異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2025年9月に読んだ本

 相変わらずの低空飛行。
◆『魔群の通過』山田風太郎

 幕末の天狗党の乱を追った、忍法帖のイメージからすると意外なくらい、歴史的事実からの逸脱が少ないという評価の作品。混乱した状況の中、陰惨かつ無常な結末にいたる。真っ当な道を選んだ者があっさり命を絶たれ、利己的な者がなぜか成功者として大往生したりなんらかの理も見出せない。親しみ易い人間ドラマの要素は巧みに盛り込まれているものの全体の基調は重く、胃にくるような読後感をもたらす。とにかく時代の変わるというのは恐ろしく大変なことなのだなあというのが率直なところだ。ちなみに一時期(大昔)栃木県の県南で仕事をしていたので、記憶の彼方にあった地名がいろいろ出てきて懐かしい。
◆『信仰』村田沙耶香

 既に有名な作家だが、雑誌掲載の短篇を読んだ程度で、著書としては初めて読む。遅ればせながらユニークな作品を書く作家であることを知る。
「信仰」 帯には「なあ、俺と、新しくカルト始めない?」とあって、たしかに勧誘により怪しい悪だくみに巻き込まれるかたちの主人公の視点小説。しかし次第にこの主人公が実利を価値観に中心に据え、祭りの出店まで難癖をつけ、周囲の人物に干渉するような強烈な人物であることが判明し、話が転じていくところが新鮮。
「生存」
 遺伝子技術の発達で、子ども時代に金銭的に病気がコントロール可能になった世界。寿命がある程度予測できるなかで、結婚や子を持つことが変質するディストピアSF。全てを捨てる<野人>を選択する主人公に救いを覚えるのは、現在の社会に既に似たような息苦しさがあるからなのだろう。
「土脉潤起(どみゃくうるおいおこる)」
 上記「生存」で野人となった姉の妹が二人のルームメイトの女性たちと、精子提供で子どもを持とうとする。奇妙な世界で、姉妹の交感が温かくも切ない。
「カルチャーショック」
 これもまた別のディストピアもので、人々が均質化された完全管理された世界に嫌気がさした父親の連れられて、外の人物と接触する。
「気持ちよさという罪」
 これはエッセイかな。社会問題を扱う場合の心の問題を独特の視点で切り取っている。
「書かなかった小説」
 変わったタイトルだが、基本は一般小説。とはいえ、クローンが当たり前になった世界で、複数のクローンの中にお気に入りが出来てしまったり、結局変でもある。クローンが「だいたいルンバと同じくらいの便利さ」という一文にふいをつかれ爆笑。この作家の作品は、文の端々に才気が現れている。
「最後の展覧会」
 とある星に着いた主人公Kがロボットに遭遇、それまでの星の歴史を知る。レトロな寓話風味で静かな温かみを感じさせるSF。
「無害ないきもの」
地球を蝕んできた"害獣"としての人類がどう決着をつけるかという重いテーマが静謐に語られていく。ありそうでなかった視点と思われる。「最後の展覧会」も終わりについての作品だが、こちらはやや暗い色調を帯びている。
「残雪」
 こちらは安楽死がテーマで、これは個人の終わりについてか。不思議な静寂さがこの作品にも見られる。
「いかり」
 なめらかな文体で作家たちの国際的な交流がつづられているが、パレスチナの問題など、読む者にとっても突きつけられるものは大きく重い。そのパレスチナの友人である作家アダニーヤ・シブリー『とるに足りない細部」は昨年翻訳されているようだ。
◆『フリッカー、あるいは映画の魔』セオドア・ローザック

