異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

2023年8月に読んだ本と怪奇幻想読書会(ポー)

 今月も低調(悲)。
『幻の女』ウィリアム・アイリッシュ

 ミステリのオールタイムベストに挙げられる作品。予備知識があまりないままにタイトル(とよく言及される冒頭の一文)からハードボイルド的な作品をぼんやり想像していたが、ちょっと違った。無実の罪で死刑判決を受けた主人公をめぐり、死刑執行までに友人や刑事がアリバイ成立のための証拠探しに奔走する。つまり、タイムリミットサスペンスの趣向がある本格ミステリである。ミステリの登場人物としては必ずしも多くはなくギミックがあるわけではないが、時折はさまれる説明抜きの章が挿入されてメリハリをつけていく構成の妙、また会話での駆け引きの面白さなど飽きさせない。さすがに古い作品なので、全体にmannishなところがあるのはやむを得ないが、評価の高さに納得の名作である。
『レイチェル』ダフネ・デュモーリア
 舞台は19世紀中頃。コーンウォールの領主、年の離れた従兄アンブローズに愛され、共に気まま独身生活を謳歌する主人公フィリップ。しかし、アンブローズが突然フィレンツェで親戚筋のレイチェルと結婚するという知らせが入る。当惑し寂しさを覚えるフィリップ、そして結婚から一年余り、アンブローズから身の危険を訴える手紙が届く。フィレンツェに急ぐフィリップだったが到着すると、驚いたことにアンブローズは亡くなっており葬儀は既に終了し、レイチェルも行方がわからないという有様だった。怒るフィリップであったが、その後英国にやってきたレイチェルに、復讐心と好奇心から会うことにする。
 若い男が謎めいた年上の女性に翻弄される話である。フォーマットとしてはベーシックでシンプル。登場人物も限られ、現代小説のような奇抜な展開もないので、時に冗長でもある。また年を取った読者からするとのぼせ上がってあれこれと先走るフィリップの行動は気恥ずかしいところが多く、基本的にサスペンス小説なのにコミカルですらある。しかし、作品舞台(19世紀半ばとされる)の富裕家系の家制度や文化、英国らしい重く不穏さも漂う風景描写、巧みな心理描写で読者を飽きさせない。いわゆるファムファタールものだが、レイチェルの人物像にも奥行きがあり、現代では自意識を持ち男性中心社会を渡っていく人物ともとらえられる。そういった側面が時代を超えて、登場人物たちのやりとりを古びないものにしている。
『メルカトルと美袋のための殺人』麻耶雄嵩

 メルカトルシリーズ。
「遠くで瑠璃鳥の啼く声が聞こえる」
 心が通じ合ったと思った女性の死。容疑者となった美袋は友人のメルカトル鮎を呼び出す。作者お得意の虚無的バッドエンドいった感じの作品。
「化粧した男の冒険」
 女装趣味のない男の死体になぜか化粧。嵐の山荘的なシチュエーションのフーダニットで、いつもの通りヒドいオチがつくがさすがにこれはやり過ぎるだな。
「小人閒居為不善(しょうじんかんきょしてふぜんをなす)」
冒頭ミステリ論というかエッセイ的な話が続いた後、メルがある事件をきっかけに「身に危険を感じたら相談に乗る」といったダイレクトメールをめぼしそうな人物たちに送ったという。早速依頼人が事務所にやってくる。依頼人の姿や言動から全てを当ててしまう、というホームズ的王道ともいえるが、論理のアクロバット、メルの質の悪さなどなかなかよくできている。
「水難」
 とある旅館を舞台に起こるオカルトミステリ風の作品。メルが偽名の心霊探偵を名乗るといったオフビートな展開が楽しい。
ノスタルジア
 メルが創作したミステリの、犯人当てを美袋にチャレンジさせるメタミステリ。次々に展開されるどんでん返しと曲芸的な論理の連発に、唖然となる。麻耶雄嵩恐るべし。
「彷徨える美袋」記憶を失い山小屋に取り残された美袋。何とか抜け出し徐々に記憶を取り戻してきた美袋だったが、謎めいた状況を解く鍵は、行方不明になっている学生時代の友人の大黒だった。例によって殺人事件をメルがあっという間に解決するのだが、これまたヒドいオチがつく。よくまあ次々とこんな話を(呆れ顔)。
「シベリア急行西へ」執筆時はソ連崩壊前で、調べてみると最初期の作品のようだね(加筆されているようだが)。作品自体は、メルの嫌な性格は同じものの、現場の模式図やら物理的な謎解きなど比較的オーソドックスで、最初期と考えると納得。またそうした意味で貴重な情報をいろいろ提供してくれる作品でもある。
『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 黒猫』エドガー・アラン・ポー

