異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 連載「奇妙な味を求めて」第2回ミステリマガジンのロアルド・ダール特集を読む

 ロアルド・ダールの『キス・キス』を再読しているうちに、ミステリマガジン2016年9月号を積みの山(罪の山?)から発掘した。
このミステリマガジンを読むとダールという作家への理解が深まる。
有名作品もちゃんと収録されているし、初心者(自分だ)にも親切な良い特集号だ。

 内容を紹介をしよう。
 まずは対談やエッセイから。
●対談 新訳で読む“ストーリーテラー”ダールの魅力 田口俊樹×杉江松恋
 優秀な飛行士としてのダール、視点の切り替えの面白さを持ち生まれ持ったストーリーテラーだったダールが紹介される。
●乱視読者の短篇講義(出張篇)ダールの「願い」を読む 若島正
 かさぶたのような日常的なものすら小説にしてしまうダール。
この項でも視点の変化をつける技巧が分析されている。 
●「ロアルド・ダール」との一夜
 こちらはミステリマガジン1966年12月号の再録で、常盤新平が対談の様子を記録している。
エラリイ・クイーンやレックス・スタウトの名前で失笑のような笑いをもらしているあたり、「作家としての自信のようなものを感じさせられた」と記している。
ミステリなどの系譜による位置づけを好まず自分は独自の作家であるという自負だろうか。
全体に気さくに質問に応じているものの気難しい一面をうかがわせる対談である。
ロアルド・ダールの映像世界 濱中利信
 ダールには「チャーリーとチョコレート工場」を代表として映像化作品が数多く存在する(その「チャーリーとチョコレート工場」に対するダール自身の微妙な思いについても書かれている)。
子供の頃に観たことがある「チキ・チキ・バン・バン」もダールであったことを本特集で初めて知った(内容はあまり覚えていないが)。
また女優で最初の妻だったパトリシア・オニールとの不幸な結婚生活にも触れられている。
たしかに『キス・キス』には夫婦の冷たい関係や意識の違いといった場面が頻繁に登場し、そこに本人の心の影を感じざるを得ない。
●飛行機乗りとしてのダール 宮崎駿
 これも再録(ミステリマガジン1991年4月号、追悼特集だったらしい)だが、短い訓練ながら優秀な空中戦のパイロットだったダールへの深い敬意と同時に戦争と戦争技術(そして人)へのアンビバレントな思いも感じられる宮崎駿らしいエッセイで非常に面白かった。
ロアルド・ダールはいつイギリスの作家になったか 宮脇孝雄
ノルウェー系の両親の元でウェールズ生まれ、イングランドの学校には馴染めなかったのではないかと考えられるダール。
どこかダールの一筋縄ではいかない作風の背景にあるような気もしたり。
そして最後に妄執に取り憑かれた人物としてグレアム・グリーン~ダール~J・G・バラードという系譜が提示されて、うならされる。
 小説。
「彼らに歳は取らせまい」
リビアで撃墜されて」
 前者は行方不明のパイロットが辿った運命を描いた幻想的な作品、後者は置かれている状況が分からなくなっている兵士の真相が次第に明かされるミステリ要素のある作品だがいずれも戦争の過酷さが重くのしかかってくるような後味は変わらず、前線に立っていたダールならではといえるだろう。
スモークチーズ
 発想のユニークさが光る小品ながら楽しい一作。
「南から来た男」
 恥ずかしながら初読だが、リゾート地のよくある一場面から思いもよらぬ展開で強烈なオチの名品。
ダールはこうした短編の長さの使い方が絶妙に上手い気がする。
「おとなしい凶器」
 これまた夫婦のギクシャクした関係が発端となるが、ブラックユーモアのカラーが強い。
 全体として、飛行士としても作家としても天性の優れた資質を持つ豊かな才能に恵まれた人物だが、厳しい人生経験のためもあってか、どこか狷介な一面を持っており人間に対しての厳しい視点が作品に現れているといった印象だ。
(あまり友人にはしたくない、いやあまり友人になれないタイプではないかと思う)
 さて蛇足気味だが、同じ号に小特集で<幻想と怪奇ー乱歩と漱石をつなぐ>というこれまたちょっと「奇妙な味」方面のものがあったのでついでに紹介しておこう。
世代も立ち位置も随分違う乱歩と漱石が共に影響を受けた(今では忘れられてしまった)作家レオニダス・アンドレーエフについて新保博久が新たな光を与えている。
その作品「狂気か正気か」日暮雅道訳(と同作品の乱歩訳ただし直筆ノートにあった未完の訳「我狂せり哉」)、や言及のある乱歩のエッセイ「スリルの説」、漱石彼岸過迄」の抜粋が掲載されている。
「スリルの説」にはスリルという感覚を鍵に様々な作品を集め論じ分けている。
小論といった分量だが乱歩の優れた批評眼が発揮されており時代を超え今なお読み応え十分だ。(2018年11月17日)