異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2025年4月に読んだ本と参加した読書イベント

 4月分。
◆『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』R・F・クァン

 話題の作品だが、基本的には科学性よりイマジネーションに重きを置いたサイエンスファンタジーといえるだろう。世界各地から言語の天才を終結させ国力としている大英帝国とその中核を成すオックスフォードが舞台。言葉の支配する魔術的な世界を驚くほど多様な言語の断片から構築する。そしてそこで繰り広げられるのは実にヘヴィなレジスタンスの物語。圧倒された。
◆『ソラリス』漫画:森泉岳土原作:スタニスワフ・レム

 ソラリスの海が美しく映像化されているのが感慨深い。いいコミカライズだった。
◆ダーク・ロマンス~異形コレクションXLIX 監修:井上雅彦

 久しぶりの異形コレクション。下記のSFカーニバルでのトークを聞くためにちょっと感覚をつかもうと思い、積んでいたこれを。どの作品も質は保証済みなのだが、特に良かったのは、じめっと気色の悪い王道怪談の櫛木理宇義経モンゴル脱出もの(?)伴名練「兇帝戦始」、50年代風異星SFものから驚きのラストが待ち受ける平山夢明「いつか聴こえなくなる唄」あたり。そしてNo.1は、未知のものを探究する喜びが純粋に凝縮されている上田早夕里「化石屋少女と夜の影」。正直<異形>の怪奇・恐怖と作品の芯が若干異なる印象もあるが、この幅の広さもまた<異形>の大きな魅力だろう。
SFマガジン2022年6月号

 アジアSF特集。ミニ特集として、同時期の文藝の特集とコラボした文藝×SFマガジン「出張版 韓国・SF・フェミニズム」も含む。
○フィクション
特集関連作品。
「我々は書き続けよう!」韓松
 古今東西の作家がみんな宇宙人だったというアイディアは完全に冗談SFなのだが、意外と広がりと抒情性のある作品になっている。韓松侮れないなあ。
「星々のつながり方」昼温
 宇宙に出られる者と出られない者が存在する、という設定で、当初ディレイニー「スター・ピット」を想起した。が、本作では平均値から外れた側が差別を受けるというかたちで選別のあり方が異なり、同調圧力めいたディストピアとその先の変貌した人類が登場、またそこにシスターフッドのストーリーが描かれるなど様々な要素がある。どちらかというとさわやかなレジスタンスの物語といえそう。
以下は文藝×SFマガジンの韓国作家作品。
「0と1のあいだ」キム・ボヨン
 時間旅行機が登場するが、どちらかというと子どもの教育に悩む母親を主人公に人間の悲しさと社会の閉塞感が滲み出てくる作品。時間テーマというのは取り返しのつかない過去を浮き立たせるのに好都合なツールであろう。味わいとしてはヴォネガットに近い印象。
「データの時代の愛(サラン)」チャン・ガンミョン
 非常に洗練された近未来ラヴ・ストーリー。短篇集の先行掲載で、読んでみたくなるね。
アスファルト、川、母、子」イサベル・ヤップ
 冥界と現世を隔てる川に住む女神の話だが、現れるのは麻薬戦争で犠牲になった子供たちという現代社会が直接反映されている。ずんと心に残るようなフィリピン作家によるヘヴィなファンタジーである。
「さあ行け、直せ」ティモンズ・イザイアス
 放置されていたパンダ型枕が意外な活躍を見せる話。
〇ノンフィクション
特集関連。
・「韓国発の新しいSF」チョン・ソヨン×ファン・モガ×すんみ
 文藝関連の鼎談。韓国のSF文学状況や作家たちの考えが伝わってくる内容。
特集外。
・SF作家としてのR・A・ラファティ〈後篇〉 井上央
 創作物につきまとってしまう欺瞞を離れ、「真実」をつむぎだそうと歩んだラファティのSFやフィクションに対する精緻な分析。大変面白かった。(前後篇通じての感想)
・ 戦後初期日本SF・女性小説家たちの足跡 第二回「光波燿子、安岡由紀子、美苑ふうー『宇宙塵』の熱き時代(後篇)」伴名練
 毎回非常に細かく資料を追っている様子が伺えるが、安岡由紀子の作品の様々なアプローチも興味深いが、もと皇族の美苑ふうの活発な創作・ファン活動にも目を引かれる。どちらも作品を読んでみたくなるがアンソロジーとか出ないかな。当時の社会状況として女性作家たちが活動を続けるのが難しかったことにも言及がある。さらにコンテストの問題(結果が発表されなかった回があった)も結果的に第一世代に女性作家が少ない影響した可能性や、それに付随してコンテスト形式以外で人材登用することになり選別する側が男性に偏っているために男性に偏った可能性などが考察されている。全く関係ないが、1964と65年の宇宙塵人気投票で山野浩一がランキングに入るなどなかなか気になる並びだった。で、そのランキング中で手元にあった眉村卓「時間と泥」を読んでみた(1964年第 2位)。破滅に向かい(結果的に)人類に占領される宇宙人の視点から描かれる陰鬱な視点がユニークな作品だ。この頃の「宇宙塵」のセレクションはNW的な観点でみても面白いかもしれないとちょっと思った、
・SFのある文学誌 長山靖生
 小酒井不木の4回目。拾い読みのみしかしていない連載だが、小酒井不木の話は面白いな。ちゃんと読んでおけば良かったなあ。
・さようなら、世界<外部>への遁走論 第8回マシン・ゾーンと幸福な監禁 木澤佐登志
 今回はパチンコやカジノを建築構造的に分析、スキナーの行動分析へとつなげていく。これもなかなか面白い。今更だがこの連載は2023年に書籍化されてたんだな。購入しておくかな。
SFマガジン2016年6月号

