なんとか部屋を片付けようと積読を消化中。しかし今一つ元気が出ず…。本の方は森下ベストに選んだ2冊。
◆『ロボットの夢の都市』ラヴィ・ティドハー
◆『精霊を統べる者』P・ジェリ・クラーク
20世紀初頭のエジプトを舞台にしたスチームパンクといえるが、大時代的な怪人ミステリであり魔術が飛び交うファンタジーでありアクションあり今日的なセンスで造形されたキャラクターものでもある。改変歴史としても舞台が新鮮な上、作者が歴史学者なので細部に目配りが効いているなどとにかく読みどころ満載。これは傑作。作品世界ではエジプトが英国を凌駕する力を有しているが、作者が英国植民地であったトリニダード・トバゴのルーツ(幼少期に生活もしているようだ)であるのが関係しているようにも思われるがどうか。意外に年齢は高めなのに作品が少ない印象だが、歴史学者としての活動もあるからだろう。奴隷制についての研究者としての側面が強く感じられた短篇(これも傑作)「ジョージ・ワシントンの義歯となった、九本の黒人の歯の知られざる来歴」(SFマガジン2020年6月号)からスプロール・フィクション系の作家かなと勝手に想像していたので堂々たる華麗な長篇で意表をつかれた。
◇SFマガジン2005年5月号
特集ニュー・ウィアード・エイジ 英国SFの新潮流。例によって雑誌は興味のあるもののみ。
○フィクション
「エメラルド色の習作」ニール・ゲイマン
タイトル通りのホームズパロディ。ちょう珍しく原書で読んだことがあるのだが、オチが全く分かっていなかったことに今回気づいた(悲)。それにしてもニール・ゲイマンが事件的な存在となってしまうとはねえ…。
「樅の木食堂で朝食を」ジョン・コートネイ・グリムウッド
人格転移が可能となった世界のノワール。サイバーパンク的な要素が感じられ、唯一の訳書『サムサーラ・ジャンクション 』にもそんな雰囲気がありそうではあるが未読。
「暗黒の晩餐会」リズ・ウィリアムズ
支配者の降臨によって世界はドームに覆われた。パリで一人のパティシエはある秘密を抱えている。異界と化したパリや甘美な料理の描写などなかなか良い。気になる作家だなあ。
「帰休兵」ニール・アッシャー
以前読んだ『超人カウル』が全くノれなかった作者だが、本作ではSFアイディアをベースにした派手なアクションが特徴なのだなと少し手がかりがつかめた。とはいえ何をもって戦っているのかの部分がどうもピンとこないしどんな世界なのかもわからず途方に暮れる。要は自分とは合わないみたい。
「ウェブ・ライダー」ジェイジー・カー
こちらはこの頃のSFマガジンに載っていた<浅倉久志セレクション>の作品。1985年作だが、この”ウェブ”はインターネットではなく、本作は瞬間移動の能力を有する超能力者の悩みがテーマ。ちょっとセクシャルなところがユニークかな。作者は核物理学者の女性作家でこれは変名、(Jay-Zならぬ)Jayge Carr。本作より女性支配の惑星に男性優位の地球人が訪れるというジェンダーSFっぽい内容の長篇Leviathan’s Deepが面白そう。
「シンクロナイズド坂」深堀骨
編集者の方が特集を意識してるのかしていないのかわからないが、この作家もウィアードではあるよね。とある坂で起こった人間消失事件を解き明かす、SFホラーミステリ?である。変則的なのに妙にリズミカルな文体、予想もつかぬ展開などさすがの深堀骨ワールドである。
◇SFマガジン2022年4月号
特集BLとSF。
〇フィクション
「分離」サム・J・ミラー
未来世界で父子のすれ違いが描かれる。この作者の作品はヘヴィなんだが、そこがいいんだよね。本作の舞台は正直ピンとこなかった『黒魚都市』なんだが、これを機に読み直してみるか。
「ロボット・ファンダム」ヴィナ・ジェミン・プラサド
日本のアニメのBL二次創作に興味を持ち出したロボットの話。シンガポール出身作家で韓国や中国とはまた別に東南アジア圏の紹介というのは幅の広がりがあって意義はある。で、「スター・トレック」の二次創作をしてきた経歴があるようだ。楽しくは読めるが、SFマガジン掲載作に日本のオタクカルチャーを扱ったものが多過ぎるきらいがあり、結果的に幅の広がりにいたっていないし、もともとその辺りに親しめなさを感じている身としては食傷気味ですらある。2022年の掲載の本作にして少し時代からズレてきている感もあり、ポピュラーカルチャーを題材にすると短期間で古くなる危険性も見えてくる。これは作家というよりも編集側の問題だろう。
