」
 奴隷制女性差別が横行する社会にやってきた宇宙連合エクーメンの女性外交官。その振る舞いは周囲との摩擦を生じさせていた。様々な立場の人物や勢力が入り混じり事件が展開していく。文化キャップや南北問題といった視点で一筋縄ではいかない人類社会を鮮やかなストーリーテリングで切り取っていく。
「ア・マン・オブ・ザ・ピープル」
 エクーメンの大使の人生、文化ギャップに悩む姿が描かれる。これまた多面的な文化摩擦の問題を提示しており、ルグィンの視野の広さ深さが心に響く。
「ある女の解放」
 奴隷の生涯が描かれる、タイトル通りストレートに奴隷制度の問題が描かれる。奴隷制度がいったん社会制度に組み込まれてしまった後、いかにそれを突き崩すのが難しいかが丹念に描かれ、重苦しいところもあるが読み応え十分な作品である。
 1995年の作品で、約30年前となるが、差別・抑圧といった非常に今日的な問題が精緻に描き出されている。そうした意味で訳出はタイムリーともいえそうだ。自身のキャリア後半で、難しいテーマを扱いながら、その筆は細やかかつ豊かでまさしく円熟の一言。さすがである。
 訳者の小尾芙佐先生は長年SFやミステリの翻訳を担って下さった大御所(以前にもブログに書いたが、幸運な事に面識がありお手紙も複数頂いている)。どうやらこれが早川書房関連では最後の御仕事となるようだ(終了した本がこれから出るのはあるようだが)。ル・グィンの翻訳でも読者として大変お世話になってきた。ル・グィンの代表的なシリーズ<ハイニッシユ・ユニバース>の傑作が小尾先生の最後の御仕事であったことに歴史の節目を感じると共に、お二人の偉大なキャリアに改めて敬意を表したい。長い間ありがとうございました。
◆『文明交錯』ローラン・ビネ

 インカ帝国がスペインを侵略した世界が描かれるが、単なる逆転ではなく、細部まで練度の高い思考実験が行われ、改変歴史ものの深化が感じられる。16世紀の歴史上の人物が幅広く登場、物語性も豊かで世界各地の見せ場が用意されていて楽しい。ポイントで解説があるので、歴史の知識はそれほどは重要ではないと思われるが、『銃・病原菌・鉄』あたりの切り口は知っていた方がいいかな。と、思ったら解説に元ネタであることが書いてあった。
◆『回樹』斜線堂有紀

 「回樹」
 ルームシェアしていた二人の女性が恋人関係になるが。ホラーミステリといった感じかな。謎の<回樹>が人々の死生観を揺るがすようになる。やはり巧いね。
「骨刻」
 骨に文字などを刻むという技術が出来るようになり様々な事がおこる。秀逸なアイディアで面白い。確認するために必要な技術がX戦写真なのだが、今やデジタル化が進んでいるところを、フィルムのイメージをリアルタイムではない後の世代の作家が使っている点を興味深く感じる。
「奈辺」
 18世紀のニューヨークを舞台に、奴隷制下の酒場に宇宙人がやってきて起こる騒動を描く。作者の幅広い関心とチャレンジを感じさせる。どことなくSpecial AKA"What I Like Most About You Is Your Giilfriend"のミュージック・ビデオが頭に浮かぶ(時代背景も内容も全く違うが、酒場+宇宙人で2トーンの連想から)。
「BTTF葬送」
 1980年代を飾る名作映画群の上映会。万感の思いをこめた観客たちに一人の人物が現れる。ジョークのような奇想と映画愛が交錯するのがお見事。「骨刻」のボーンレコードとも共通するが、作者の世代からすると共有できないノスタルジアを題材に取っていて、むしろ客観視できるからこその作品とも思える。
「不滅」
 ある日突然、死体が腐らなくなり、従来の埋葬が無効となった。宇宙へ遺体を送る方法が定着したが。「回樹」と共にこちらも遺体がポイントとなる、ミステリ作家としての側面が出ている。それにしてもアイディアがシンプルに斬新。
「回祭」
 <回樹>をテーマにした痛く切ない愛のミステリ。作者の特質が発揮され、冒頭と呼応し鮮やかなエンディングとなっている。
◆『ガーンズバック変換』陸秋槎

