異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 連載「放克犬のおすすめポピュラー音楽本 第3回『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』野中 モモ


 『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』野中 モモ
~様々な顔を持つポップスターのキャリアをコンパクトにまとめた入門書として最適な一冊~
 2016年1月10日世界中の人々を魅了し様々な分野に影響を与えたポップスター、デヴィッド・ボウイが亡くなった。
キャリアの最後を締めくくるに相応しい傑作『★』を発表したわずか3日後というファンを驚かせ続けた彼らしい衝撃的なものだったことはご存知の方も多いに違いない。
 2017年1月から東京でも開催された (実はリンク先にあるように生前に企画されていた内容だが)もキャリアほぼ全体を振り返ったもので大変素晴らしかった。
 恥ずかしながら当稿の書き手は80年代にスーパースターとなったボウイにはあまり興味を持てず、せいぜい90年代後半に『ロウ』などベルリン時代のアルバムの凄さや映画『地球に落ちてきた男』の美しさに気づいて徐々に惹かれるようになった後追い状態で、コンサートも行ったことがない熱心なファンとはとてもいえないことは告白しておく。
そんな状態なので発見はとても多く、全体の印象としては1960年代以降のポピュラー文化(ロックンロールを含めると50年代以降になるがリアルタイムで周囲のものを反映してきた足跡としては60年代以降といいたくなる)そのものを体現した人なのだなあということ。
 ミュージシャンという枠を超えたロックやポピュラー音楽だけでなくリンゼイ・ケンプから表現を学びSFや異文化からヒントを受けミュージシャンとしての表現力を高め、他にも例えば影響を受けた人物にマクルーハンの名が挙げられるなど幅広く自覚的にアンテナを張り巡らせていた。
実に探求心のある知性的な人であり、エレファントマンの舞台も映画より早かったしクラウス・ノミを見出したのもボウイだったのかと気づいたことは枚挙に暇がない(ノミとのパフォーマンスを収めたいかにも当時のポップアート系のいわゆる<パフォーマンス>っぽい感じもよかった)。
ヘッドホンから流れるボウイの音楽と展示物のシンクロも心地よく何時間でもいられる空間で、さすがにボウイだけあって見せ方が大変洗練されていた。
 ボウイの多様かつ長いキャリアを一言で説明するのは難しいが、初心者や後追いで知識を整理するのに格好の一冊がこの本である。
 どうしても成功したロックミュージシャンである側面から音楽面からのアプローチがなされやすいボウイでキャリアを振り返る上では中心となるのはもちろんのことで、本書もそこはきちんと押さえつつ、映画や演劇やアートにも活動の幅を広げたボウイが影響を受けたマルチタレント(アンソニー・ニューリー)・作家(ウィリアム・バロウズ)・映画(『アンダルシアの犬』)・シャンソン歌手(ジャック・ブレル)・画家(易経からヒントを得たという即興の話が面白いピーター・シュミットやエーリッヒ・ヘッケル)などなど多方面かつしかも世界のあらゆる文化からヒントを得ようした視野の広さが随所に挿入されているところがよい。翻訳家である著者のタイトルなどの言葉遊びや引用には説得力があり、長年ポピュラー音楽を聴いてきた身としてはその分析の精度が非常に高まっていることが実感できて嬉しい。
 本書には少女漫画を初めとする日本の漫画文化への影響についても記述があり、これまた日本のファンにとっては楽しい部分だろう。
 全体としてコンパクトかつポイントを押さえていて、手に取りやすい新書形式ということもありしっかりとボウイの基本を把握したい人に最適な入門書であり、知識を整理したい人にもおすすめである。
ボウイはポピュラーミュージックのアーティストというより、ポピュラーミュージック(ロック)を使ってポップ・アートを表現したポップ・アーティストだったんだなあというのが。
これからもいろんな角度から見直すことことができる人だろう。
 ついでにSFファンとしてもう1冊紹介しておこう。
 SFマガジン2016年4月号である(現在は古書でしか手に入らないかもしれない)。
ボウイが亡くなって間もなく急遽組まれたSFマガジンのボウイ追悼号は、SFマガジンでは初めてミュージシャンが表紙ということでそのジャンル横断的な個性を象徴する話だが、その時空を超えていくようなポーズがなんとも美しい。
 また追悼エッセイのうち吉田隆一「新たなる音楽遺伝子の誕生―『★』解題」は読み応え十分の正攻法の音楽評論で、これがSFマガジンに載っているということもジャンル越境のボウイをあらわしている。
ニール・ゲイマン「やせっぽちの真白き伯爵(シン・ホワイト・デューク)の帰還」にもボウイに対する深い愛情が感じられる。これも生前に発表されたものだがボウイの音楽の永遠性といったテーマは追悼に相応しいもので、一読をおすすめしたい。(2017年7月31日)