~SFの父ウェルズの多才な顔を伝えてくれるバラエティに富んだ短篇集~
本書はさらに多彩な面を伝えてくれる一冊だ。
たとえば「ハマーポンドの夜盗」。とある名士の家に身分を隠して忍び込む泥棒。そこのダイヤモンドを手にして賞金を手に入れようというわけだ。しかし思わぬことが起きて・・・。コンパクトでテンポのよい洒脱な小説に仕上がっている。
あるいは「初めての飛行機」。こちらは面倒事は全て母親に押しつけ練習もせず飛行機に乗る、というマザコン・スラプスティック・コメディだ。主人公は続く「小さな母、メルダーベルクに登る」で今度は山に向かうが、もちろん全く反省の色は見せないのである。
また、伯父の遺産を当てにする男の待ち受ける出来事を描いた「失った遺産」、列車で偶然に出会った人物の持つ<禁断の実>「林檎」などにはなんともしんみりとした味わいがある。
いずれも従来のウェルズのイメージとは一線を画すものだ。
もちろん生物兵器ものの先駆のような「盗まれた細菌」はまさしくSFの父の名にふさわしいものだし、既に名作として知られる「奇妙な蘭の花が咲く」、絵画ホラー「ハリンゲイの誘惑」、ダイエットをしたい男の悲喜劇「パイクラフトに関する真実」などの奇怪でちょっと可笑しいイメージはイマジネーション豊かな幻想小説家としての面目躍如といったところだろう。
短い作品が並ぶが、全体にユーモアを基調とした訳文が冴え、バラエティに富んだ楽しい短篇集である。
さらに本書には同時代の作家、マックス・ビアボウムのウェルズに関するパロディ短篇(付録1)とヒトコマ漫画(付録2)が最後に載っている。ここには理屈っぽくて偏屈な!?)ウェルズの人となりが何となく感じられるオマケである。
(2010年7月24日のブログ記事を修正したものです)(2017年11月12日)