異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2022年2月に読んだ本

諸般の事情でまた低調気味。
まあ仕方ありませんな
◆『HHhH』ローラン・ビネ
 実際にあった、ナチス高官ハイドリヒ襲撃事件を題材にした小説。とはいえ通常の歴史小説とはやや趣が異なり、語り手が事件の取材を進めていく過程と実在の人物の歩みが重なるユニークな手法がとられている。つまり作者が、情報を欠く部分を安易に想像で埋めてよいのだろうか、といった創作論的な問いかけもあるメタフィクショナルな語りである。その分、時に滑らかに流れない事もあるが関連した人々の息づかいを伝えようという思いも感じられる、優れた作品だ。様々な表現の流れが集約するクライマックスは圧巻。また本文で、少し前に発表され同じくナチスをテーマにしたジャナサン・リテル『悲しみの女神たち』に対して厳しい指摘があるが、かえって読みたくなるね。
◆『移動迷宮』編訳 大恵和美
 中国の歴史SFを集めたアンソロジー。『時のきざはし』などで、どちらかというと歴史ものの方が面白かった身にはツボにくる企画の一冊。
孔子、泰山に登る」飛氘(フェイダオ)
 孔子が時空の深淵に遭遇する話。前半の弟子との会話と後半のSFパートのコントラストがちょっと面白い。
「南方に嘉蘇あり」馬伯庸(マーボーヨン)
 以前から一部で話題になっていた、中国偽コーヒー史SF。やはり面白かった。検索しやすいネタのところをちょっとだけ調べてみると、元の漢詩の一部を変えてたりする洒落のところもわかったりするのも、漢字文化圏読者の楽しみといえる。
「陥落の前に」程婧波(チャンジンホー)
 隋の時代の史実が背景にあるが、どちらかというと怪奇幻想風味でその辺りは現代との時間差を考えれば自然な表現といえるかもしれない。
「移動迷宮 The Maze Runner」飛氘(フェイダオ)
 タイトル作ながら実は短い小品。だが迷宮のイメージは壮大で、清と英国の関係が変わりつつある時代の哀感も備える味わい深い作品である。
「広寒生のあるいは短き一生」梁清散(リァンチンサン)
 先駆的な清代のSF作家を資料から追う、という「済南の大凧」(『時のきざはし』)の作者らしい歴史SF。気難しく孤高の人であったために、歴史に残らなかったという設定が心に残る。
「時の祝福」宝樹(バオシュー)
 歴史のやり直しがアイロニーをもって描かれるパートがメインたからタイムループもののバリエーションかな。苦い味わいがいいが、ちょっとわからないところもあって、ベースとなっている魯迅も読まないとなあ。
「一九三八年上海の記憶」韓松(ハンソン)
 本作の舞台は日本占領時の中国だが、時節柄戦時下の人々の姿が胸に迫る。解説では「時代・地域の異なる技術・概念・歴史がまじりあった世界を描く」タイプの作品は、改変歴史SF」(中国では「別史」)と分けて「錯史」とされ、日本でのそうした作品の例として高野史緒の作品が挙げられている。なるほど、これは中国の分類の方が丁寧で正確かも。本作では、大きな歴史・社会の変動における個人についての真摯な問いかけがみられる。
「永夏の夢」夏笳(シアジア)
 長大な時間を生きる<永生者>とタイムリーパーである<旅行者>の切ない交感がリリカルに描かれた作品。SFならでは情感で多くの読者を惹きつけるだろう。アンソロジーのトリにふさわしい。
 上記のように解説も丁寧で大変素晴らしい。編訳者の大恵和美氏は研究者であり、引用・注釈の記載もアカデミックな形式に則ってあり、今後このようなスタイルがスタンダードとなっていくのが望ましいだろう。
◇「長城」小田雅久仁(SFマガジン2015年1・2・4月号)
 3号連載の作品。<長城>によって戦いが行われている世界が背景にあり、選ばれた<戦士>はもう一つの日常で突然覚醒して敵を惨殺しなくてはならない。評価の高い長篇が未読という現況だが、以前読んだ「よぎりの船」でもそうだったように、日常から不気味な"向こう側"へ移行する生々しさの描写力が傑出している作家で、本作でもその特質が遺憾なく発揮されている。
◇ナイトランド・クォータリーvol.22 銀幕の怪異、闇夜の歌聲
 映画特集。
○フィクション
「十字架上のタンホイザー(ある白昼夢)」H・H・エーヴェルス
