読書は相変わらず停滞しておりますが、体調はようやく安定しつつあり。
10-11月まとめて。
◆『まっぷたつの子爵』イタロ・カルヴィーノ
読書会に参加するつもりで再読したのだが、参加を断念したのよね…(悲)。
気を取り直して(苦笑)。とりあえず初読の記憶が全くといっていいほどない(恥)。戦争で半分になった子爵が起こす騒動が描かれる。ユーモラスなイメージが読者に浮かびやすい寓話といえるが、子爵の行動は残虐であり、そこかしこに陰鬱さがみられる。正と負が入れ替わるこの世を暗示したかのような、クライマックスの人形劇やダンスにも似た決闘シーンが素晴らしい。
◇SFマガジン2017年4月号
例によって興味のある作品のみ。
ベスト・オブ・ベスト2016、ということでベストに入った3名の作品から。
「ルーシィー、月、星、太陽」上田早夕里
《オーシャンクロニクル》シリーズに属する短篇。よくわからない状況から、徐々に状況が明らかになる、オーソドックスなスタイルだが海中の生物が、地上を<知覚>していく描写がSFらしい醍醐味を味わわせてくれる。クラーク的な進化をテーマとして踏襲しているが、現代の視点にブラッシュアップされ前向きな基調も自然に受け入れやすくなっている。
「エターナル・レガシー」宮内悠介
これも短い作品だが、囲碁とAIをテーマに扱い、鮮やかな切り口で処理している。この作家のハズレ率の低さはさすが。
「ちょっといいね、小さな人間」ハーラン・エリスン
13cmの小さな人間と開発者が遭遇したあれこれ。一般的なエリスンのイメージより軽めの風刺小品といった感じ。ちなみに13cmは原文だと5インチとか書かれてるのかな?
「最後のウサマ」ラヴィ・ティドハー
イスラエル出身作家がウサマ・ビン・ラディンを題材にとった未訳の問題作Osama。本作はその関連作で、テロによる終わらない暴力の連鎖を巧みにイメージ化している。『黒き微睡の囚人』しか読んでいないが、現代社会の極めて重大なテーマを斬新な切り口で提示する手腕と筆力は注目に値する。
「ライカの亡霊」カール・シュレイダー
放射性物質のスペシャリストが荒涼とした大地を飛び回る近未来SFのシリーズということでこれはなかなか魅力的。カザフスタンの元生物兵器工場を査察する主人公ゲナディ、という話だがどうもこれで終わりじゃない感じだよね。翻訳ものは近年売れ行きが厳しいから、これもシリーズ全貌はわからずに経過しそう。SFマガジンはそうなるパターンが多いよな。
◇SFマガジン2006年10月号
現代女性作家特集。
○フィクション
「しばしの沈黙」ケリー・リンク
様々な登場人物が出てきて、その日常の場面がつづられるが次第に非日常的なエピソードが入っていく。話の核の一つは男女のすれ違いと失われた時への思いだろう。ラストはしんみりさせられる。
「地上の働き手」マーゴ・ラナガン
おじいとおばあと主人公の生活が描かれる民話的な作品。天使という日常を超える存在が、臭かったり不気味なものとして描かれているのが面白い。高圧的なおじいとおばあの関係性にはフェミニズム的な視点が出ているような印象もある。
「天使と天文学者」リズ・ウィリアムズ
天文学者ティコ・プラーエ(本文ではチコ)とヨハネス・ケプラーの元に天使が訪れる。短いが、現代科学の節目となる時代をうまく掬い取った作品。二人の関係性をよく知らなかったので、今回知識を得ることもできた。作者はエキゾチズムあふれるサイエンス・ファンタジーで活躍しており、面白そうなのだが、結局20年近く日本での紹介は進んでいないようで残念。
「小熊座」ジャスティナ・ロブスン
テレポーテーション実験の失敗で多世界にわかれた妻と夫。世界同士のわずかな重なりの手がかりを求めるが。短いため書き込みはやや足りないきらいはあるが、哀感に満ちて悪くない。ワイン、北極星、男女の別離とJoniのA Case of Youを連想させる(こちらの方は娘も登場し、かなりハートウォーミングで、Joniの方がずっと男女のもつれ混じりのbitterさが目立つ違いはあるが)。
○ノンフィクション
・インタビュウ「アイリーン・ガンー先端を追い求めて」
・エッセイ「キッチンでひとりきりで」
この号の2006年刊行される『遺す言葉、その他の短篇』(申し訳ないが一部のみ読んで中断中)への宣伝もあってのミニアイリーン・ガン特集か。マイクロソフトのかなり初期の社員だったというのも今となるとなかなか貴重なキャリアだし、インタビュウの方で多くのSF作家の名が出てきて70年代後半から80年代の時代の空気もわかる。
・<ウィスコン30>レポート
「女の国へと至る道」おのうちみん
「 男性として、居心地よく」海老原豊
いずれも2006年5/25-29にウィスコンシン州マディソンで開催されたフェミニズムSFコンベンション<ウィスコン30>のレポート。活気のあるコンベンションの様子が伝わるが、言及されているジェンダー的なテーマは解決は容易ではないものの、さすがに時を経て日本でも一般社会への認知は高まったかなとは思われる。前者のル・グィン朗読会はうらやましいなあ。
◇SFマガジン2013年9月号
「ナイト・トレイン」ラヴィ・ティドハー
