異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2017年12月に読んだ本

うーん今月も多くないなあ。
今月も怪奇幻想読者会に参加させていただいた。
奇妙な世界の片隅で 怪奇幻想読書倶楽部 第11回読書会 開催しました

今回は吸血鬼特集ということで『吸血鬼ドラキュラ』はまだ読了できていないが、下記のように吸血鬼関連を読んだり。
あと年間ベスト企画では(新刊に限らず各人の今年読了本)3作挙げさせていただきました。これは最後に。
2次会も盛況でちょっとした読書忘年会をとなり実に楽しかった。
主催のkazuou様ありがとうございました。

・『医学探偵ジョン・スノウーコレラとブロード・ストリートの井戸の謎』サンドラ・ヘンペル
 「疫学の父」ともいわれるジョン・スノウとその名を高めたロンドンのコレラ感染被害についてのノンフィクション。タイトルからすると、一人の天才が多くの生命を救ったというスカッとするような偉人伝ものが想起されるが、当時の医学や社会体制まで幅広い内容が含まれ、貧富の差がひどく非衛生的でな社会状況に加えジョン・スノウの分析結果を全く受け入れられない政界や医学界など読後感はさわやかとはほど遠いものがある。インフラを担っているにも関わらず杜撰な企業、無能な政治家、固定観念にとらわれた医学界をよそにうず高く積まれる犠牲者とどこかでみたかのような悪夢の世界である。時に散漫で冗長ともいえるほどもりこまれたエピソードにはこの時代が様々な点で現代医療のまさに黎明期であることを伝えてくれるし、ディケンズはじめ同時代の有名人の話もまた楽しい。スノウが麻酔科の草分けでもあったことには初めて知った(そのことは彼の理論に影響を与える)。それにしても、病原体の特定にはいたらず瘴気説が幅を利かせていたため理が通っているにも関わらずスノウが無視されていた経緯には暗澹たる気分にさせられる。人間の愚かさを思い知らされる。
・『きみの血を』シオドア・スタージョン
 吸血鬼と聞いて思い出したのが本作で短いこともあり再読してみた。虐げられた人物の描写は独特かつ秀逸で毎回感心させられるが、コアとなるアイディアはまあ特別すごいというわけでもなく、やはり一風変わった小品といったところだろう。
・『感染症と文明ー共生への道』山本太郎
 上記のジョン・スノウに関する本が面白かったので感染症全般に関する本も読んでみた。コンパクトに感染症と人間社会の歴史が専門家の視点でまとめられていた。病原体が自らを広めるために人体に適応していく過程で感染症が発生する。しかし病原体の毒性が強過ぎて人間という宿主が死亡してしまうと広く沢山蔓延させつという病原体側からの観点では不利となってしまう。その病原体の人体への適応過程にはまだまだ現代でも謎が多く、歴史上でも突然現れて消えた解明できていない感染症があることが大変興味深かった。また文明や文化と感染症の関わりについての言及もあり面白かった。
・『血も心も』エレン・ダトロウ編
 原題Blood Is Not Enoughとあるように古典的な吸血鬼だけではなく魂やら感情やら意識やらいろいろなものが吸いとられるアンソロジー。作品としても正統派、スプラッタ、詩、サイバーパンクとバラエティに富む。特に面白かったのは、オーソドックスながら首輪という道具立てが効果的なキルワース「銀の首輪」、これも特に新しいアイディアではないがやっぱり巧いライバー「飢えた目の女」、不気味な木のイメージがよいリー「ジャンフィアの木」。それからドゾワ&ダン「死者にまぎれて」ホールドマン「ホログラム」の2作もかなりエグい題材だがなかなかインパクトがあった。特にナチス収容所と吸血鬼テーマを扱った前者は物議をかもしたのもやむを得ないところだろう。しかし一番好きなのは20世紀初頭のロシア作家アンドレイエフの「ラザロ」。奇妙でいて深い味わい。異彩を放っていた。そうそう、ハーラン・エリスン「鈍刀で殺れ」には作品の半分ぐらいの長さのあとがきがついていてむしろそっちの方が作品以上に面白くて、らしさ全開だった(笑)。
・『吸血鬼カーミラ』レ・ファニュ
 吸血鬼ものの古典「カーミラ」は女性同性愛的なモチーフは先駆的だが、短めで小説そのもの自体は平均的な部類に感じられた。他オーソドックスな怪奇系作品がならぶ中で、恨まれた判事が謎の裁判を受けるという「判事ハーボットル氏」には裁判の場面にユーモア風味があり、のちのカフカ的な不条理小説に近いものがあり印象的だった。