「男性指数」オン・オウォモイエラ
性別が評価される試験で管理された国家は、反動的な革命軍により内戦状態。戦闘の最中、身体的には女性に生まれながら男性として生きる軍人と身体的に男性と生まれながら女性として救護隊に入った人物が危機を乗り切ることになる。ラストは予定調和の感もあるが、途中の会話には性別問題に揺れる当事者の生の声が見え隠れして作品に奥行きを与えている。
○ノンフィクション
「さようなら、世界<外部>への遁走論」第7回変性=変声するヒューマニティ 木澤佐登志
ブラックミュージック系の新しい動向をSF視点から捉える話題の多い連載なので注目しているが、これまた人工音声とブラックミュージックの関係をサイボーグという切り口で分析、タイトルで身を乗り出したが期待通りの内容。引用されている『エレクトロ・ヴォイスー変声楽器ヴォコーダー/トークボックスの文化史』を積んでいることを思い出した。いかんねえ。
「戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡」伴名練
非常に楽しみで重要な連載がこの号から開始。今や大人気作家であるが、アンソロジー編纂も積極的に取り組むなど、日本SF史にもその造詣の深さがこれまでも言及されてきた。今回は<宇宙塵>創設メンバーにして幻の人気作家光波燿子が紹介されるが、幅広いアイディアの作品を発表しつつ家庭に埋没せざるを得なかった歩みは現代の視点から惜しまれる。いわゆる理系作家的な視点で山野浩一作品に対しての不満を表明しているのもなかなか興味深い。本連載は貴重な女性作家の研究で、この号以後も順調に連載が進んでおり、きちんと書籍になることにも期待したい。ちなみに2024年10月号のてれぽーと(お便り欄)で岡和田晃氏から理論的側面の不足を指摘があり、次号で伴名氏から返答があるなど批評的に重要なやり取りが行われており、日本SF評論史の一頁を形成していくことにも期待が持てる。
◇SFマガジン2010年6月号
特集スチームパンク・リローデッドということで、スチームパンク特集。監修は小川隆。当時のスチームパンクの盛り上がりがうかがえる。
○フィクション
「ハノーヴァーの修復」ジェフ・ヴァンダーミア
海沿いの村で回収品の修復に従事する主人公はある日漂着した壊れたロボットを直しはじめる。閉塞感のある村で、リーダーであるブレイクと漁船団指揮官レディ・ソルトと三角関係がある中で、次第に主人公の背景が明らかになる。短いがやや陰鬱なストーリーは手堅くまとまっている。
「愚者の連鎖」ジェイ・レイク
再読。Twitterを読むと、2022年に作者の同じシリーズの「星の鎖」(SFマガジン2012年11月号)と続けて読んでいたみたい(全く記憶がない…(悲)。宇宙全体が歯車仕掛けになっているという世界を舞台にした作品がいくつかあるが、これは女性船長の元で修行した女性船員が独立して船長になったところで海賊に出会う話。ジェンダー的な話がキイになるが、着地点はちょっと微妙な気がしてしまう(やや保守的な退行ともとられないかな)。まあ設定がぶっ飛んでいて面白そうなシリーズではある。ただ本号解説で作者の闘病についての記載があって、2014年に逝去、何らかの偶発的なきっかけがないと翻訳紹介は難しいかもしれない。ちなみに原題Chain of FoolsはAretha Franklinの曲からっぽい。この作者で一番面白かったのは結局ミステリマガジン2010年8月号異色作家特集の(いわゆる)異色作家短篇「100パーセント・ビーフのパティをダブルで」かなあ。
「タングルフット ぜんまい仕掛けの世紀」シェリー・プリースト
1880年南北戦争が続いている米国。病院で認知症がかった発明家の老博士と見習いの少年。優秀な少年は自ら人型の自動機械を作るが。前半しみじみとした抒情の物語と思いきや一転し、ホラー展開。後味もかなり苦いものがある。紹介には元々ゴシック色の強いファンタシィ長篇を書いていたというのはなんとなく分かるような気がする。既に絶版になっている訳書『ボーンシェイカー』は感想を見た範囲ではそんなに暗くなさそうだが、シリーズものなのに紹介は途切れており、今ひとつ売れなかったのかもなね。
