うーん今月も多くないなあ。
今月も怪奇幻想読者会に参加させていただいた。
奇妙な世界の片隅で 怪奇幻想読書倶楽部 第11回読書会 開催しました
今回は吸血鬼特集ということで『吸血鬼ドラキュラ』はまだ読了できていないが、下記のように吸血鬼関連を読んだり。
あと年間ベスト企画では(新刊に限らず各人の今年読了本)3作挙げさせていただきました。これは最後に。
2次会も盛況でちょっとした読書忘年会をとなり実に楽しかった。
主催のkazuou様ありがとうございました。
・『医学探偵ジョン・スノウーコレラとブロード・ストリートの井戸の謎』サンドラ・ヘンペル
「疫学の父」ともいわれるジョン・スノウとその名を高めたロンドンのコレラ感染被害についてのノンフィクション。タイトルからすると、一人の天才が多くの生命を救ったというスカッとするような偉人伝ものが想起されるが、当時の医学や社会体制まで幅広い内容が含まれ、貧富の差がひどく非衛生的でな社会状況に加えジョン・スノウの分析結果を全く受け入れられない政界や医学界など読後感はさわやかとはほど遠いものがある。インフラを担っているにも関わらず杜撰な企業、無能な政治家、固定観念にとらわれた医学界をよそにうず高く積まれる犠牲者とどこかでみたかのような悪夢の世界である。時に散漫で冗長ともいえるほどもりこまれたエピソードにはこの時代が様々な点で現代医療のまさに黎明期であることを伝えてくれるし、ディケンズはじめ同時代の有名人の話もまた楽しい。スノウが麻酔科の草分けでもあったことには初めて知った(そのことは彼の理論に影響を与える)。それにしても、病原体の特定にはいたらず瘴気説が幅を利かせていたため理が通っているにも関わらずスノウが無視されていた経緯には暗澹たる気分にさせられる。人間の愚かさを思い知らされる。
・『きみの血を』シオドア・スタージョン
吸血鬼と聞いて思い出したのが本作で短いこともあり再読してみた。虐げられた人物の描写は独特かつ秀逸で毎回感心させられるが、コアとなるアイディアはまあ特別すごいというわけでもなく、やはり一風変わった小品といったところだろう。
・『感染症と文明ー共生への道』山本太郎
上記のジョン・スノウに関する本が面白かったので感染症全般に関する本も読んでみた。コンパクトに感染症と人間社会の歴史が専門家の視点でまとめられていた。病原体が自らを広めるために人体に適応していく過程で感染症が発生する。しかし病原体の毒性が強過ぎて人間という宿主が死亡してしまうと広く沢山蔓延させつという病原体側からの観点では不利となってしまう。その病原体の人体への適応過程にはまだまだ現代でも謎が多く、歴史上でも突然現れて消えた解明できていない感染症があることが大変興味深かった。また文明や文化と感染症の関わりについての言及もあり面白かった。
・『血も心も』エレン・ダトロウ編
原題Blood Is Not Enoughとあるように古典的な吸血鬼だけではなく魂やら感情やら意識やらいろいろなものが吸いとられるアンソロジー。作品としても正統派、スプラッタ、詩、サイバーパンクとバラエティに富む。特に面白かったのは、オーソドックスながら首輪という道具立てが効果的なキルワース「銀の首輪」、これも特に新しいアイディアではないがやっぱり巧いライバー「飢えた目の女」、不気味な木のイメージがよいリー「ジャンフィアの木」。それからドゾワ&ダン「死者にまぎれて」ホールドマン「ホログラム」の2作もかなりエグい題材だがなかなかインパクトがあった。特にナチス収容所と吸血鬼テーマを扱った前者は物議をかもしたのもやむを得ないところだろう。しかし一番好きなのは20世紀初頭のロシア作家アンドレイエフの「ラザロ」。奇妙でいて深い味わい。異彩を放っていた。そうそう、ハーラン・エリスン「鈍刀で殺れ」には作品の半分ぐらいの長さのあとがきがついていてむしろそっちの方が作品以上に面白くて、らしさ全開だった(笑)。
・『吸血鬼カーミラ』レ・ファニュ
吸血鬼ものの古典「カーミラ」は女性同性愛的なモチーフは先駆的だが、短めで小説そのもの自体は平均的な部類に感じられた。他オーソドックスな怪奇系作品がならぶ中で、恨まれた判事が謎の裁判を受けるという「判事ハーボットル氏」には裁判の場面にユーモア風味があり、のちのカフカ的な不条理小説に近いものがあり印象的だった。
おっと忘れそうだった年間ベスト3作(新刊に限らず、順不同です)。
・『アンチクリストの誕生』ぺルッツ
これについては前回話した通りで、とにかくストーリーテリングの見事さにうならされた。まだ他の作品は読めていないが・・・。
・『スウィングしなけりゃ意味がない』佐藤亜紀
ナチスドイツの政権下の自堕落な若者たちという意表をついた題材であっと驚かされた青春小説。個人ではどうしようもない状況の中で圧力に抗いながら放蕩を続ける主人公たちが魅力的。作者は作品ごとにいろんな国・時代背景を扱うが、いつもスリリングで特に近作は毎回傑作。
・『異世界の書』ウンベルト・エーコ
2015年の本で既に入手困難(涙)。初エーコがこれで他は未読。15章に分かれ様々なタイプの異世界に関する伝説が歴史を追って豊富な資料と図録で紹介される、ちょっと類を見ないぐらい凄い本だった。伝説などについて大いなる興味を持ちつつ幅広く深い知識でしっかり検証する知性的な距離の取り方が素晴らしい。1年以上かけてちびちび読んだ。