おっと忘れそうだった年間ベスト3作(新刊に限らず、順不同です)。
・『アンチクリストの誕生』ぺルッツ
 これについては前回話した通りで、とにかくストーリーテリングの見事さにうならされた。まだ他の作品は読めていないが・・・。
・『スウィングしなけりゃ意味がない』佐藤亜紀
 ナチスドイツの政権下の自堕落な若者たちという意表をついた題材であっと驚かされた青春小説。個人ではどうしようもない状況の中で圧力に抗いながら放蕩を続ける主人公たちが魅力的。作者は作品ごとにいろんな国・時代背景を扱うが、いつもスリリングで特に近作は毎回傑作。
・『異世界の書』ウンベルト・エーコ
 2015年の本で既に入手困難(涙)。初エーコがこれで他は未読。15章に分かれ様々なタイプの異世界に関する伝説が歴史を追って豊富な資料と図録で紹介される、ちょっと類を見ないぐらい凄い本だった。伝説などについて大いなる興味を持ちつつ幅広く深い知識でしっかり検証する知性的な距離の取り方が素晴らしい。1年以上かけてちびちび読んだ。

2017年11月に読んだ本

変わらず低調・・・。

度々参加させていただいている、kazuouさん主催の怪奇幻想読書会
kimyo.blog50.fc2.com
でウェルズがテーマだったのでこれを機会に積んでいた本含めいろいろウェルズを読んでみた。

『未来を覗く H・G・ウェルズ ディストピアの現代はいつ始まったか』小野俊太郎
 小野俊太郎氏は文芸評論家でSFやホラーなどのテーマも多く手掛けており、以前読んだ『フランケンシュタインの精神史』
funkenstein.hatenablog.com
も非常に面白かった。本書もウェルズの 作品世界を幅広く解析した好著。特に当時の戦争との関連について論じた第4章には蒙を啓かれた。

『神々のようなひとびと』H・G・ウェルズ
 1922年。ふとしたきっかけで別の世界に入り込み、当時の現実世界との対比が行われるというユートピアもの。地球と他の星とを比較するというその後も見られるフォーマットを既に使っているウェルズはやはり早い。文明論的なところは時代のずれもあってか、読みづらかったりピンとこないもころもあるが、中盤のサスペンスなどはなかなかよく書かれている。

『神々の糧』H・G・ウェルズ
 似たようなタイトルだがこちらの方が随分古く1904年。開発された物質で生物が巨大化して騒動になるいかにもパニックSFっぽい前半だが、意外にも後半はそれを摂取した巨人と従来の人類の対立が焦点となる。テクノロジーの暴走とその対処という図式を超えて、人間の変質にまで話が及ぶ視野の広さがさすがである。全然関係ないが、「神々の糧」にラテン語版タイムズという記述があって、ウェルズの頃にはラテン語がそういった幅広いレベルで使用されていたことを知った。

三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』パク・ミンギュ
 シミルボンに投稿
shimirubon.jp

『水から水へ』北野勇作
 ユニークな作品と作家そして企画を届けてくれる≪惑星と口笛ブックス≫
dog-and-me.d.dooo.jp
から短篇を販売する<シングルカット>シリーズが登場。インディーズらしく清新な空気を呼びこんでくれるところが嬉しい。
さて『水から水へ』だが、ドメスティックで懐かしいようなちょっと怖いような世界を構築する作者らしい作品で、いろんなイメージが連なっていく感じが心地よかった。最初の「水」、「釜」、「蛇」(想定外のものが出現するところがツボ)が特によかった。ところどころ終末感が漂うところも印象的。

