異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 『三美スーパースターズ最後のファンクラブ 』パク ミンギュ

~全ての弱小チームファン・関係者に捧ぐ青春小説~

 2017年は記念すべき年となった。
 われらが横浜DeNAベイスターズが2年連続クライマックスシリーズ出場を果たし、19年ぶりに(クライマックス制になってからは初めて)日本シリーズ進出を果たしたのである。
 思えば長い道のりであった。現在の横浜に本拠を置いてから横浜大洋ホエールズ横浜ベイスターズ~横浜DeNAベイスターズと名を変える以前に川崎が本拠地であった大洋ホエールズの時代から応援してきたが、1998年に奇跡の日本一はあったものの短期間で元にもどり、ほとんどのシーズンで下位に低迷もちろん選手の知名度は低く朗らかにファンであることを公言するのもためらうような状況だった。
 それが親会社の営業努力で人気は向上、フロントの的確な戦力補強に監督・コーチの指導によりチームは躍進、見違えるような変貌を遂げたのだ。
 しかし人間とは不思議なもので嬉しいのは当たり前だが、なんとなく狐につままれた状態というか、あまりにも長い不振に慣れてしまったため現実感がわかないところも正直あったりする。弱小チームのファンを応援するファンがよく口にする言葉がある。
「自分が観に行くと勝てないから球場に行かない」
 挙句の果てには「TVで観ていても勝てないから中継も(なるべく)観ない」
 何を隠そうこれはわが子の言葉である。あまりに弱いためにベイスターズのファンにはなるのをすすめなかったが、結局ファンになってしまった(そりゃ球場に連れて行ったり親が応援したりしてりゃ影響されちゃうよな)。
弱小チームを応援することはメンタリティをも変えてしまうのだ。
 ましてやこちらはかれこれ40年以上のファンだ。性格が歪まないはずがあろうか。
 ちなみに「そんなに辛いのなら他のチームのファンになるなり野球ファンをやめるなりすればいい」と思う人もあるだろう。しかしそれも簡単ではないのだ。
 実はあまりにも弱いので実践しようとしたことがあるが、途中から他のチームのファンに変わることはなかなか容易ではないし無理をしてなろうとしても全く楽しくない。
 またチームを無視しようとしてもどうしてもニュースでの結果が気になってしまう。
 これは呪いのようなものなのである。
 前置きが長くなってしまった。
 さて本書のタイトル三美スーパースターズは1982年に出来た韓国プロ野球創成期に実在したチーム。本文64頁からの「永遠なる三美スーパースターズの大記録集Part1」からいくつか数字を引用してみよう。
期別最低勝率 0.125
シーズン最低勝率 0.188
チーム最多失点 20点
シーズン中特定チームへの全勝 16戦全勝(※これはOBベアーズの記録で、つまり三美は16戦全敗した)
シーズン最少得点 302点
シーズン最少守備率 0.964
1ゲーム最多被安打 38本
シーズン最低打率 0.237
・・・・
 スター選手不在、とにかく打てない守れない抑えられないと全くいいところがなかったようで、その1982年は(前後期制だが通算で)15勝65敗と散々な出来だったわけである。そんなチームのファンになった二人の少年語り手の“僕”と友人のソンフンが主人公だ。野球経験者などではなくどちらかというと大人しめのいわゆる普通の少年たちである。韓国プロ野球が始まった1982年春に中学一年生となる彼らは、何の疑問も持たず自然に地元仁川に本拠地を置く三美スーパースターズのファンになり、チームの試合に一喜一憂するようになるのだが実に身につまされる。というのも、いくら弱いといっても全ての試合に負けるわけではないのだ(いやまあ上記のように1982年にOBベアーズに全敗したようだけど)。また負けた試合でも必ずいい瞬間はある、勝利の可能性を思わせる瞬間が。だから弱くてこんなはずではなかったと唖然とする彼らもファンをやめられない。
 そしてそんな呪われた彼らはやがて成長し、異なる道を歩み“僕”とソンフンも疎遠になる。優等生であった“僕”は野球からも離れ、有名大学から一流企業へ進むといういわゆるエリートコースを歩む。しかし必ずしも輝かしい日々ではなく時折心のうちの<三美スーパースターズファン>体質が顔をのぞかせ、周囲との違和感を隠せなくなる。
やがて韓国の通貨危機により“僕”の運命は暗転する。
 1970年生まれの主人公を据えた本作の著者パク・ミンギュは1968年生まれ。1967年生まれで中学受験から進学校にという道を辿って大学受験をした弱小チームファンの身(私の事である)には、職業や国の違いを超えてあまりにも心当たりがあることばかりで、なんとも思うにまかせない日々には共感どころか時に胸が痛いほどであった。同じ星の名をチームを冠するだけではなく、ベイスターズ奇跡の優勝をした1998年に奇しくも後進にあたるチームもまた韓国で優勝をしているなどその符号に驚かされる。
 またオールド日本プロ野球ファンには白仁天や張明夫の名が登場するのも懐かしい。
 しかし安易に共感するというのも憚られる。というのも三美スーパースターズ自体は1985年に消滅してしまうからである。
勝てないまま消滅したチームのファンはどうそのことに向き合わざるを得ない。三美スーパースターズの流れを汲む現代ユニコーンズの優勝も他人事でしかない。
 あくまでも別のチームなのだ。それどころか、後半に登場し重要な役割を果たす日本人が弱かった広島カープを懐かしみ強くなったカープ(1990年代頃と思われる)への違和感すら表明する。主人公たちは徹頭徹尾負けることと向き合っていくのである。
 しかし本書は重苦しくならない。そして本書は温かく穏やかな結末を迎える。
 ともすると甘くも感じられる結末だが、そこはかとなく漂うユーモアに包まれ、すんなり染みてくる。そういう意味では現在の人気球団になった横浜DeNAベイスターズではなく、弱小だったころのファンや報われなかった選手や関係者、いやあらゆる弱小チームのファンや関係者へ捧げられた本ともいえる。
 もちろんスポーツファンを超えて自分がうまくいかない側かなと思っている人達に幅広く手に取って欲しいし、上記のような奇想的な部分もいかにも同世代ならではのものがあり、作者や主人公に近い世代には共感できるところがいろいろあると思う。
 本筋とは関係ないが、「頭の大きい人は頭がいい」といった当時の日本にもそんな言い伝えあったなとか(制服屋で息子の頭が大きいという話題になりなんとなく誇らしそうな父親が可笑しい)、「偉大な人物が卵から生まれたという逸話」は日本では聞いたことがないなとか、共通する部分と全く異なる部分が細部に現れるのも楽しい。海外文学を読む楽しさはそんなところにもある。(2017年11月26日 一部今回修正しました)