異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 『奇跡なす者たち』ジャック・ヴァンス


 『奇跡なす者たち』ジャック・ヴァンス
異世界を鮮やかに描き出すマエストロの傑作選~
異世界描写にかけてはSF界きってのマエストロ、ジャック・ヴァンスの傑作選である。
 ヴァンスの最大の魅力はなんといってもあたかもその場に居合わせているかのような色鮮やかでエキゾチックでどこか不気味な異世界描写にある。
 本書では「フィルスクの陶匠」「月の蛾」がそういった系列の作品で、またそうした異世界を舞台にした(時にオフビートな)活劇も自家薬籠中のものとしており「保護色」「奇跡なすものたち」「最後の城」によくその特質が現れている。
 なかでも「月の蛾」は必読の名作。だれもが仮面をつけ複雑怪奇な階級社会を成す惑星シレーヌでは、多くの楽器をあやつり歌でコミュニケーションをとらなければならない。
 そこに凶悪犯罪者が紛れ込んだため、主人公は領事代理として解決に当たるが、という作品。
 はじめて買ったSFマガジンに載っていた個人的に特別な思い入れのある作品。
 何度読んでも素晴らしく、ヴァンスという作家に出会えた幸福をかみしめる。また、中篇にも関わらず奴隷種族に反乱で窮地に立たされた人々の大長篇ばりのスペクタクルが描かれる「最後の城」も大傑作。静の「月の蛾」に動の「最後の城」この2作が本書のハイライトではないだろうか。
 他に謎めいた惑星の不条理劇「音」や不思議な生き物たちが描かれるファンタジー風の「ミトル」には著者のまた違う面が感じられるし、また因果関係が崩れてしまった世界という並みの作家の腕ではとても不可能な世界を描き切ってしまう「無因果世界」にはその技量に舌を巻かざるを得ない。
 いずれにしてもどの作品も粒揃いの素晴らしい作品集である。
 ヴァンスは2014年SFマガジンのオールタイムベストSF投票で海外作家部門はプロの投票ではランク外(30位以内に入らず)も読者の投票では23位。
 上記代表作「月の蛾」はプロではランク外(30位以内に入らず)も読者では16位と読者の支持の方が高かった。
 ちなみに2006年でも作家部門プロでランク外(30位以内に入らず)も読者で25位(「月の蛾」は全体で48位もプロ・読者の順位は不明)。
 長年読者の人気に支えられてきた作家といえる。本書の出版は2011年。
 2006年から2014年の順位の上昇を見ると本書は読者への再評価につながった非常に意義深いものだったと思われる。
 ファンとしては嬉しい一冊となった。
(2016年8月14日)