異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 連載「奇妙な味を求めて」 第4回『エステルハージ博士の事件簿 』アヴラム・デイヴィッドスン

~異能作家のなんとも不思議な傑作~
 なんとも不思議な本なのである。
 19世紀と20世紀の変り目の東欧、架空の小国スキタイ=パンノニア=トランスバルカニア三重帝国が舞台。
多岐に渡る分野の博士号を有する上に(なぜか)私兵を雇う資格まで持つ博覧強記のエステルハージ博士が8つの事件を解決する連作短篇集でいわゆる探偵ものといえるが、ミステリの他にホラーやファンタジーなどの要素も加わって枠に収まらない魅力を湛えている。
 このユニークな作品の持ち味は設定にも現れている。
 架空の国ながら全てが架空というわけではなく現実の歴史とも重ねあわされていて(殊能将之氏の解説によると「三重帝国とは第一次世界大戦以前にあり得たかもしれない文字通りのユーゴスラビア(南スラブ人の国)」、現実と非現実の境界線が意図的に曖昧なものになっている。
 1976年度世界幻想文学大賞の短篇集・アンソロジー部門を受賞しており、著者の最高傑作との呼び声も高い作品である。
 巻頭の「眠れる童女、ポリー・チャームズ」見世物小屋の眠り続ける童女の話で不気味さと切なさがあいまってなんとも素晴らしく(異色作家短篇集『狼の一族』にも収録されている)、時代錯誤なドタバタ劇ながらどこか哀感を漂わせる「エルサレムの王冠、または告げ口鳥」、弱者への共感にあふれた「熊と暮らす老女」、奇妙な宗教を描きながら落語めいた「神聖伏魔殿」、交霊術など大時代がかった道具立てのアナクロニズムが濃密な空気を醸し出している「イギリス人魔術師 ジョージ・ペンパートン・スミス卿」、とある地方の伝説に関する謎解きが胸にじんわりしみる「真珠の擬母」、金の指輪を売りさばく男の謎が鮮やかなオチに結びつく「人類の夢 不老不死」、エピローグのように美しい余韻を残す「夢幻泡影 その面差しは王に似て」と一作ごとに異なった味わいである。
 この三重帝国、言語・宗教・社会体制など複雑で一言で言い表せないような国である。 
 各短篇とも基本のモチーフは古典的で親しみやすくところどころで三重帝国の歴史や文化が明らかにされていくのだが、その語りは行ったり来たりしばしば脱線するという独特のものであり、国の実態は杳としてとらえられない。しかしおぼろげながら立ち上がってくるこの異国情緒にあふれた幻想的な国はちょっと不気味ながらどことなくユーモラスでノスタルジック、実に魅力的だ。
 またこの国、政治的に不安定あることもちらちらと触れられており、いつか消えていく運命であることが暗示されている。
 この作品の主人公はエステルハージ博士ではなく、この国そのものであるともいえるだろう。
 そして読み進むうちに身近に感じられるようになったこの国が、最後の作品を読み終えてしまうと旅の終わりのような離れがたい一抹の寂しさにおそわれる。
 こんな奇妙な作品集は他にないだろう。
 本書の成立過程も面白い。
 著者アヴラム・デイヴィッドスンは上記の他にMWA賞アメリカ探偵作家クラブ賞)にSFのヒューゴー賞も受賞しているという幅広い分野で評価された作家なのだが、一時すっかり忘れ去られた作家となっていた。その再評価に大きく貢献したのが本書で解説を担当しているミステリ作家殊能将之氏である(ご本人は奥ゆかしくも解説ではそのことに言及していない)。ホームページの内容がまとめられた『殊能将之読書日記 2000-2009』を読むと、2004年からアヴラム・デイヴィッドスンの原書に関する記述が多くなり、3月24日には奇想コレクションの新しい企画案として傑作選のセレクションをアップしはじめていた。結局これが2005年『どんがらがん』の刊行に結びつくわけで、いわば持ち込み企画といってもいいような流れである。(2016年8月27日)

 ※(023年8月追記)本書そのものは希少本になってしまったらしく、入手困難の様ですね。