異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。(単なる読書系ブログです)

<シミルボン>再投稿 『クロックワーク・ロケット』グレッグ・イーガン

『クロックワーク・ロケット』グレッグ・イーガン 
 ~ハードなアイディアを徹底的に推し進めた一大プロジェクト小説~
 物理法則の異なった世界が舞台の三部作の一作目。物理法則の異なった世界を徹底的に書き込むという現代ハードSFの極北グレッグ・イーガンの他に書ける人が思いつかないような小説。
 アイディアは大変ユニークでオリジナルであるために難解な要素が含まれてはいるが、巻末の板倉充洋氏の詳細は解説により作品のカギとなるイメージが見えてくる。
 要約すると本作は一大プロジェクト小説。
 地球の危機を救うミッションのためロケットを造るという1950年代風とすらいえるような古典的なタイプのSFなのだ。
『白熱光』もそうだったが、近年のイーガンの場合、アイディアは科学的想像力の及ぶ限り極限まで進めそれを親しみやすい伝統的なフォーマットのストーリーに乗せていくという手法を取っているように思われる(『ゼンデギ』はちょっと違うかもしれないが、あの作品もストーリーは比較的オーソドックスだった)。
 それまでの小説全体がアイディアによって破壊されてしまうかのようなアイディアとストーリーが緊張関係にあった作風(そこに一種の醍醐味があったのだが)からの変化にとまどったのだが、本作はプロジェクトに次々に困難が押し寄せるという王道中の王道の展開でサービス精神たっぷりといってもいいぐらいのカタルシスを感じさせる作品になっていて、個人的には『白熱光』以上に楽しく読むことができた。
 十分イメージするのはなかなか難しいが、進行方向で色が変わるなど奇妙な物理法則によりこの世界とは異なるカラフルな世界が繰り広げられるのが魅力的だ(後ろにも目がある設定もそのためだろうか)。
 ベースにオーソドックスな古典SFの影はあるが、そこはイーガン。理想主義的で芯のある主張がそこかしかに認められるちゃんと現代化されバージョンアップされている。
 主人公たちが人間と変わりない思考をしながら不思議な生態である生物として設定されているのも、次世代残していく生きものとしての人類の問題を提示する意図があるように思われる。そしてそれを見つめるイーガンの眼差しは楽観的ではないが真摯で温かい。
 続篇が楽しみである。(2016年8月7日)
※追記 続篇の記事は結局書けずじまい。我ながら根気がない(悲)。読んではいて、基本的には期待は裏切られず。良識派といえるイーガンらしい問題提起をしつつ、SFアイディアの極北に挑んだ見事な三部作であった。