 サンクチュアリ
 人気作家のゴーストライターを頼まれた売れない作家の話。内面における正義についてという側面、また創作論の側面もある、秀逸なアイディア。短篇なのがもったいないくらい。
「物語の歌い手」
 病気療養のため修道院から戻った貴族の娘。やがて吟遊詩人の世界に魅せられ。思いの外起伏に富む物語で、これまた創作における天啓の要素もある。幻想的かつ儚くもあり。傑作である。
「三つの演奏会用練習曲」
  詩に関する別々の三つのエピソードで構成されている。これも表現についての偽史ものということになるが、受容が大きなテーマとなっているように思われる。
「開かれた世界から有限宇宙へ」
ゲームクリエイターが世界設定の科学面で四苦八苦している過程が描かれる。ゲームは全くの門外漢なのだが、その分新鮮な題材で楽しめる。
「インディアン・ロープ・トリック」
 インドの魔術、ロープが垂直に伸びてそれを人が上るというのがあるが、それについての考察。小品ながらしれっとしたユーモアがはまっている。
「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」
 既読。
ガーンズバック変換」
 香川県の、若年者へゲームやネットの制限を設ける条例をテーマにした、どちらかといえば主流文学的アプローチの風刺作品。物質的には不自由ではないはずの<やわらかなディストピア>に生きる若者たちの思いが伝わってくる。
「色のない緑」
 機械翻訳言語学をテーマにしていてこれも傑作。「ガーンズバック変換」と共に、若い女性主人公たちの心の動きや日常生活的な場面が主なので、アニメ化が合う気がする。
 全体にブッキッシュなセンスが溢れていて、古典からミステリからSFから題材の広さも大きな魅力。あとがきで「ハインリヒ・バナールの肖像」に『アメリカ大陸のナチ文学』、「色のない緑」に『ノックス・マシン』への言及があったのにも目を引かれた。

 というわけで毎年恒例、森下一仁さんのベストに参加(そのために昨年の未読SFを消化したということだが)。
nukunuku.michikusa.jp
 参考までに2021年までの自分の投票をまとめたやつも出しとくか。

funkenstein.hatenablog.com

<シミルボン>再投稿 『迷宮1000』ヤン・ヴァイス

~時代を超え英米の空想科学小説とはひと味もふた味も違うユニークな傑作~

 1987年初版、2016年東京創元社復刊フェアで刊行された作品。
 本屋でなんとなく気になって購入した本だったが、読んでみたら非常に面白かった。これだから本屋通いはやめられない。
 ふと目が覚めた主人公は記憶を失い自分が誰かわからなくなっている。そこは1000階もある超巨大建築。ポケットの手帳には、謎の人物オヒスファー・ミューラーの正体をつきとめタマーラ姫失踪の謎を解く探偵役をつとめなくてはならないことが書かれていたのだ・・・。
 骨格は本格探偵小説。しかし、この小説の舞台は空気より軽い奇跡の金属ソリウムで一変した世界。ミューラーはその利権で世界を牛耳るどころかソリウムでできた宇宙船による開発で得られた富までもわがものとしようとしているというスケールの大きさなのだ。
 また両腕のない殺し屋、こめかみにレンズのついた盲人、バチルス菌を武器にする男(他に血清や毒ガスも武器として使う者もいる)などなどインパクトの強い脇役も次から次へと登場するし、なにせ舞台が超巨大建築なので、そのなかに歓楽の町や証券取引所まであるのだ。
 そんな巨大な力を持つミューラーを相手にしなくてはいけない主人公ピーター・ブローク(名前は早々に明かされる)には一つ武器があった。実は姿が見えないのである。なんとこれは透明人間探偵の話なのだ!
 そして話は一風変わったRPGといった趣きで超巨大建築ミューラー館をさまよいながら次第に謎が解き明かされ読者を飽きさせないし、1001から始まるページ数や思い切ったタイポグラフィックの使い方も楽しい。
 なんとも大技的な設定とアイディアで驚かされるが実はこれ1929年の作品なのだ。現代科学黎明期で科学により世界が大きく変化する時代らしい大胆さはそこからだろうし、そこが作品のパワーになっている。またメリハリがあり親しみやすいストーリー展開と裏腹に頭蓋骨などしばしば死の影やグロテスクなイメージが現れるところは英米の空想科学小説とは異なる持ち味でそこも読みどころである。
 その陰には第一次大戦で従軍しシベリアに抑留されたという作者の体験があるのかもしれない。ソリウムは人間の視力を奪う作用があり、ミューラー館の建造を担った労働者は盲人となり必要な栄養分を錠剤でとりなんの希望もなく生きているだけだったり、一方歓楽街では手術などで快楽の増幅が図られているといった具合で早すぎたディストピア小説といった側面もある(オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界は1932年、ジョージ・オーウェルの『1984年』は1949年)。

