異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 連載「放克犬のおすすめポピュラー音楽本 第2回『アメリカは歌う。歌に秘められた、アメリカの謎』東 理夫


 『アメリカは歌う。 歌に秘められた、アメリカの謎』東 理夫
~歌は世につれ、世は歌につれ。アメリカの音楽と歴史の深い結びつきがわかる好著~
 さて第一回目はボブ・ディランの本を紹介した、このなんともとらえどころのないミュージシャンへの興味がいつ増したかはっきりしないと前回書いたが、大きなきっかけはある(ことを思い出した)。それは2006年から2009年にかけて彼がやっていたTheme Time Radio Hourというラジオ番組を聴いたことである(ピーター・バラカンの解説つきでInter FMでも放送されたが、ネットで聴くこともできる )。この番組の素晴らしさは毎回あるテーマに沿ってルー ツ音楽からヒップホップまで時代やジャンルを超えた幅の広い選曲に加え、それとシンクロしてディランらしいアイロニーと蘊蓄たっぷりの語りが切り込んでくるところだ。特に背景がわかりにくくピンとこなかったロックより以前の時代の音楽が、より立体的に感じられるようになった(まあ個人的にリスニング能力に限界があり、部分的にしかわからないところも多々あるのだが)。
 元々ボブ・ディランの音楽にはそういった学究的な要素があるのだが、この番組もポピュラー音楽大国アメリカを反映したものとなり、自然とアメリカの歴史がクローズアップされてくることになる。そして番組から立ち上がってくるそうした世界と図らずも(あるいは必然的に)シンクロしたのが今回第二回目に紹介する『アメリカは歌う。歌に秘められた、アメリカの謎』である。
 まず第一章で扱われるジョン・ヘンリーは機械とトンネル堀り競争をした伝説の黒人鉄道工夫で、著者は史実と彼をテーマにした曲から、その実像と悲哀に満ちた労働者たちの思いを追う。
 インパクトが強いのは第二章かもしれない。カントリーの世界にはマーダー・バラッドという実際の殺人事件を扱ったものが数多く存在する。この章の冒頭に登場するBanks of the Ohioは結婚に同意してくれなかった恋人を殺して岸辺に埋めるという事実だけが歌われる全く胸の悪くなるような内容だが、その放り出されたような脚色のなさが現代の音楽ではあり得ないストレートなインパクトを持っている。そして著者はその背景に貧しく独特なアパラチア地方の”ヒルビリー”文化の歴史があることが解き明かされる(現在ではトランプ支持者が多いことが知られている地方であり、読み返すとまた興味深い)。
 個人的に長らく親しんでいるブラックミュージックと関連が深い第三章は黒人奴隷たちが作り歌ったニグロ・スピリチュアルの歌詞に込められた裏の意味についてで、大変スリリングであった。特に注目したいのはハリエット・タブマンで、解放奴隷になってから今度は危険を顧みず約300人の奴隷を解放し、今や20ドル札に肖像が使用される予定というぐらいの偉大な女性だが、当然大変な猛者でもあり、ディランのラジオでは常に銃を携え、途中で気が変わり元の奴隷主のところに戻ろうとする者がいるとそのことで皆が危険にさらされるので「行くか死ぬかどちらかだ!」と脅していたという是非映画化して欲しい人物である。
 第四章では、夫のスキャンダルに巻き込まれたヒラリー・クリントンによるコメントから、時代の変化により男女の意識が変わることで保守層の女性たちの心理が揺らいでいく様子が歌詞の変遷に現れているということが示されている。
 全体にポピュラー音楽には正史から虐げられた人々の声がよく反映されていることが伝わってくる一冊で、ますますポピュラー音楽を深く聴き込みたくなる。そんなところが本書の大きな魅力である。(2017年7月22日)

(読んだのは旧版の方なので敢えてそちらのリンクにしました)