2017年10月に読んだ本

変わらず低調・・・(京都SFフェスティバルに行ったりして読書関係としては楽しかったのだが)。

『泰平ヨンの現場検証』スタニスワフ・レム
 世評高い作品で泰平ヨンの記述の不確かさが導入となっているようなあらすじからメタフィクションっぽさが前面に出ていることを予想していたが、どちらかというと様々な社会像についてレムの思索が爆発したユートピア小説で二つの世界が対比されるところは『所有せざる人々』を想起させる。細部に腹を抱える要素はあるが思索が凄すぎて一読では消化しきれなかったというのが正直なところ。

『火の書』グラビンスキ
 『狂気の巡礼』がよかったので早速読んでみた。煙突を舞台にした怪異譚「白いメガネザル」、呪われた場所に固執する男「火事場」、カルト化する精神病院を扱った「ゲブルたち」(レムの「主の変容病院」を連想させる)、特殊な嗜好性が背景にある「炎の結婚式」、民話風の妖しさが漂う「有毒ガス」など19世紀末生まれ(1887年)とは思えないぐらい現代的なテーマと洗練された技巧の作家でしかもバラエティに富んでいて本書もまた素晴らしかった。全体的に取りつかれた人物の姿が印象に残る作品でもあった。またインタビューでは理知的でかなりの論客であることがわかる。

波津彬子選集 1 鏡花夢幻』
 リアル書店で目にして、鏡花は恥ずかしながらほとんど読んだことがないので漫画なら今後の導入にいいかなと思い読んでみた。日本風土の叙情を西洋的な手法を取り入れて描いていたことというのが発見だった。

猫SF傑作選 猫は宇宙で丸くなる』中村融
 以前にも突然オールディスが出たりSFファンを驚かせてきた竹書房文庫だが、この本の他にも最近ゼラズニイが出たり、<来年にはチャールズ・L・ハーネス The Paradox Men(中村融訳)、ルーシャス・シェパード〈竜のグリオール〉シリーズ短篇集(内田昌之訳)のほか、新作SFの翻訳や復刊企画も進行中です>なんという(特にオールドSFファンに)嬉しいニュースを届けてくれている。さて本書も大変楽しい猫アンソロジー。犬のお株を奪う孤独な男との友情ものダンヴァース「ベンジャミンの治癒」、カーニヴァルのどこか危険な魅力がはまっているスプリンガー「化身」、スタージョンらしいとしかいいようのない妙なドタバタ劇「ヘリックス・ザ・キャット」、未来の少女の日常から壮大なサスペンスへと展開するシュミッツ「チックタックとわたし」、短いがテンポのよい宇宙アクションのノートン「猫の世界は灰色」、様々なイメージに酔いどれの夢が見事に交錯するライバー「影の船」と粒揃い。

アンチクライストの誕生』レオ・ぺルッツ
 初ぺルッツだったが今年No.1の面白本だった。グラビンスキとほぼ同世代(1882年)でこちらも優れて現代的。ストーリーテリングが抜群で、前半とは予想出来ないくらいサスペンスフルになる表題作、ほろ酔い気分で歌に合わせて綴られやがて哀しい「霰弾亭」の長め2作、暗号もの「主よ、われを憐れみたまえ」が特によかった。他に「月は笑う」の怪奇趣味、「ボタンを押すだけで」のユーモア、実在の人物を扱った「夜のない日」のコンパクトな切れ味もいい。ラストの小品「.ある兵士との会話」はバルセロナが舞台になっていて、これまたタイミングがいいというかなんというか。

『透明人間』H・G・ウェルズ
 それなりにメジャーなモチーフでありながらどうしてもバカバカしさが払拭できず、映画化するとB級作品にならざるを得ない透明人間。まあラルフ・エリソン的なメタファーとしてのInvisibleというのはあるのかもしれないが・・・(未読です)。ともかく原点ともいうべき作品。そもそもがさすがにウェルズでもこんなものかというバカバカしさで、小さいスケールで乱暴者が狼藉を働くだけの小説。解説の作品が書かれた背景は興味深かったが。

