異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 連載「放克犬のおすすめポピュラー音楽本」 第10回『ヨット・ロック AOR、西海岸サウンド黄金時代を支えたミュージシャンたち』


~曖昧さがつきまとうジャンルながら発見の多い切り口を提示しているユニークなロック本~
 プリンスからP-funkへ、というのが自分の柱である!
 と、常々書いてきているのであるが。
 そういった音楽に突然運命的な出会う特別な一日が!、というような劇的なことが単なるリスナーである自分にあるはずもなく。
 いろいろなものを聴いてそこにたどり着いた、という至極当たり前の流れがあるわけで。
 インターネットもYoutubeiTunesSpotifyもない時代、若い方には想像もつかないだろうが、どうやって音楽に出会うかというとラジオであった。
 自分の場合は兄が既に洋楽にはまっていたのでレコードがあったりしたが、やはり影響が大きかったのがラジオ、番組はFENアメリカンTop40(DJはケイシー・ケイサム)である。
 チャート番組だから、内容はわからなくても、順位と曲がわかれば、リアルタイムでなにが売れているのかは把握できる。
 特に記憶に残っているのがマイケル・ジャクソンのRock With Youとクリストファー・クロスのRide Like The Wind(邦題:風立ちぬ)。
 たとえば違うチャートになるが、Billboardのを検索してみると、1980年1月にRock With Youが1位に、Ride Like The Windは4月にピークである2位に入っている。
 検索してみるとクィーンのCrazy Little Song Called Loveがヒットし、プリンスのI Wanna Be Your Loverが割と上位にまできていたりしていろんな動きが現われていることに気づくが、洋楽体験で最初の記憶となるとやはりマイケルとクリストファー・クロスとなる(ドナ・サマーも加えてもいいかもしれない)。
 中学1年の冬から中2になる頃にあたる。
 さて若者の成長(?)は早く、そうしたチャートの曲を聴きつつ(ホール&オーツやブロンディーあたりがセカンドインパクトかなあ)、メタルにはまり、プリンスの躍進に衝撃を受けたり・・・。
 と、個人的な思い出を連ねてしまったが、なにをいいたいのかというと、一人の音楽ファンがどのジャンルにはまろうがそればかり聴いているということはなく、(ちょっと飛躍をゆるしていただくと)全体を網羅した音楽史を記述しようとしても漏れる部分は少なからずあるだろうということだ。
 そんな中で質が高いながらも、ロックの大きな魅力である<抵抗>の要素が目立たないAOR(アダルトオリエンテッドロック)は見過ごされがちなジャンルであった。
 ジャンルといってもその領域はかなり曖昧。
 そもそもこれは和製英語で、日本でしか通じないジャンル。
 とりあえずどんなジャンルかを簡単にいえば、1950年代に確立されたロックも、時代を経てファン層が年長になり落ち着いた大人のものとして聴けるものを求められるようになってきたので、そうしたソフトなロックの市場ができて登場してきた、そんな音楽だ。
 ただ日本でこそある程度知られた系統の音楽だが、アメリカでは近年ようやくヨット・ロックという呼称で認知されるようになったということのようだ。
 その辺の経緯は昨年のミュージックマガジン3月号のヨット・ロック/AOR特集で長谷川町蔵氏が紹介しているが、AORの時代の秘話を出鱈目にドラマ化したコメディ「ヨット・ロック」がうけて、実際にミュージシャンたちが音楽をつくるようにもなったという流れのようだ(本書でも長谷川氏はドラマの紹介をしている)。 この「ヨット・ロック」という名には、リゾートで聴くようなタイプ、ジャケットにも海やサーフィンが頻繁に登場するというようなからかい半分のニュアンスでつけられている。
