異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』アリソン・ベグダル

『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』アリソン・ベグダル
 ~アメリカンコミックの多様性を示す自伝的傑作~
 近年様々な海外コミックが出版され、筆者のような小説ファンでも興味深い作品が出版されている。
 帯にも書かれているが<ノンフィクション・コミック>で作者アリソン・ベグダルとその父親との関係が軸になっている自伝的な作品である。
 文学志向芸術志向の強い一家だけあって、フィッツジェラルドプルーストジョイスなどの作品の引用がどんどん入ってくる。
 かなり個性的な家族でいろいろあるのだが、アメリカのコミックというとヒーロー物やSFといった印象が強かったので、詳しくない身としてはこういうものもあるのだと非常に驚かされた。
 内省的かつ抑制の効いた叙情的な語り口は魅力的で、家族関係という普遍的なモチーフが扱われているので、文学的素養がなくても十分楽しめる内容である。
 文学作品からの引用が目立つのは大きな特徴で、そのため一般のコミックファンには敬遠される恐れがなくもないが、ひけらかしたような印象は特にない。
 閉塞感を感じ文学に没頭するアリソン、自らをギャツビーになぞらえ自分の構築した世界に周囲を巻き込もうとする父、そうした束縛感を嫌ってか演劇に没頭する母、と登場人物はそれぞれがある種の<生き辛さ>を抱えるがゆえにフィクションの世界に逃避している。
 つまりフィクションがないと辛くて現実に適応できないのである(ああシンパシーを感じざるを得ない!)。また過度にナルシスティックな表現にも陥らず、いい距離感で客観視されているので高踏趣味的ないやらしさを感じない。そうした点は自分のようなそれほど文学造詣が深くない人間でも楽しむことが出来るのだと思う(さすがに登場する作家の名を一人も聞いたことがない人にはきついかもしれないけど)。
 最後に補足だが、この作品では1970年代アメリカでエネルギー危機と公害問題の深刻化した状況も描かれる。現代社会の様々な問題点を浮かび上がらせている点でも非常に切実に訴えかけるものがある。
 幅広い読者特に海外コミックを読まない文学ファンに知ってもらいたい傑作。(投稿日 2016年12月10日)