2017年9月に読んだ本

今月もあんまり読めなかったなあ・・・。

『人形つくり』サーバン
 支配-被支配の関係性が根幹となる2中編からなり、教師や生徒が登場人物など共通点が多い。自然の力を有するような少年の不気味さが印象的な「リングストーンズ」、不穏さが徐々に高まりサスペンスフルな終盤を迎える「人形つくり」それぞれ面白かった。

10月の京都SFフェスティバルに向けてレム強化中。
『主の変容病院・挑発』スタニスワフ・レム
 リアリズム小説、架空書評、科学(風?)論説とバラエティに富むが全体にシリアスなトーン、随所に文明や人類に対する鋭い指摘がみられる。
『天の声』スタニスワフ・レムサンリオSF文庫
 本来は国書刊行会レム・コレクション『天の声・枯草熱』で読もうと思っていたが、持ち運びを優先して共に元々持っていたサンリオSF文庫版で読んでみた。宇宙から送られてきた謎の信号を解読する科学者をめぐる小説で、人間の認識の枠組みを問う(それを人間であるレムが追求するのだから自ずとその困難性が認識される)レムの科学的思考面での究極の作品とも言われている。煎じ詰めると<認識の限界>がテーマなので一般的なカタルシスが得られるような小説ではないが、常人非ざる思考力と幅広い知識を有するレムのこと鋭い指摘が随所にみられる。また語り手の科学者が「なぜ謎に取り組むのか」を自問したり、科学者自身が避けて通れない科学者社会の党派的な動きについても俯瞰的に描かれていることも重要だろう。ともすればこうして視点はフィクションであれば英雄的にあるいは理想化されて描かれてしまったり、看過されてしまいがちだがそこを指摘しているところにレムの凄さが感じられる。
『枯草熱』スタニスワフ・レムサンリオSF文庫
 連続怪死事件を追うミステリで、意外性のある結末を迎える。謎解きは明かせないが、なかなか楽しい作品だ。レムって割合と日常描写が上手いというか庶民的で味があるなあとも思った(序盤のところとか)。
 さて9月16日翻訳家でにレムも訳されている芝田文乃さんをゲストに迎えたSFファン交流会が開かれ、参加してきた。他に牧眞司さん(SF研究家、書評家)、橋本輝幸さん(SFレビュアー)、清水範之さん(編集者)。たっぷりレムの話が聞けて本当に楽しかった。皆さんの深いレム愛に感銘を受けたが、特に芝田さんの、実際にレムにお会いになった時のお話やグラビンスキからの影響関係の話(グラビンスキも訳されている芝田さんだがレムを通じて知ったらしい)が印象的だった。
 
『死都ブリュージュ』G.ローテンバック
 ベルギー奇想の系譜展などでベルギー絵画を観たりしていたらふとこのタイトルがなんとなく想起されたので読んでみた。1892年の作品で、愛する妻に先立たれ悲嘆にくれる男が妻にそっくりな女性と出会うというもの。筋はシンプルで長さも短いが、主人公自らが町と重ね合わされ、水のイメージが全体を覆う仄暗い幻想性が持ち味。当時のモラル意識も興味深い。

『妖樹・あやかしのき』夢枕獏
 久しぶりに夢枕貘を読んでみた。古代インドが舞台で冒険好きで何事にも動じない若き王子アーモンと従者ヴァシダが怪異に出会う物語。アーモンは九十九乱蔵に似てるなと思ったら、キマイラシリーズの原型らしい。タイトル通り異国情緒豊かな植物のイメージが核になっていてやはり安定の面白さ。

2017年8月に読んだ本

もう9月ですか・・・。とりあえず備忘録。

『解放されたフランケンシュタインブライアン・オールディス
 長年の読もうと思っていたが、ようやく読了。ストーリー的に軽いかな?と思ったところも荒俣宏解説ではきちんと解き明かされていてさすが。ただ個人的に『ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド』とか多少書きとばし気味の作品の方が割と好みかもしれない。オールディス流文学論も割合直接的に登場するのも興味深い。(そうそう、これ8月の初めくらいに読んだんだが、その後19日にオールディスが亡くなった。ニューウェーブSFを代表する作家・評論家で、実作の方はまだまだ未読が多いがその奇想や理論家としての視座には随分影響を受けた。R.I.P.)