「砕けたティーカップ モーリス・ニューベリーの事件簿」ジョージ・マン
タイトル通りの探偵もので、舞台は1901年のロンドン。殺人事件場にはダイイングメッセージと機械仕掛けの梟。本作自体は正統派ミステリ。紹介によると作者は編集者出身の作家。このモーリス・ニューベリーはスチームパンクシリーズの主人公で、検索すると結構作品がある。あまり名前を聞かないところをみると、紹介の進んでいない作家は沢山いるんだねえ。
○ノンフィクション
「もう一つの十九世紀 つきせぬスチームパンクの魅力」ネイダー・エルヘフナウ
2009年に書かれたスチームパンクが活況を呈している理由を様々な角度から分析をしている論考。150年くらいが時代の記憶が消えるのに要する時間(二人の人間の人生が直接接触する最大限の長さがそれくらい)ということで、現代でもまだ記憶が残っているヴィクトリア時代が舞台となるという点、現代の閉塞状況がその時代に関心を寄せるという点など地に足のついた分析で安心して読める。アラン・ムーアやムアコックなど多数の作品の例示も非常に参考になる。
「コルセット宣言」キャサリン・ケイシー
ファッションという観点から、拘束の象徴としてのヴィクトリア朝時代のコルセットを切り口にしたエッセイ。これから歴史をつくるのだというアジテーションとしてはきまっているが、いかんせん短く、分析的な内容とはいい難い。
「スチームパンクのサウンドトラックって何?」ブライアン・スラタリー
音楽ネタということで興味が湧いたが、こちらも短く、またあまり聞いたこともないバンドが羅列されるような内容にとどまっており、これももう一つ。
スチームパンク特集以外
第五回日本SF評論賞選考委員特別賞
「文字のないSF―イスフェークを探して」高槻真樹
野田昌宏「SFは絵だねえ」をキイワードに文字がないSF表現を探索する。多くの作品を例示しながら検証していく過程が一つの旅のようで楽しい論考。現在では映画研究にも取り組んでおられる著者の足跡に記録にもなっている。
◇ミステリマガジン2011年2月号
特集PLAYBOYが輝いていた頃。かつて雑誌文化をリード、優れた小説も多く掲載されてきた≪プレイボーイ≫誌の特集。
○フィクション
「これは本心からいうんだぞた」レイ・ラッセル
自己破産寸前まで追い込まれたシナリオライターに突然舞い込んだ大仕事とは。様々な人々がからむ映画業界ならではの欲と嘘が入り混じった騒動が展開される。
「Cで失神」ジーン・シェパード
『ワンダ・ヒッキーの最高にステキな思い出の夜』(未読)が翻訳された作家で、「スカット・ファーカスと魔性のマライア」(若島正編の異色作家短篇集『狼の一族』収録)が非常に面白かった記憶がある。その「スカット・ファーカス〜」同様、子どもの心理描写が抜群に上手く、ユーモアたっぷりの筆致で腹を抱えた。ただオチは意外に平凡というか肩透かしだったな。
「お望みどおりに」ジョン・コリア
友人同士の会話からはじまり、全体的に会話を軸に話が展開し不穏な空気を纏いながら結末へ。いろいろと想像させる余地がある作品だが、細部まで周到に用意されているのがニクい。おそらく絶筆の作品ということだが、後年まで衰え知らずであったことがわかる。
○ノンフィクション
「ホラー映画の恐怖」チャールズ・ボーモント
映像作品の脚本も手がけたボーモントらしく、映画制作の裏側がわかるエッセイ。当時の映画で(イメージに反し)若かった大御所SF作家たちもそれほど深くまで関与することはできていなかったのだなあ。西部劇からホラーへと移行する流れ、ホラー映画の骨格などいろいろツボが押さえられている。
◇紙魚の手帖vol.2
○フィクション
「沈黙のねうち」S・チョウイー・ルウ
言語能力を売買できるようになった未来。娘の進学のために自らのマンダリンを売るか悩む母親が情感と苦みをもって描かれる。アメリカ在住の中国系という著者の背景がよく生かされている。
「新世界(ニュー・ワールド)」パトリック・ネス