 起伏に富んで飽きさせることがないミステリ〜スリラー作品。研究者として映画に取り憑かれた主人公が忘れられた映画監督を追ううちに、大きな闇の世界へ入っていく。舞台は1960年代(と英語wikiにはあるが、一部ロックの描写がもう少し後っぽい場面があり混乱する。作品は1991年発表)でシネフィルの世界がよく描写され、異端や陰謀論的なモチーフは現代の世相もあって古めかしいどころか臨場感をともなう。終盤の展開と結末に唖然とさせられ、そこは賛否が割れそうだが、間違いなく傑作。セオドア・ローザックについては、高橋良平氏解説に書かれている、ヴィクター・フランケンシュタインの妻を語り手にしたというThe Memoirs of Elizabeth Frankensteinが気になる。
SFマガジン 2019年2月号

 雑誌は例によって興味のあるもののみ。2019年の百合特集。いまだに百合というものがどんなものか分かっていないのだが、とりあえず百合専門コミック誌などというものがあるのか。
○フィクション
特集関連作品。
「キミノスケープ」宮澤伊織
 自分以外誰もいなくなってしまった世界をさまよう主人公。ラストの静かな中にエモーションを感じさせる描写が効果を上げている。
「四十九日恋文」森田季節
 伝えたい言葉が一文字ずつ減ってしまう二人のやり取り。さすがに地の文は別ルールになっているが、(以前読んだ時も含め)なかなか凝った内容で、元々書くという行為に意識が強い作家だと思っている。
「幽世(かくりょ)知能」草野原々
 もう一つの宇宙<幽世>が存在し、コンピュータとして利用される世界。2つの宇宙の接点では超自然現象が起こるのだが、そこがホラーとなっているのがユニーク。作品そのものはさほどではないが、設定は流用できそう。
彼岸花」伴名練
 女性作家に焦点を当てた日本SF史に関する連載もある著者らしい、レトロ耽美吸血鬼SFで擬古文調の交換日記というのが効果を高めている。傑作。
特集外作品。
「本物のインディアン体験へようこそ」レベッカ・ローンホース
 VRネイティヴ・アメリカン体験をさせるサービス事業で働く主人公。変わった客がやってきて、という話だが実に苦い味のほぼ普通小説。自身がネイティヴ・アメリカンルーツの作家らしい。
「知られざるボットの世界」スザンヌ・パーマー
 ボットの活躍するユーモア宇宙SF。流し読み。楽しい感じがあって、やはりその後この路線で訳書が出ているのは納得。
○ノンフィクション
 特集関連のエッセイ等については流し読みだが、月村了衛インタビューで、創作物への精神分析的なアプローチに強い警戒感を示しているのが印象的。("はっきい言いましょう、「戦闘美少女は学者の頭の中にしかいない」と。")
 あと巽孝之の第76回世界SF大会&ヴィクトリア大学国際会議レポートもあり、前者のトランプ関連の話題が特に面白かった(トランプ的なムーヴにカウンターとなるフィクションや想像力という点で)。
SFマガジン2023年6月号

 藤子・F.・不二雄SF短編特集、だが詳しくないのでスルー(面白そうとは思うものの、漫画は結局新旧含め疎いまま)。まあでも再録「ヒョンヒョロ」はやはり名作ですな。
○フィクション
「ムアッリム」レイ・ネイラー
 近未来のアゼルバイジャン限界集落村田沙耶香に派遣された国連職員とロボット教師をめぐる小エピソード。しんみりと悪くはないが、SFとしては新鮮な舞台もあくまで支援側からの外部の視点から離れるものではなく微妙。
○ノンフィクション
・戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡 伴名練
 第八回。いよいよ鈴木いづみの回である。鈴木いづみに関しては大好きな作家でありながら、独特の文体で時代とのつながりも大きく、同時代の記憶(ティーンエイジャーの時)がかすめるせいか読んでいて不安定な気持ちになってしまい、実はあまり読み返していない(正直なところディレイニーでも似たようなところがある)。重要作の詳細な紹介で再読への欲求が高まる(ただいま現在、事情から本の大幅減量に取り組んでいるのだが、『契約』欲しくなってくるな…)。