 最も考えさせられるのは(解説で言及されているように)、既にしてナチスの収容所を予見しているかのような描写もがあるところだ。驚かされると同時に作者の懸念が的中してしまった人間の愚かさも感じなんとも複雑な気持ちになる。とにかく多面性のある本でSFファンはもちろんのこといろいろな人に知って欲しい本である。
 さて作者のヤン・ヴァイスの翻訳小説「遅れる鏡」が2016年に出た文学ムック「たべるのがおそい」vol.2にも載っている。

 こちらは光が遅れて反射する鏡のある円形劇場を舞台にした幻想小説でこれも美しくもグロテスクなイメージが印象的な一編だった。劇場(特に舞踏)、鏡、夢といったモチーフは『迷宮1000』と共通している。(2018年1月13日)

<シミルボン>再投稿 『隣接界』クリストファー・プリースト

~作者の世界に存分に浸る幸福感が味わえる傑作~

 ファン待望クリストファー・プリースト最新翻訳長編の登場である。
 やや耳馴染みのない言葉がタイトルの小説は第一部「グレート・ブリテンイスラム共和国(IRGB)」から始まる。既におわかりの通り、これは現実の世界を舞台にしたものではない。気候変動で度重なる嵐が襲い、テロが頻発するという混乱状況にあり、イスラムに支配されているという近未来英国なのだ。作者の近年の翻訳長編『双生児』が第二次世界大戦を、『夢幻諸島から』が架空の群島を舞台にしていたのとは趣が異なり今回はSF色の強い設定である。

 写真家ティボー・タラントは野戦病院に従事していた看護師である妻メラニーをテロにより亡くし、失意のなか帰国していた。メラニーの死を両親に伝えた彼を海外救援局の担当者がロンドンに送るため迎えにやってくる。混迷の続く世界状況のせいか、どうやら人々は自由に移動できなくなっているのだ。
 しかし彼らは単なる送迎者ではない。彼がメラニーに同行して撮った写真には国家安全保障上の機密が存在するというのだ。どうやらメラニーを襲ったテロには謎があるらしい。そして彼は謎めいた女性から行動を共にしないかと誘われる。やがてメラニーが遭遇したテロで使われた兵器がは爆発区域が正三角形となるような新型のものであること、その技術が物理学者リートフェルトが発見した理論に基づくものであることが明らかになる。
 ここまでが第一部のあらすじだが、全体で上下二段組590頁で八部構成からなる本書のイントロダクションでしかない。
 その後は時折ティボーやその同時代の近未来パートをはさみつつ、第一次世界大戦中に戦局打開のために敵から航空機を見えなくする方法をつくるよう協力要請された奇術師の話となったり(そこではあの有名な大作家が登場!)、さらには第二次世界大戦のなんとも魅力的なラブロマンスが繰り広げられたり、なんとなんと『夢幻諸島から』と同じ≪ドリーム・アーキペラゴ≫を背景にした島プラチョウスまで出てくるのだ(本書全体のバランスを損ねずにちゃんと≪ドリーム・アーキペラゴ≫シリーズらしく不気味な異文化テイストがあるところがお見事!)。
 さてこの「隣接」とはなにか。ひとつは本書のSF要素の核である「隣接場」なるアイディア、それにともなう隣接テクノロジーを指し示している(具体的には本書をご参照ください)。ただそれだけではない。
 上記の第一次大戦で協力要請された奇術師は航空機を相手から消す方法について、奇術のテクニックを分析し
”べつの種類のミスディレクションは、隣接性の利用である。マジシャンはふたつの物体をそばに置く、あるいはなんらかの方法で両者を繋いだうえで、ひとつの物体のほうを観客にとってより興味深いものに(あるいはより謎めいたものに、あるいはより面白いものに)する。(中略)―大事なのは、たとえ一瞬であっても、観客が興味を抱き、間違った方向に向くことなのだ。"(第二部より引用)
 と考えをめぐらせている。
 まさしく「語りの魔術師」プリースト自身の言葉にも見えてくる。というのは作品に登場する、時間・空間を超え多くの人物やエピソードは、少しずつ違いがありながらしかし関連しつつ進行していくからである。そこから立ち上がるのは錯覚を誘う幾重にもずらされた立体写真のようで、プリーストの真骨頂といえる。
 特にクリスティーナとマイクのパートが大変ロマンティックで美しいシーンが多かった。全体に航空機の描写に力が入っていたという印象もある。
 上記のように直接過去作とリンクする要素(『双生児』との重なりも実はある!)が多く、集大成的な要素もあるプリーストランドといった様相を呈した、特にファンには楽しみどころたっぷり、何度も読み返したくなる傑作である。もちろんプリースト初めての読者はパートを切り離して楽しんでもいいだろう。魅力的なエピソードが満載だからである。(2018年1月6日)