 ドイツ表現主義は全く疎く、今更ではあるが少しでも知っていきたいと思っている。そのような知識不足の中、イタリアやピエロの要素が入っているのはなかなか面白いことだと思える。
「シネマの幽霊」マージョリー・ローレンス
 映画館ものの小品だが、ちょっと心温まる映画愛の感じられる一編である。
「ムービー・モンスター」サマンサ・リー
 こちらはモンスター愛かな。これまた楽しい一編。
「映画製作者へのささやかなアドバイス」ロバート・ブロック
 映画業界と縁が深い著者らしく、興行優先のストーリー改変をネタにした皮肉の効いた一編。冒頭作品紹介で言及されている、ラヴクラフトとブロックの作品内でのお互いをモデルにしたキャラクターへの惨殺合戦にも笑いが漏れる(オマエら楽しそうが過ぎるぞ(笑)。
「最後のカーテン」エド・ウッド
 史上最低の映画監督、エド・ウッドの作品。訳者(柳下毅一郎)のおかげか、短いからかすんなり読めてしまった。解説にあるように怪奇趣味自体は本人の作家性にあるようで、そのあたりは本人のコアなのかなという感じもうけた。
モノクローム十二夜」クリスマス・クリアータ
 専業主夫の男が家族の外出の空いた性的妄想にふける…といった大枠から意外なほど静かで切ない余韻を残す幻想譚。モノクローム写真というレトロな道具立てが効果的。
「浮浪者つぶしと血の報復」スコット・ハーパー
 浮浪者を虐待し動画を撮るという現代的なおぞましい裏ビジネスが導入だが、後半には死のない世界に彷徨う魂の行く末が描かれる。コントラストが面白かった。
「イエロー・フィルム」ゲイリー・マクマホン
 こちらもインターネット動画が題材。不気味なタトゥーの男に興味を抱いた主人公に起こった事とは。内戦下のサラエボを背景に、チェンバース『黄衣の王』を取り入れた陰鬱な怪奇譚。タイトルはブルー・フィルムの語呂合わせだろうか。
「カユーガ湖の地底に潜むもの」リー・クラーク・ズンぺ
 本号は基本的に映画特集だが、TVの少々いかがわしい未確認生物ものも、怪奇幻想の近しいジャンル。というわけで商売気たっぷりのクルーとクトゥルーものが融合した楽しい一編。
「セレナアド」富ノ澤麟太郎
 映像的なイメージの連載で大正浪漫の空気感が伝わってくる。
夢魔の港町」<ミライ妖カイ幻視行>第三話 井上雅彦
 映画を題材に今回もレトロな怪異と先端的なSFアイディアが激突。お見事。
「UNDINE」徳岡正肇
 売れない映画監督が生来の演技者の女の子と出会い最高傑作を作り始めるが、という話。途中まで隠されていた背景状況が明かされ、終盤の意外な展開にあっといわされた。
○ノンフィクション
柳下毅一郎インタビュー
 多岐に渡る活動について質問があり、その歩みが俯瞰できる貴重なものとなっている。必読。
・血を浴びながら復活する、伝説のホラー専門会社 レジェンド・オブ・ハマー・フィルム 浅尾典彦
 古典ホラー映画の名門ハマー・フィルム(イギリスの会社だったのか、それも不勉強ながら知らず)の歩みを追っている。詳細なリストもついており、初心者にはありがたい資料だ。
・銀幕の向こうの響きー映画音楽を用意した、昔日の音楽感覚 白沢達生
 映画音楽を皮切りにクラシック音楽の歌と演奏の関係(クラシック音楽でも歌い手ぬきのコンサートが発達したのは18世紀以降)など思わぬ話の広がりがあってなるほどとなった。
・雪崩連太郎の幻視行を追え! 岡和田晃
 都筑道夫に伝奇ホラー(オカルト探偵っぽい?)シリーズがあるとのこと。この人は娯楽小説系で書いていないジャンルはないのではないか。ちょっと探してみよう。
・合理性をめぐる通念を揺るがす研究ー『現代世界の呪術』岡和田晃
 近年再考されている「呪術・宗教・科学」の区分に対する揺らぎについて。たしかに現代では<合理的>な思考法が生み出す社会の軋み(としかいえないもの)が多々存在しているように思われ、そうした領域の再解釈が必要になっているのかもしれない。ちにみにこの号は2017年のものだが、本号掲載のインタビューの柳下毅一郎氏が現代の魔術師アラン・ムーアの邦訳に力を注いでいるのは面白いシンクロと思える。
・[アンソロジーに花束を]第五回 年間傑作選のはじまり 安田均
 1920年代の「イギリス短編傑作選』とアメリカの同時代の短編との比較など。たしかに当時のイギリス短編傑作選のメンバーはすごいね。