異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 連載「奇妙な味を求めて」 第3回『カリブ諸島の手がかり 』T・S・ ストリブリング


~驚愕の異色ミステリ「ベナレスへの道」が収録された連作短篇集~
 1929年に出版された作品で、舞台は同じ時代の植民地の状態から脱していないカリブ諸島。
 主人公はアメリカから来た心理学者のポジオリ。素人探偵ポジオリが色々な島で謎解きに挑戦するというシリーズである。
エラリー・クイーンが再評価に尽力したという一部ではよく知られたシリーズで日本では1997年に出版、2008年に河出文庫から再刊されている。
 訳者がこれまた作家として曲者ぶりを発揮している倉阪鬼一郎氏であることから、普通のミステリではないことが既にわかるだろう。
「亡命者たち」 ベネズエラを追われた独裁者ポンパローネがオランダ領西インド諸島キュラソー島に逃げ込んだその泊まっていたホテルのオーナーの死体が!ポジオリ初登場の作品らしい。決して派手とはいえない謎解きだが、なかなか意外な展開になる。
「カパイシアンの長官」 
 前の事件で名を上げたポジオリ。今度はハイチの都市カパイシアンの長官ボワロンの下への出頭を要請され、反乱軍のヴードゥー教まじない師ジョン・ラフロンドの正体を暴くことになる。残虐な相手のところにやむなく潜入せざるを得なくなるポジオリの嘆きがなんともいい味で、スリリングな本格的冒険小説の様相を呈してくる。世界初の黒人共和国となりながら政情不安定でアメリカの占領下となった複雑なハイチの事情も背景として生かされている。舞台となるラ・フェリエールは世界遺産だそうだ。
「アントゥンの指紋」 いつの間にか名声の高まったポジオリ、マルティニーク島の銀行強盗の捜査協力を依頼される。
 その土地の建築物の装飾が犯罪の複雑性と関連があるとする理論に固執するポジオリの理論派特有の意固地さがおかしい。
挑発するド・クレヴィソー勲爵士とのやり取りが絶妙。
クリケット」 
 もうすっかり有名人のわれらがポジオリ。バルバドス島で起こったクリケット試合後の変死事件について、偶然島に居合わせた先生は捜査を手伝うことに。ミステリとしても傑作だが、解説にもあるように最後の皮肉が強烈。一種のミステリ批評的側面をもつ作品とも感じられ、侮れない。
「ベナレスへの道」 驚愕のラストとして知られる作品。
 度重なる事件に疲れたのかポジオリ先生、トリニダード島ではのんびりして気まぐれにとある寺院で一夜を明かす。帰宅してその寺院の祭壇に、前日見かけた結婚式の新婦の首切り死体が発見されたことを知る。
新郎が犯人として捕まったものの、納得がいかない先生は「真犯人は別に!」なんていってみたら、今度は自身が最有力容疑者に!(そりゃそうだよ・・・) 。
 という話だが、事前にあれこれ予想していたにも関わらず謎解きもラストも斜め上。こういうのは好みです。
 やはりこれが集中No.1。 
 洞察力はあるがあくまで素人探偵のポジオリが、とある事件を解決して評判になりカリブ海の島々で名探偵としての活躍を期待されてしまう、といういわゆる<巻き込まれ型>の主人公で、危険なことになると逃げ腰だったり挑発されるとむきになったりするところが可笑しい。かといって完全にコメディというわけでもない重さや皮肉な風味があり、オフビートな展開も合わせ、他にない独特の雰囲気を持っている。さすがに今となっては古い人種差別的な視点も多少見られるが、シリアスな作品も高い評価を受けている作者らしく立ち位置は基本的には誠実であり、本作品の背景にも宗主国の傲慢や欲望や差別意識といった植民地らしい要素が上手く取り入れられているので、時代を越えた面白さがある一方でこの時代らしい風俗や思考などの読みどころがあるのも嬉しい。(2016年9月22日)