訳者小川隆氏の紹介によると「イスラエルのスペースボートを舞台にした連作≪セントラル・ステーション≫シリーズともつながる作品」とのこと。冒頭にやや戯画調でギブスンオマージュが捧げられるポストサイバーパンクもの。多文化混淆によるガジェット満載作品なので、ちょっと一読では捉えきれないところもあったがかなり面白そうなシリーズである。
◇SFマガジン2020年8月号
新世代の批評・論考が並ぶというのは珍しいのでそこから読んでみた。(例によって興味のあったものだけ)
〇ノンフィクション
「この世界、そして意識―反出生主義のユートピア(?)へ」木澤佐登志
著者の文章を読んだのはこの辺が最初くらいだったかな?多くの著作を引いて、現代の技術における意識と社会というテーマをユートピア文学としてのSFを題材に検証している。
「Re:Re:Enchantment」青山新
疫病と社会特に都市デザインという観点から歴史的変遷をたどるが、ミクロからマクロへと視点が大胆に動くところにSF的想像力の面白さがある。フィクションの方にも優れた資質があるかもしれない。
「かたる、つくるーデザインとSFの交差する場所で」佐々木未来
デザイナーをされているとのことで、デザインというものが幅広い概念を有し、未来の世界のあり方といったSFとも交錯する領域が多いことを伝えてくれ、知見を広げてくれる内容だった。
「プログラムの保存先」田村俊明
ゲームの世界は全く疎く、時間があればなあと思う。月並みだが、進歩がすごいなあと。
「異常進化するバーチャルアイドル‐VRとVTuberの新たな可能性‐」届木ウカ
現役VTuberによるVRアイドル論。これまた送り手・受け手双方の感覚の進歩に驚かされる。特に送り手側の意識がよくわかり根本的に新しい時代が訪れていることを伝えてくれ面白かった。
「フェミニストたちのフェミニズムSF」近藤銀河
現代のフェミニズムSFをその視点と共に多く紹介しており、なかなか消化が追いついていない身としては、読まなくてはと思わされる。個人的な印象だが百合とフェミニズムは少々ずれがある気がしている。
「「ユートピアの敗北」をめぐってー山野浩一「小説世界の小説」を読む」前田龍之祐
Fマガジン8月号「ユートピアの敗北」をめぐってー山野浩一「小説世界の小説」を読む」(前田龍之祐)
季刊NW-SFの山野浩一連載評論「小説世界の小説」でのユートピアSF、特にウエルズについての批評を中心に、ウエルズの「ユートピア志向とその限界」というジレンマを焦点をあて、そこから山野浩一のスペキュレイティヴ・フィクションへ向かう歩みを示す。「小説世界の小説」を直前に読んでいたので(NW-SFvol18「現実としての未来世界ーハインラインとウィルヘルム」)、 明快で関連図書への言及も多い本論考は、大変示唆に富む内容だ。今後への意思表明も頼もしい。(2025年1月のSF乱学講座が大変楽しみである)
https://wiki3.jp/SF_Rangaku/page/7
〇フィクション
「クーリエ」劉慈欣
音楽SFの要素もあるかな。短いが完成度は高く叙情性も味わいがある。
◇SFマガジン2015年10月号
伊藤計劃特集。が、作品自体が収録されているわけでもないこともあり特集についてはスルー。
○フィクション
「彼女の時間」早瀬耕
今のところSFマガジン収録作のみ読んでいる作家だが、どの作品も素晴らしいので、今回も読んでみた。当時初めての短篇だったらしい。『グリフォンズ・ガーデン』の後日譚ということで、未読なので関連は分からないものの、時間をテーマにした日本SFらしい抒情感のある系譜にあるものて、これも完成度が高い。どちらかというと寡作な作家だが筆の確かさは間違いない。
「苺ヶ丘」R・A・ラファティ
薄気味悪い三兄弟の住む<苺ヶ丘>。短いがインパクトの強い残酷童話。いやあさすがだなこれ。
「罪のごとく白く、今」タニス・リー
いつか読もうと思っているうちにどんどん入手困難になっていく感じのタニス・リー。イメージは鮮やかだが、こうした正調ファンタジイいまだに自分の分野とはいえない感じがあって入りこめないところがある。いやもうこちらもイイ年なんだけどねえ。(この年タニス・リーが亡くなっており、掲載は追悼的な意味もあったようだ)
11月のSFファン交流会にも参加。
www.din.or.jp
テーマは「歴代未訳海外SF紹介というお仕事」!翻訳作品を紹介する貴重なお仕事を続けている方々に海外SF愛好者としてほんとうに頭が下がる思い。情報収集や翻訳にあたっての生のあれこれが伺えて非常に楽しかった。ありがとうございました。
※2024年12/31追記 10/13には安部公房展にも出かけた。
koboabe.kanabun.or.jp
精力的な活動がわかる展示で、まさしく巨人ともいうべき幅広い分野(小説だけでなく演劇、また音楽への関心)での芸術表現の一端に触れることが出来た。ワープロの早い段階での導入は知っていたが、タイヤの開発(!)など文筆の世界では当時異色ともいえるテクノロジーに対する優れたセンス、パートナー安部真知との共同作業などなど発見は多かった。遅ればせながらもっと読まなくては。