映画化もされた人気シリーズ『心のナイフ』(どっちも知らなかった…『怪物はささやく』のタイトルはぼんやり聞いたことはあるが)の前日譚。『心のナイフ』は<混沌(カオス)の叫び>という長尺シリーズらしいが、本作を読むと世代宇宙船による惑星移民をするSF設定が背景にあるYAもので、本編は植民後の話になるようだ。本作自体は13歳の主人公の心理がよく描かれていて人気が出そうではある。
「羅馬ジェラートの謎」米澤穂信
人気の小市民シリーズ(アニメもやってるんだよな、この間ちょっと観た)。
「無常商店街」酉島伝法
『皆勤の徒』以降、SFマガジンの「幻視百景」を除けば、(多分)久しぶりに酉島伝法作品を読むが、唯一無二の独特な言語感覚で懐かしくもあり不気味でもある街が描かれる。つげ義春「ねじ式」の活字拡大版の風味もある。
○ノンフィクション
「乱視読者の読んだり見たり」第1回続いている小説と映画 若島正
第1回はコルタサル。「悪魔の涎」で、ふと撮った写真を見つめるところから物語が立ち上がっていくことについて。で、なんとなくデ・パルマ「ミッドナイトクロス」を連想したが、やはり言及されていた。また、シーンからの物語としての動きはやや小さい印象ながら、同様のシーンが「ブレードランナー」にもあり、記憶に鮮明に残っている。こうしたシーンが魅力的なのは(若島先生が言及しているように)映画を観る欲望と地続きだからだろう。ただその元ネタだということを不勉強ながらこのエッセイで初めて知ったアントニオーニ「欲望」は未見で、観なくてはなあ。
◇文藝2022年夏季号
特集<怒り><フォークナー・中上健次><平家(アニメ・古川日出男)><イーガン>と盛りだくさん。
「There's a Riot Goin' On」阿部和重
有名なスライのアルバムタイトル(同名曲は無音であることもまた有名)から取っているのは明らかで、ストレートに社会への怒りがぶちまけられている。フィクションらしい爽快感がある作品。
「スメラミシング」小川哲
精神を病んだ母親に束縛される主人公は<スメラミシング>という謎めいたツイッターアカウントの存在をきっかけに陰謀論者たちと交流をする。序盤は母親の問題点がクローズアップされるが、コロナワクチンを主人公に受けさせようとする行動から善悪が不明確になる。手堅い出来だが、この時期の閉塞感が強くでた時代の記録となりそうだ。
「憤怒」残雪
<怒り>についてのエッセイで人間性を踏みにじられた体験が描かれる。短いが国や文化の違いを超えて心に響くものがある。
「籾殻」グレッグ・イーガン
初出1993年の初期作品にあたる。ハードなSFアイディアで主体そのものが変容する技術と社会変化が結びつくイーガンらしい読み応えのある作品。この時期にして多能性幹細胞関連のアイディアが出てくるところがさすが。コンラッド『闇の奥』がキイとなるが、モチーフとなる先行作品を明示するのはやや珍しい印象。
緊急掲載「プーチン 過去からのモンスター」ウラジミール・ソローキン
<怒り>の特集と呼応するかのようにロシアによるウクライナ侵攻へのストレートな批判が歴史的背景と共に提示されたエッセイ。声の上げにくい状況とも想像される中での速やかな対応にはソローキンの強い信念が伺える。
2月はオンラインのSFファン交流会<2024年SF回顧「海外編」&「メディア編」>に参加。近年新しい動きにどんどん遅れを取っているので、こうしたまとめは非常に助かる。添付書類も充実していて今後の参考にしたい。
※2025年3/20追記 そういえば、2/9に偶然通りがかったのでブラックジャック展も見てきた。
こうした昔の漫画・アニメ系の展覧会のクオリティが近年段違いに高くなっていることをうる星やつら展で感じたのだが、これは予想を遥かに上回る規模・内容だった。必ずしも最近読み直しているわけではないので、作品の細部の記憶はかなり失われていた。何よりも驚かされたのは幅広いテーマに踏み込んでいたことであった。もちろんところどころ現代との問題意識のズレはある。しかし丁寧な表示と解説でそこもしっかりと言及されていて、作品への深い理解と愛情が感じられた。そうした幅広いテーマを週刊というハイペースで繰り出し、しかも次々に名作・問題作として結実させていく。(月並みだが)まさしく天才のなせる業としかいいようがない。
ほとんど巡回は終了してしまったようだが、まだ福岡がこれから。超オススメなのでお近くの方は是非。
tezukaosamu.net