 この号はフィクションの感想のみ。
〇フィクション
 「双極人間は同情を嫌う」上遠野浩平
 ○○人間のシリーズは何度か読んでいるが、全体の設定にあまり興味が湧かないこともあってか、本作での(作品背景をふまえた)対立構造がよくわからず、盛り上がりのないプロットとしかとらえられなかった。
「月の合わせ鏡」早瀬耕
 ランダムにこのシリーズを読んでいるが、研究者の日常がよく描かれているところが良いそこで、結構悲痛なエピソードが織り込まれるのだが、基本的にはエヴリデイマジック的なさりげなく心に響く様々なSFアイディアが展開されるのが面白い。本作も期待通り。良いシリーズだと思う。
「牡蠣の惑星」松永天馬
 先生と生徒という非対称な関係による嗜虐のイメージをグロテスクに展開させた独白形式の一編で、詳細な設定などは語られない。直截的な描写についてはバロウズよりマイルドといった印象。前回読んだ「神待ち」よりも全体の表現の方向性が伝わりやすい感じがあった。近年だと文芸誌にもみられるような作品だと思われるが、SFマガジンでも名前をみることがしばしばあることについてはちょっと興味を覚える。
「天地がひっくり返った日」トマス・オルディ・フーヴェルト
 突然天地がひっくり返った世界で、失恋した主人公のとった行動は。科学的ロジックは冒頭に少し触れられているものの、そこがポイントになるような小説ではなく、奇妙な世界の中で個人の思いがクローズアップされていくようなタイプの作品。スプロールフィクション的ともいえるかもしれない。ただモチーフはいかにも平凡であまり新鮮味はなく、これがヒューゴー賞というのもSFファンの保守性を現しているようにしか思えない。ただ作者はホラー小説も訳されているようで、そちらの評判は良いみたい。
「失踪した旭涯人花嫁の謎」アリエット・ドボダール
 これあまり言及されていないみたいだがこれ『茶匠と探偵』の<シュヤ宇宙>ものなのか!宇宙船が子宮から生れるというとんでもない設定で驚かされた(とはいえゲテモノではなく非常に練り上げられた東洋趣味がユニークで面白かった)が、舞台は地球の人探しハードボイルド。(本作の紹介文をまとめると)この世界では鄭和ポルトガルより先にアメリカ大陸に到達、明とアステカ帝国が友好関係を結び輸入した兵器でスペイン人を撃退。さらには白人によるアメリカ合衆国も結局成立するという設定になっている。つまり西洋文明より先に中国とアステカの影響力が広がっており、アメリカ合衆国はあるものの、我々の知るアメリカ合衆国より白人の勢力が後退した世界になっているというなかなかにひねった設定である。本作については大掛かりなSFアイディアはなく、事件にそうした改変歴史世界のあり様がからむのが読みどころ。派手さはないが探偵物のツボを押さえていて非常に良い。実は(楽しんだものの)『茶匠と探偵』、設定があまり飲み込めていなかった。今回背景がつかめてきたので、読み直したくなるね。

 今まで参加していなかったSFカーニバルに今年は行ってみた。異形コレクショントークを聞きに、それから翻訳SF界のホープで医師としても活躍されている鯨井久志さんのサインをいただきに。
store.tsite.jp
 初めて代官山蔦屋書店に行ったがオシャレでしたね(<他になんかいえないのか)
 GW突入ということで大変にぎわってたなあ。
 異形トークは楽しい中にも、年月の重み、そしてSF・ホラーへの影響力の大きさをひしひしと実感できる内容だった。
 鯨井久志さんのサインもスラデック『チク・タク(×10)』にしっかりいただいてきた。


 そして意図していなかった本が増える例のアレ。今回は2冊と少ないのでセーフ(笑)。