異色もん。

ドラえもん、もやしもん、くまもんに続く第四のもん。いつか鎌倉の老人になる日まで。

2020年1月に読んだ本、読書関係イベント

火星三部作≫ キム・スタンリー・ロビンスン
 長い時間かかったが1月にようやく読了。あらゆる科学・社会学人間学もろもろを総動員して、シミュレーションを行った大作。非常に難易度の高い創作法ではあるが、そうした手法自体は初期のSFにも存在している。しかし個人の博学的知識で書く時代(とはいえたとえばウェルズやヴェルヌには後進とは比較できない開拓者の困難さがあったろうが)にはない、膨大な情報を処理し統合する能力と胆力が必要と思われ、そういう意味ではとてつもない労作だといえる。読みどころは科学的データに基づきながら、イマジネーション豊かな情景描写で、思いつくだけでも軌道エレベーターの崩壊や大洪水や飛翔シーンなどなど、実にスケールが大きく美しい。全体のトーンはシリアスでやや重い感じなのは、読み進むのに正直苦労したが、歴史に残る作品であるのは間違いない。
アメリカーナ』 チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
 現代のナイジェリアの社会が、アメリカや英国との関わりを含め、よくわかる小説。大部で登場人物も多く、どうしてもインテリ系の人々が中心になる部分がところどころ気になるか、基本骨格はメロドラマで、親しみやすい内容となっている。※追記 そういえば出てくる音楽ネタは雑学的に面白かったな。どういうポピュラー音楽があってどういうアメリカの曲が好まれたりしているかとか。
『マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージック (マンガでわかるハウス・ミュージックの歴史)』
ダヴィッド・ブロ&マティアス・クザン
 日本では2014年に出版されたハウス・ミュージックの歴史を描いたバンドデシネの翻訳本で、2011年刊行されたものが底本。元々は2001年に1巻、2002年に2巻が出たものの合本という形式である。なので、基本的には1990年代末までの歴史が描かれている。基本ノンフィクションでフィクション部分をわかりやすくするために補足している構成。
 全体を通じて、ハウス・ミュージックの歴史は単純に線的な流れになっておらず、いくつかの地域で時間がずれながら絡み合う複雑さがあり、なかなかわかりづらいのもやむを得なかったのかなあというのがまず第一の印象。そうはいってもポピュラー音楽の中でも、際物扱いされがちだったディスコ音楽が、その歴史をシリアスに振り返る視点がようやく得られるようになった事を裏付ける内容で、非常に意義深い一冊である。またやや込み入った歴史を基本的によく整理して伝えてくれることも、それほど詳しくない読者としてはありがたい。
 フィクション部分の挿入については評価が難しい面もある。ドラッグを擬人化したパートや9章や10章の90年代の状況をつづったパートに関してはコミックならではフィクションならではの特性が生かされているが、5章のデトロイト・テクノ創生に関しては疑問が残る。基本的に実在のDJや証言者、曲を羅列している中で、5章はかなり史実を反映しているようだが本名が使われていない。これは他の部分を対比させるため、と解説にはあるが、うがった見方かもしれないが、現役の人々である重要人物たちと事実関係でもめないように配慮したのではないかではないかと疑う。少々浮き上がったパートだ。
 残念ながら2002年に亡くなった作画のマティアス・クザンはヴェトナム系であることが記されているように、このハウス・ミュージックは多様な人種、地域の文化が混淆しており、一見温かみがないあるいは個性がないと批判されがちなデジタル・ミュージックにそんな要素があるところが非常に面白い。
 ちなみにジェシー・サンダースについて、記載はあるものの「女に集中しすぎ」とやや辛辣な評価を受けている。
『黒き微睡みの囚人』ラヴィ・ティドハー
 ナチスを題材にした改変歴史ものは数々あるが、ヒトラーを私立探偵に据えるというアイディアはかなり意表をつくものだろう。一見思いつきだけのように見えるこのアイディアだが、社会から疎外され、個人の価値観で行動する人物という点やフォーミュラフィクションの演出含め意外にも私立探偵がフィットしている。著者はイスラエル生まれで、全体に枠物語を配することによって、荒唐無稽な設定という印象とは異なる多層的な奥行きを作品に持たせることにも成功している。年間ベスト級の傑作。オズワルド・モズレーなどについても本作で知ることができたのもよかった。
『偶然世界』フィリップ・K・ディック
 くじで支配者が決まり、短時間で交代してしまい、退くと命も狙われる世界。設定はかなり面白そうなのだが、開始早々設定が緊迫感なくゆるくなり、登場人物たちやエピソードの交通整理もあまりうまくいかずまとまりが今一つの長編第一作という感じ。ただところどころスリリングなシーンもあったりしてそこここにディックらしさは見える。それにしても長年ディックに親しんでいるので、傑作ではなくても妙に安心感をもって読んでいることにも気づいた。読み途中のル・グィン『コンパス・ローズ』も同じ感じがしている。長いつきあいの友人といるみたいなんだよね。
というわけで丸屋九兵衛さんの新イベントブッカー・T・ワセダ第1回に参加。記念すべき第1回は丸屋さんが最も愛するというアーシュラ・K・ル・グィン、ということでスタトレに続いてもちろんこちらも参加。丸屋さんの深いル・グィン愛、そしてル・グィンの切れ味鋭い名言の数々に感服しつつ、前回のhttp://funkenstein.hatenablog.com/entry/2018/07/01/213053=追悼トークよりも短編への言及が多く、短編好きのブログ主としては嬉しかった。名作「オメラスから歩み去る人々」(『風の十二方位』)はもちろん、ユーモアのセンスが光る「アカシヤの種子に残された文章の書き手」「船内通話器」(現在読み途中『コンパス・ローズ』)、見当たらないので購入し直さなきゃ『内海の漁師』、男性原理の支配する社会への強烈なる皮肉「セグリの事情」(『世界の誕生日』)、『言の葉の樹』、性別関係が複雑な世界を描いた「ワイルド・ガールズ」(最近手放したので買い直すことにしたSFマガジン2004年3月号収録)・・・。文化人類学の記録形式で記述された野心的な『オールウェイズ・カミングホーム』は異常な古書値になってしまって後悔しつつ、もっとル・グィンを読みたくなった。