~変化の激しい新しい音楽ジャンルをはじめ、生き抜いてきた人物の自伝~
ふとしたきっかけで最近ハウス・ミュージックをよく聴く。
一番影響を受け、なんといっても興味の中心であり続けたのは間違いなくP-funkなのだが、こちらの対談にもあるように1990年代初めにはクラブによく行っていて、その時にかかっていたのは主にハウスだった(仕事を始めてからクラブにはまるようになったので、仲間からはよく就職デビューとからかわれたものである(笑)。
なのでいちおう馴染みのあるジャンルなのである。
しかし、こういうクラブミュージックはその場で聴くのみだと同じ曲を再度聴き直すことはかなり難しい。
さらにはレイヴ、テクノ、トランス、EDMなどなど用語がどんどん変化するのでもう疎くなったおじさんには把握するのが無理かなあとあきらめかけていた。
が、dommuneで☆Taku Takahashiの話を聞いていて、ああなるほどまだ「ハウス」という用語が有効なのだなあという(大変基本的な)ことに気づき、iTunesなどで検索していた。
で、結局「ハウス」が、自分が昔聴いていたクラブ・ミュージックと一致する、あるいはその流れにあることを発見した。
過去の記憶というのは大きいもので、「そうそうこれなんだよなあ」と感じるのが「ハウス」である。
もちろん全部OKということはなく、例えばiTunesで引っかかってくるものだと「NYガラージュ」あるいは「シカゴ・ハウス」、{アシッド・ハウス」といったあたりになる。
で、ようやくこの本の紹介になる。
著者ジェシー・サンダースは「世界で最初のハウスのレコードを作った男」。
シカゴのアッパーミドルクラスの黒人家庭に生まれ、学業の合間に音楽と関りを持ち、DJとしてミックスを行う楽しさに目覚めていく。
本書ではゲイ・カルチャーから始まるハウス・ミュージックの原点を「ウェアハウス・ミュージック」として、ハウスと異なる呼称を使用している。
「ウェアハウス」というのはシカゴにあるゲイのクラブの名前である。
「ウェアハウス・ミュージック」はDJのフランキー・ナックルズやリル・ルイスがプレイしていた。
サンダースはその音楽に影響を受けたが、一方でもっと幅広い聴衆にアピールしたいと考えていた。
音楽的には「フランキー・ナックルズのスタイルはほかの何よりもディスコと結びついていた。一方で私はディスコのルーツから切り離されたサウンドを生み出すことに集中していた」そうだ。
本書は各エピソードが大変整理された形で記述されており、また時代や各地域の情報や多くの楽曲が言及されているのも参考になる。
またドラッグとの関連が取り沙汰されやすいジャンルであるが、本人はドラッグをやらないと書いており、イベントがドラッグと結びついている状況に心を痛め、クリーンなイベントを推進しようとしている姿勢があらわれている。
こちらも(クラブに行くとき飲酒ぐらいはしていたが)、基本スクエアな人間なので(観光でNYで一人でクラブを回っていた時、同じ世代くらいのおねいさまから「ドラッグ欲しくならないの?」とからまれてビビったことがあるくらいである(笑)、なんとなくシンパシーを感じる。
(ちなみにサンダースは、祖父は区長を務め、祖母は司書で慈善家の名士、二人の娘である母親は2つの学位を取得し3つ目のために大学院まで行っているほどの家庭環境で、自身も大学に通っていた)
第八章の「はじめにジャックありき」の下りも興味深い。
これはサンダースの手掛けた曲“Can You Feel It”のチャック・ロバーツの声が入っているバージョンで出てくるとのことだが(動画検索するとちょっと違う名前の曲が出てくるが、ざっと見たところ歌詞は同じのようだ)、もちろんこれはキリスト教の説教をもじったもの(歌詞はこちら)。
注釈にあるようにこのジャック(jack)は「盗む」「接続する」を意味する。
ハウス・ミュージックのみならず、ヒップホップなど同時代に勃興した音楽における「引用」の重要性を暗示しているように思われるが、SFに詳しい人なら当然Jackといえばジャック・イン=没入のウィリアム・ギブスンである。
『ニューロマンサー』にはレゲエやダブ文化の影響がみられるが、こちらもDJミュージックで「引用」との関連は当然強い。
ちなみにさきほどの歌詞が入った曲は1988年ということで、『ニューロマンサー』から「引用」している可能性もある。
いずれにしてもギブスンの言語感覚の先進性がよくわかる。 また本筋で関係のない面白いものもいろいろある。
個人的にはポーラ・アブドゥルの下りには驚かされた(アルバムの曲で本人の声が使用されていたのは40%で、半分はメリー・ジェーン・ガールズのメンバーだったイヴェット・マリーンのものだったということがひょんなことからイヴェットからばれてしまい、<ヴァージン・レコード>がイヴェットを訴えたという話、ザ・芸能といった感じだ)。
もちろん自伝なので、解説にもあるように、もめ事(DJミュージックなので盗用の問題は当然頻繁に起こるようだ)について本人の都合の良いように書かれているところはあるだろう。
しかしこれまた解説にもあるように、開祖の一人でありながら、どちらかというと第一番目に名前が上がりにくい存在ながら、ジャンルに命を捧げるような立ち位置でなかったが故に、ある程度距離を取りながら業界で生き抜いたようなキャリアが、かえって本書の客観性を裏打ちし、それが成功しているように思われる。
全体に抑制とバランスが効いた筆致で、当方のようにこれからハウス・ミュージックに詳しくなりたい人間には、通史を押さえるのに格好の本だ。
巨大なジャンルになり隆盛を極めるDJミュージックだが、歴史が浅いこともあり、楽器演奏者によるドキュメントに比べると、そのはじまりや発達の過程に対する情報はまだまだ限られているため、本書は貴重な一冊である。(2019年12月29日)