 昨年のミュージックマガジンの特集は購入したものの、なんとなくこの辺りが再評価がされているのだなあとぼんやりと思った程度だったが、最近ふと聴いた(これまた1979年発表で1980年のチャートで活躍した)ルパート・ホルムズPartners in Crimeがびっくりするほど良かったので俄然このジャンルに興味が湧いたのである。
 さて本書はそんなヨット・ロック、1970年代後半から1980年代前半にかけてヒットしたメロウなロック(主にアメリカ、それ以外の国のミュージシャンもいるが市場規模や音楽のイメージからするとそうなる)の制作にあたったミュージシャンとその復権を担っている現代のミュージシャンたちのインタビューを中心に様々な切り口で、いかに魅力のある楽曲が多かったか、面白い時代だったのかをみせてくれる。
 登場する曲を検索して聴きながら読んだが、当時多感なティーンエイジャー(ああちょっと恥ずかし!)として過ごしただけあって、本当に聴いたことがあるものが多かった。
 ミュージシャンの名前は意外に覚えていなくても。
 このジャンル、セッション・ミュージシャンが大きな役割を果たしている(なのでどこか似た雰囲気を漂わせている曲が多い)こともミュージシャン自身の個性が前面に出ない傾向があり、名前を忘れやすいということもありそうだ。
 ただこのジャンル根本的に大きな問題がある。
 あまりに曖昧なのだ。
 ソフト、メロウ、スムースといった雰囲気、ジャズやR&Bやカントリーのフレイヴァーといったところにある種の統一性を見出すことはできそうだが、登場する人によって意見は割れている。
 それは仕方ないのだが、曖昧なままに、「ニャット・ロック」と名づけた「ヨット・ロックと似て非なるもの」についての章まで設けられているのは悪ノリが過ぎる(客観的に説明できないものを内輪の好みだけで区別するオタクの悪い癖、そういうとこだぞ!)。
 ただ個人的にはこのヨット・ロック/AORというジャンルなかなか発見が大きかった。
 まずこの本で扱われているミュージシャンとミュージックマガジンで扱われているミュージシャンの重なりとずれ、米日の音楽観が現われている(ミュージックマガジンで1位となり中心として取り上げられているネッド・ドヒニーは本書では登場していないように思われる)。
 あとヨット・ロックの表面的な特徴はソフィスティケートされたジャズやR&Bというところにありそうだが、一方でカントリー要素というのも重要なのだと感じた(ある部分の中心はイーグルスなので)。
 それから読んでいてうれしかったことがそこかしかにあった。
 まずはジョン・オーツのインタビューが多かったこと。
 ダリル・ホールがどうしても目立つグループだが、ジョン・オーツの貢献はかなり大きいはずで(たとえばダリル・ホールのソロってホール&オーツとカラーが違うんだよね)、彼の意見がいろいろわかってよかった。
クリストファー・クロスが実はハードロック好きでリッチー・ブラックモアの代役をしたことがある話やフランク・ザッパがRide Like The Windのカヴァーをしたという話もうれしかった(ザッパのはYoutubeにアップされている)。
 長年クリストファー・クロスから洋楽に入った自分とハードロックやメタルを経てザッパのファンになった自分がつながったような気がした。
クリストファー・クロスありがとう!
 そういう意味では本書で多く名前の出るフリートウッドマックも長年愛聴していて、やはり結びついている。
 本書はそんな様々なつながり、を感じさせる本であった(とはいえ、当時からラジオやMTVでかかると“ハズレ”だなあと思っていたエア・サプライやリトル・リヴァー・バンドを聴き直す可能性は低いけど)。
 もちろんついつい陥りがちなノスタルジーのみではよろしくない。
 そういう意味では、最後の解説にあるヨット・ロック周辺での活動をみせる現代のミュージシャンたち(デイム・ファンク、メイヤー・ホーソーン、サンダーキャットら)が重要であろうし、そこへの言及があるのは大切なことだ。
 (とはいえ最近はあまり本書で扱われなかったリンダ・ロンシュタットリッキー・リー・ジョーンズを聴いたりしていたり。ま、それもいろんなミュージシャンへの関心を刺激してくれる良い本だということで(笑)(2020年5月2日)