異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 『誰がスティーヴィ・クライを造ったのか?』マイクル・ビショップ

※追記:昨年11/13に逝去。これを書いた後に『時の他に敵なし』が翻訳、こちらも大傑作であった。『樹海伝説』を読みたいと思っているのだが、今や古書サイトですら入手難しくなってきてしまったなあ。技量の高い作家であった。
~SF界の重鎮が放った遊び心あふれる怪作~
 名作短編「胎動」(『80年代SF傑作選』(下)収録)などSFの分野では評価の高い作家だが、随分久しぶりとなる(1980年代以来ではないだろうか)単著の翻訳はなんとも意外な作品だった。
 <主人公スティーヴ・クライはまだ30代半ばにして二人の子を抱えながら、がんの夫に先立たれフリーライターとしてなんとか生計を立てようとする身。そんな折にタイプライターが故障し修理費にも困る中で、友人から紹介された修理屋は腕が立つが不気味な若い男だった。安価で無事修理には成功したものの、そのタイプライターから勝手に文字が打ち出され、スティーヴのことがつづられるようになる。やがてその文章に従い彼女の日常が狂いはじめる・・・>
 といったあらすじ。
 作中作があり、さらに二転三転の仕掛けのあるメタフィクション構造の小説で、設定としても二児の親である作家の孤独で苦難に満ちた生活というこれまたメタフィクションらしい題材である。本作とやや趣向は異なるが、テキストの虚実が入り混じってしまうという点では、虚構の人物が現実に侵食するマイクル・イネスの『ストップ・プレス』が連想される。

 しかしペダンチックでミステリがベースにある『ストップ・プレス』とは異なり、本作の背景はホラーである。しかも1984年のモダンホラーブームの時に発表され、帯にも「スティーヴン・キング非推薦!?」(笑)とあるように作品の基盤はキングのパロディである。
 またモダンホラー以外にも古典怪奇小説から意識的にアイディアの引用がされており、その辺りの遊び心も楽しい(たとえば作中作の願い事も三つなのだ)。
 解説では“メタ・ホラー”とあり、全体としても気味の悪いとユーモアの部分がちょうどいい塩梅で同居している感じだ。本人によるあとがきには「けっしてキングを貶めるような意図はなくむしろキングフォロワーに対するパロディだった」とあるが、まあキングとしてはいい気分はしなかっただろうなとも思う(「キングは(本作を)嫌っていたし」との記載があるので、上記の帯になったことがわかる)。ただキングのおかげでホラーがジャンルとして定着した今こそビショップの狙いがわかる部分もあり、むしろいいタイミングの紹介ともいえるのではないだろうか。(ちなみに『ミザリー』と重なる部分があるが実はそちらの方が後になるので、これは偶然だろう)
 とにかく全体の完成度は非常に高く、随所に現代人の悪夢が次々と現れる展開は読者を飽きさせないし、少ない登場人物による全体の構造のシンプルさもあってメタ構造がありながらもほとんど混乱せず読み進める。終盤のツイストはむしろミステリファンにも楽しめるような展開で、なんとも意外なところに着地する。個人的には見事なオチだなあと思ったのだが、まあちょっと納得のいかない読者もいるだろうし、鬼面人を嚇すといった手法は怪作といった味ではある(ちょっとだけオチに触れるとSF作家らしいアイディア重視寄りなのだ)。
 これまでユニークな題材の短編も翻訳されていたもののどちらかというとシリアスな文化人類学SFのイメージが強かったマイクル・ビショップの技巧派の側面が新たに見せてくれる作品で、大ベテランではあるがまた翻訳が進むことを期待したい。
(2018年2月11日 一部通りが悪いところがあったので修正)