 2022年に出たばかりのシェイクスピア訳者によるポー傑作選。あとがきによると、ポーの凝った文体を訳出することに腐心したらしく、詩も収録されたセレクションになっている。巻末の、訳者による解題並びに生涯を紹介した「数奇なるポーの生涯」は、いずれもヴォリュームがあり、ちょっとした解説書としての役割も持ち、いまだにポーの読み解きに難渋していり身としてはありがたい(とりあえずR・W・グリズウォルドの伝記の記載には注意が必要なようである)。
詩の感想は最後にまとめて。
「赤き死の仮面」
 ダークファンタジーの源流の様な作品で、色彩の鮮やかさが今回印象に残った。
ウィリアム・ウィルソン
 ドッペルゲンガー的なテーマはポーのお気に入りのテーマだったことが本書を読むとよくわかるし、お馴染みのモチーフともいえる。影響力の大きさを感じる。
「落とし穴と振り子」
 これも有名な作品だが、今回意外に主人公の置かれている状況が事細かに書かれているという印象を持った。恐怖には説得力も必要ということか。
「メエルシュトレエムに呑まれて」
 渦のイメージとサバイバルに科学理論的解決が提示されふSFらしさに先駆的なイメージがある作品。ただ、それ以外にとりわけ惹かれる部分を感じないところもあって、巽孝之訳との比較をしてみた。やはりSFの先駆としての側面を考えるとシチュエーションがつかみやすい巽訳の方が合っているのではないかと思う。で、さらに本作の影響下にあることで有名な、アーサー・C・クラーク「メイルシュトレームII」も再読してみた。こちらの内容は宇宙飛行士が移動用ロケットの事故を乗り越えるというもので、全く異なるとはいえないまでもテイストや視点など、元作品とは相違点がある(たとえば科学的解決による明るいサスペンス劇であって、ポーの陰翳はまるで感じられない)。が、クラークは、"落ちて行く"という元作品での主人公の危機的状況を借用すると同時に、それを作中で主人公が元作品を読んでいて想起するという場面でタイトルだけではなくポーへのリスペクトを表明するかたちをとっている。こうしたストレートにも過ぎるオマージュのひねりのなさには(もうひねたSFファンであった)初読時にはどうもくすぐったく感じられた。しかし年を経て今回再読してみると、ストレートだからいいのかもしれないと思えるようになった。先行作品の上に新たに作品が乗って、歴史がつくられていくというわけでこれは読書好きにとって喜ばしい話ではある。若きクラークのややはしゃぎ気味のオマージュもまた作家としての長所を示しているのかもしれない。ちなみに冒頭の妻にマイラのルビがあり、これはポーの実らなかった恋の相手の名前で、ここら辺もニクいところである。

「黒猫」
 これも既にぼんやりと内容が頭に入っている気がしている作品だが、状況がエスカレートする様が丁寧に描かれていることに気づく。長いとはいえない生涯だったが、売れない時期や生活苦も経験し、才気に加え努力も怠らず作品の質を高めていった様子も垣間見える。
「モレラ」
 女性への敬愛・畏怖、一方で若い女性の死という両面の要素がポー作品では目立つ。また「ウィリアム・ウィルソン」と共通する、現身といったモチーフも感じられる。
「アモンティリャードの酒樽」
 ちょっとユーモラスなピカレスクものといったところか。ポー作品としては目立つものではないかもしれないが、笑いに対しても筆の冴えがあるのがさすがである。
「アッシャー家の崩壊」
 ゴシックテーマをコンパクトに仕上げた名作だが、今回ドラゴンが虚構内虚構で重要な役割を果たしていることに(今更だが)気づいた。ある意味ヒロイックファンタジー的な部分も持っている作品ともいえるかも。冒頭の亀裂描写が一気にラストのイメージにつながりところも見事。やはり凄い作品。
「早すぎた埋葬」
 本題に入る前のエピソードの羅列がエッセイめいた面白さがあることに気づいた。モチーフは繰り返されるが、様々な手法を試していたのだな。
「リジーア」
 ポーのやや混乱していたともいえる生涯を反映した印象のある作品。これもまた死にゆく若い女性のイメージが核となった作品である。
「跳び蛙」
 ちょっと寓話風の作品だが、後の見世物小屋やサーカスをテーマにしたような系列の作品への影響が大いにありそう(思いついたのは映画「フリークス」、ダン『異形の愛』など)。
さて慣れない詩の感想(苦笑)。が、巻末の詳細な解説は読む上で非常に助けになる。
「大鴉」
 これは発表当時から大きな話題を呼んだということで、たしかに愛する人を失った悲しみと目には見えない大きな存在への恐怖が大鴉に結実する非常に多くの読者を惹きつける作品だろう。それは時代を超えて、現在でも同様である。
「ユーラリー」
 女性への憧憬が美しい光の中で表現されているような、ある意味ポーらしくない眩しさを覚えるような作品である。
「ヘレンへ」
 かなり若い頃から原型の詩が作られていたようだが、こちらは女性への思慕が大きなスケールで描かれる。こちらはそうした意味では冒険小説もものにしたポーらしい、といえるかもしれない。
 で。今月も怪奇幻想読書会にお邪魔。お題はこの本

kimyo.blog50.fc2.com
 怪奇幻想読書会ではSF係なので(自称)、上記含めクラークの話をさせていただいた。入手困難が多いと間違ったことをいってしまいました(参加者の方申し訳ありません)。今はハヤカワから電子書籍が出ている状況で、入手しやすくなっています。今度訂正しなくては。で、お酒に関する詳しい話や、”屋敷もの”のホラー作品での「炎上VS崩壊」違い、自分と似ている人物への恐怖などなど、さすが現代小説へと直接影響を及ぼすポーだけあって、興味深い話題が多数ありました。kazuouさま、参加者の皆様ありがとうございました!またよろしくお願いいたします。