異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2024年2月に読んだ本

 昨年話題になったSFを消化。
◆『赦しへの四つの道』アーシュラ・K・ル・グィン

 ル・グィンを代表するSFシリーズ≪ハイニッシユ・ユニバース≫の作品集。惑星ウェレルを舞台に時代や社会の変化の中に生きる人々の運命や心の葛藤が描かれる。
「裏切り」
 独立運動に失敗し、隠遁生活を営んでいか指導者。周囲との交流も避けていたが、病になり、助けを得ることになる。テクノロジーが行き届かない地方社会が舞台で、作者のファンタジー系の作品に近い。細やかな心の機微が紡がれる筆さばきはさすが。
「赦しの日」
 奴隷制女性差別が横行する社会にやってきた宇宙連合エクーメンの女性外交官。その振る舞いは周囲との摩擦を生じさせていた。様々な立場の人物や勢力が入り混じり事件が展開していく。文化キャップや南北問題といった視点で一筋縄ではいかない人類社会を鮮やかなストーリーテリングで切り取っていく。
「ア・マン・オブ・ザ・ピープル」
 エクーメンの大使の人生、文化ギャップに悩む姿が描かれる。これまた多面的な文化摩擦の問題を提示しており、ルグィンの視野の広さ深さが心に響く。
「ある女の解放」
 奴隷の生涯が描かれる、タイトル通りストレートに奴隷制度の問題が描かれる。奴隷制度がいったん社会制度に組み込まれてしまった後、いかにそれを突き崩すのが難しいかが丹念に描かれ、重苦しいところもあるが読み応え十分な作品である。
 1995年の作品で、約30年前となるが、差別・抑圧といった非常に今日的な問題が精緻に描き出されている。そうした意味で訳出はタイムリーともいえそうだ。自身のキャリア後半で、難しいテーマを扱いながら、その筆は細やかかつ豊かでまさしく円熟の一言。さすがである。
 訳者の小尾芙佐先生は長年SFやミステリの翻訳を担って下さった大御所(以前にもブログに書いたが、幸運な事に面識がありお手紙も複数頂いている)。どうやらこれが早川書房関連では最後の御仕事となるようだ(終了した本がこれから出るのはあるようだが)。ル・グィンの翻訳でも読者として大変お世話になってきた。ル・グィンの代表的なシリーズ<ハイニッシユ・ユニバース>の傑作が小尾先生の最後の御仕事であったことに歴史の節目を感じると共に、お二人の偉大なキャリアに改めて敬意を表したい。長い間ありがとうございました。
◆『文明交錯』ローラン・ビネ

 インカ帝国がスペインを侵略した世界が描かれるが、単なる逆転ではなく、細部まで練度の高い思考実験が行われ、改変歴史ものの深化が感じられる。16世紀の歴史上の人物が幅広く登場、物語性も豊かで世界各地の見せ場が用意されていて楽しい。ポイントで解説があるので、歴史の知識はそれほどは重要ではないと思われるが、『銃・病原菌・鉄』あたりの切り口は知っていた方がいいかな。と、思ったら解説に元ネタであることが書いてあった。
◆『回樹』斜線堂有紀

 「回樹」
 ルームシェアしていた二人の女性が恋人関係になるが。ホラーミステリといった感じかな。謎の<回樹>が人々の死生観を揺るがすようになる。やはり巧いね。
「骨刻」
 骨に文字などを刻むという技術が出来るようになり様々な事がおこる。秀逸なアイディアで面白い。確認するために必要な技術がX戦写真なのだが、今やデジタル化が進んでいるところを、フィルムのイメージをリアルタイムではない後の世代の作家が使っている点を興味深く感じる。
「奈辺」
 18世紀のニューヨークを舞台に、奴隷制下の酒場に宇宙人がやってきて起こる騒動を描く。作者の幅広い関心とチャレンジを感じさせる。どことなくSpecial AKA"What I Like Most About You Is Your Giilfriend"のミュージック・ビデオが頭に浮かぶ(時代背景も内容も全く違うが、酒場+宇宙人で2トーンの連想から)。
「BTTF葬送」
 1980年代を飾る名作映画群の上映会。万感の思いをこめた観客たちに一人の人物が現れる。ジョークのような奇想と映画愛が交錯するのがお見事。「骨刻」のボーンレコードとも共通するが、作者の世代からすると共有できないノスタルジアを題材に取っていて、むしろ客観視できるからこその作品とも思える。
「不滅」
 ある日突然、死体が腐らなくなり、従来の埋葬が無効となった。宇宙へ遺体を送る方法が定着したが。「回樹」と共にこちらも遺体がポイントとなる、ミステリ作家としての側面が出ている。それにしてもアイディアがシンプルに斬新。
「回祭」
 <回樹>をテーマにした痛く切ない愛のミステリ。作者の特質が発揮され、冒頭と呼応し鮮やかなエンディングとなっている。
◆『ガーンズバック変換』陸秋槎

 サンクチュアリ
 人気作家のゴーストライターを頼まれた売れない作家の話。内面における正義についてという側面、また創作論の側面もある、秀逸なアイディア。短篇なのがもったいないくらい。
「物語の歌い手」
 病気療養のため修道院から戻った貴族の娘。やがて吟遊詩人の世界に魅せられ。思いの外起伏に富む物語で、これまた創作における天啓の要素もある。幻想的かつ儚くもあり。傑作である。
「三つの演奏会用練習曲」
  詩に関する別々の三つのエピソードで構成されている。これも表現についての偽史ものということになるが、受容が大きなテーマとなっているように思われる。
「開かれた世界から有限宇宙へ」
ゲームクリエイターが世界設定の科学面で四苦八苦している過程が描かれる。ゲームは全くの門外漢なのだが、その分新鮮な題材で楽しめる。
「インディアン・ロープ・トリック」
 インドの魔術、ロープが垂直に伸びてそれを人が上るというのがあるが、それについての考察。小品ながらしれっとしたユーモアがはまっている。
「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」
 既読。
ガーンズバック変換」
 香川県の、若年者へゲームやネットの制限を設ける条例をテーマにした、どちらかといえば主流文学的アプローチの風刺作品。物質的には不自由ではないはずの<やわらかなディストピア>に生きる若者たちの思いが伝わってくる。
「色のない緑」
 機械翻訳言語学をテーマにしていてこれも傑作。「ガーンズバック変換」と共に、若い女性主人公たちの心の動きや日常生活的な場面が主なので、アニメ化が合う気がする。
 全体にブッキッシュなセンスが溢れていて、古典からミステリからSFから題材の広さも大きな魅力。あとがきで「ハインリヒ・バナールの肖像」に『アメリカ大陸のナチ文学』、「色のない緑」に『ノックス・マシン』への言及があったのにも目を引かれた。

 というわけで毎年恒例、森下一仁さんのベストに参加(そのために昨年の未読SFを消化したということだが)。
nukunuku.michikusa.jp
 参考までに2021年までの自分の投票をまとめたやつも出しとくか。

funkenstein.hatenablog.com