『書架の探偵』ジーン・ウルフ
 書架にいる探偵、擬人化された(リクローン)本が探偵として活躍するという笑ってしまう設定がぬけぬけとそのまま本格ミステリとして進行する遊び心が楽しい一冊。近年のウルフは余裕綽々と楽しんで書いている印象がある。細部はいろいろ気になるのはいつもながらだが。

ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』西寺郷太
 『プリンス論』も良かったが、こちらも素晴らしかった。とかく軽んじられがちな80年代メジャーポピュラー音楽シーンをブラックミュージックの視点から精緻に検証し再評価をしていく姿勢には、80年代音楽育ちとして頭が下がる思いだ。ミュージシャンでトークもいける多方面にポテンシャルの高い著者だが、一方本職の音楽評論家たちはいったい何をしているのだろうという感想も出てしまう。

SFマガジン2012年5月号」
 読み切りのみ。
錬金術師(後篇)」パオロ・バチガルピ
(前篇は前月号) トバイアス・S・バッケルのThe Excutionessと同設定のシェアード・ワールドもの。魔術師や錬金術師の登場する異世界ファンタジーもの。しかし絶望的な状況と追い込まれた人物が見せる情念はいつもながら。面白かった。
この号はイアン・マクドナルド特集。
「ソロモン・ガースキーの創世記」不死を手に入れたナノ=エンジニアを主人公とするスケールの大きいSF。まあまあかな。
「掘る」火星を舞台にしたYA向けアンソロジー収録作。テラフォーミングではなく掘削で都市をつくるというアイディアがユニーク。
サイバラバード・デイズ』刊行記念特集だが、いずれもインドものではないのね。北アイルランド居住で英国周縁からの視点を大事にしているとわかるインタビューは良かった。

ある日どこかでリチャード・マシスン
 鮮烈なホラーの印象が強いマシスンだが、本編はタイムトラベルもののファンタジー。オーソドックスなラヴストーリーで基本的な骨格は実にシンプルだが、フィニイを踏襲した19世紀末の風物のディテールと抜群のストーリーテリングで飽きさせない。作品背景が詳細に紹介されている瀬名秀明氏の解説も素晴らしい。

『縮みゆく男』リチャード・マシスン
 これまたシンプルなアイディアをサスペンスフルに描くことができるマシスンの手腕が発揮された一編。なにしろタイトルで既に出オチみたいな話をカットバックの手法で(発表後60年経っても現代のスピード感覚で読んでいくことができるのだから。町山氏の解説のように豊かだったはずの50年代アメリカ家庭の父親が実存的不安にさらされているというのは納得だが、現代の眼でみると主人公は悲劇的な運命をたどるもののむしろつまらないプライドにこだわる自己中心的な人物だという印象で皮肉なコメディとしても読める。終盤の展開にはまた異なる面があるもののそこはバランスをとったということなのではないかと思われる(3つの解説にあるような文学的考察には正直違和感を覚える。基本的にマシスンは高い技量を持つエンターテインメント作家で理屈抜きに楽しめるところに最大の魅力があり、シリアスにも受け取れる面があるとしてもそれは結果的なものではないかと思う)。発表時期は異なるが「ある日どこかで」での真摯な主人公との描きわけにも作家としての幅の広さを感じさせる。

『トリフィドの日』ジョン・ウィンダム
 放射能の影響といういかにも時代を感じさせる内容たが、淡々と終末を迎える世界の状況を描くあたり英国SFらしい伝統が見られる。ただ破滅する世界の描写、主人公の心象風景などバラード的な終末感とは明らかに違いがあり、危機的な世界を特権的な立場の主人公が傍観者としてシミュレーションしているようなSFジャンルの長年の構造上の欠陥が本作にも現れている。