2024年1月に読んだ本

 年末年始には久しぶりに友人たちと会ったり、映画を観たりする予定だったのだが、体調を崩し、全部おじゃん(死語)。(現在は回復)
 ということで、自宅でダラダラ。そこで、積んでいたが肩の凝らなさそうな、北村薫<時と人 三部作>(と呼ばれてるのね、今回知った)を。
◆『スキップ』

 17歳の女子高校生が、ある日突然25年先の自分へ意識が飛んでしまう。ということで、SF的な設定が使われているものの、話の中心は「記憶が失われたまま17歳の状態に戻り、慣れない25年先の社会に適応しようと足掻く中年教師」による学園青春ドラマである。時間を跳躍させるとなると、過去をやり直す話が定番だが、それとは逆にいきなり若い時代を失ってしまった主人公を描く視点に意表をつかれた。学校あるいは教師ものは好みではないのだが、筆捌きでは世評の高い作者のこと、造詣の深い国文のエピソードを織り込みながら、澱みのない展開で一気に読ませる。
◆『リターン』

 『スキップ』と同じく、時間についてのSFアイディアを導入した人間ドラマだが、直接のシリーズものではなく、また別の独立した作品。本作は事故にあった主人公がある一日に閉じ込められる、といういわゆる時間ループものといえるだろう。日常世界とのわずかなつながりを保ちながら打開策を探るところやじっくりと心理が描かれるところの丁寧な筆致は相変わらず見事だが、終盤になってのサスペンス部分はやや唐突で構成のバランスが悪い気がした。また『スキップ』の方が面白かったのは、時間ものにはノスタルジアの要素が欠かせないからかもしれない。本作ではループしない方も日常世界の方も同じ現代でしかないので。
◆『リセット』

 本作は三部構成で、太平洋戦争前後の時代変化が視点人物によって語られ、その視点人物が複数現れて最後に全体の構造がわかる形になっている。Amazonの感想とかをざっと見ると、低評価にら「話が動くまでが退屈」といったものが散見される。これは『スキップ』『ターン』の一連の作品なので、時間アイディアがどうしたパターンなのか早めに提示されないと落ち着かない読者が一定の割合でいるということがわかる。構造を早めに把握しておきたいといことだろうが、そうなると自分の認識を超えた作品にどう対処するのか気になるね。要は、個人的には三作の中では一番良かったということ。その前半の重しが後半のドラマに効果的に作用している。三作ではこれが一番で、「スキップ』がその次で『ターン』が今一つ。時間ものは時代の落差が大きなポイントなのだなと感じて、時代背景が劇的な『リセット』とほぼ時代落差なしの『ターン』が弱い。あと『リセット』は「この世界の片隅に」を連想させる内容でもあったな。ちなみにp74に本筋とはあまり関係ないが、映画「ハワイ・マレー沖海戦」の話がちらっと出てくる。1942年の国策映画で、先日CSで最後の方だけ観た。円谷英二が特撮を担当しているだけあり、戦争シーンは後の「ゴジラ」と遜色ない出来で、技術的にはこの頃すでに完成していたことがわかった。
◆『遊戯の終わり』コルタサル

