~薬物による人間のコントロールを描いたディストピアSF~
泰平ヨンはコスタリカで開かれる人口増加問題についての世界未来学会議に参加するが、テロが勃発。
さらに混乱の真っただ中、泰平ヨンは何やら自らの感覚にも異常をきたす。
1971年の作品で、日本では1984年に集英社の叢書<ワールドSF>の一冊として出版。ただその後入手困難になっていたもの。映画化にともなうこの2015年5月の改訳版の登場はほんとうにありがたかった。
レムといえばオールタイムベストSFの1位に選ばれることが多い不朽の名作『ソラリス』が知られるが、<泰平ヨン>シリーズのようなユーモアSFも多い。そのユーモアは形而上学的でかつ他に類をみない奇天烈なもので、これまたレムの代表的な顔の一つとなっている。
本書はいわばレム流のドラッグSFといえなくもないが、たとえばフィリップ・K・ディックのような不穏に満ちた現実崩壊感覚といった要素が目立つわけではなく、むしろ薬物で人間をコントロールするディストピアがスラプスティックに描かれている。どちらかというとストーリーというより、ディストピアでのコンピュータ・宗教・言語などのテーマについての思考実験が次々に登場して面白い。理屈立っているのに(いや理屈が通り過ぎているためにか)奇怪とも感じられる発想でいったいどうしてこうなるのかレムの頭の中を覗いてみたくなる。本作では特にコンピュータの改宗問題とか言語予知学とか最高に可笑しい。
そして黒いユーモアにのぞくペシミスティックな未来像がまたレムらしく、夥しい駄洒落混じりの造語も非常に楽しく訳者には心より賛辞を贈りたい。
一部のユーモアには時代を感じさせなくもないが、時代を越えた発想は驚異的である。優れたストーリーテリングや文章や詩情を楽しむといった読書とはやや違うという点(レムの著作にはそういったものが多いのだが)で読者を選ぶタイプの本だとは思うが、ぶっ飛んだアイディアや論理はレムでしか味わえないもので興味のある方は是非ご一読をおすすめしたい。ちなみにアリ・フォルマン監督による本作の映画化作品『コングレス未来学会議』は売れなくなった女優の苦悩が作品の核に据えられるなど表面上のストーリー自体大きく改変されているものの根底の問題意識は共有され、これも傑作でありおすすめである。
(2015年5月24日のブログ記事を加筆修正したものです)(2017年10月9日)