 単著を読むのは久しぶり。
I
「続いている公園」
再読。非常に理知的な構造になっていて、作者の創作姿勢が感じられる。
「誰も悪くはない」
 セーターをうまく着ることができない、という小説であるが、いやホントにそういう作品なのでびっくりする。
「殺虫剤」
 こちらは子供同士の世界が残酷な面まで生き生きと描かれている。細部に自伝的な面がないのかちょっと気になる。
「いまいましいドア」
 宿泊中のホテルで隣から音が聞こえてくる。ホラー的なシチュエーションの中に不思議な静謐さがある。
バッカスの巫女たち」
 クラシックコンサートでの熱狂がエスカレートする話。発想のコミカルな飛躍は現代小説に近いか。
II
「黄色い花」
 自らの生まれ変わりと思った少年に注目していく人物の話。因縁や巡り合わせといった方向には進まず、思いの外普遍的な視野に広がっていく。
「夕食会」
 二人の書簡形式で、とある夕食会について片側の怒りが表明される。何度か読んでみたが、ねじれた時間がどの様な意味を持つのか悩ましい作品である。
「楽団」
 知人が映画を観に行った劇場で、素人めいた楽団の演奏が始まってしまった話。妙なシチュエーションを作り出すのを得意としている印象を受ける。が、冒頭の「似たような出来事がもとで亡くなったルネ・クレヴェルの思い出に」とあって頭が混乱する。(ググるとルネ・クルヴェルというシュルレアリスムのアーティストがいたらしい)
「旧友」
 短い作品が並ぶ本書の中でも、とりわけ短い3ページの作品。ヒットマンが標的を狙う、それだけの内容だが、引き締まった文章と鮮やかな描写がなかなか良い。
「動機」
 殺された友人の謎を追うが、謎の女に惑わされ。これまた短い作品で、クライム・サスペンスを煮詰めてダイジェスト版か予告編を作ったような不思議な面白さがある。意図しての事かは分からないが。
「牡牛」
 ボクシング小説。これも短い中に鮮やかな描写とキレのよい文章が心地よい。ふと、ボルヘスが意外とストリートファイト的な場面を書いている事を連想したり。

「水底譚」
 語り手が見た恐ろしい夢は。これは割と明確な構造になっている印象だが、それよりも水を中心とした幻想的な描写が美しい。
「昼食のあと」
 両親の命令であの子を散歩に連れて行かなくてはいけない。あの子、をめぐるあれこれが描写されるが結局よく分からず落ち着かなくなる。後期の筒井康隆を連想させる、と思ったがなんのことはない、この本自体が筒井康隆の読書歴開陳書評集『漂流 本から本へ』に載っていた。

山椒魚
 山椒魚に魅せられた主人公の話。これも割と図式化してしまうと似たパターンはよく見られるタイプだが、やはり描写に魅力があって読ませるんだよな。
「夜、あおむけにされて」
 この作品も「水底譚」と同じく夢がモチーフになっている怪奇譚で、匂いの描写が印象に残る。
「遊戯の終わり」
 鉄道の沿線で、車窓に向かって活人画あるいは彫像を見せるという遊びを始めた三人の少女。やがて、鉄道の中でそれに気づいた若者が現れて。これもこれまで聞いた事がないようなユニークな状況設定。切ない青春小説でもあり、傑作。
 理知的に作品を構築している作家という印象を受けるが、発想がユニークで文章表現も豊かであり、独自の文学世界を確立している。特に良かったものを挙げると「続いている公園」「だれも悪くはない」「バッカスの巫女たち」「黄色い花」「遊戯の終わり」といったところ。
◆『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』ジョン・スラデック

 次々に繰り出されるダークなエピソードは、(既に指摘があるが)ノワールといっていいが、全体はコメディ。アイロニカルでキツめなジョークの冴えは作者ならでは。言葉遊びの仕掛け(気づかなかった)など詳細な解説もありがたい。訳出に感謝したい。
◆『見えない流れ』: エムナ・ベルハージ・ヤヒヤ

 チュニジアの首都チュニスを舞台に、中年の兄妹ヤーシーンとアイーダ、家族や周囲の人々の日常的な出来事、そしてそれに対する意見交換などが綴られる現代小説。現代のチュニジアの人々の生活が伝わってくる実直な小説で後味もさわやかだが、ちょっと自分には生真面目過ぎるかな。